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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第96話

八月中旬、学生の夏休みももうすぐ終わろうというこの時期。

亜香里がお盆の帰省を終え、こちらに帰ってきた。

いや、帰ってきたというのもおかしい言い回しか。

まあそれはそれとして、そんな折以前約束していた面子で海水浴に行く事となった。

一応面子を述べておくと春子と亜香里、冬子ちゃんに南さんと俺の五人。

海と言えばうちのジムでも合宿などしたい所だが、専業の人が実は殆どいないので現実的に考えて無理。

会長でさえも他に仕事を持ち、清水トレーナーは及川さんとこのフィットネスジムでも働いている。

俺は言うまでも無く試合の時に融通してもらっている手前、職場に長期休暇の申請など出来る訳がない。

よって、練習自体はいつも通り熱気の籠るプレハブでの日々だ。


「あ~あ、来年からは悠子さんいないのか~。何か寂しいな~…」

「ふふ、長期休暇があるなら帰って来るさ。多分だけどね。」


残念に思っているのは冬子ちゃんだけではなく、俺でさえも寂しいと感じてしまっている。

それほど顔を突き合わせていた訳でもないのにそれでもだ。

いつも一緒にいた春子ともなれば、その話題には触れるのも嫌だという感じ。


「統一郎さん、デジカメどこ?新しく買ったって言ってたよね?」

「うん。この面子で揃うのは後何時になるか分からないし、記念写真でもってさ。」

「え~本当かな~?私達の水着姿を収めておきたいだけじゃないの~?」


否定も出来ないと苦笑いを浮かべながら、空いた片手でデジカメを彼女に手渡す。


「はい亜香里、笑って笑って~。」

「私はいいって…あ、兄さん、途中のスーパーで飲み物とか買っていこう。向こうで買うと高いし。」

「そっか。それもそうだな。」


そんな亜香里の提案に、助手席の春子は何だか感心した様子。


「亜香里ちゃんはしっかりしてるね~。私なんかレジャー価格だって受け入れちゃうよ。」

「お姉ちゃんが家計簿とかつけてる姿って想像できないもんね~。ね、悠子さん?」

「ん?まあ…確かに。」


亜香里の場合は現在でも家計のやりくりとか任せているので、こういう主婦じみた発想になってしまったのだろう。

俺もどちらかと言えば春子の考え方に近い。

遊ぶときはあまりお金のことを考えないタイプだ。



程なくして目的地に到着し、去年と同じく快晴の下ビーチパラソルの設置も完了。

その横で女性陣は、互いに日焼けオイルを塗り合い準備完了。

そして俺はデジカメ片手に、美女達を引き連れ波打ち際へ。

去年はここで子供たちに絡まれたのだが、今回は特に何も起こらずそのまま進んだ。


「そう言えば去年、結局泳がなかったな。」

「ははは、だね~。統一郎君の初海水浴は、子供たちと遊ぶだけで終わっちゃったもんね。」

「兄さんって意外に面倒見いいとこあるんですよ。面倒見てもらってる私が言うのもなんですけど。」


そう語る亜香里は、大きなサメの浮き輪に冬子ちゃんと一緒に跨っている。

いつの間にか随分活発になったものだ。

それを思い何故か俺はしんみりとしながらもシャッターを切る。


「遠宮君、泳ぎは得意かい?」

「え?あ~あんまり得意じゃないんですよね。」

「そうなのか。じゃあ私はあそこのブイまで泳いでくるよ。」


傍目だと分からないが、南さんも意外にテンション上がっているのだろうか。

シャッターを切る瞬間に合わせカッコ良くポーズを決めると、見事なクロールでその姿はあっという間に小さくなっていった。


「流石悠子さん、何やらせてもお姉ちゃんとは比べ物にならないんだよね~。」

「はぁ?何よ冬子、じゃあ私と競争する?」

「なんで私がお姉ちゃんと?ばっからし~。やりませんよぉ~だ!」


そんな言い合いの後、キャッキャウフフの水掛け合いをする姉妹。

いつの間にか亜香里も巻き込まれており中々に姦しい。

一方俺はそんな彼女達を何度もファインダーに収めてから、デジカメを手荷物へと戻す。

そして寄せては返す波の感触を楽しむ様に、ずっと海面を漂いながら海水浴を満喫した。

それから時刻は昼過ぎ、昼食は俺と亜香里が用意してきた三段重ねの重箱弁当。


「凄いな。遠宮君の料理上手は知ってたけど、亜香里ちゃんも自慢できるレベルだよ。」

「そんな…毎日作ってれば誰だってそれなりには上達しますよ。」

「そんな事無いって~亜香里ちゃんに比べて冬子はからっきしだもんね~。うちの店でも接客しかやらせてもらえないし。」

「私はお姉ちゃんと違ってモテるから。料理は男の仕事~。」


こうしてワイワイ騒ぎながら取る食事も悪く無い。

いつまでも続く関係性ではないから余計にそう思う。

時が経てば状況も変わり、一緒に過ごす事は出来なくなるだろう。

まあ、春子だけはずっと一緒にいられると思うが。

それこそ、互いの人生が行き着く果ての果てまで。



楽しい時間が過ぎるのはあっという間と、誰もが言う。

それは今日という日も御多分に漏れず、気付けば空が夕焼けに染まり始める。


「よ~し、じゃあ皆そこに並んで。記念写真撮ろう。」

「統一郎さんが撮るの?三脚ないよね?それじゃ集合写真にならないじゃん。」

「あ、そうか。どうしよ…」

