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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第9話

用語解説

前日計量:見た通り、試合の前日に行われる公式的な計量。

当日計量:こちらは試合当日に行われる。両陣営に特別な取り決めがない限り、増加のリミットなどはない。(IBFという団体の世界タイトルは別。)

七月三十一日、前日計量日。

計量は以前と同じく、試合会場脇にある協会の事務室で行われる。


「…え~五十八,八キログラム。スーパーフェザー級、遠宮選手OKです。」


ホッと一息つきながら台を降り、手渡された経口補水液を口に運ぶ。

今回の減量は叔父にもかなり協力してもらった。

というのも、試合数日前になって風邪を引いてしまったからだ。

食事で得られない栄養素を勧められたサプリで補ったが、練習を満足にこなせなかった不安は残る。


「坊主、着替え済んだら飯食いに行くぞ。」


まだ体調は万全ではないが、食欲だけは一人前。

もう頭の中は食べ物の事で一杯である。



全国チェーンのレストランにたどり着くと、いい匂いが鼻を突き思わず涎が零れそうになった。


「坊主、好きなもん腹一杯食べろよ。会長も含め勿論俺の奢りだ。」

「えっとじゃあ、ミニステーキと月見うどん、後はミートソースとうな重、アイスクリームも下さい。」

「相変わらず凄いね統一郎君…それだけ食って動けるんだから大したものだよ。」


見てるだけで腹一杯と語る大人二人だが、俺は構わず頬張る。

そして食事を終えると、予約していたビジネスホテルで横になるのだ。


「会長の雰囲気から察するに、並の相手じゃないな…」


計量会場で鉢合わせる事はなく姿すら知らないが、時折考えこむような仕草をする会長を見ていればおのずと分かる


「最近のミット打ちから察するに、大振りしてくる選手かな?」


この数週間何度も言われたのはガードを下げない、そして距離を取る事。


「インファイトでは勝ち目が無いと見てるんだ。」


元々そんなに得意ではないが、一方的にやられるほど苦手かと言われればそうでもない。

まあとにかく、会長が何も伝えないのは恐らく人伝に聞いたとか、真偽定かでは無い情報も多いからであろう。

若しくは、映像を見せれば俺が強張ってしまう程の逸材か。

いずれにせよ、明日の出たとこ勝負だ。



▽▽



早朝六時に目を覚まし、体を解してから会場近くの公園をゆっくり駆ける。

どうやら体調はかなり回復したようで、万全一歩手前と言った感じ。

試合までには更に戻る事を期待しよう。



「…六十四,五㎏、ですね。」


当日計量は約五,五㎏増、俺はこの位が丁度いい。

それから少し足早に、自陣である青コーナー側の控室へと赴いた。


「…調子どう?血色はかなり良いみたいだね。」


安物のパイプ椅子に座り係員が眺める中バンテージを巻いてもらう、その最中会長はこんな風に声をかけてくれたのだが問題はその横、テレビカメラを構えた人物がいるのだ。

それが誰かと言えば、以前取材をしに来てくれた局のスタッフ。

何でも臨場感のある絵が欲しいとか。

速めに会場入りしたのは、こういう理由もあっての事だ。

控え選手が揃うとかなりの密度になるし迷惑にもなる為、流石にカメラを回しているのは非常識に映るだろう。

俺が個室、つまりメインイベンターなら特に問題視しないのだが、それはまだ先の話だ。


「ではそろそろ、遠宮選手、試合頑張ってね。」


選手が揃い始めたのを見て、カメラマンの男性は足早に控室を後にする。


「会長…」

「ん?何だい?」

「あの…今回の取材映像、どんな結果でも流してもらえるんでしょうか?」

「…大丈夫…君は必ず勝つよ。君は僕なんかよりずっと頑張ってるし、才能もある。だから大丈夫だよ。」


