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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第78話

九月初旬、予定通り試合が十月一日の土曜日に決まった。

これに勝てばいよいよ、日本タイトルマッチの舞台に立てる。

そしてこれは間違いなく一つの区切り、いつか春子に誓った大きな結果の一つとして胸を張れるはず。

勝てれば…だが。

相手の大道選手は古豪と呼ばれてもおかしくない年齢、しかし今も尚第一線の選手であり強豪と呼んで差し支えないだろう。

月刊誌などの前評判では俺が有利との見方も多いが、油断などとても出来る相手ではない。


「…うん。形は完全に出来てるから、後はまあ…使える状況に恵まれるかどうかだね。」


必殺ブローとして仕上げてきた、カウンターで放つ左構えのコークスクリュー。

やはり左右をスイッチして放つという特性上、使用するにも状況を選ぶ。

だが大舞台まで温存できるなら、それに越したことも無いと思ってしまった。


「これの強い所は、型に嵌められたら、もう分かってても避けられないという点だ。」


二を考えないという形なので、相手の体幹を完全に崩す必要がある。

すると狙うのはやはり、しっかり力の籠った一発が最適。

その一撃を強く叩き、回避不能な体勢に陥らせ撃ち抜く。


「現状で先の事を話すのはあまり良くないんだけど、松田君の強いパンチはやっぱり左右のフック。KОの九割がこれだからね。」


現王者のスタイルを例えるならブルドーザー。

柔道で鍛え上げた太い腕で堅牢なガードを造り、圧力を掛けながら確実に距離を潰して来る。

間違いなくジャブでは止まらないだろう。

たとえそれが痛いと良く言われる俺の左であってもだ。


「正直統一郎君にとって今の彼は、苦手意識のあるブルファイターそのままの選手。間違いなく厳しい試合になると思う。」


ブルファイターという言葉は彼を正確に表している。

多少の被弾などなんのその、倒されなければそれでOKと言わんばかりの豪快さは本当に脅威。

特に俺の様な中間距離が命でナチュラルな強打を持たない選手は、あまりやりたくないタイプだ。


「だからっていう訳じゃないけど、大道選手と決定戦で当たるのは良い流れだよ。」


悪く言ってしまえば前哨戦。

スタイル的には殆ど同じで、試合を見た感じ動きもよく似ている。

恐らく松田選手は大道選手の動きを参考にしている節があり、次の試合の経験は間違いなくタイトル戦でも活きるはず。

そう言う意味でも、収穫のありそうな試合だ。

故に体調には特に気を付け、万全の状態で望まなければなるまい。



▽▽▽



九月も下旬に入り、試合まであと一週間となった。

この数日間、練習風景を撮影する為陸中テレビの山崎さんがカメラを回している。

インタビューなどはなくスタッフも彼一人と極めて少数、もしかしたら気を使っているのだろうか。

まあただ単純に人手が足りないという事情もありそうだが。


「じゃあこれで失礼します。明後日も来ますんで。」


俺が自然体でいられるのは、既に慣れた人がカメラを回しているから。

彼以外では、やはり少しだけ肩に力が入ってしまう。

そんなこんなで練習も終わり、体重計にそろり足を乗せ慎重にメモリを見やった。


「坊主、何キロだ?」

「…六十三,五ですね。もう楽勝ですよ。」


本当は六十四キロを少し超えているのだが、何故か嘘をついてしまった。

多分これは俺だけの事ではなく、佐藤さんや明君も同じだと信じたい。

しかし減量が順調なのは事実、このまま行けばリミット丁度位で調整できそう。

最後の一週間は追い込むというより、万全の体調を作る期間だと会長が言っていた。

つまり疲れ果て大の字になって倒れる様なのは今日が最後、ここからはそれなりのメニューをこなしながら体を休める作業も含め練習だ。



▽▽



九月三十日、本日は計量日、仕事は一昨日から休みをもらっている。

朝六時頃、家の前に一台の車が停まると亜香里に見送られながら車内へ。

牛山さんの運転する車に早朝乗り込むのも、随分久しぶりな気がする。

調整は上手くいった。

体に渇きは覚えているが、これはいつもの事であり特に気にする必要もない。

さっき量った体重はリミットから百グラムオーバー、計量時間には代謝だけでぴったりくらいになる筈。


「遠宮君、今回は三十人も応援団が来てくれるってさ。有難いね。」


及川さんの言葉に頷き返し肯定の意を示す。

向こうの応援団に比べればちっぽけなものだろうが、俺にとっては何よりも心強い味方だ。

加えスポンサー企業も二社ほど増え、期待の大きさを肌で感じている。

