第89話
四月下旬、初防衛戦の正式な日取りが決まった。
六月十九日日曜日、相手は予定通り王拳ジムのランキング二位中村レナード。
前座はまだ決まっていない試合も多く、最近の会長はいつも忙しくしている。
こういう時、専属でマッチメイクを担当してくれる人がいればと内心思っているだろう。
だが清水トレーナーがいる事で、会長不在でもスパーリングの許可が下りており、満足な練習をこなせるのは有難いものだ。
とは言え実際の所、俺自身スパーが好きかと言われれば微妙だが。
こんな感じでジム内にもそれなりの熱気が満ちており、その分責任者の仕事も増えている。
それでも確実に負担は減っているだろう。
まあ他に全てを任せる事はまだまだ出来ないだろうが。
▽
四月最後の日曜日、俺は春子と共に遊園地へとやってきていた。
こういう気晴らしも大事なひと時である。
今年で春子の大学生活も最後となる、本人は祖母が引退する予定の喫茶店を継ぐらしいので就職活動もしていない様だ。
「でもさ~これだと何のために大学行ったかわかんないよね。無駄金使わせちゃった感じ。」
「そんな事無いでしょ。もしいつか別の仕事を見つけようとなった時に、高卒と大卒じゃやっぱり幅が違うよ。」
「そんなもんかな~。」
「そうだよ。ま、その必要がないくらい俺が頑張って稼ぐつもりだけどさ。」
ファイトマネーと言う意味では、タイトルを取ったここからが勝負。
まずは国内で防衛を重ね更に上へ行くためのチャンスを探る。
順番的には東洋、そしていつかは世界も見据えたい。
その為に必要な要素は多く、実力的な面は勿論だが話題性のある選手になる事も大事。
県内の知名度はある程度確立できているので、徐々に全国的な知名度も上げていきたいと会長は語っていた。
「そういえばさ、統一郎君の次の試合アリーナ使うんだって?」
「そうそう。一万人近く入る大きな会場。」
「席埋まるかなとか、そういう不安はある?」
「そりゃね、でもあの施設って規模の割に安く借りられるって言ってたから、そこまで荷が重い感じはしてないかな。」
「県政の汚点とか言われてるもんね…あまりに使われないから。」
立派な施設なのだが箱に見合ったイベントというのは殆どなく、維持費ばかりがかさむ。
結果、県民からは只の金食い虫扱いされているらしい。
前回まともに使われたのは、もう半年以上前のアイドルコンサート。
ぽつぽつと一応市が主催するイベントなどでも使われているのだが、殆ど人が寄り付かず閑古鳥が鳴く状態とか。
「やる事無かったらさ、うちに入り浸ってれば?亜香里も歓迎するだろうし。」
「う~ん、悠子が忙しそうだからちょっと世話してあげたい気持ちもあるんだよね。食事とか。」
「今まで任せっきりだったから?」
「まあ、そんな感じ。時間空いたら二人でどっか旅行でも行こうかって計画してるんだ。」
南さんは地元企業に拘る訳ではないらしいので、多分春子とは離れ離れになるだろう。
幼少からずっと一緒に育ってきた親友が傍からいなくなる、それは心に隙間を生みそうな出来事だ。
果たして俺は、それを埋めるような存在になれているだろうか。
「統一郎君、観覧車乗ろうか。今そういう気分。」
俺の手を引き駆け出す彼女の背中は、どこか少しだけ寂しそうに見えた。
▽▽▽
五月に入ると、興行の枠も殆ど埋まりポスターも完成した。
俺はいつも通り職場に張らせてもらい、週末の日曜日には商店街も回る。
「あ、遠宮先輩。ポスターですか?どうぞどうぞ。俺も今回は定価で買わせてもらうんで。」
「え?別に遠慮しなくていいんだよ?」
「いや、彼女出来たんで二枚買うんすよ。流石にそれを割り引いてもらうのは何か…」
実家である精肉店を継いでいる前田君は、もうすっかり店主みたいな風貌だ。
春子曰くロリコンらしいが、一体どんな彼女だろうか。
まあ多分普通の女性だとは思うが。
そんな事を思いながら次へ、すると、
「あ、今日の店番は沙織ちゃんか。」
「ああ、どうも遠宮さん。試合のポスターですか?じゃあいつも通りそちらに。」
鈴木書店の看板娘の沙織ちゃん、名前で呼ぶようになったのはいつからだったろうか。
去年春子と一緒に来てからだった気もする。
その時に鈴木母も話に加わってきて、ややこしいから名前でという流れだったはず。
因みに彼女は明君と同じ同市内の大学に通っている。
「もし時間あるようなら電話頂戴よ。知人割引適用しちゃうよ。」
