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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第70話

『只今より~本日のメインイベント、第八試合ライト級十回戦を始めます!』


待ってましたと会場が湧きたつ。

のぼりが左右に揺れ、合唱の様に俺の名を告げる応援団。

いや、見ればこちらだけではない。

相手側にも垂れ幕が用意されており、世界へ羽ばたけという文言と共に江島選手の名が記されている。

なるほど、かなり期待されている人物の様だ。

しかし世界とは気が早い、その前には日本王者…更にその前には俺がいるのに。


『赤コーナ~……十四戦十三勝一敗、十三勝のうち六つがナックアウト~……日本ライト級五位~地方の星…とおみや~とういちろう~!』

『青コーナ~公式計量は百三十五ポンド~六戦六勝三KО未だ負け知らずの20XX年全日本新人王………王拳ジム所属、日本ライト級十二位~えしまぁ~っかつぅ~としぃ~っ!』


意外に向こうの応援団も多い。

しかしそれが逆に、こちらの闘争心を煽る効果も生んでいる様な気がする。

何故ならここは俺のホーム、そんな声は黙らせてやると熱い気持ちが沸き上がって来るのだ。


「…双方、反則行為には充分に注意しクリーンな試合を心掛ける様に。」


今日は今まで見た事のない年若いレフェリー。

まだ三十くらいだろうか。

そんな事を考えていると、眼前からは鋭い視線が突き刺さる。


(大丈夫…集中できてるよ。直ぐに相手してやるから、そんなに睨むなって。)



「江島君は本当にしつこいタイプだよ、綺麗なパンチが入った時ほど要注意ね。絶対打ち返して来るから。」


知っている。

彼のボクシングは決して綺麗なものでないが、それゆえ簡単には潰れない。

陳腐な表現だが、まさに雑草という表現がしっくり来るそんな男。

個人的にはこういう選手、かなり好きだ。

だが今日は叩きのめさなければ、俺が上へ行くために。

そして彼は一度敗北を知るべき、そこから改善点も色々見えてくる筈だから。


カァ~ンッ!


第一ラウンドのゴングが鳴る。

開始の挨拶はグローブが触れるか触れないか程度であり、直後向こうから時置かず踏み込んで来た。

しかし強振する訳ではなく、こちらの出方を伺いながら左を伸ばすだけ。


「…シッ!」

(もっと強引な印象だったが、意外な立ち上がりだな。)


こちらは一番の武器である左を見せつつ距離を取り、相手の動きを観察。

彼は今までの六戦、こういう体勢になったら力一杯振り切っていた。

だが今日は少し変えてきている。

この辺りは向こうのセコンドも流石に優秀と言った所か。

何故ならこちらは、その大きなパンチの隙を突きしっかり確実に左を当てていくという、そんな展開を予想していたのだから。


「…シッ!…シッ!?」

(左に合わせてボディっ!?)


こちらの左が二発顔面を弾くと同時、相手は構わず右ボディフックを振り切って来る。

いくら何でも無謀に見えるが、勝算あっての行動だろうか。

向こうは体勢が崩れているので当たりも浅く、こちらとしてはそれほどのダメージにはなっていない。

そしてこちらが追撃の右を放とうとすれば、それにも強引に被せようとしてくる。

仕方なく俺は右腕を引っ込め、左を突きながらバックステップで距離を取った。


(纏わりついては来ないか…)


ならばこちらのもの、中間距離は絶対こちらに分がある筈だ。

試合開始から二分弱、狙い通り俺が得意な距離で左の差し合いが始まる。


「…シッ…シッシッシッ…シッシィッ!」

(差し合いは俺の土俵だ。ここは譲れない。)


分が悪い事をを悟った相手は、大きなストライドで踏み込みながら体勢を沈み込ませボディストレート。

一見強引に見えるが動き出すタイミングが上手い、正直センスを感じた。

対しこちらは半歩程下がりながら左。


(やっぱりもらいながらでも打ってくるのか…)


綺麗に当たっているように見えたが、額で受けられている。

これを続けられると、下手をすれば拳の故障に繋がりかねない。

しっかり見極め、急所を狙っていかなければ。

ラウンド残り三十秒弱、こちらも引かず迎え撃ちインファイトの様相を見せた。


(強いパンチは打てるみたいだが想定の範疇…やれない訳じゃない。)


重心が安定するよう低く構え、ガードは側頭部側を重点的に覆う。

これまでのデータによると、この選手はフックを多用し基本ストレートはあまり打たない。

特に近い距離になると余計に顕著だ。

それでももし打ってきたなら、ガードではなく上手く捌きカウンターを狙っていきたい。

という予定だったのだが相手の立ち回りが今までとは全然違い、多用するのはアッパー。

何度も何度もしつこく下から掬いあげて来る。


(…ちっ!しつっけえなっ!上も下も全部アッパーかよっ!)


