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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第81話

試合から数日、ジムは相変わらず熱気に満ちている。

というのも二週間後の十九日には、佐藤さんと明君の試合も控えているからだ。

場所は南に隣接する陸前県の中心都市である栗原市。

メインは日本フェザー級タイトルマッチとなっており、相沢さんの防衛戦である。

俺は仕事なので応援には行けないが、彼らならば大丈夫と信じたい。

会場は複合型の大きな施設で、一万人近い集客を見込んでいるとか。

相沢さんは俺と違い世界を確実視されている選手であり、同県ではカリスマ的な人気を誇っているらしい。

しかも彼の場合、全国的な注目度も非常に高く各種メディアも放っておかないだろう。

勿論御子柴選手ほどではないが、それでも地方選手としては異例の注目度。

俺もいつかそんな風になりたいものだ。



▽▽▽



十月十九日、今日のジムは人が少ない。

会長たちはセコンドなので当然おらず、いるのは俺と練習生三人組の四人だけ。


「三人共、ミットやるなら俺持つよ。あんまり上手くないけどさ。」

「「「すんません。あざっす!」」」


ミットを持つというのも意識を変えれば自分の練習にもなる。

上手に受ける事を意識しながら、頭の中ではそれを捌くイメージを浮かべるのだ。

一番力の乗る瞬間を見極め、どこで受け流せば体幹が崩れるのか、主にそういった事を考える。

しかも三人共が皆スタイルも得意な距離も違うので、こちらとしては有難い。


「はい奥山君、ラスト十秒連打連打。」


彼の回転の速さは階級を加味しても群を抜いている。

俺の見立てでは、少なくともハンドスピードは現時点で殆どの国内現役選手より上。

こうしてミットを持っていても、俺の方が追い付かなくなるほどだ。

だが重心移動などの細かい部分が粗い、というよりも意識が向いてすらいない。

何度も教えられている筈なのだが、これは本人が意識を変えない限り治らないだろう。

一方どんなに体勢が崩れても構わず強打を打てるのは流石、しかしそれでは持って生まれたものに頼り切っている感も否めない。

この辺りをどう矯正していくかが課題か。


「そう、会長も言ってたけど、古川君は細かく打つよりも一発一発をしっかりね。」


彼は非常に不器用だ。

ファイトスタイルが、どこか次戦の相手である松田選手を思わせる。

細かく打つ事を意識すると手打ちになるので、それならばいっそ丁寧に一発一発力を籠めたほうがいい。

そしてボディ打ちは会長直伝でもありかなり強烈、ゆくゆくはこれを中心に立ち回る事になるだろう。


「そう、いいよ。でもね吉田君、ちょっと真っ直ぐ下がり過ぎかな。」


最近分かってきたが、吉田君の武器は距離感だ。

既に百八十一センチの長身であり、自分の強みがなんであるかをしっかり考える冷静さも兼ね備えている。

同時に勉強家でもあり、三人の中で一番綺麗なパンチを打つのは間違いなく彼。

特にリードブローは俺を強く意識していると思われ、意外に鋭い。

重いクラスになれば一発をもらう事の意味がより大きくなるはず。

そんな中、速くて切れるジャブはきっと彼の身を助けるだろう。



練習も終わった頃合い、ジムの前に響くエンジン音。

どうやら会長たちが戻ってきた様だ。

隣県くらいの場所だと、やはり帰りも楽なのでいい。

ガラリと戸が開かれ、バッグを担ぎ最初に入ってきたのは及川さん。


「帰ったよ~。お、幼馴染トリオもやってるね~。」

「「「…ちっすっ!」」」


因みに彼らもフィットネスジムで時折筋力トレーニングしている。

月謝などは及川さんの計らいで免除してもらっているが、一般会員さんの多い時は遠慮するのが道理、彼らは意外にそういうとこしっかりしている様だ。

そして及川さんの後ろから、綺麗な顔をしたままの佐藤さんと戦士の顔をした明君もやってくる。

そんな中チラリ外に視線を向けると、会長たちと話す菊池夫妻の姿も確認。


「そんな顔しなくても大丈夫だって遠宮君、二人供勝ったから。結構差のついた判定だったよ。」


正直佐藤さんに関してはそうだろうと思ったが、問題は明君。

お母さんの表情からはどっちとも取れなかった。

それから本人たちと色々話していた所、


「お~い明、顔見せ済んだらもう帰って休め。佐藤もな。」


菊池母は何故か菓子折りを俺たちに配り、軽く挨拶を済ませてから息子共々仲良く帰っていった。

佐藤さんはどうするのかと思い視線を向けると、どうやら牛山さんが送っていくとの事。

及川さんもフィットネスジムの方に顔を出すらしく、すぐ退散していく、

流れで俺も会長に今日の事を報告してからロードワークへ、そしてそのまま帰宅と相成った。



▽▽▽▽



暦も十一月に入ると、俄然気温も下がって来る。

そんな季節の今日は仕事も休み、俺は母校へとやってきていた。

隣には春子もおり、昨日の夜から一緒である。