同県出身の王者はいても、本当の意味で地元から王者が生まれた事はない。

だからこその期待、応えられないならば俺も器が知れるというものだ。



計量会場であるビル前に到着したのは昼過ぎ。

入り口には毎度ながらカメラを携えた山崎さんの姿がある。

軽く会釈を交わし、早めに済ませるため会長と共にエレベーターへ乗り込んだ。


「あれ、もしかしてうちが最後かな?」


一室には先ほど終わらせたばかりなのか、着替え途中の選手たちが数人。

その中には大道選手の姿もある。

時計を見やれば十三時を少し過ぎた辺り、前より集まりが早い気もするがはたしてどうだったか。

それでも早く終わるのならそれに越した事はないと、急ぎパンツ一丁になり秤の上へ。

結果はリミット付近で無事通過。

ホッと胸をなでおろしながら、手渡された経口補水液を口に含む。


「遠宮選手と大道選手、ファイティングポーズで一枚お願いします。」


向けられるカメラの数がいつもより多く、流石に元世界タイトル挑戦者ともなれば違う。

年齢的にもそろそろ引退の時期であり、そう言う意味合いもあるのだろうが。

そして促され二人で横並び、近くで見るこの人は相変わらず住職みたいな雰囲気だ。

体は良く絞り込まれており、準備に余念はないと言った所か。


「はい、有難う御座いました。」


撮影が済むと、大道選手から手を差し出してくれる。

こうして真正面で体格を比較すると、こちらと殆ど変わらない。

公表では向こうの方が三センチ程高い筈だが。


「…明日はよろしくお願いします。」

「はい。こちらこそ胸を貸してもらうつもりで、でも本気で勝ちに行きます。」

「ああ…だがうちとしてもこれ以上、君にやられるわけにはいかない。」


背後で腕組みする王拳ジム会長の視線も鋭い。

恨みとかそういうものではなかろうがやはり業界を代表する名門、プライドはあるのだろう。

俺はそんな彼らに軽く一礼してから、会長と共に一足早く場を後にした。



その夜、ビジネスホテルの一室で横になるも、中々寝付けず春子と連絡を取ってみようと思い立つ。

そんな事よりさっさと寝るべき、自分も分かっているのだが何故か寝つけないのだ。


「今大丈夫?駄目だったら切るけど。」

『大丈夫だよ。悠子と一緒につまんないドラマ見てただけだから。』


つまらないのに見ているのは何故か、気にはなるがそれは聞かずともよかろう。

そうして十分ほど話していると、段々と心が落ち着き眠気が襲ってきた。


『そろそろ眠たいでしょ?ゆっくり休んで。明日…頑張ってね。後なるべく怪我しないで…』


頑張るよと、小さく返してから通話を終える。

春子の声は不思議と精神を落ち着かせてくれるので有難い。

だが今まではこんな風にならなかった事を鑑みると、自覚がないだけでかなり緊張しているのだろうか。

まあとにかく明日だ。

確実に勝って次に繋げる、それだけを考えよう。



十月一日、今日の控室は特別だ。

何故ならこのホールでは初となるメインイベンター、個室を用意してもらっている。

大きな鏡で自分の姿を確認すると、いつもより顔が強張っていることに気付いた。

原因は何か、横で回されているカメラではないだろう。

そんな状態を自覚し、少し落ち着くために暫し寝台に座り心を落ち着ける。

どれくらい経っただろうか、及川さんから声が掛かった。


「遠宮君座って。バンテージ巻くよ。」


係員の人が眺める中、いつも通りバンテージが巻かれていく自分の拳を見つめる。

及川さんのバンテージ巻きは、相変わらず見事な手腕だ。

もしかしたらセコンドに立つ人は、こういうのも勉強したりするのだろうか。

二度三度握り込み確認すると、やはりしっくりくる。

そしてチェック済みのマークが記され、それから徐々に体を解していくのだ。



「統一郎君、そろそろグローブ付けよっか。」


もうセミファイナルが始まっており、展開次第では終わってもおかしく無い頃合い。

いつもはもう少し早く準備を終えるのだが、恐らく待っていてくれたのだろう。

そんな気遣いのおかげで心は定まった。

ここからは真の意味で、相手が一線級ばかりになる。

感じていたのはそんなプレッシャーであると理解した。

今更なんだという話だが、実際身を置かなければ分からないものだってあるのだ。

しかもうちの場合、一度転げ落ちたら這い上がるのにどれだけ掛かるか分からない。

敬遠されることだってあるだろうし、それ以外の理由で試合が組めないことだってありうる。


(まあ、状況なんて今までと同じ。勝ち続けなければならない。只それだけだ。)


そんな事を思った直後、通路が騒がしくなりセミファイナルの終了を悟るのだった。

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