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第一章06『帰るべき場所』

 





『四月一〇日、日曜日。「魔法祭」まで、残り一週間となりました』



 都市の中を決まったルートで遊泳しているホログラムテレビから、女性アナウンサーの声が響く。


『昨年には世界無形文化遺産にも登録された「魔法祭」。今年は四月一七日から二一日までの四日間に渡って予定されており、すでに多くの観光客が魔導都市を訪れています』


 今日の魔導都市は少しばかり人口密度が高め。日曜だからか、あるいは『魔法祭』が近付いて、気の早い観光客がすでに魔導都市を練り歩いているからか、いつも人口密集地のこの街は、今日は一段と騒がしい。


『「魔法祭」の参加を表明している企業の数は、なんと昨年の一・五倍。宿泊施設も昨日時点で、エリア2~4まで全てのホテルが満室となっており―――』


 車もバスも自動運転になり、交通量の割にはスムーズに動く地上車道。しかし今日は人力車やタクシーの数も多く、ちょっとした渋滞が発生する。

 空中道路も似たり寄ったり。箒や絨毯、スケートボードに乗った魔法使い。空気そのものを足場にして歩く魔法使い。『魔法道具』で宙を浮遊する者。こちらもこちらで若干の混雑。


『「魔法祭」当日は、昨年以上の混雑が予想されます。そのため、魔導都市・エリア2~9まで、地上・空中ともに自動車の通行を禁止とし―――』


 その時だった。

 ブッ! という何かが千切れるような短い音と共に、魔導都市全体のホログラムテレビが唐突に切れた。

 直後、入れ替わるように画面いっぱいに表示されたのは、先程の女性アナウンサーの姿ではなく、真っ赤な【緊急事態】の文字。





『緊急事態発生、緊急事態発生。魔導都市エリア5に、魔獣の発生が確認されました。繰り返します。魔導都市エリア5に、魔獣の発生が確認されました。推定警戒レベル・ステージ3』





 あらかじめ録音された男性の声と共に、けたたましく警報が鳴る。わざと人の嫌悪感を煽るように作られた不協和音だ。ホログラムテレビからだけではなく、街を歩く住民達の携帯端末からも鳴り響いている。


『魔獣出現まで、一分二〇秒。魔法技能ステージ3以下の方は、今すぐ指定のルートで避難してください。魔獣出現まで、一分一〇秒。魔法技能ステージ3以下の方は、今すぐ指定のルートで避難してください』


 住民達の反応は早かった。

 もはやテレビの映像が唐突に途切れた時点で異変を察した人達が、我先に避難を開始していた。


 魔法の実力はステージ1からステージ5までの五段階に分類されており、魔獣の危険度も、それに対応する形で分類されている。

 ステージ1の魔法使いでも対処できる魔獣は、同じくステージ1。

 ステージ3の魔法使いが対処可能な魔獣も、ステージ3。

 だが安全面を考慮し、出現した魔獣よりも1ステージ上の魔法使いが、『執行部隊』到着まで拘束や足止めの対応に回る事になっている。


 ステージ3以下の魔法使いたちが大急ぎで逃げて行く。

 ステージ4の魔法使いが数人、その場に留まって魔獣の襲撃に備える。


『魔獣の出現まで、残り三〇秒』


 録音された男の声が、カウントダウンを始めた。

 それと同時に、魔法使い達が魔法を発動させる。


 ある者は空気の壁を作り。

 ある者は全身に雷を纏わせ。

 ある者は街路樹を強引に成長させて巨大な根でトラップを作り。

 ある者は周囲の魔法使い同士が上手く連携できるように視界を共有する。


『二〇秒』


 大地が小刻みに震える。


『一〇秒』


 徐々に大きさを増す地面の揺れは、すでに立っているのもやっとのレベルに跳ね上がっていた。


『五、四、三、二―――』


 そして。

 来た。






 ドッッッ!!!!!! と。

 魔導都市の商店街が、オモチャのクラッカーを破裂させたみたいに爆発した。







 壮絶極まる爆音と衝撃波が炸裂し、街全体が縦に揺れる。

 高さを競い合うように建ち並ぶ建築物、アスファルトで固めた地面、地上を埋め尽くす自動車類、全てが重さを感じさせない動きで四方八方に吹き飛ばされた。

 ()()()()()()

