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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
71/281

第71話

第四ラウンド中盤、遂に相手が動く。

セコンドからは冷静にと声が飛ぶも止まらない。

俺もそうだが彼も若い、一度火が付けば言葉では止まらないさ。


「…シッ!」

(散々好き放題やられて頭に来てるだろ?なら追いかけてこい。振り回せよ。その方が好きなんだろ?)


目は口程に物を言う。

そんなことわざもある通り、ピタリと合った視線からは強い苛立ちを感じる。

俺と彼の年齢差はたった二つで、戦歴は倍程度。

だがそれだけの小さな差が、こういう試合では覆しようの無い形で両者を隔てるのだ。


「…っ!?」

(攻撃だけに神経を振り分けると、結構ハンドスピード上がるな。)


恐らく彼は、元々細かい事が得意ではないのだろう。

ブンブン振り回しながら追い掛ける今の方が、ずっと生き生きしている。

だがそれでは勝てないのがボクシングの難しい所。

どんなに腕力が強かろうと、どんなに運動神経が並外れていようと、それだけでは勝てない。

戦略と戦術が必要なんだ。


「…シッ!」


パァンッ!と乾いた音が会場に響く。

当初予定していた通りの流れ、相手の大きな振りの間隙を縫って左。

そしてこれも予定通りに、相手はもらいながらも剥きになって打ち返して来る。

対しこちらは付き合わない。

下がりながら冷静に動きを見極め、一発一発を丁寧に積み重ねるのだ。


「…シッ…シッ!」

(おお~構わず振り回して来るなあ…でもやりたい事だけやってちゃ早々勝てねえぞ?)


完全にペースを握り、相手の鼻から血が滴り始めた所でゴング。



「ようやく予習が活きたね。ペースも握ったし、最後まで冷静に行こう。」


うがいしながら頷き、次のラウンドに備える。

少々ハイペースに動いているので息は乱れているが、スタミナに不安があるという訳では無い。

会長の話に耳を傾けながら向こうの陣営を見やれば、セコンドから叱咤される江島選手の姿。

しかしもう完全に頭に血が上っており、ずっとこちらを睨み聞く素振りはない。


「会長…倒しに行ってもいいですか?」

「…う~ん…うん、良いよ。君の判断に任せる。」


彼の視線に当てられたという訳ではない。

決してそういう訳ではないのだが、明確に示しておきたくなった。

お前はまだ世界とかそんな事を言われる段階にはないと。


カァ~ンッ!


第五ラウンドのゴングが鳴る。

直後、やはりと言うべきかいきり立って突っ込んでくる江島勝利。

何となくこうなるだろうと思っていた。

とは言え油断は禁物、力を込めて振り切って来るので貰えば倒されかねない。

初動を見切るのに全神経を注がなければ。


(…この感覚だ。リングが狭く感じるこれ…どこから打っても当たりそうなこの感覚。)


練習中何度も模索してきたが、一度たりとて同じ状態にはならなかった、しかし今この大事な一瞬たどり着いた。

スローモーションに見える訳ではなく、視界がクリアに広がっていく感覚。

細かな一つ一つの動作が良く見える。


「…フッ!」

(…ここ…)


相手の右フックを沈み込んで避けながら、被せる形で左フック。

所謂クロスカウンターである。

顎の先端を捉えた為、拳に手応えは殆ど残らない。

そしてこの感覚こそが、俺の知る限り最も倒せるパンチ。


「…ダウンッ!」


レフェリーにトンと軽く胸を突かれニュートラルコーナーへ。

手応えは完ぺきだったが意識の外から放てた訳ではない。

その為、完全なKОとはならない気がする。


「…フォ~ッ!ファイブッ!…」


カウントシックスで立ち上がった彼は、少し足元がおぼつかずレフェリーが慎重に瞳の奥を覗き込む。

すると当人は、まだやれると怒鳴り気味に声を張り上げた。

見た感じそれは虚勢ではなく、本当に回復し始めているらしい。

これはちょっと予想外、こういう意味のタフさもあるのだと勉強になった。


(…感覚が…戻っちゃったな。もじかしてゾーンってやつなのか?)


アスリートにおける集中の極致と言われるゾーン。

任意にその状態を作り出せるというのは聞いた事ないが、これが俺だけに許された力なら大きな強みになる。


「…ボックス!」


止めてくれたら万々歳だったと思うも、そう上手くはいかず思ったより元気な状態で再開されてしまった。

だが相変わらず頭に血が上ったままであり、回復など待つことなくブンブン振り回して来る。


「…シッシッ…」

(おいおい…倒れる前より勢い増してるじゃねえかよ…)


だが勢いだけだ。

まだダメージが回復しきっておらず、足がついて来ていない。

これは完全に回復される前に、多少強引でも勝負に出るべき。

この選手は調子に乗らせるとかなり危険な気がする。


「…フッ!シィッ!…シュッ!!」

(踏ん張りが効かなくて体が流れてるな。よく見て打てば…大きいのが当たる。)


大きく動いて躱すのではなく、僅かに急所を外す様に見切る。

かなりリスクを負っている分、反撃は力強く一発一発しっかり力を込めて。

ウィービング、ダッキング、ショルダーブロック、更に額で受けるなどしギリギリを見極め反撃の一瞬に神経を注ぐ。


「…シッ!」

(ここは小さく…真っ直ぐに!)


