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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第8話

簡単な世界観補足説明(ボクシングに詳しい人用?)

国内ランキングは十二位までとしています。

基本的には二十年くらい前のボクシング界をイメージしており、プロモーターを代行する企業は無くそれぞれのジム若しくは協会が主催する形しかない。


日本でも電波オークションが導入されており、企業の参入も盛んで地上波だけでも相当数のチャンネルがある。

国名などは我々の世界と変わらず。

五月に入ったある日の練習後、会長がこれからについて聞かせてくれた。


「二回戦目が八月一日、当然この先も勝ち抜くと仮定して、準決勝が九月下旬、決勝が十一月初旬、そして全日本新人王決定戦がクリスマスの時期だね。」

「おお、結構なハードスケジュールじゃねえかよ。体重調整大丈夫なのか?」


全ての試合間隔が大体一月半くらいとなれば、確かに体重管理が難しい。

毎回十キロ近い減量をやっていては、どこかで必ず体調を崩してしまうだろう。

たとえそれが無くても、十全のパフォーマンスを維持するのはかなり厳しい筈だ。


「何とかなる…ではなく、何とかしますよ、必ず。」

「それなら良いんだがよ、まあ兎にも角にも今は次の試合だな。相手は抽選でシード枠に入った奴だったよな会長?」


因みにだが、牛山さんがこういう口調で話すのは会長たっての希望だ。

何でも一回り以上年上の先達に敬語を使われるのは、違和感が大きいとの事。


「相手の情報は戦績と名前だけしかないですね。ネクストジム所属、高橋晴斗(たかはしはると)選手、戦績は二戦二勝二KО。アマチュア経験はないみたいです。」

「おお、何か強そうだな。」

「……それは、これから僕も詳しく調べて見ようと思います。」


気のせいだろうか、一瞬会長の表情が曇った気がした。

もしかしたら、第六感みたいなものが告げているのかもしれない。

この選手は危険だと。


「とにかく、統一郎君は自分の力を出す事だけ考えれば良いよ。そうすれば君ならきっと、どんな相手にも勝てる筈だ。」


会長は、俺を凄く買ってくれている。

以前このジムの会長職をお願いした時にも、こんなことを言っていた。

『君の才能が埋もれるのは惜しい。それはこちらからお願いしたいくらいだよ。』と。

だが俺自身、本当にそこまでの価値があるのか分からない。

先の二戦を振り返っても、正直凄い才能が眠っているとは思えなかった。

まあ、だから何だという話だが。

自分がやると決めた事だ、脇目を振らず只走るだけ、それが俺のやるべき事。



▽▽



六月に入り、暑さもいよいよ本格的になった。

この辺りで実験的に、無理なく維持できる体重を調べておいた方が良いかもしれない。

昼休み、教室で手製の弁当を眺めながらそんな事を思う。


「おっ、今日も凝ったお弁当だねぇ~。遠宮君は良いお嫁さんになれるよ。」

「どうも…」


二年間一人で弁当を食べてきた俺に、相席する人が現れた。

誰かなど言うまでも無く、如月春子生徒会長である。

このおかしな関係が出来上がってから、はや二か月。

最初はどよめいていた周囲ももう慣れたもので、今では特に気に掛ける者もいない。

それには、元々この人が突拍子もない行動をする人物であるという、そんな周囲の認識も絡んでいる。


「私もそんなお弁当が食べたいなぁ~。」


そう語る彼女もいつもは弁当だが、今日は菓子パン。

これでは満足できない気持ちもよく分かる。


「……少しだけなら。」

「ほんと!?じゃあきんぴらとご飯一口頂戴。」


彼女はそう告げ、あ~んと口を開けさあ来いと待ち構える。

ここで時間を掛けると駄々をこねられるので、手早く済ませるのが一番の良策だ。

最初は当然ながら凄く躊躇ってしまい、それが逆に周囲の注目を集める結果となっていた。


「……ん~やっぱ美味い!」

「それはどうも……」


どうして俺に構うのかと少し前までは何度も聞いたものだが、今ではそれすらどうでもよくなった。

それに、一人じゃないというのは正直嬉しい。

ちゃんと学生らしい生活を送れている、そんな気がするから。

どういうつもりで彼女が相手してくれているのか知らないが、出来る限り長くこの関係を維持できればいいなと思っている。


「遠宮君さ、もう進路決めてる?」

「え?……うん、一応。如月さんは?」


少し驚いた、彼女が真面目な話をするのはこれが初めてだったから。

いつもは軽い冗談や雑談をするだけだ。