質問の答えにはなっていなかった。

俺は不意にその横へ視線を向けると、腕組みした強面が力強く頷く。


「すみません…変な事聞きました。」

「ん…君は強い。少なくとも僕はそう信じて疑わない。今までも、そしてこれからも。」



▽▽



「統一郎君、行こう。」


係員の呼びかけに応え、両手に嵌められた青いグローブをバンバンと一度打ち付け合う。


「おっしゃ!気合入れろ坊主っ!」

「はいっ!」


威勢の良い声を上げ、二人だけのセコンド、その背中を眺め歩き出す。

跳ねあがる心臓の鼓動を聞きながら階段を上がり、観客席の後ろを通ってリングへ。

そしてリング脇で二度三度松脂を踏むと同時、心を落ち着けてから舞台へ駆けあがった。


(あれが高橋晴斗、金髪の…如何にもヤンキーって感じの風体だな。)


現代のと言うよりは、一昔前のヤンキー像。

金色に染め上げサイドは短く切りそろえた角刈り風味、そしてトップはパンチパーマ。

目元は鋭いが、仕草からは意外にも落ち着いた印象を受ける。

身長は、俺より少し低い位だろうか。


「「「はぁるぅとぉ~~っ!しばいたれや~~っ!」」」


巻き舌の声が響く方角を見やれば、ぱっと見だけで分かる風貌をした者達の姿。

だが、何故関西弁なのだろうか。

そんな空気の中、両選手の紹介も済みレフェリーが手招き。


「両者共、ローブロー、バッティングに気を付けて。フェアプレーを心掛ける様に。」


レフェリーの言葉を聞いている間、俺はずっと目を瞑っていた。

何故なら、金髪の男が下から見上げる様にして覗き込んでくるから。

所謂ヤンキーのガンつけなのだが、睨むと言うよりは覗き込むという表現がまさに正しい。

まるで肉食獣が獲物を見定める様に、微動だにせずジッと見つめてくるのだ。

漸くレフェリーの声も止み、俺はすぐさま背を向け自陣に戻る。


「統一郎君、距離だよ距離。絶対懐に入れちゃ駄目だ。あと、クリンチする時はタイミング気を付けてね。」

「はい。」


マウスピースを銜え、頷いた直後第一ラウンド開始のゴングが響く。

先ずはリング中央に進み、グローブを合わせ挨拶の構え。

その時覗き込んだ高橋選手の目は、獣の様にぎらついていた。


(…来るっ!)


予想通り、合わせたグローブが戻り切らぬうちに、相手は力任せに振り切ってくる。

それを事前に察知出来ていた俺はバックステップで躱すが、それでも構わず二発三発と続けて振り回してきた。

その三発目をバックステップで躱した後、動きを制するジャブ。


「…シッ!」

(これでも踏み込んでくるようなら、次で合わせる。)


すると考えを読まれたか、ぴたりと追撃が止む。

セコンドの指示かと勘ぐったが、雰囲気から察しどうやら違う様だ。


(感覚だけで動くタイプか。それはそれで厄介だな。)


数秒様子見の時間が続くと、相手は挑発する様にガードを腰まで下げ、打って来いとアピールしてきた。


(ガードを自ら下げてくれるのなら有難い。ポイント取られた後で後悔すればいいさ。)


避けられるものなら避けてみろと、俺は唯一自信のあるジャブを突く。


「シッ!シッ!シッ!……」


一発二発と入るが、相手はガードを上げる素振りすら見せない。

まるでお前のパンチなど避けるに値しないと言われている様で、これには少しカチンときて余計な力が入りそうになった。

一度冷静さを保つべく会長に視線を向けると、左拳を少しくいっと上げる仕草。

ジャブだけで良いという意思表示だと捉え、冷静に距離を測る。

そして自分から踏み込むのではなく、相手が間合いに入るのを待ってから、


「……シッ!シィッ!」


しっかり間合いを計った上で、迎え撃ちジャブ。

当たってはいるし少し表情を歪める事もあるのだが、何となく嫌な感じだ。

そこからも左を突きながら時計回りに動き、一定の距離を保ち続けた。


(この人…凄え勘良いな。まるで本当に野生の獣みたいだ…)


