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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第82話

十一月三十日、俺は二十一歳になった。

この年齢で日本王者に挑戦できるとは、目標がそのまま現実になり少々驚いている。

しかし肝心の試合自体は、まだ日取りが決まっていない。

正確に言うと大まかには決まっており、一月の終わりか二月中旬までのどこか。

恐らく二月になると会長は言っていた。

まあ、俺にとってはいつでも関係ない。

しっかり練習しその時に備えるだけ。


▽▽▽


十二月初旬、叔父さんの子供はもういつ生まれてもおかしくない。

妻の静江さんは少し前から叔父が勤める病院に入院しており、俺も亜香里と一緒に顔を出してきた。

陣痛がどのくらい痛いのか男の俺には分からないが、女性とは凄いものだと思う。

春子もいつか通る道だと考えただけで、胃がキリキリしてしまう自分にちょっと呆れてしまった。


▽▽▽


十二月の中頃、漸くタイトルマッチの日取りが決定した。

二月十一日の金曜日、それが勝負の日。

相手は今回が三度目の防衛戦となる松田隆文選手。

余談だが、スーパーフェザー級の挑戦者決定戦は五位と八位で争うという微妙な形となり五位の選手に決まった。

誰もあの怪物とやりたがらず、上位陣が皆逃げたのである。

正直こういうのは勝てる勝てないではなく、プロボクサーの誇りとして立ち向かってほしい。

王者である高橋選手陣営ももう国内に興味を示しておらず、機を見て返上しアメリカ進出を考えているとか。

何でも向こうの大手プロモーターから、既に声が掛かっているという噂もある。

何とも景気の良い話ではないか。

後はもう一人の怪物御子柴裕也だが、こちらは音沙汰無し。

噂ではタレントとしてやっていくという話も聞いたがどうだろう。

個人的にそれはないと思うが。


▽▽▽


十二月二十日、遠宮静江さんが無事第一子を出産した。

元気な男の子である。

年経てからの子は可愛いとよく言うが、その言葉通り叔父は既にデレデレ。

あのざまでは厳しく叱りつけるなど、到底出来無さそうな気がする。

静江さんの両親にもこの時初めて会ったが、彼女と同じくニコニコした笑顔の暖かい人達だった。

因みに子供の命名は静江さん。

その名も龍臣(たつおみ)、中々に勇ましくて格好いい名前ではないか。


▽▽


十二月二十五日土曜日、今日は亜香里が如月家にお呼ばれしお泊り会となっている。

俺も誘われたのだが、練習後になるので遅くもなるし遠慮させてもらった。

亜香里は結局クリスマスもずっと家で、俺も特に変わりなくいつも通りに過ごしてしまったため、こういう催し事を計画してくれた冬子ちゃんに感謝だ。

そう言う意味では春子にも申し訳ない事をしている。

まあその春子は今うちにいるのだが。


「だってさ~クリスマスも家族と過ごしたんだよ私。折角冬休みに入ったし逢いたいな~って思ったけど、大事な時期だしあんまり無理も言いたくないかなって。」

「気にしないでずっとここにいてもいいのに。」

「え~?いいの~?でも悠子が寂しがるからな~。」

「え?南さんも今実家にいるんでしょ?」

「うん。悠子もクリスマスは家族とだよ。なんだかさ~らしいよね。」


この軽い空気が本当に好きだ。

彼女と出会えたことは俺の人生において、非常に大きな出来事。

今では彼女無しの人生など考えられない。


「あ、そうだ。スイちゃんはどこかな~?」

「亜香里の部屋だけど、寝てたら起こさないでよ?」

「分かってるよ~。」


亜香里の部屋には春子の方が詳しい。

うちにやってきた時は必ずあの部屋で猫と戯れるから。

どうやらスイも起きていたらしく、抱えて居間に戻ってきた。

いや、スイの方は若干眠そうにしており、春子の腕の中で眠るつもりなのだろう。


「あ~戯れようと思ったのに寝ちゃったよ~。まあこれはこれで可愛いけどさ。」


明日が日曜という事もあり、俺も少し夜更かしし炬燵にミカンでテレビを眺める。

これぞ正しき日本の冬の過ごし方。

それからスイを寝床に戻し、二人で一緒にお風呂から寝室へという流れ。

実はこの家で交わるのは初めてという事もあり、少々ハッスルしすぎてしまったきらいもある。

翌日春子は少しだけ腰を痛そうにしていた。


▽▽


