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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第72話

四月初旬、今日は亜香里が再度学校に通い始める日だ。

仕事が休みという事もあり、俺は玄関先でその姿を見送る。

入学式自体は昨日行われており、亜香里だけは今日からの登校。

兄としては非常に心配だが、頼もしい友達も付いているので大丈夫と信じたい。


「統一郎さん、じゃあいってくるね~!」

「…行ってきます兄さん。」


留年若しくはダブりと呼ばれる生徒はこの田舎では特に珍しく、色々悪目立ちもしてしまうだろう。

時には心無い言葉や、事実無根の噂話などにも晒されるかもしれない。

とかく人とはそういう話題が好きなものである。

冬子ちゃんには個人的にも何度か頭を下げて、どうかよろしくとお願いした。

その度に軽い笑みを浮かべ、任せろと返す姿には頼もしさを覚えたものだ。

しかしクラスが違うという事もあり、どうにもならない部分もあるだろう。


「統一郎さん、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。こう見えて私、味方なら頼もしいんだから。」


味方ならという文言に多少の引っ掛かりを覚えるが、確かに彼女は頼もしい。

何と言うか、年相応とは思えない強かさを感じるのだ。

それは時に腹黒いと揶揄されそうな気性にも見えるが、同時にどこか情に厚い印象も受ける不思議な女の子。


「あ、それにさ、亜香里って及川先生に教わってるからパンチ強いんだよ?」

「いや…殴っちゃ駄目だけど、どうしようもなかったら…まあ仕方ないか。」


いつの間にか及川さんを先生と呼ぶようになった彼女。

因みに亜香里のパンチが強いというのは、先生経由の情報で知っている。

そんな二人が仲良く自転車を漕ぎ登校して行く姿を見送ると、俺は居間でゆっくりする事にした。


「お~いスイちゃん、今日は俺と遊びましょうね~。」


亜香里の部屋に入る許可は事前にもらっており、ケージの中で寛いでいたスイと接触。

このケージは数か月前に買い替え、六畳間の半分を占拠するほどの大きさを誇っており、同時期に結構高い脱臭機も買いそろえていたりする。

そして留守中ストレスを溜めないよう工夫も為されており、自動給餌器や爪とぎにキャットタワーなどを置き快適な空間を提供している様だ。

その空間の主であるスイ、彼女に俺が家族と認められるまでには結構時間がかかってしまった。

しかしそれも今は昔、現在はちゃんと懐いてくれている。

当然亜香里ほどではないが。


「お~しおし、いい子だね~。」


一度気を許した相手に対し、スイはかなりの甘えん坊。

抱き抱えれば頭をこすりつけ、撫でろと催促してくる姿がとても愛らしい。

亜香里の教育もあってか非常に行儀も良く、爪を研いだりなどの行動も指定の場所でしかしない。

柱に少しだけ付いている痕は、結構前にまだ躾が済んでいなかった時の名残だ。


「スイちゃん、亜香里は大丈夫かな~?あんまり無理してなきゃいいけど。」

「…ミャァ…」


人の言葉を理解している訳もないが、話しかけると鳴き声で応えてくれるのも嬉しい点だ。

ペットとは良いものであり、どんなに荒んだ心もこうして触れ合うだけで癒してくれる。

如月家の茶太郎も可愛いので、いつかは犬も飼ってみたいが暫くは無理だろう。

そんな事を思いながらソファに寝そべると、スイと共に録画していた映画を見る事にした。



「…只今~、兄さん帰ったよ。」

「只今~、愛しの冬子さんも帰ってきましたよ~。」

「あれスイ?どうしてこんなとこに?あ、兄さん寝ちゃってる。」


人の気配がして目を覚ますと、スイを抱く亜香里の姿が目に入った。

その横には冬子ちゃんもいる。


「兄さん、寝そうならスイはケージに戻してね。勝手に外行って事故に遭ったら大変だから。」

「…ごめんなさい。」


まさしくその通りで返す言葉もない。

動物を飼うという行為に対し、俺はあまりにも配慮に欠けている。

もし新たに犬などを飼うとした場合、躾の過程で叱るという行為も必要だろうがとても出来るとは思えない。

可愛い可愛いと愛でるだけの人間に、飼い主は向いていないだろう。


「まあまあいいじゃん。統一郎さんも反省してるしさ。結果として何事も無かったんだし。ね~スイちゃんおいで~。」


冬子ちゃんのフォローもあり、この話は終わり。

俺としても十分に反省しているので、くれぐれも二度目は無いようにしなければ。


「亜香里、学校はどうだった?」

「…うん、何か大丈夫だったよ。相変わらず基本一人だけど、どうしてか平気なんだよね。」

「なんてったって私がいるんだから心配ないよ。なるべく変なのが寄りつかない様にもするからさ。」