「私はね、泉岡の公立に行くよ。やりたい事なんて見つかってないんだけど、一応経営学とかね。因みに一般入試。」


泉岡市はここ森平市と隣接する少々規模の大きな都市、まあ一応県の中心という立ち位置なのでそれなりには栄えている。


「遠宮君は就職だったよね?どんな仕事に就きたいとかある?」

「……うん、あるよ。」


そうは言うが、世界チャンピオンになるなどと公言出来る訳が無い。


「…そっか。うん、頑張れ。」


根掘り葉掘り聞かれるかと思いきや、意外にも優しくそう語り掛けてきただけ。

じっと瞳を見つめられると、美人である事を思い出し思わず頬を赤らめてしまう。


「あ~赤くなった。もしかしてぇ~私の事好きになっちゃった?」

「はは…」


明言は避ける。

慌てて否定するほど子供では無いし、認めれば聞き耳を立てている周囲から囃し立てられるだろう。


(こんな事を考えている時点で、多分もう…)


好きになっている、そんな事を思った。

何ともチョロい男である。



▽▽



七月に入り、そろそろ本格的に調整していかなければならない。

試合が夏休み中なのは僥倖というべきだ。

何故なら、日々痩せ細っていく姿を彼女に見せなくて済むから。



夏休み目前の七月中旬過ぎ、試合まではあと一週間ちょい。

この辺りになると流石に様子がおかしいと悟る様だ。


「ねえ遠宮君、いくら何でも夏バテ長すぎない?病院行った方が良いよ。」

「一緒に住んでる叔父が内科医だから大丈夫。」

「それならいいけど…」


心配してもらえる事が嬉しいと、そんな事を言ったら気持ち悪いと思われるだろうか。

人との付き合い方が分からない。

どこまで踏み込んで良いのか、どこからが駄目なのか。

それを誤って、彼女に嫌われたくはないのだ。


▽▽


翌日ジムの戸を開けると、地元のテレビ局の取材が入っていた。

これは先を見据え会長が話を通していたもので、一月くらい前に聞かされていた事である。

取材の日取りは最初の予定からズレ、このきつい時期と重なった。

他にも同時進行で、後援会なる組織も計画しているそうだ。

そしてカメラを向けられながらの練習が始まる。

この時期は事実上最後の追い上げをする時期であり、かなりメニューはきつめ。

何度も何度も会長の檄を受けぐったりするも、そんな暇はなく、練習が終われば少し休んでからインタビューという流れである。


「では、まず最初にボクシングを始めたきっかけについて……」

「あ、はい…さ、最初はち、父の背中に憧れまして、それで…えっと……」


しどろもどろ、慣れてないとはいえ酷すぎる。

眼前を照らすライト、向けられるマイク、練習疲れと緊張から頭がボーっとしてしまう。

一応現状のテレビ業界について補足しておくと、十年程前に電波オークションなる制度が実用化され、現在はチャンネル数も飛躍的に増えた。

そんな中でも根強い人気を誇るのが、地方ごとにある地域密着型の情報番組。

これもその一つだ。


「成瀬君、未来のスター候補大事に育ててくれよ~。」

「ええ勿論ですよ。ですから、長い目で応援して頂けると有難いです。」


会長と話しているのはプロデューサーだろうか。

長い目でというのは、躓く可能性もある事を暗に示唆している。

更に深く読み解けば、それでも俺が上に上がっていけると信じてくれているのだ。

減量で弱ってきた体にこの言葉は染みる。


「有り難うございました!」


去り行くテレビスタッフに俺も挨拶し、今日という一日の締めとする。


「坊主、初々しくて悪く無かったと思うぜ。主婦層とかジジババには人気でるんじゃねえか?がははっ!」


自分が人気者になる光景、残念ながら全く想像できない。


「ごめんね統一郎君。こんな時期になる筈じゃ無かったんだけど。」

「いえ、構いません。」


会長曰く、どうしても最終的には自主興行に拘りたいとの事。

自主興行とは簡単に言えば、このジムが主催となって会場や人を借り試合を作ると言う意味。

その為に必要な最低条件として、看板…つまり人気選手の存在が不可欠。

チケットが捌けなければ、赤字によってこの小さなジムの経営は途端に火の車となるだろう。

看板選手というからには、日本ランキング上位には名を連ねていたい。

だが、地方選手がそこに名を連ねるのは結構高いハードルがある。

その為にも、優勝すれば無条件で下位のランクを与えられる新人王戦は落とせないんだ。


(負けられない戦いが…続く。)


会長も出来る限りの伝手を使い、道を切り開こうとしてくれている。

そんな恩人に俺が出来る事は、勝つ事だけ。

何が何でも勝つ、勝ち続ける、絶対に。

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