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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第57話

第一ラウンドのゴングが鳴った。

挨拶そっちのけでいきなり出てくるかと思われたが、ちゃんとグローブを合わせてくれて一安心。

と思いきや、触れた瞬間強めに叩き弾くと、そこから思い切り踏み込み強振してきたのである。


「…シィッ!!」

(…やっぱりなっ!!)


この流れ自体は予想していたが、その先の展開は予想出来ていなかった。

というのも、思わぬ幸運が舞い込んだというべきか、何と初撃の左がカウンターで相手の顎に入りそのまま膝をついたのだ。


「…ニュートラルコーナーに戻りなさい。」


あまりに突然の出来事で、レフェリーも一瞬動きが止まっていた。

かく言う俺も、何だか悪い意味でリズムが崩れそう。

しかし当然ながら決定打という訳ではない様で、相手は直ぐに立ち上がりカウントエイトまで待ってから構えを取った。


(あ~不味いな。ちょっとこのふわふわした感じは良くない。)


思いがけない事態に遭遇し舞い上がるのは、まだまだ未熟な証。

少し相手を観察し余力を確認すれば、まだ足元もしっかりしており強打も健在。

今の状態で勝負に出ると、嫌な予感がする。

普通に考えれば攻勢に出るべきだが、こういう第六感は結構当たるんだ。


(慌てずゆっくり、このリードはないものとして考えよう。)


そう、この相手は強打だが初動は見切りやすく、しっかり落ち着いて立ち回れば早々もらうものではない。

恐らく油断しない限りは大丈夫だろう。


「シッ…シッ…シッシッ!」

(俺のタイミングに被せようとしてるな。)


まさにギャンブラーらしい相打ち狙い。

だが少々勇み足が過ぎるようで、フェイントを交えれば簡単に引っ掛かってくれる。

そうやって少しずつタイミングをずらしながら、徐々に弱らせていけばいいんだ。

焦るのは一番の悪手なのだから。



「ちょっとびっくりしたね。でもその後舞い上がらなかったのは良い判断だったよ。」


やはりあの判断は正しかったらしい。

決めに行くという事は、同時にもらう危険も孕むという事。

俺は序盤からそう言う勝負をするスタイルではない。

勿論、それが決定的なチャンスであれば別だが。


「じゃあ、次も落ち着いて行こう。ガードしっかりね。」


頷き返して直ぐ、第二ラウンド開始のゴングが鳴った。

向こうは相変わらず元気に強振する構え。

だが一ラウンド見て確信した事がある。

多分、このラウンドかその次辺りで倒せるだろう。

何故ならこの選手、大振りなくせにガードも甘い。

加えハンドスピードも並以下、打ち終わりを狙い放ったパンチが結構当たるのだ。


「…シッ!」

(今までこれでやって来たなら、今更変えられないよな。)


これは相手だけでなく、俺にとっても同じ事。

これからどんなに経験を積もうとも、スタイルの骨子は恐らく変わらないだろう。


「…シッ…シッ…」

(このまま時計周りを維持。しっかり距離を取って完封しよう。)


だが一つ気を付けるべきなのは、相手が時々やる変則的なステップ。

いや、正確にはステップではなく走って近寄る動作。

これは急にやられると驚く。

冷静に見極め、クリンチ若しくはしっかり隙を狙い打って行きたい。


「…おっ…とぉっ!?」

(がむしゃらに突っ込んでくるから、頭が当たりそうになるんだよ。)


下を向いたまま、拳を振り上げ突っ込んでくるので少し怖い。

目尻のカットなどは経験がない為、実際そうなった場合かなり動揺するだろう。

視界も狭まる筈だ。

そうしてまかり間違ってあの一発をもらう、考えたくないな。



「あの下向いて突っ込んで来る時にボディ狙うと、頭当たるから気を付けて。あとあれさ、下からかちあげるのは無理そう?」

「いえ、動きにも慣れてきましたんで、やれそうならやってみます。」


恐らくはあれも戦略の内。

レフェリーに抗議すれば変わるだろうが、利用できそうなので敢えて何も言わなかった。


(前を見ないで力一杯振って来る。動きは分かった。次で倒す。)


心の内に覚悟を秘め、立ち上がる。

イメージを頭の中で思い描きながらマウスピースを銜えると、第三ラウンドのリングへ。


「…シッシッシッ!」

(当たってるのに退かないんだよ。凄い根性だな。)


顔は痛みで歪むのだが、決して自分からは下がってくれない。

故にずっと下がり続けているのは俺の方だ。


「…フッ!シィッ!」


右の大振りをダッキングで躱しざま左ボディ、流れで右アッパー。

当たりは浅く決定打とはならないが、欲張らず冷静に距離を取る。

この時注意すべきは、絶対にガードを下げない事。


(やっぱり、打たれると反射的に打ち返してくる。前なんか殆ど見てないのに…これじゃ迎え撃つのは危険だな。)