気配からして無理をしてるという感じも無く、一先ず安心といった所か。

後で母さんにも伝えておいた方がいいだろう。

いや、それは亜香里自身がやるだろうから口を挟むべきではないか。


「あ、そうだ統一郎さん、話題になってるイケメン君がいてね、彼ボクシングやってるらしいから多分ジムの後輩でしょ?紹介してよ。」

「ん?ん~?………もしかして吉田君の事?」

「ああそれそれ、ハーフみたいな顔してるやつ。一応キープしときたいからさ。」


キープ…これが女子高生、今まで接点がないから知らなかった。

さらっとその言葉が出てくるあたり、もしかして彼女は凄くモテたりするのだろうか。


「えっと、まあ間を取り持つ事くらいは出来るけど、あんまり強引に付きまとっちゃ駄目だよ?」

「大丈夫大丈夫、逆はあっても私が付き纏うなんてことは絶対ないから。」


春子とは随分考え方が違うものだ。

だがどちらかと言えば、世間ズレしてるのは春子の方ともいえるかもしれない。

普通はこんな風に、軽い感じで青春を謳歌するものなのだろう。


「分かったよ…今日の練習でそれとなく冬子ちゃんの事伝えておくから。」

「あんがと統一郎さん!良い感じに融通利くとこ大好きだよ。」


まあ別に、こういう子がいると伝えるだけなら特に問題はない筈。

結果として恋仲に発展したとなれば、それはそれで当人の自由でもある。

だが黙って話を聞いていた亜香里は、どうにもピンとこない表情。


「…恋人とかってそんな欲しい?」

「あ~私も別にって感じなんだけどさ、いないと勝手に負け組扱いされるじゃん?面倒臭い誘いも受けるしさ、それが嫌なの。」


そんな所でマウント取っても仕方ないと思うが、所謂クラスカーストと呼ばれる類のものだろうか。

ずっと一人だった俺には縁のないもので、全くピンとこないが。

しかし本気でその中を生きていこうとするなら、それに沿った立ち回りも必要であろう。

そしてそれらを気にしない辺り、亜香里も俺と同じ気質傾向にあるようだ。

とまあ、そんな事を感じつつ俺はジムへと向かう。



「おら坊主!なに気ぃ抜いてんだっ!?あと十発っ!」


最近は練習の締めで行われる腹打ち鍛練。

ドスドスと重い音がジム内に響き、相応の衝撃が身を包む。

漸く終わり大の字で横になると、冬子ちゃんの頼みごとを思い出した。


「あ、そうだ。お~い吉田君、ちょっといい?」

「はい遠宮さん。何っすか?」


先輩風をふかし呼びつけたはいいものの、こういうのはどう伝えればいいのか。


「えっとさ、新入生に如月冬子って子いるんだけど知らない?」

「ん~…すんません、ちょっと知らないっすね。」


彼は見た目の印象よりも硬派、チャラい女の子とかは特に嫌いそうだ。

これは正に、俺のプレゼン能力が試されていると言えよう。


「あっと…えっとね、俺の恋人の妹なんだよね、その子。」

「はぁ、そうなんっすか。」


感触悪し。

声の雰囲気だけで分かるほど、彼は全く興味無さそう。

ここからどう展開すべきか、そもそもプレゼン能力なんて俺の人生で一度も必要とされたことが無い。


「…結構皮肉っぽい言い回しをする子でさ。何かこう…ちょっと心配なんだよね。」

「あ~なるほど、少し分かる気がします。女の苛めってマジで陰険っすから。」


少しだけ話を聞いてくれる空気になった。

近くでは奥山君と古川君も、聞いてないふりしてしっかり聞いている。


「滅茶苦茶迷惑な話なんだけどさ、友達になったりとかってできない?」


自分の能力に限界を感じた。

いきなり脈絡もなくこれでは、部活の先輩が無理難題を押し付けるのと変わらない。


「あ、いや、別に無理なら……」

「良いっすよ。それで遠宮さんの心配事が一つ無くなるんなら。」


ヤバい、この子滅茶苦茶イケメンだ。

少し所ではない罪悪感を感じ始めてしまう。


「あ~でも、何で俺なんすか?」

「あ、いや…それは、何となく?三人の中では一番社交的な感じだったから…かな?」

「あ~なるほど、確かにそれは…その通りっすね。」

「「おいっ!?」」


返答の直後、二人から同時のツッコミが入る。

だがそのお陰で、ジム内は和やかな雰囲気に包まれた。

結果として、俺の罪悪感もいくらか緩和されたのである。



後日聞いたのだが、吉田君は冬子ちゃんを見つけ本当に声をかけてくれたらしく、普通に友達付き合いをする様になったとか。

彼に迷惑が掛かってないか心配で少しその事を問うと、


「普通に付き合いやすいっすよ。何かこう線引きしてるっていうか、お互いに踏み込むのはここまで…みたいな。俺もそう言う付き合いの方が楽なんで。」


言葉の節々から感じるのは、彼にとっての特別は今のところ幼馴染の二人だけ。

こんな見た目で生まれたのに、それは少し勿体ないと思ってしまうのは俺だけだろうか。

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