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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第56話

五月下旬、亜香里は休学扱いとしてもらっている。

今は家の仕事をしっかりやってくれており、俺としても毎日がかなり楽になった。


「統一郎君、次戦決まったよ。六月三十日、同じ興行に幸弘君も一緒に出るから。」


言われ思えば同門と一緒に向かうなど初めての経験で、少しワクワクしてしまう。

だがきっとこれからは、こういうのも増える筈だ。


「相手は…ごめんね、またノーランカーの選手。でも勝てばランキング上がりそうかな。」


一応今月の国内ランキングを確認した所、一つ上がり十位となっていた。

たった一つでも、確実に上がっている事が実感できれば嬉しいものである。


「あれ、そういえば今更ですけど、佐藤さんは何で新人王戦出なかったんですか?」


自動的にランカーになれるチャンス、彼ほどの実力者ならば優勝候補筆頭だろうに。


「あ~自分の場合、そこまで頻繁に休み取るのは厳しいんで。」


なるほど、仕事の都合か。

ボクシングで食っていくなどまだ夢の段階、それも致し方あるまい。

大手のジムであればスポンサーからの支援でやっていく事も出来るだろうが、俺達はそういう訳にもいかず、職場に迷惑を掛ければその後の人間関係にも悪影響を及ぼすだろう。

佐藤さんの場合、夢と現実のバランスを取れる所もファイトスタイルとちょっと似ている。


「ほれ坊主こいつだ、見てみろ。」

「はい。えっと、奥田浩紀(おくだひろき)二十七歳、百七十センチで二十二戦九勝十敗三引き分け。レッド木田ジム所属…ですか。」


何となくマッチメイクの苦労が伺える。

恐らくは色々な変遷を経てこの相手に決まったのだろう。

それでも俺がやるべきは、相手が誰であろうと油断なく確実に勝ち星を掴む事だけ。

ざっと見た感じ相手の項目で目を引くのはKО率くらいだろうか。

負けが込んでいる選手だが九勝の内八つがKО、中々に特徴的な戦績だ。


「今年は明もプロテスト受けるし、結構忙しくなりそうだな。」


明君は性格上基本がしっかりできているので、テストは恐らく一発通過。

そうなれば練習生が一人もいない、所属しているのがプロだけという一風変わったジムになる。

元々周りに民家なども無い立地、人が集まる光景は想像できない。

しかし王者が一人でも出れば、状況も変わりそうな気がする。

つまり俺達次第だ、頑張らなくては。



▽▽



六月最初の日曜、久しぶりに南さんも交え遊ぼうという事になり、春子の提案で亜香里も連れ動物園へとやってきた。

泉岡市街の外れにあるこの施設は、県外にもそれなりに名が通っているとか。

実の所俺が動物園にやってきたのは生まれて初めて、故に一番興奮しているのも恐らく俺だ。


「あ、ナマケモノだ。ちょっと眺めていこうよ。」

「統一郎君また~?全然進まないじゃん。」


そんな事を言われても、珍しい動物ばかりで足早に進むのはもったいない。


「でも兄さんの気持ち分かるかも。結構可愛いねこの子。」

「はは、君らは似た者同士だな。でも私はもう少し動きがないと見ごたえないかな。」


南さんの言う通り、五分くらい眺めているが全く動かない。

流石に俺もちょっと飽きてきて、次へと向かう。

そうして色々な動物を見て回り、園内のレストランで昼食を済ませたら、次に向かうのは触れあいコーナー。

ここでは主に、ウサギなどの小動物と戯れる事が出来る。


「また悠子のとこに一杯集まってる。この間もそうだったよね。何で?」

「まあ、人徳の差かな。」


まさか本当にそんなものが分かる訳でもあるまい。

横に目を向けると亜香里のとこにも三匹集まり、その可愛さに顔を綻ばせている。

そんな彼女らを眺めていると、俺と春子の元にも一匹ずつやってきて存分に毛並みを堪能させてもらった。

ペット、人の心を癒やす存在。

一人で家にいる亜香里の為に、何か動物を飼うのはどうだろうか。

折を見て、本人に聞いてみよう。



二人をマンションまで送り届けた帰りの車中、今日思いついた事を聞いてみる。


