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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第77話

八月中旬、毎日暑くて嫌になる。

だが次戦の話自体は進んでおり、今の所の予定では十月一日に決まる公算が高いとの事。

相手は王拳ジムの大道学(たいどうまなぶ)選手、元日本王者であり現在国内ランキング一位。

因みに俺のランキングは三位、上位二人が同門である為助かった形だ。

同じ所属の選手同士で試合してはならない決まりなどないが、まあ潰し合う理由もないだろう。

大道選手は来月で三十六歳、本来なら衰えてもおかしくない年齢だが、第一線で闘える状態は今も維持している様だ。

そもそも昨今のボクシング界と言うのは、世界を見渡しても中心選手は三十代が最も多い。

この辺り、色々なものが進歩しているのだと感じさせる。


「なあ坊主、大道っていやぁスタイルが松田とそっくりだよな?良い予行練習になるんじゃねえか?」

「ん~、どうでしょうか。でもパンチは大道選手の方がありそうな感じでしたね。タフネスは松田選手って感じで。」


だからこそこの二人の試合は盛り上がった。

世間の話題自体は同時期に行われた御子柴対高橋に全てさらわれてしまったが、間違いなく名勝負の一つに挙げられる。

スタイル以外にも二人は共通点があり、元々柔道をやっていた事とかファンが殆ど男性である事とか。

何と言うか、例えるなら二人供演歌が似合いそうな感じなのだ。

そんなこんな話していると、会長から幼馴染三人組のパンチを受けてやってくれとの要請。

特に断る理由もないので俺は手早く準備しリングへ、そして最初は運動神経の塊である奥山君が相手の様だ。


「…っ…シッ…」

(相変わらず速えな~…なんか野生の獣みたいだ。)


特に一瞬を見極め踏み込んで放つ左フック。

今も恥ずかしい事に、側頭部を綺麗に捉えられてしまった。

階級差もありこちらからは牽制気味の軽いパンチしか出さないので、本当の実戦形式ならどうだろうか。

本来なら明君が最適なのだが、この子はちょっと並ではないので潰し合いになりかねない。

そう言う事情もあり、俺か佐藤さんが相手をしているのである。

そうして二ラウンド相手をし、次の相手は修行僧みたいな風貌の古川君。

彼らを相手にする時に俺が気を付けていることが一点あり、それは彼らが一番力を発揮できる距離を意識的に作ってあげるという事。

苦手を克服するのは後回しで、今は取り敢えず自分の強みを理解させるのがいいと会長からも言われているのだ。


「…シィッ!!」

(下がったら駄目、どっしり構えて迎え撃った方がいいよ。)


彼の強みは何と言ってもその体幹。

今はまだ押し合っても勝てるが、体が出来上がれば流石に厳しいだろう。

そしてもう一つ、我慢強いのも大きな強み。

もらっても怯まず、苦しくても顔に出さない。

これは相手にとって凄く嫌な事だ。

そして二ラウンドみっちり接近戦を練習させ、最後の相手が長身イケメンの吉田君。


「…シッシッ…シッ…」

(そうそう、落ち着いてしっかり見て捌く。)


