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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第61話

「ポスター張らせて頂いても宜しいですか?…有難う御座います。」


十一月最初の日曜日、今日は午前中から商店街を回って試合の宣伝。

こういう地道な活動こそ、狭い地域でしか知名度の無い俺がやるべき事だろう。

きっといつか、これが大きくて華やかな場所へ導いてくれると信じて。


「あ~ら統一郎ちゃん、ポスター?いいわよ~。どんどん張っちゃって。」


昼時となり向かったのは、春子の実家が経営している喫茶店。

宣伝のお願いと昼食を一緒に済ませる腹積もりである。

丁度今はお義母さんもカウンターに立っており、快く了承するとポスター張りも手伝ってくれた。

そうやって次々回っていると、鈴木ブックスという行きつけの本屋にたどり着き、中を覗くと店番に見知った少女が座っている。


「今日は鈴木さんが店番か。今年受験なのに大変だね?」

「まあ、別に嫌でもないですから…ポスターですか?へぇ~泉岡でやるんですね。頑張ってください。」


生徒会で書記をしていた彼女も今年で卒業。

参考書を開きながら店番とは、中々見上げた心掛けである。

続いてその隣へ順番に回っていき、数軒先の前田精肉店へ辿り着いた。


「いらっしゃ…あ、遠宮先輩じゃないすか。え、ポスター?どうぞどうぞ。」


元生徒会長である前田君は、大学へは行かず実家を継いだらしい。

近くに大型スーパーもあり大変だろうが、見た感じそれなりには繁盛しているようだ。


「泉岡でやるんすね。ボクシングとか生で見た事ないし、行ってみようかな~。」

「チケット購入時は俺に言ってくれれば、知り合いって事で値引きするよ。」

「マジっすかっ!?じゃあ連絡先交換してもらっていいすかね?」


割引分は当然俺が持つ。

その分手取りは減るが、この位はいいだろう。



翌日の仕事終わり、ジムへ向かうと既に明君がシャドーを始めていた。


「どう明君、クラスメイトで見に来てくれる人とかいる?」

「えっと、どうでしょうか。友人の中に興味を持ってくれてたのは数人いますけど…やっぱり安くはないんで。」


それはそうだ、良い席となれば一万円を超える。

これでも他の興行よりは大分安いと思うが、高校生には高いだろう。


「女の子とかは?意中の子がいるなら誘ってみなよ、もし成功したらチケット分俺が出すから。」

「いえいえっ!そんなっ!…いないですよ。そんな子。」


この反応、絶対いると確信した。

そういえばこういう会話、学生時分にはした事無かったなと思い出す。

だからだろうか、ちょっと突っ込んで聞いてみたくなった。

因みに周りでは、生暖かい目をした大人たちがニヤニヤ笑みを浮かべながら眺めている。


「もしかして本屋のあの子?ほらえっと…鈴木さんとか?」

「え………」


あれ、一発でヒットしてしまったかもしれない。

こういうのって、確信を突かないから面白いのではなかろうか。

芯を突き、そこを弄ってしまうと只の嫌がらせになりそうだ。

しかし、もうすぐ卒業予定の先輩に恋い焦がれているとは、彼も中々に難しい相手を選んだものである。

そもそも接点はあるのだろうか。

考えられる流れとしては俺と同じく、ボクシング雑誌を買いに通っているうちにとか。

まあそれはそれとして、この空気を何とかしなければ。


「おい坊主、バンテージ巻き終わったんなら早くアップしろ。」


微妙な空気を悟ったか、牛山さんが促してくれて俺もそれに乗る。

そして直ぐ後、佐藤さんもやってきて何とか空気がいつも通りに戻った。

やはり慣れない事はするものではない。

人を弄るのはある程度技量が必要なのだと、この日初めて認識した。


▽▽


翌々日、この日は取材が入る予定となっていた。

そしてやって来たのは勿論、次の興行ではラウンドガールも務めてくれる予定の三人娘。

今回は同門である佐藤さんと明君も尺を取って紹介しており、我がジムとしては中々の充実ぶりである。

そうして進行はいつも通り藍さんが上手くまとめ、特に問題なく進んだ。


「遠宮選手の次戦はお伝えした通り、我が県の泉岡市で行われるのですが、実はもう一つ重大発表があるんです!それはなんと~」

「「「私達BLUESEAの三人が、ラウンドガールを務めるんです!」」」


三人の声がハーモニーみたいに重なって響く。

桜さんはいつも元気だから分かるが、珍しく花さんも明るくて元気な声を響かせた。