 まるで卵の殻を内側から突き破るかのように、『奴ら』は地中深くから現れた。



 巨大な蛇がいた。


 一〇〇の脚を持つ像がいた。


 五本の首が生えた麒麟がいた。


 全身を鋼で覆ったカマキリがいた。


 羊の頭をした巨人がいた。


 猿と獅子と鷲を合成した四足獣がいた。


 三対の蝶のような翼を持った蟹がいた。


 ガラスの肉体を持った孔雀がいた。


 九つの尾を持った狐がいた。


 植物の根や蔦で構成されたサソリがいた。


 体の半分が口のように開く漆黒の鮫がいた。


 先端を剣のように尖らせた触手を五〇本も蠢かせる蛸がいた。


 人間の形を模した青い結晶体がいた。


 数万数億匹と集まって巨大な一個体を形成する小さい肉食ナメクジがいた。


 大きな耳を二枚の翼のように広げる兎がいた。


 液体のように滑らかに動く巨大蜂がいた。


 全身が霧のように揺らめく狼がいた。


 見た事も無い素材で作られた天使像がいた。


 繭を自由自在に操作して動くサナギがいた。


 目に見えないほど細いワイヤーのような器官を振り回し、全方位の空気を引き裂くミクロレベルのコウモリがいた。





 合計二〇体の魔獣が、地面の下から泉のように溢れ出た。





「「「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッッ!!!!!!」」」


 二〇体もの魔獣が一斉に咆哮を放つ。それは単純な音響ではなく、もはや物理的な衝撃を伴う空気振動と化して魔導都市を席巻した。

 半径一〇〇メートル圏内の窓ガラスが一斉に砕け散る。

 音波の衝撃だけでビルの壁に亀裂が走る。


 しかし、それすらもただの前座。


 魔獣達は互いに合図を送ったりはしない。意思の疎通も図らない。全員が全員、生まれた時点で同じ本能を持ち、本能のままに行動する。


 目的はただ一つ。

 人類の鏖殺(おうさつ)。その一点。


 ズンッ!!!!!! と地面を沈ませて、魔獣の大群が一歩を踏み出した。

 破壊そのものが、進撃する。

 直後の出来事。





 さらに大きな破壊が降って来た。

 ()()()()()()()()が、天空から魔獣の群れに向かって一直線に突き刺さった。












      ***












「……つまんな……」


 たまたま魔導都市の上空を飛んでいた大型旅客機。

 時速一〇〇〇キロメートルで宙を駆ける機体の主翼の上で、『少女』はベッドに寝転がるみたいに大の字になり、ボソリと呟く。


 ―――本当に、何もかもがつまらない。


 面白そうな事ならもう散々やり尽くした。火山の噴火に巻き込まれてみたり、成層圏から生身でスカイダイビングしてみたり、海の底に潜って見た事のない生き物をあらかた食べてみたり……でも、どれもこれも退屈だった。


 たった今、地上の魔獣共を跡形もなく消し飛ばしてみたが、当然、暇潰しにすらならなかった。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ちょーつまんな……マジむり……」


 旅客機の窓から乗客達に「誰あれ?」みたいな目で見られているが、少女はお構いなし。超高速で空気を裂く翼の上で、うつ伏せになって「はぁぁぁぁぁ……」と退屈に唸る。


 だが、いくら唸ろうが息を吐こうが、面白い事は転がり込んで来ない。

 今日も今日とて、つまらない一日を過ごすしかない。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ……」


 吐いたため息を追い越す速度に乗りながら、少女は退屈そうに脱力する。


「……何してるかなー、フェグルス先輩」


 世界最強の魔法使い、ゾディアック。

 龍姫凛は、今日も退屈。












      ***












 時刻、一五時一七分。


『本日昼頃、ステージ3の魔獣、計二〇体が出現し、その後無事、討伐されました。幸い怪我人はおらず、被害も最小限に留まり、住民からは安堵の声が上がっています。また、魔獣を討伐した「赤い光」の正体は未だに判明しておらず―――』


 ホログラムがあちこち行き交う魔導都市。

 今日もこの街では、多くの魔法使いが空を飛び、宙を歩き、人力車を引っ張り、ドリンクを買い、通りを激しく往来している。


 そんな大通りから一本外れた道にある、自然公園にて。

 謎のオブジェから水が湧き出ているデカい噴水。その縁に、力なく腰を下ろす若い浮浪者がいた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 肩を落とし、視線も落とし、ついでに重い息すら落とし、浮浪者は一言。


「……見つからねえ」


 それだけ言って、若い浮浪者、フェグルスは再び項垂れる。

 太陽はかなり傾いて、そろそろ夕焼けの時分。かれこれ数時間は街中を歩き回ったが、全くもって見つからなかった。

 いくらボロ借家と言えど、家賃を払わねば追い出される。だから必死こいて探し回ったのに。


「……バイト……見つからねえなぁ……」


 気力と体力を振り絞って重ねた努力とは裏腹に、得られた結果は散々だった。

 色んなお店、色んな工場、色んな場所に足を運び、「ここで働かせてくれませんか」と頼み込んだ。頭だって数え切れないくらい下げた。


 だが、返って来る答えは決まって、



『魔法も使えないんじゃ何の役にも立たない』


『そんな奴に給料は払えない』



 大体この二言。

 もちろん簡単に仕事が見つかるとは最初から思ってはいなかったが……それにしたって初日からこのザマでは、思いやられるだけの先も見えない。

 一体いつになったらお金が稼げるのだろう。


「……疲れた……」


 疲労の理由は、多分、仕事を探し回ったからだけじゃない。

 空から降って来た謎の少女、ティーネ。疲労感の半分くらいはあいつのせいだ。

 しかもあいつのせいで、家賃だけじゃなく修理代まで稼がなければならなくなったのだ。


 確かにコチラにも胸を触ってしまった負い目があるとはいえ……振り回すか? 普通、あんな凶器を。

 たまたま落下地点にいたのが頑丈な魔獣だったから良かったものを、普通の人間だったら死んでたかもしれないんだぞ?