「え?ペット?うんと、そうだな。いたら嬉しいけど、結構高いらしいよ?」


ペットの相場など調べた事も無いので知らなかった。

近場で譲渡会などがあればいいのだが、早々都合良くは見つからないか。



▽▽▽



六月二十八日、計量日前日。

リミットを三百グラムオーバーで調整完了。

後は代謝を考慮し微調整すればいいだけ。

そんな中思うのは少し前の出来事。

心配事という程ではないが、この間叔父に紹介してもらった病院に亜香里を連れ行ってきたのだ。

当然、渡瀬夫妻にも伝えてから。

結果は対人恐怖症ではないかというものと、軽度の統合失調症の疑いもあるとか。

しかし後者の方は疑い程度で、特に薬物による治療などは必要ないという判断。

前者の方にしても亜香里の場合は限定的で、学校という場所、そして同年代のクラスメイトなどに限られる。

つまりそれ以外の場所なら、普通に人間関係の構築も可能ではないかと言っていた。

不思議な話だが、これらの事を考えていると力が湧いて来る。

強い姿を見せなければならないと。



六月二十九日、今日はいつもより車内の乗員数が一人多い。

その一人が俺と同じ選手と言うのは、存外心強いものだ。

計量は二人供が一発で通過、ゆっくり次の日に備える事が出来た。



六月三十日、試合当日。

朝起きた時に調子の良さを実感する。

その後、佐藤さんを連れて軽く走り今一度調子を再確認、それから昼過ぎに全員で会場入り。

当日計量から検診という毎度の流れを経て、いつも通り青コーナーの控室へ向かう。

これは俺の注文、タイトルを獲得するまでは青コーナーで良いと思っている。

そしていつも俺だけに向けられていたカメラが、今日は佐藤さんにも向けられ本人は少し苦笑い。


「佐藤君、そろそろアップ始めようか。」


俺と同じく、試合直前の面倒を見るのは及川さんの仕事。

会長は毎度ながら他のジムの会長と何やら相談、牛山さんは隣で頼もしく腕組みしている。

そして第二試合、佐藤さんの出番が告げられ背中を見送った。

何だか不思議な感じ。

陣営全員が出払ってしまうので、控室に一人と言うのもちょっと心細い。

因みに俺の出番は、セミファイナルの前だから三試合後だ。



通路にガヤガヤと声が響けば試合が終わった合図、検診を終えて戻ってきた佐藤さんはとても綺麗な顔のままである。


「がはは、やっぱりこいつ大したもんだ。二回ダウン奪って大差判定勝ちよ。」


まあそうなるだろう。

多分彼は、今日俺が戦う選手より強い。

階級差があっても尚、普通にそう思う。


「観客席で見てます。頑張ってください。」


シャワーを浴びて戻ってきた彼は、爽やかに俺を激励し控室を後にした。

あのくらい余裕綽々で勝ちたいものだが、果たしてどうなるか。

アップを済ませガウンを深めに被り集中すれば、直ぐに試合の時が訪れる。

身を包むのはいつも通りの緊張感、体の動きを阻害しない程度の良い空気感だ。



『只今より本日の第五試合、ライト級八回戦を行います。』


観客の入りは少なく空席が目立つ。

メインイベントがそこまで華の無いカードなので、仕方ないだろう。

当然俺にも集客力などない。

少なくとも今はまだ。


『赤コーナ~公式計量は………レッド木田ジム所属~おくだぁ~ひろ~き~。』

『青コーナ~……十一戦十勝一敗、三つのKО勝ちがあります……現在日本ライト級第十位、森平ボクシングジム所属、地方の星!とおみや~とういちろう~!』


リングアナの声に被せ、後援会の人達も声を出す。

地方の星頑張れ、と。

通り名が定着するというのは、集客に繋がる一歩だ。

出来れば全国的に知ってほしいものだが、それはまだまだ先の話。

でも必ず辿りつける筈だ。

確実に白星を掴んで一歩一歩進んで行ければ。



「相手は一発狙いの選手だから、しっかり気を抜かず見極めてね。」


何戦か試合映像を見たが、本当に一発狙いのギャンブラーと言った感じ。

相当筋力トレーニングをしているのだろう、見た目は筋骨隆々だ。

しかしボクシングは、それだけで勝てるほど甘くはない。

俺は絶対に一か八かはせず、実力で確実に勝ち続ける。

この試合でも、それを証明しよう。

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