「え?えっと、それが…」
「もしかしてお小遣いに余裕ない?」
「いえそうではなく、チケットの方はもう頂いたので。」
「え?誰から?」
「ついこの間菊池君からキャンパス内で渡されまして、時間があったら見に来てほしいと。」
奥手に見えるが明君も中々にやるものだ。
これは先輩として、後輩の良い所をアピールしておくべきかもしれない。
「彼はね、勇気を持って迷いなく踏み込むんだ。凄く練習熱心だからスタミナも豊富だし。あと手数も多いから試合は面白いと思うよ?」
「は、はぁ…そうなんですか。」
言ってから気付いた。
これは違うと。
選手としての強みを彼女に述べてどうするのだ。
人間的な良さを述べなければ駄目なのに、俺は馬鹿なのだろうか。
弁解しようと思ったら丁度お客さんが来てそれまで。
心の中で明君に謝罪しながら時刻を確認すると昼前、如月家経営の喫茶店へと足を向けた。
「あ、統一郎さんいらっしゃ~い!何食べる?まだ減量しなくていい時期でしょ?」
「お、今日は冬子ちゃんが当番か。じゃあお勧めもらえる?」
「分かった。おばあちゃぁ~ん、ササミカツセットお願ぁ~い!」
この子はいつも元気一杯だ。
亜香里情報では予想通りかなりモテるらしい。
そんな感じで男友達も多いが、一線を越える間柄の人は作らないんだとか。
しかし傍から見れば吉田君とそう見える様に演出していると聞いた、本人了承の上で。
実際は違うので私生活で縛られる事も無く、学校生活ではイケメンの彼女的なポジションで一目置かれる。
中々にそつのない立ち回りで、俺の様な人間は感心してばかりだ。
「はいお待たせ~。中熱いから気を付けてね。」
「ありがと。へぇ~菜の花のおひたしに汁物は…ふきのお味噌汁かな?」
「良く分かるね~。流石統一郎さん。」
そしてメインのササミカツには甘めの特性タレがかけられ、中からはとろりとチーズがあふれ出す。
俺も多少は料理できるが、やはり本職が作るものにはかなわない。
そう思わせる程に美味しかった。
美味しい昼食をご馳走になり元気を取り戻した俺は、再び宣伝活動に勤しむのだった。
▽▽▽
六月に入り試合まであと一週間ほどとなった時期、宣言通りジムに女子大生三人組がやってきた。
思えば『BLUESEA』というこのグループも、結成してから三年以上。
アイドルがどれくらいでベテランと呼ばれるのかは知らないが、中堅くらいはありそうな印象。
彼女達が結構人気者であるがゆえに、県内ではそれに続けと似たような流れで新人が生まれては消えている。
そんな中で生き残り続けるこの子らは相当なものだ。
その秘訣はやはりバランスか。
安定した進行役の藍さんに賑やかしの桜さん、そして曲者の花さんが良い味を出している。
「…遠宮選手の次戦は泉岡アリーナ。相手は名門ジムの強豪、ランキング二位の中村レナード選手です。相手の印象や予想される試合展開などをお聞きしてもよろしいですか?」
「そうですね。非常に器用な選手という感じで、距離が重要なファクターになると思います。」
「相手はサウスポーという話ですが、苦手意識などは?」
「いえ、自分はあまりサウスポーに対して苦手意識はないですね。寧ろ良い印象を持っています。」
サウスポーの選手と当たった事はあるが、それほど苦戦したという記憶はない。
「なるほど、自信たっぷりですね。では最後にモニターの前の県民へ意気込みをお願いします。」
「はい。え~タイトルを取って初めての試合ですが、必要以上に重く受け止めず最高の試合を見せます。是非見に来てください。」
「有り難うございました。」
続いて会長にも一言もらい番組の締めへ。
「……チケットのお問い合わせは…」
「「「こちらで~す!」」」
最後に三人が声を合わせ綺麗なハーモニーを響かせながら、テロップが出ている筈の場所を指さし収録が終わった。
そして三人と握手を交わし挨拶。
「私達も頑張るので!遠宮さんも頑張ってくださいね!」
「はい。桜さんもラウンドガール頑張ってください。」
桜さんから元気のいい応援を頂いた後は、曲者から一言。
「私程度が言う事ではないですが、サウスポー相手なので足取りの位置気を付けてくださいね。こんな所で躓く姿は見たくないですよ?」
「あ…はい。肝に銘じておきます。」
そして花さんの適切な技術指導を後に、彼女達は去っていく。
俺はその後ろ姿を眺めながら思う。
まだまだ長い付き合いになりそうだなと。