「…………」


 そこまで考えて、「いや、そうでもないか」とフェグルスは思い直す。

 普通の人間―――すなわち普通の魔法使いだったら、案外上手に対処して、部屋を日本刀で切り刻まれずに済んだのかも。


 たとえば風を操る魔法使いなら、少女が空から降って来た時点で彼女を空中で受け止める事ができたし。


 たとえば氷を操る魔法使いなら、彼女が暴れ始めた時点で彼女ごと空気を凍り付かせて動きを封じる事ができたし。


 たとえば五感を操る魔法使いなら、相手の五感にハッキングして行動そのものを起こせなくする事もできたし。


 ……というかそもそも、胸さえ触らなければあんな事にはならなかったし。



 ――――結局自分か。自分のせいか。

 ――――自分が魔法も使えない役立たずだから招いた結果なのか。



 ため息を吐きながら、ふと無意識、フェグルスは右手をポケットに突っ込んで、中の『それ』を無造作に抜き取っていた。


 握られていたのは、三日月型のアクセサリー。

 あの少女が落としていったお守りだった。


「…………」


 あいつ今頃どうしてるかな、なんて、詮無い事を考える。

 今さら何を考えたところで遅過ぎるのは分かっているはずのに、なぜだかずっと、あの少女の事が頭から離れない。


「……はぁ」


 すぐにでも忘れたい少女の姿は、しかし時間が経てば経つほど瞼の裏に強く大きく浮き出てくる。


 結局あいつはなんだったんだ?

 なんで逃げてたんだ?

 どんな理由で、誰に追われていたんだ?

 あの傷はなんだったんだ?

 どうして殺されかけたんだ?

 あの日本刀もなんだったんだ?

 しっかり帰るべき場所に帰れたのか?



 ……帰るべき場所?



 彼女にそんな場所などあるのか?

 追われている身なのに?


「関係ねえんだって、だから……」


 言い訳みたいに吐き捨てる。

 そう、関係ない。あの少女がどんな理由で誰に追われようが、そして殺されかけようが。出会ってしまった事だって単なる不運だ。だから気に掛ける必要はない。


 でも、傷だらけだった。空からだって落ちて来た。それは紛れもない事実だ。警察とか『執行部隊』に通報して、保護してもらう事ぐらいはできたんじゃないか?


 いやでも……どうしてそこまでしなくちゃいけない。だって刃物を振り回すような奴だぞ? 割と本気でコチラを殺すつもりだったし。そんな奴に慈悲をかけるなんて、いくらなんでも人が良過ぎる。


 ……俺は人じゃないけれど。

 いやこれはそういう問題じゃなく―――――


「やめよ……」


 頭の中で一人相撲をしたところで、結論なんか出るわけがない。

 そもそも中途半端なのだ、自分は。

 厄介事を嫌い、すぐに目を逸らして逃げるクセに、いざ逃げたら今度は「もっと何かできたんじゃないか」と思ってしまう。過去の自分の決断に後悔してしまう。


 実際、今だってそうだ。

 少女を見て見ぬフリで見捨ててしまった事を、後悔している自分がいる。


 どっちともなく、どっちつかず。

 あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。


 仮にあの時、彼女を見捨てずに……たとえば警察とかに連絡して、彼女を保護してもらったとしても、多分数時間後ぐらいには「見捨てときゃよかった」とか思うのだろう、自分は。


 誰かに追われて、誰かに殺されかけ、傷だらけの少女に対して。

 見捨てておけばよかったと、心の底から思うのだろう。

 この化物は。


「……もしかして、俺って」


 もとからそんなに、自分を立派な奴だと思ってはいなかった。

 でも、ここまで後悔ばかりが募ると……思わず思ってしまう。


「俺って……ものすごくダメな奴か?」


「そ~んなことないさ~」


 独り言に、あるはずのない返事があった。

 は? と、聞き覚えのある声の正体を探るため、重い頭を持ち上げると、


「ぬぁあ!? ―――おっ、ああ!」


 驚きのあまり声が出た。咄嗟に後ろに下がろうとして―――ここが噴水の縁だった事をすっかり忘れていた。フェグルスはそのまま貯水場にバシャーン! と落下する。

 水浸しになりながらも立ち上がったフェグルスは、眼前に光景に目を疑った。



 そこに、ソイツがいた。



 春だと言うのに厚めのマフラーを首に巻き。

 指無しの革の手袋を両手にはめ。

 長い藍色の前髪をカチューシャで後ろに掻き上げる―――





『全裸』の少年が、目の前に仁王立ちしていた。




 

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