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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第80話

「あれだけ踏み込まれてこの程度の消耗なら大したものだよ。」


腹には結構もらってしまったが、上は殆どもらっていない筈だ。

でもやはり大道選手は剛腕、受け続けた腕が少し痛い。


「しっかり見て受けてたから、ボディもそこまで深刻そうではないね。」


先のラウンドは随分攻め込まれてしまった、しかし途中からは冷静に受けに回る事が出来た。

何だかんだ俺だって十五戦というキャリアを積み重ねてきたのだ、そう簡単には潰れてやれない。

加えここまでやって分かったが、相手の仕上がりはもしかするとここ数年で一番では?

少なくとも少し前のタイトルマッチの時よりは幾分か良さそうな気がする。

そしてセコンドアウトの時間、会長は下がる時に軽く頷いて見せた。

これは恐らく狙えと言う意味。


カァ~ンッ!


第四ラウンド開始のゴングが鳴り、進み出る相手の足取りには自信が垣間見える。

だが向こうが俺を知ったのと同じように、こっちだってもう充分見た。

特に先のラウンドは、数えきれないほどこの身に刻んでもらったのだ。

なのでタイミングなどはある程度合わせられるはず。


「…シッ…シッシッ!」

(まず一発…このタイミングっ!)


距離を詰めて来る初動、これはもう掴んだ。

だが一つ心配事がある。


ダンッ!


これだ、踏み込みのフェイント。

何故かは分からないが、体が勝手に反応してしまうのだ。

今だってフェイントだと頭は理解しているのに、体がビクッと反応しこちらの初動に遅れが出てしまっている。

こうなると距離を取りたくても間に合わない。

それでも先のラウンドの様に、ズルズルとペースを握られるわけにもいかないだろう。

ならばどうする?


(初撃は…左フック。カウンター…無理…)


初撃の出だしは見切ったが、こちらが先に打ち抜く体勢までは作れていない。

かと言ってこのままガードで受ければ先の二の舞。

距離を取りたい。

そんな願望に体が反応するかのように、俺はスッと上体を仰け反らせる。

だがこれでは駄目だ。

思い切り踏み込んできて、構わず次を振って来るだろう。

ならば是が非でもこの一撃を捌かなければ。

その意思を肉体が汲み取り、思考より先に眼前で右を被せ迫る剛腕を叩き落とした。

しかしこれでも不十分、直ぐに次が来る。

これは最初から分かっていた事。

それにも体が反応してくれていた。


「…シュッ…」


いつの間にか放っていたのは左アッパー。

正確にはショートアッパー。

直後感じる違和感、いつも通りのパンチではない。

何が違うか、右腕が前…つまりサウスポースタイル。

いつの間にスイッチしていたのだろう、自分でも意識していなかった。

そんな事より肝心なのは手応え。

ズシンという感じではないが一応は当たり、相手の顔面が僅かに上に弾かれている。

右を返せば当たると判断し、腰の捻りを加え強く強振するも空振り。

完全に当たるタイミングだったのに何故、そんな思考が頭をよぎるも、相手を見やればマットに手を着いてしまっている。


「…ダウンッ!」


会場はどよめいていた。

恐らく観客の誰もがスリップだと思っているのだろう。

だが違う、その前に俺のパンチがしっかり捉えている。

大道選手も陣営も何も言わず従っているのがその証拠。


「…ボックス!」


当然ダメージは殆どない。

だが踏み込み難くはなっただろう。

不用意に距離を潰せば、また先の流れを踏襲してしまうかもしれないから。

こうなれば活きるのが俺の左。

漸く自分の距離で十二分に立ち回れそうだ。



「よし、流れ掴んだね。しかしあのスイッチモーション、正直びっくりしたよ。あそこまでスムーズに出来た事なんて練習でも無いからね。」


会長以上に俺も驚いている。

正直もう一度同じようにやれと言われても無理だ。

しかしそのくらいでなければ駄目なのだろう。

考えてから動くのでは、多分この先通用しない。


カァ~ンッ!