「誰かに頼めば…すみませ~ん!ちょっとお願いして良いですか~?」


冬子ちゃんは流石のコミュ力で二人組のお兄さんに声をかける。

水着の美女に可愛い笑顔で頼まれればまず断られまい。


「あ、じゃあ撮りますよ~。」

「「「「「お願いしま~す!」」」」」


夕焼け空をバックに満面の笑みで映る五人。

未来の俺は、どんな気分でこの一枚を眺めるのだろうか。


「じゃあ片付けして帰ろっか。重い物は俺が持つから、皆はゴミとかお願い出来る?」


片付けは存外手早く済み、皆で車に乗り込み帰路に就く。

遊び疲れたか十数分も走ると、起きているのはハンドルを握る俺と助手席に座る南さんだけとなった。

どうせ寝ると分かっていたので、三人は後ろに乗せたのである。


「こうしてみると、春子が一番子供っぽいね。そう思わないかい?」

「はは、まあそんな感じもありますね。」


彼女とこうして二人だけで話すのは不思議な気分だ。


「春子はね、凄く寂しがり屋なんだよ。昔からそうなんだ。」

「いつから親友関係だったんですか?」

「いつから…か。物心ついた時はもう一緒だったな。幼稚園も同じだし、でも当時は私の方がやんちゃだった気がする。」

「え?南さんがですか?全く想像できない。」

「喧嘩強かったからね。男子に揶揄われてる春子をしょっちゅう助けたもんさ。」

「あ~好きな子を虐めちゃうってやつですか。あるあるだ。」

「そうそう。あれ何なんだろうね。あの精神構造私には理解できないんだよ。嫌われることして何の意味があるんだか。」


これは全男子にとって耳の痛い言葉ではなかろうか。

殆どの男は経験がある筈だ。

特定の異性の気を引きたくて、くだらないちょっかいを掛けた事が。


「そんなことしてたから、春子は私にべったりになっちゃったんだろうね。」

「迷惑でした?」

「いや…迷惑だと思ってない事が問題なんだよ。いつまでも子供じゃいられないんだし…」


そう言って夕陽を眺める彼女の瞳は、どこか愁いを帯びていた。

もしかしたら彼女自身、本当は離れたくないと思っているのではないか。

そんな事も思ってしまう。

暫しの静寂、車内には三人の寝息だけが静かに響き、それから南さんはおかしなことを言い出した。


「もしさ…もしもの話だよ?高校の時さ、遠宮君に興味を持ったのが私で、最初に出会ってたのも私だったら…どうなってたと思う?」

「…う~ん、どうなってましたかね~。あんまり変わってない気もするし、変わった気もするし…分かりません。」

「…ま、そりゃそうだ。ふふ、意味のないことを問うたね。忘れてくれ。」


有り得たかもしれない過去、それを想像する事に意味はない。

南さんの言葉通りだ。

可能性は過去ではなく、未来に広がっているのだから。

しかしそうは言っても、振り返る事で得るものがあるのも確かで、全く見ずに捨て去る事もまた愚かな行為であろう。


「南さん…」

「ん?なんだい?」

「あんまり、無理しないでくださいよ。」

「…どういう意味?」

「向こうに行ってから、頑張り過ぎないでくださいって意味です。」

「ああ、わかってるさ。それに私はね…生まれてこのかた、無理した事なんてないんだよ。」


本当にそうだろうか。

彼女のような人は、平静を装いながら無理をしそうだ。

そして周りが気付いた時には手遅れになっていそう。

とは言え、そんな軟な女性には全く見えないのも事実であり、結局俺程度には彼女の真意を察する事等出来ないと…そういう事である。

そして三人を実家へ、俺は自宅へ戻ると亜香里と一緒に荷物の整理。


「…楽しかったね、兄さん。」

「うん。またいつか、皆で行きたいな。」

「うん…そうだね。」


そう呟きながら今日撮ったそれらを眺める亜香里。

楽しい瞬間を切り取ったそれは、夏の終わりが近い事を告げていた。



▽▽▽



九月も十日を過ぎると、二度目の防衛戦が形を見せ始める。

来月の中頃を予定しており、相手は柿本ボクシングジム所属の上田義男(うえだよしお)二十六歳、現在のランキングは七位。

身長は百七十五センチで距離を選ばず戦えるタイプらしい。

戦績は四戦四勝三KО、アマチュアでは全日本選手権優勝の実績を持ち、二十歳の時にはオリンピック出場も果たした強豪だ。

かつてはメダルも期待されたほどの選手であり、下手をすれば今までで一番きつい相手になるかもしれない。

しかし数年前に大きな怪我をし、一年以上のキャリアを棒に振ったとか。

現在はどうなのだろうか、調べてもその辺りの情報は出てこなかった。

それにしても最近は、上がって来る選手の殆どがアマチュア出身の強豪ばかりな気がする。

だがそれはそんな気がするだけで昔から同じだったのかもしれない。

実際そういうのを気にしてボクシングを見たりはしてこなかったから。


「統一郎君、商店街のポスターは私がお願いしてくるから。」

「うん。頼むよ。」


今回は春子が亜香里と共に色々なサポートをしてくれている。

現在は一時的に手伝っているだけだが、試合の十日ほど前からはうちに泊まり込んでサポートしてくれる予定。

俺としては親友との時間を優先してくれても構わなかったのだが、彼女なりの考えもあっての事だろう。

実際助かっているし、今はただそれに甘えるのみだ。

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