一月一日元旦、初詣は如月姉妹と南さん、そして亜香里と俺の五人組。

女性ばかり引き連れて、また誰かにハーレムとか言われたらどうしようか。

そんな不安もありつつ参拝、今年の飛躍を誓った。

そして三が日も終えると春子たちは泉岡へ帰還。

俺も仕事を再開、更に大舞台へ向け自分の武器に磨きをかける。


▽▽▽


一月下旬、試合まで後二週間となった時期。

少し左肩に違和感を覚え診察を受ける事に。

結果大事には至らなかったが、少々オーバーワーク気味との診断。

その後会長の指示もあり、肩に負担の掛からないメニューへ切り替えた。

一番の追い込み時期にこれは、本番でのメンタルに影響しないか不安もあるが、今は出来る事をやるしかない。

だが今回をプラスに考えるなら、オーバーワークという一線を感覚的に知れた事か。

流石にこれだけは本人にしか分かり得ず、会長でもお手上げ。

そう言う意味では、まだ若干余裕のあるこの時期に知れたのは救いである。


▽▽▽


二月初旬、試合まであと一週間。

色々あったが、ウエイト調整自体はいつも通り上手くいっている。

そして今日は取材が入っており、いつもの三人組がやってくる予定だ。

彼女達も何だかんだ今年で高校を卒業、もうすぐ大学生になる。

三人共が春子と同じ大学に通うらしく、不思議な縁を感じてしまった。

因みに春子の通う大学は県内で二番目に偏差値の高いとこであり、藍さんと花さんはまだ分かるが、あれなイメージのある桜さんもそこに入るのはちょっと意外。


「…もうお馴染みとなりました遠宮選手ですけど、遂に来週帝都で日本タイトルマッチに臨みます。」

「もう期待しかないよねっ!」

「うん、期待感ある。しかも一度は勝ってる相手だから余計に。」


応援と言うのは、結局素直な言葉が一番有難い。

心にすっと入って来るから。

しかも三人共が受験を控えた時期であり、本人たちも大変な筈なのにそれをおくびにも出さないとくれば余計に。

そして収録自体はもう慣れたもので、藍さんの上手な進行で進み綺麗にまとまった。


「有り難うございました。試合応援してます!頑張ってくださいね!」

「私も応援してますよ!」

「うん。今度こそ必殺のスイッチカウンター見せてくださいね。」


花さんは何で知ってるんだろうか。

それらしい動きは確かにしているが成功した事はないので、その実を分かるのは極一部だろうに。

中々に恐ろしい洞察力である。

もしかしたら俺や相手の弱点や癖とか、聞けば教えてくれたりするかも。

そんなことまで思ってしまった。


翌日、今度は後援会の人達から公民館にて激励を受けた。

俺の体を考慮してか宴会が始まって直ぐに退席を許され、主役なしではあれど宴自体は盛り上がったらしい。


▽▽▽


二月十日木曜日、今回も相変わらず計量日当日の長距離移動。

正直六時間以上車に揺られるのは堪えるが、慣れたと言えば慣れた。

練習で思ったほど追い込めなかった点に不安を覚えるが、ここに至りてそんな感情は捨てるべき。

今はとにかく計量を越える事を考える。


「着いたよ。付き添いは僕と及川君だね。じゃあ牛山さん、申し訳ないですけど車お願いします。」

「おう、いつも通りだな。しゃんとしろよ坊主。」


計量直前なので余裕なく、乾いた笑みで返す。

感覚的にはリミット一杯で行けるはずだが、不安があるのはいつもの事。

計量の会場はいつもと同じ事務局。

近づくと待っていた山崎さんが、いつも通りカメラを構え横に張り付いた。

この人だとあまり気を使わなくて済むので助かる。

一室に入ると、まだ王者陣営は来ていない様だ。


「……遠宮統一郎選手、ライト級リミットです。」


思わずガッツポーズしそうになるほど嬉しい。

そして及川さんが手渡してくれる経口補水液、これが体に染み渡るのだ。

ホッと一息ついたすぐ後、丁度松田選手がやってきて真っ直ぐ秤の前へ。

こちらを一瞥する事も無かった。


「……松田隆文選手、ライト級リミットです。」


こちらもきっちり仕上げてきた。

頬はこけているが、闘争心に満ちているのは目を見れば分かる。

それから並んでカメラの前に立つのだが、彼は終始硬い表情で一度も俺の目を見なかった。

気負い過ぎに見えるが果たしてどうか。

どちらにせよ全ては明日になれば分かる事だ。

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