ここまでやって分かった事、この人は戦績以上に危険な相手だ。

パンチの悉くが変則的で事故が起こりやすく、ガードで受けたりしても調子に乗るので、しっかり距離を取って戦える選手じゃないと安定しないだろう。

若しくは、彼以上の圧倒的なパワーで強引にねじ伏せるか。

当然俺は前者、落ち着いて眺めながら戦うべきだ。

早いラウンドで倒せるかと思っていたが、自分の戦い方に徹しよう。



「予想以上に打たれ強いね。でも確実に流れを支配してる。このまま落ち着いて行こう。」


こうなると適性階級という言葉の重みを感じる。

ずっと足を使い動き続けているが、スタミナにはまだまだ余裕があるのだ。

十二ラウンドでも普通にこなせそう。

そして第四ラウンドのゴングが響く。


(頭から突っ込んで来るタイミングは分かった。後は見極めだな。)


下を向いて突っ込んでくるので、相手は俺の足しか見えていない。

ならばそれを利用しよう。


(…来たな。)


突っ込むため重心が前屈みになった時、この相手は既に拳を振り上げている。

視線はこちらの足元を捉え、それで場所を判断し適当に振り回して来るのだ。

この適当というのが本当に厄介。

基本通りの対応をしようとすると、かなりの確率で事故が起こるだろう。


(…今!)


三ラウンド見続けて振り抜くタイミングも覚えた。

故に、その初動を見極めフェイントを掛けたのである。

一度下がる素振りを見せた直後一瞬で反転、キュッとシューズの音を響かせすれ違う。


「…シュッ!」


そしてすれ違いざま、横から綺麗に顔面をかちあげる。

クリーンヒットだったはずだが、相手は一瞬ふらつく素振りを見せただけで直ぐに振り回してきた。

だが俺は既に安全圏まで退避しており、その拳は届かず空を切る。


(苦しそうな顔してるけど、ずっとこうなんだよな。効いてんのか効いてないのか…あ~分かんねえ。)


何だか心を試されている気がした。

お前が油断するまで耐えて耐えて前に出続けてやる、そんな強い意志を感じる。


(まあ、こちらとしては別に倒せなくてもいいんだ、勝てればそれだけでいい。焦らず冷静に行こう。)



▽▽▽



結局、試合は最終ラウンドまでもつれ込んだ。

初回以降ダウンすら奪えていないが、試合展開自体は一方的。

当然こちらの優勢と言う意味である。


「…シッシィッ!」

(結構出血酷いけどな、レフェリー…止めてくれないかな?)


そう思い、相手選手を視界の端に収めたままレフェリーに視線を送ってみた。

すると向こうは、それを隙と捉えたかふらつきながらも力強く振り回して来る。

だが流石にダメージの蓄積が酷かったのだろう、勢い余ってロープにもたれ掛かってしまった。


「…フッ!シッシッシッシィッ!」

(これは流石に止めなきゃ不味い事になるぞ!…ほら、止めてやれって!)


ロープに体を預ける相手に対し、殆ど横殴りの体勢で打ちまくる。

そして漸く、念願のレフェリーストップが掛かり試合終了。


「…よっしっ…」


自分でも知らずうちに、ガッツポーズを取ってしまった。

もしかしたら、実感しているよりも苦しかったのだろうか。

それから忘れずに相手選手を労い、一言二言交わす。


「有り難うございました!」

「有り難う。絶対チャンピオンなってくれな。そしたら俺も凄え自慢になるからさ。頼むよ…本当に。」


俺の肩を抱きそんな事を語る奥田選手、目には涙をためている

それを見た時、何となくだが察してしまう。

恐らく彼は、この試合を最後に引退するつもりなのだろう。

つまり、プロボクサーとして最後に拳を交えたのが俺。


(そうか。だからこんなに我慢強かったんだ。最後だから…)


他人の事なのに、涙がこぼれそうになる。

だって分かるから。

夢を抱いてどうしようもなく苛立つ気持ちも、憧れに届かない焦燥感も。

そうして歩いてきたプロボクサーとしての彼の道は、ここで終わり。


「…任せてください。俺は…必ず世界チャンピオンになります。」


リングを去ろうとしていた彼は振り返り、一瞬驚いた表情を見せる。

チャンピオンとは言っても、国内のという意味だったのだろう。

少々大言壮語だったかもしれない。

しかしこの時から俺の中で、世界チャンピオンは夢ではなく現実的に達成可能な目標となったのだ。

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