そう感じるのには理由があり、左からの流れで大きな一発を狙うと、考えを読んだかのようにスッと下がるのである。

その為開始二分を経過しても、今だクリーンヒットはジャブのみ。

勿論こちらも時折伸ばしてくる軽いパンチ以外被弾を許していない為、このまま進められれば優勢なのは間違いない。

そう確信し今一度左を突きながら回り込もうとした瞬間、肩に何かが当たる感触。


「……っ!?」

(コーナーポストっ!?何でここまで気付かなかった!)


好機と捉えたか、相手の纏う空気が変わる。


(不味いっ!!)


脳から発せられる危険信号、苦し紛れに左を突きながら回り込もうとするが、相手はそれを額で受け止め真っ直ぐ突っ込んできた。


(ヘッドスリップってより、頭突きだなこれは…)


タイミング的にクリンチは危険と判断し、ガードを固め衝撃に備えた瞬間、


「……くっ!!?」


ズシンっと重い感触が左腕にめり込んできた。

それは今まで経験がないほどのハードパンチで、骨格が軋みを上げ本能的な恐怖を覚える。

これは恐らく生存本能から来るものだ。


(なるほどっ、大したパンチだっ!打ち合いになれば負けないと、そういう事かっ。)


重心を下げ、クリンチのチャンスを伺いながらガードを固めて凌ぐ。


「…くっ!……っ!?」


その度に骨が軋み、上体が左右に弾かれ揺らされる中、俺はどうするのが正解か必死で頭を巡らせていた。


(慌てるなっ。こういう展開は何度も経験している。こういう時必要なのは…)


会長とのスパーでは、何度も今と同じ状況に追い詰められる事があった。

その為今となってはこういう展開に対する対処もお手の物。

こういう時、考えもなく手を出すのが一番の悪手だと感覚が知っている。

ならば通常はクリンチとなるが、どうやらそれは警戒されており、タイミングを間違えば手痛い一発をもらいかねない。

様々な思考を巡らせながら、俺はガードを固め激しく体を揺らし的を散らす。

そして相手の呼吸やタイミングを丁寧に計り、


「……シィッ!」


放ったのは右のショートストレート。

パシンッ!っと良い音が鳴り、打ち終わりを狙い澄ましたそれが綺麗に顔面を捉えた。

だが、


(…お構いなしかよっ!?)


相手は意にも解せず振り回してくる。


「…ぅっ!!」


丁寧にガードするも、一発一発が恐ろしい破壊力を秘めている為ノーダメージとはいかない。

しかし、今はこれが最善のはずだ。

それにダメージという意味で言えば、あちらの方が間違いなく上だろう。

現状一番気を付けるべきなのは、ここから抜け出そうと逸りその隙を突かれる事。


(とは言え、あまり受けすぎると骨が折れるんじゃないかこれ……)


そうして凌いでいると、拍子木の音が耳に届く。

瞬間、漸く俺が待ち構えていた一発を打って来てくれた。


「シィッ!」


バシィン!っと乾いた音が響き、相手の左ボディブローとこちらの右ストレートが交差する。

強烈なボディブローだが、軌道の差で当たるのはストレートが先。

例えどんなハードパンチャーでも、先にパンチをもらえば威力は減退するもの。

加え生命線の足を止められない為に腹は鍛えに鍛えているのだ、一撃では屈しない。

そして睨み合ったままゴングが鳴り、第一ラウンドが終了した。


(よし!手応えはあった。ダウンこそ奪えなかったが、ダメージはかなりあるはずだ。)


優勢に試合を進められている事を確信し、俺は気合十分に自陣へと足を向けるのだった。

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