因みに今日は文化祭、亜香里本人には行くと伝えていないので、会ったら嫌がられる可能性もあるがどうだろう。


「あ、亜香里ちゃんみ~っけ。あれ何のお店だろうね。」


出店の屋台みたいな場所に立つ亜香里、こちらに気付くと少し気まずそうな表情を浮かべる。

他の生徒とは多少距離を感じるものの、嫌われてるとかそう言う感じでは無さそうで一安心。


「あ~なるほど、射的か~。ん?ねえ亜香里ちゃん、一メートルくらいのぬいぐるみがあるけど…あれどうやって倒すの?」

「えっと、あれは…その~ネタみたいなものらしいです。」


まあそうだろう、あれを倒そうと思ったらパンチでもしない限り無理だ。

そうして会話していてふと気付く、周りの生徒達が凄く不思議そうに眺めている事実に。

何だろうと思い見やれば、一人の女生徒と視線が合った。


「あの…遠宮選手ですよね?握手とサインお願いできますか?」

「いいですよ。握手ですね……ん?サイン?」


そういえばサインなんて考えた事も無く、何故か今まで頼まれたことも無かった。

さてどうしようか、了承した手前今からは断りにくい。


「悩む必要ないじゃん統一郎君。普通に名前書けばいいんじゃない?世界チャンピオン遠宮統一郎(予定)って具合にさ。」


そこまで大口は叩けないので、普通に名前を書くだけで良いのではなかろうか。


「ごめんね。今まで書いた事無いからさ。ちょっと普通過ぎるかな?」

「えっ!?これ初めてなんですかっ!?やった~っ!」


改めて見るとかなり違和感がある。

これは後でちゃんと考えた方が良さそうだ。

今書いたサインは、幻の一品みたいな扱いをしてくれればいい。

その後順番に生徒達と握手を交わしていく。

近くのドラッグストアに来ればいつでも会えるのだが、少し不思議な感じだ。


「そういえば渡瀬さんとはどういう関係なんですか?」


問われなるほどと思った。

確かに名前からでは俺との関連に気付けない。

言いふらす質でもないであろう。

一瞬どう答えるか悩んだが、血の繋がり等には言及せずただ妹と答えておいた。

すると周囲の生徒達には大層驚かれ、俺達が立ち去ったあと亜香里は質問攻めにあったかもしれない。

だが物事とは何でも切っ掛けが大事、きっとこれで多少は打ち解ける事も出来るのではないだろうか。

そうして校舎の中を歩き向かうのは体育館。

冬子ちゃんのクラスの出し物が、演劇だからである。


「え~?冬子のとこに行くの~?…まあいいけどさ。」


春子としても本気で嫌という訳ではなく、姉妹特有である恥ずかしさからの反応だ。

俺は一人っ子なのでこういう感覚は分からないが。


「もう結構進んじゃってるね。これ何ていう劇?春子分かる?」

「ん~分かんないな。オリジナルじゃない?」


学生らしい、等身大の青春もの。

プロの演技には当然劣るのだろうが、一生懸命さが伝わるのでそれだけでも感じ入る。

一つ残念なのは、冬子ちゃんは裏方なのか舞台上には姿を見せなかったこと。

そして最後まで見た頃合いで次の場所へ。


「いらっしゃいませ…あ、遠宮さんと…彼女さん?ども。」


喫茶店をしているのは吉田君のクラス。

彼は執事みたいな恰好でかなり決まっている。

見た感じお客さんは、外からの人より同校の女生徒が多く見え結構混んでいた。

この状況で仕事を増やすの悪いと、挨拶だけして次へ。


「あ、遠宮さんと彼女さん。ちっす。」


奥山君と古川君は同じクラスで、レクリエーション系の出し物。

俺はダーツに挑戦し、景品で何故かビールジョッキをもらった。

お酒飲まないのだが。

春子は輪投げに挑戦し景品は小振りなフライパン、これをもって練り歩けと?

中々に独特な品揃えである。

まあそれはそれとして外に向かい歩くと、時間的にもそろそろ食事をしたい所。

キョロキョロ見やれば色々な出し物があるものの、やはり同門がやっている所で買うべきだろう。

そう思い目に入ったのは三年生である明君。


「あ、どうも遠宮さんと…如月元生徒会長ですよね?」


なんで春子の事を知っているのかと思ったが、彼の年代くらいまでは結構俺達有名らしい。

因みに明君とこの出し物はお好み焼き、見やれば生徒達が慌ただしく動き注文を捌いている。


「明君、二つお願いね。」

「はい!少々お待ちください!」


こういう休日の過ごし方も悪く無い。

ベンチに腰を落ち着けると、道行く人たちを眺めながら昼食となる。


「私達が卒業して二年半か~。時間が経つのは早いね~。」

「そうだな。因みに俺はさ、この二年後くらいには…夫婦で来たいなって思ってる。」

「あ、こんなとこでプロポーズ?ふふ、まあそっか…後は私の気持ち次第か~参ったな~。」


参ったとは言いつつも、その顔は全然困ったように見えない。

そもそも深刻に捉えるような問題でもないだろう。

俺も彼女との未来を疑っていないし、今この瞬間もとても幸せで満ち足りている。

そしてこういう日々が続く限り、きっとこれからも勝ち続ける事が出来る筈だ。

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