彼を相手にする時は基本足を使い、ロングレンジの差し合いを練習させる。

性格もあり、ガチャガチャとした打ち合いはあまり好きではないらしい。

感覚でやるタイプというよりは、しっかりとした戦術を持って戦うタイプ。

奥山君ほど光るものがある訳ではないが練習熱心で勉強家な彼、間違いなく伸びるだろう。

身長も相変わらず伸び続けており、このまま行くと百九十近くまで伸びるのではなかろうか。

我がジム初の重量級選手の予感、期待するなと言うのは無理だ。


「「有り難うございました!」」


俺達の出番が終わると、今度は明君と佐藤さんのスパー。

明君が負けた選手もアマ経験のある技巧派だったらしく、相手としてはまさに最適。

だが今はまだ良い様に翻弄されているだけであり、これからという感じだ。

まあ佐藤さん自身こちらに来てからもかなり伸びているので、追い付けと言うのは正直難しい注文かもしれない。


「あ、やっぱり。スウェーからのフック貰っちゃいますね。」

「あ~佐藤のありゃぁ、会長も認める一級品だからよ。少なくとも今の明じゃ無理だろ。」


佐藤さんは一見当たりそうな位置に上体を置いているのだが、踏み込むとそこからぐいっと仰け反りそのままの体勢でパンチを合わせて来る。

ならばボディ狙いとなるのだが勘が良いのか事前に察知し、そうなると今度はフットワークで捌くのだ

故に彼を攻略するには相当な技量が必要、それこそオリンピックに出場できるくらいは最低でも必要な気がする。

こうしてみると、うちも中々の粒揃い。

うかうかしてるとエースの座を奪われかねないほどであり、俺も精進あるのみだ。



▽▽▽



八月下旬の日曜日、快晴の今日俺は初めての海水浴にやってきた。

面子は如月姉妹と南さん、そして亜香里と俺の五人。

学生は長期休暇の時期、大変羨ましい限りである。

眺めた感じ混んではいるが、思ったほどではないので普通に泳げそう。

車から荷物を運びパラソルの設置も終わると、俺は砂浜の向こうを見やり期待に胸を膨らませた。

だが肝心の春子は機嫌が優れず、何故かと問う。


「だってさ~悠子に彼氏が出来たんだよ?私は駄目って言ったのに…」

「いやいや、南さんには南さんの人生があるんだから。祝福してあげないと。」

「本当お姉ちゃんマジうざい。ね~?悠子さん。」

「ん?今に始まった事じゃないからもう慣れたよ。

「え~…だってあの男絶対元ヤンだよ。言葉遣いもなってないしさ。あんな男に悠子は任せられません!ね、亜香里ちゃんもそう思うでしょ?」

「え?私ですか?…えっと、悠子さん本人が良いと思ってるならいいんじゃないかなと…」


何でも相手の男性は弁護士を目指している同い年の学生らしい。

恐らくだが春子の語る印象は大きくマイナスのフィルターが掛かっており、実際はかなり良い人である可能性も高いだろう。

元ヤンというのも春子の決めつけであり、実際は本人も違うと言っているとか。

そもそもあの南さんが悪い男に騙されるというのは、ちょっと想像できない。

そんな事を考えていると、ふと思った事がある。


「あれ?他の男と一緒に海って、もしかしたら浮気とか勘繰られない?」


海という事は当然皆水着。

俺はいけないと思いつつも、春子と共に全員の水着姿を堪能させてもらっている。

この状況、俺が向こうの立場だったら絶対に嫌だ。


「いや大丈夫だよ。そういう男だったら絶対付き合わなかったし、ごちゃごちゃ言うようなら別れると思う。昔から面倒臭い男は嫌いなんだ。」

「やっぱり悠子さんってカッコいいな~~。」


前々から思ってたが南さんは凄く男前、冬子ちゃんが憧れるのも分かる。

気のせいか亜香里までもが熱の籠った瞳を向けていた。

まあともかく俺は早く海水浴をしてみたいので、日焼け止めを塗り終わった春子の腕を引き波打ち際へと走り出す。


「おお…おお~なんだこれ!凄いぞ、足の上を砂がサラサラって!あははっ何だこれ~!」


小学生の様な反応をする俺を、四人共が苦笑交じりで眺める。

しかしこれはしょうがない、初めての経験とは誰しもが興奮するもの。


「ちょっと統一郎君、周り見よっか。県内じゃ結構知名度あるんだから…ね?」


春子に言われ周囲を見やると、視線を向けている人が数人どころではない。

子供などは指差し呼び捨てにしてくる始末。


「兄さんって主婦層とかにも人気だから、必然的に子供からの知名度も高いんだよね…」


なるほど、母親が統一郎ちゃん等と呼ぶから身近な人間と思われているのか。

まあそれ自体は悪い事ではないが、流石に目上の人間を呼び捨てにするのは駄目なので教育が必要だ。


「君たち、大人を呼び捨てにするのは……」

「「「「統一郎ハーレムだ~!ハ~レム!ハ~レム!ハ~レム!」」」」


どこでそんな言葉を知ったのだろう。

まあ恐らくは流行りの漫画かアニメと言った所か。

囃し立てる四人組の男の子達は、見た感じ十歳くらい。

春子と南さんはケラケラと笑い余裕そうだが、亜香里と冬子ちゃんは真っ赤になっている。

冬子ちゃんがこういう事に耐性ないのは意外だ。

それはさておき問題の対応だが、慌てたりしたら子供はもっと喜ぶ、なのでここは大人の余裕を見せるべき。


「ふふ、羨ましいのか少年たち。どうだ?君たちもこんな可愛い彼女が欲しくないか?」


俺は春子の肩を抱きよせ、にんまりと笑みを浮かべる。

予想していない反応だったのだろう、子供たちは笑いながらも戸惑っていた。

流石というべきか春子もノリがよく、俺の首に腕を回し珍しく色気のある笑みを浮かべる。

そして一人の男の子が照れながらも告げた。


「ど、どうやったらモテんの?」

「ふむ、ならば教えて進ぜよう…モテる秘訣は……これだ!」


直後グッと腹に力を籠め、鍛え上げた腹筋を見せつける。

それから叩いてみろと子供たちを煽り、砂浜にはペチペチという可愛い音と子供たちの笑い声が響いた。



「「「「じゃあね~~!」」」」


夕刻になり少年たちともお別れ。

何だかんだあれから、一緒にドッジボールをしたり砂遊びをしたり楽しい時間を過ごせた。

そして今更だが冷静に考えると、確かにこの面子では傍から見た時ハーレムにも見えそうなので、実際助けられたのかもしれない。

どう考えても俺のイメージ的に、女性をはべらすという行為はマイナスの印象。

応援してくれる人達の中にも、この行動にプラスの印象を持つ人は少ないだろう。

俺の集客は県内の知名度のみで成り立っている現状、それはかなり不味い。


「じゃあ帰ろう。夕飯どうしよっか?どっか寄る?」


車で走り出してから十五分ほど、助手席の春子に問うと窓に寄りかかり寝入っている。

因みに帰りは全員実家まで送る予定。

バックミラーで後ろを確認すると、起きているのは南さんと亜香里だけ。

冬子ちゃんは亜香里の肩に寄りかかって幸せそうな寝顔を見せている。

この姉妹、似ていない様でやっぱり似ているんだなと再確認した。

取り敢えず二人を起こさない様に会話しながら一時間半後、見慣れた景色が広がる場所にたどり着く。


「如月姉妹、到着ですよ~。」


寝ぼけ眼で二人供が同時に起きると、軽い別れの挨拶を済ませてから玄関の向こうへ。

南さんの家もすぐ近くなので、ここでお別れ。

それからすぐあと亜香里と二人で我が家に帰ると、彼女が初めに気に掛けたのはやはり愛猫のスイ。

玄関を潜って数分後にはもうその腕に抱えていた。

一方俺は居間で横になってから、ロードワークの準備に掛かる。

思えば今日は本当に良いリフレッシュになった。

人によっては緩んでいると取られかねないが、大事な時期だからこそいつも以上に心の余裕を確保しておきたいと、俺はそう思う。

そしてこれからも、支えてくれる人たちの期待に応えたいものだ。

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