第五ラウンドのゴングが鳴り、対角線を見やった。

やはり距離を詰める初動には迷いが見え、ならばとそこを確実に突いていく。

左、左、左、左、左、俺の真骨頂である回転の速さ。

これが出ると、否応なく流れがこちらに傾いてきたと感じる。

ガードの真ん中を狙い、鋭く鋭く休む暇なく突き続け、遂にはその壁を打ち抜いた。

この試合では始めて、相手を左で下がらせる事に成功。

こうなればますます気分も乗る、止まらない。

気のせいか、切れも増してきた気がする。


「…シッシッシッ!…シッシッシッシッ!」

(ガードの隙間…ガードの隙間…)


下がっても横に動いても逃がさない。

前に出てくるなら下がりながら打つ。

そうだ、この感じだ。

今日は少し硬くなっていた。

空気を斬り裂くこの感じこそ、いつもの俺の左。


「シィッ!…シィッ!!」


右ストレートから更に右ストレート、これは少し調子に乗りすぎた。

結果、強く弾かれ反撃の隙を生んでしまう。

この辺が本当に未熟。

いや、大道選手が凄いのだ。


「…っ…っ!」

(…焦るなっ…我慢我慢っ…)


一度踏み込まれてしまえば、そう簡単にクリンチも許してくれず我慢の時間が続く。

だが一方的に受けていては駄目、強い気持ちを持って際どい一瞬を見切り痛烈な一撃を返さなければ。

とは言え上の被弾は許せないので、ボディは打たせる覚悟でも頭部はしっかりガード。

相変わらずの剛腕に肋骨が軋むのを感じる。

そして会場の歓声が鼓膜を震わせるのを実感しながら、ラウンドの終わりを告げるゴングを聞いた。



第六ラウンドからは強気に、同時に慎重にも立ち回った。

相反する様に感じるこれらだが、一発一発に意思を乗せ意味を持たせ強く打ち出す。

もう踏み込ませないぞと、ここからは俺の時間だと、そんな強い気持ちを拳に乗せるのだ。

しかしそう簡単にはいかない。

貫いて来るのは俺と同じ、若しくはそれ以上に強い気持ちを秘めた瞳、彼には諦めるという言葉が存在しない。

痛みは歯を食いしばり耐え、倒されなければ良いと被弾しながらも強く踏み込んでくる。

これこそが大道学、どんなに追い詰められようと見せ続けた姿。


「…シッ!…シッ!…シッ!!」

(呑まれるなっ!構わず打ち続けろっ!ここで臆するなら先はないぞっ!)


全弾ジャブというよりは左ストレート。

大道選手はヘッドムービングで僅かに急所を外しながら、被せる様に剛腕を振るってくる。

ダメージは間違いなく蓄積しているだろう。

証拠に、貰う度に首から上が後方に弾かれ体ごと仰け反る様になってきた。

それでも倒れないし下がらない。

その姿に会場は更にヒートアップ、まるで祭りの様な大歓声。

このラウンドに入り、俺は殆ど被弾しておらずペースを握り続けている。

にもかかわらず、肩を上下するほど息を乱していた。

何故か、一言でいえば気持ちで押されているのである。

顔面の真ん中を捉えグチャリと拳に伝わる感触、これは骨じゃない。

恐らく鼻が砕けているのだろう。

出血も激しくなってきており、滴り相手の胸部を染め上げるほどになってきた。

呼吸は口でしかできないのか、常に開けっ放し。


「…ストップっ!」


レフェリーが割って入りドクターを呼ぶ。

ラウンドの残り時間は、後たった十九秒。

会場からは再開を求める大合唱が鳴り響き、ドクターも少し困り顔。

ニュートラルコーナーでその判断を待つ俺は、終わってくれと只々祈っていた。

この人の覚悟は異常だ。

多分どんな選手でもテンカウントを聞かせる事は出来ないのでは?

そんな事を思ってしまう程。

何度も何度も顔を拭いては首をかしげるドクター。

そして十秒ほどのち、レフェリーが試合終了と俺のTKO勝ちをコールした。

大道選手は天を仰ぎ、暫し瞳を閉じる。

それはまるで、天に祈りを捧げているようにも見えた。



「…強かった、有難う…本当に。」


拳を交え全力でぶつかり合った者同士、抱き合い健闘を称え合う。

近くで見れば、変色して腫れ上がった鼻が少し痛々しい。

それから忘れず相手の陣営にも挨拶。


「こうなれば行くとこまで行ってくれ。そうじゃなきゃうちの選手が浮かばれない。」


ニヤリと皺の刻んだ顔を歪ませ、王拳ジム浜口会長が告げた。

俺は大きく頷き、夢を背負った責任を果たすと誓う。


「おい坊主、勝利者インタビューだとよ。呼んでるぞ。」


その後この会場では初めてとなるインタビューを無難にこなし、歓声に応えながらリングを降りていった。



後日、大道選手は現役引退を表明。

その長いプロボクサー人生にピリオドを打った。

だが聞いた所によるとジムを起ち上げるらしいので、これからもプロボクシングに携わっていくのだろう。

そしてその魂を継ぐ者が、いつか俺の前に再び立ちふさがるのかもしれない。

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