ちょっと嫌気がさして距離を取った所でゴング、第一ラウンド終了となった。



「…今までと全然違うね。戦前の情報は一度忘れたほうがいいかも。」


折角研究してきたのにこれだ。

でもまあ一ラウンド手を合わせてみて、接近戦でもやれない相手では無さそう。

寧ろ不用意に下がる方が調子づかせてしまいそうな雰囲気だ。


「何発かに一回、凄く力んだパンチがあるからそこを狙おうか。」


確かに数発に一回程度の割合、思い切り歯を食いしばりながら叩きつけてくる時がある。

それを見切れればいいのだが、時々フェイントも交えてくるから注意が必要だ。


カァ~ンッ!


第二ラウンド開始のゴングが鳴った。

対角線を見やるが、いきなり突っ込んで来る事はない。

そこからの流れで最初は大人しく、中間距離での差し合いから入る静かな展開に。


「…シッシッシッシッ…シッシッ!?」

(…ちっ…また、いいタイミングで踏み込むなこいつ。)


丁度打ち始めの瞬間に足を出す感じ。

だがこれは、教えたから誰でも出来るという訳ではない。

自分で言うのもなんだが俺の左は回転が速く、少しでもタイミングがズレれば次弾が間に合う。

加えそこからコンビネーションに繋げる事も可能であり、踏み込むタイミングは必然シビアになる。

当然向こうも研究はしたのだろうが、それ以上に本人の能力による所が大きいだろう。


「…シュッ!!」

(先にかちあげてやる!どうだっ!)


突き上げられる前に突きあげる。

アッパーの初動を看破しカウンターを狙ったつもりだったが、しっかりガードされてしまった。

見た感じ読まれたとは思えないので、この辺は完全に勘だろう。


(くそっ…纏わりつかれた。クリンチでお茶を濁すか?)


迷ったが仕方なく横に回り込みながらクリンチ、仕切り直しを望んだ。

何だか上手く波に乗れない、だがこういう状況で一番駄目なのはイライラし冷静さを欠く事。

それだけは絶対にダメだ。

だが自分の距離で立ち回る事を許されず、そのままどちらのラウンドとも言えないままゴングが鳴ってしまう。



「やりにくい選手だね。ラウンドごとに立ち回りを微妙に変えてきてるし……よし、開き直ろう。」

「…開き直る?」

「うん。中途半端じゃなく思いっきり足を使ってリングを大きく使う。取り敢えず彼にはもっと動いてもらおう。」


俺が言えた義理ではないが、彼のボクシングは粗削りもいいとこ。

つまり動きの幅が大きくなれば、それだけ隙も見つけられるだろうという判断。

とはいえ動き回ればこちらも疲れるのは自明の理。

だがこの程度でスタミナが切れる自分というのはあまり想像できない。


カァ~ンッ!


第三ラウンドのゴングが鳴った。

やはりと言うべきか、向こうからはいきなり踏み込んで来ない。

ならばこちらから行こう。


「…シッ!」

(後手を引くのは駄目だ、こっちから手を出す!)


勢い良く踏み込んで鋭く左を突き、反撃をサイドステップで躱す。


「…シ……シュッ!」

(先手先手で焦らせる、考える暇を与えない!)


やはり強引に追いかけては来ないので、遠くから眺めつつ乾いたシューズの音を響かせ今一度踏み込んで左……と見せかけて、向こうが伸ばした左を躱しざま、潜り込み右ボディストレート。

これは手応えがあり、直後少し嫌そうな顔も見えた。

そこから多少の焦りが出たか、強引に振り回す右を足で躱し大きく距離を取る。

こうして大きく動くのは疲れるが、試合をコントロールできるので気分は非常に良い。


「…シッ!」

(ほら、追いかけてこい。ノロノロ動いてちゃ良い様にやられちまうぞ!)


立ち位置だけはしっかり確認しながらのヒットアンドアウェイ。

打ち合いではないが、こういうスピーディーな展開も観客は沸いてくれる。

そしてその声援が俺の気分を更に高揚させ、動きの切れも増していくのだ。


「…シィッ!!」

(少し焦ってきたな。顔見てりゃ分かんだよ。だから追っかけて来いって。)


ラウンド開始から二分弱、彼の勝気な気性が今は完全に裏目に出ている。

こちらのパンチ全てに打ち返そうとするから、フェイントにも簡単に嵌ってしまうのだ。

俺はその動きを見てから打ち込めばいい。

冷静ならばそんな事にはならないだろうが、今はイライラがはっきりと見て取れる。

どんなに優れた性能を持って生まれても、発揮できなければ意味がない。

そしてそれをさせないようにするのが、ボクシングという競技における一つの本質である。

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