それが意外過ぎて、俺は呆けたように彼女を眺めてしまう。

すると鼻を鳴らし、やれば出来るんですよと言わんばかりに、不敵な笑みを返してきた。


「…チケットのお問い合わせは、こちらの電話番号かURLをご参照ください。」


三人と一緒に俺も下方向を指さし、引き攣った笑みを浮かべながらスタッフの声を待つ。

モニター越しだとテロップが出ているのだろうが、演じている方はかなり滑稽だ。


「試合、頑張ってください!」

「応援してます!」

「…初めての地元開催、先の試合と同程度のパフォーマンスを期待します。」


快活な笑みで激励をしてくれる藍さんと桜さんだが、一人だけ冷静に高い水準を求める花さん。

流石にあれと同じものを求められると困る。

試合を見返したが、再現するのは自力ではちょっと難しい。

色々なものが重なり、初めて成し得た奇跡に近い状態だったのだ。


「…頑張ります。」

「ええ…期待していますよ。貴方の可能性を私は信じていますから。」


俺を射抜く瞳は凄く透き通っていて、ますますこの子が分からなくなる。

一体どういう路線を進もうとしているのだろうか。



▽▽▽



十一月三十日、二十歳を迎える誕生日だが平日であり通常通り仕事。

まあ何より今は、試合に向けての調整で神経を使う時期でもある。

そんな中届く恋人からの祝福メッセージは、より一層本番への気合を入れ直す起爆剤。

その上彼女の声掛けにより、二十枚ほどチケットが捌けたのも嬉しい誤算だ。

日々家事全般を受け持ってくれている亜香里の助力にも、当然感謝している。

そして十二月に入ってすぐ、後援会の催しで激励会も開かれた。


「ほら遠宮君、皆でのぼり作ったんだ。当日はこれを掲げて応援するからさ。」


試合を再来週に控えたこの時期で、チケットは既に九割がた捌けている。

この状況を作り出せた一番の要因を上げるなら、間違いなく後援会の方々がしてくれた様々な支援だろう。

それぞれが職場や知り合いに声をかけ、かなりのチケットを捌いてくれたのだ。

これらの行動に報いる為俺が出来る事は、良い試合をする事、そして絶対に勝つ事。

見に来てよかったと、絶対にそう思わせなければならない。

この時俺は、今まで経験のないプレッシャーが肩に圧し掛かるのを感じた。

だがそれに押しつぶされるようなら、俺は所詮その程度の選手だったと諦めもつく。



▽▽▽



試合まで後一週間となり、今日が試合前最後のスパーリングとなる予定。

この時期は減量もきつい為、うちのジムでは潰し合いになる様なやり方は避けている。

万が一にも怪我をする訳にはいかないのだ。

相手の佐藤さんと互いに距離を測ったり動きを確認したり、調整という意味合いが強い。

明君も同様、佐藤さんを仮想相手として潜り込む感覚の確認に余念がない。

動きの切れも良く、これを本番で発揮できるならば良い結果が期待できそうだ。


「明君、減量上手くいってる?」

「あ、はい。お母さんが協力してくれてるので、意外にすんなりいきそうです。」


明君のお母さんと言えば、以前後援会の集まりであった心配性な女性だ。

当日は両親揃って身に来る筈、大丈夫だろうか。


「お母さんも見に来るんだよね?何か言われた?」

「いえ特には。最近はいつも眉をひそめてますけどね。」


なるほど、協力はするが嫌な事には変わりないと。

母親としては中々複雑だろう。


「佐藤さんは…って、問題無さそうですね。」

「はい。特に問題なく、順調に落ちてくれてます。」


佐藤さんは会社に申請する休みの期間も短い。

前日計量も含め、たった三日しか休まないのだ。

まあ今回は俺も、四日間の休みを頂くにとどまっている。

遠征がある時は六日頂いていた。


「佐藤さんも、同僚が見に来たりするんですか?」

「う~ん、班長仲間が数人かな。」


班長、まだ若いのにもう役職が付いていることに驚き。

実は俺も職場の人達に聞き、見に来れるという人にはチケットを無料で譲った。

当然支払いは俺のファイトマネーから。

加え春子のご家族にも配ったので、今回は手元に殆ど残らないと思うが、今までの協力や支えを考えこのぐらいはしなければ。

でもパートの奥さん方の何人かは、家族の分を本来の値段で買ってくれたりもした。

店長夫妻も子供たちの分は自腹で購入、家族揃って見に来てくれるらしい。

本当に有難い事だ。

さあ、もうすぐ俺の本領が試される時が来る、気合入れていこう。

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