右を被せ体が揺らいだ所に、顎の先端を狙い澄ました左。

ストレートというよりはジャブ、ここぞという時打ちやすいのはやはりこちらだ。


「…ダウンッ!」


二度目のダウン。

かなり強打を当てているので流石にもう立ってほしくないが、そんな希望は通用すまい。

四つ目のカウントに差し掛かる所では既に立ち上がり、構えを取り始めている。

だがセコンドから休めと声が掛かると、少し冷静になったか一呼吸。


(…ふらついてる。ここで決められなきゃ王者なんて…残り時間は四十二秒、行ける!)


再開の合図が響くと、一気に距離を詰めたのはこちら。

相手は流石にクリンチの構えを見せるがそうはさせない。

鋭くサイドステップを繰り返し翻弄、そこから自慢の左を雨の様に降らせていく。


「…シッシッシッシッシッ!…シィッ!シュッ!」

(油断するな…一発あるぞ。集中…集中。)


左、左、左、左、左、右ストレートからみぞおちを突き上げる左ボディ。

最後の一発が意識の裏をかき、相手の体が完全にくの字に折れ曲がった。

ここが勝負所。

この弱った相手を倒せないなら、俺というボクサーに可能性はない。


「…フッ!ヂィッ!!シィッ!!」

(頭を引っこ抜く…テンプル…ラストは…)


腹を抱える体勢の相手、その顔面を冷静に右アッパーで掬い上げてから左フックを側頭部へ。

完全に効いたか体がふらりと泳いだ所で、狙い澄ました左ストレートを顎へ。

直後相手はロープに腕を絡めダウンを拒否するも、足が完全に死んでいる。

それを見たレフェリーが両手を交差、試合終了と相成った。



自陣に戻る前に声をかけておきたいと、江島選手に駆け寄り一言。


「有り難うございました。強かったです。」

「…あっした!…必ず這い上がるんで、またお願いします。」


彼の後ろからジッとこちらを眺めるのは王拳ジムの浜口会長。

まるで俺の内側を覗き込む様な静かな闘志を秘めている。

少しやりずらかったが、会長の後に続き俺も挨拶。


「…いや強いね本当に。これでうちの選手一体何人やられたんだ?はっはっはっ!」


真意がどこにあるかは分からないが、見た感じはとても愉快そうで一安心。

まあ普通に考えれば、自分のとこの選手が負けた直後なので笑える状況ではないだろうが。

そして彼らを見送ったら、次に待つのは勝利者インタビュー。


「最後は凄いラッシュでしたね。」

「あ、はい。ここで決められないと先はないなって思って…頑張りました。」


もっとカッコいい事を言いたいのだが、マイクを向けられるとどうしても上手く言葉が出てこない。

しかし会場は大きな盛り上がりを見せてくれたので、満足と言えば満足。

それでももう少しマイクパフォーマンス出来たほうがいいのかと、そんな事を悩みながらリングを降りるのだった。



「遠宮先輩!マジで凄かったっす!」


医務室へ続く通路には練習生三人組もおり、興奮冷めやらぬと言った感じで祝福してくれる。

少しは先輩らしい背中を見せる事が出来ただろうか。

憧れとまでは行かなくとも、追い付きたいと思える程度には。

それから検診が終わり控室に戻ると、慣れ親しんだ顔ぶれが迎えてくれた。

彼女らから労いの言葉を受けつつ、体が冷えないうちにシャワー室へ向かう。


「あ、遠宮さん。今日もお世話になりました!」


背中から声を掛けられ、誰かと思えばラウンドガールの三人。

顔を突き合わせ不意に俺の視線が向かうのは、いつも鋭い事を言う花さん。


「今までで一番強かったと思います。序盤の嫌な空気に流されず、最後まで冷静な組み立てが出来てましたから。正に経験の差を見せつけたって感じでしたね。これなら…」

「花…遠宮さん疲れてるんだから拘束しちゃ駄目だよ~。」


桜さんに助けられたその隙に、一言挨拶だけ済ませ離脱する事が出来た。

チラリ振り返ると、言葉を遮られた花さんはいたく不満気。

次に会った時は、もう少し話に付き合ってあげてもいいかもしれない。

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