第48話
二月も中旬に差し掛かったある日、俺は叔父に話があると言われ近くの喫茶店に向かった。
どうして外に出なければならないのか問うと、会わせたい人がいるとの事。
そう語る叔父の表情はどこか固く、俺もつられ少々緊張してしまう。
そして喫茶店に到着すると店内を見回し、叔父は一人の女性に視線を止め軽く会釈。
俺も倣い会釈してからその女性を見やる。
(あれ?誰だろ。どっかで見た事ある様な…)
雰囲気から察するに、自分の交際相手を紹介してくれるとか、そう言うのではないらしい。
その女性は俺を視界に収めると立ち上がり、深々と頭を下げた。
数秒後、ゆっくりと顔を上げたその人と目が合い、漸くその正体に気付く。
「…母さん。」
「まだ…そう呼んでくれるのね。本当に大きくなったわ…統一郎。」
薄めの化粧に柔らかな笑みと地味な服、こんな人だっただろうか。
俺の中にうっすらと残る母の記憶とは大違いだ。
「おい統一郎、取り敢えず座れ。なんか飲むか?」
「え?あ~どうしよう。じゃあカフェオレもらおうかな。」
何故カフェオレか、母が飲んでいたから何となく。
その母は終始俯き加減、見ているだけで少々居た堪れなくなる。
対して俺の方は特に思う事もなく、当然恨み言をぶつける感情なども湧かない。
「えっと…叔父さん、取り敢えずいきなり本題入ってもらっていい?」
「麻衣子さん、私の方から話しても構いませんか?」
母は申し訳なさそうに静かに頷く。
雰囲気から察するに、少々重い話になりそうだ。
「まあ端的に言うとな、こっちで娘さんを預かる。俺じゃなくお前がな。」
言葉を何度か反芻し、冷静に理解。
叔父の話しぶりから、これは断れる感じではない。
「…本当にごめんなさい。圭一郎さんには以前から相談に乗ってもらっていて…色々あってね、娘の亜香里がこっちの高校を受ける事になったの。」
「亜香里ちゃんがな、地元の学校には通いたくないって言っててな。でも一人暮らしはさせらんねえって訳だ。」
「なるほど、それで俺が預かるという流れ?」
「ああ。亜香里ちゃんにとっちゃ俺は他人もいいとこだ。だがお前の事は知ってる筈だぞ。勿論間接的にだがな。」
母は小さくごめんなさいと呟く。
一瞬目が合い間接的にという叔父の言葉を理解した。
恐らくは情報番組や地元の新聞に載る俺の事を追ってくれていたのだろう。
もしかしたら切り抜きや録画などもしていたのかもしれない。
「話は分かったよ。俺としては別に構わないって思う。だけど一つだけ。亜香里ちゃんは了承してるの?」
「え、ええ。明確には何も返さなかったけれど、嫌なら嫌っていう子だから…」
正直微妙な所だ。
無理矢理に嫌な環境を強いられたと感じれば、多感な少女はどういう道に走るか分からない。
しかも年齢から考え再婚相手の連れ子、俺とは血の繋がりが無い。
そう言う事情もあり、これは一度本人と話さなければ駄目だなと、そう感じた。
「母さん、今どこに住んでるの?」
「ええそうね…ご、ごめんなさい、伝えてなかったかしら。今は陸前県の栗原市に住んでいるの。再婚していて苗字は渡瀬…です。」
どうにも母と息子の会話とは思えないやり取り。
正したい所だが、今はとにかくこの話を進めないと。
「栗原…ああ~鈴木ボクシングジムのあるとこだ。じゃあ来月にでも一度会いに行くよ。本人に。」
「で、でも…手間じゃない?」
「いいよいいよ。出稽古のついでに寄るだけだから。それに一緒に暮らすなら一度会っておかなきゃ始まらない。」
一応話もまとまった所で、母が知る限りの現状を聞いてみる。
何でも中学三年になった頃から、娘が急に学校を休みがちになり、更に地元の高校へは行きたくないとごねだしたらしい。
その理由を問うても何も言ってはくれず途方に暮れていた折、恥を忍んで叔父に相談したという流れ。
これは彼女にとってかなり勇気のいる決断だったはずだ。
因みにあまり話には出てこなかったが、旦那さんはとても温厚で真面目な人だとか。
この問題にも母と一緒に向き合っているが、出来る事も限られ現状に至る。
父親としては会った事も無い若造に娘を預けるなど、それこそ苦渋の決断だろう。
取り敢えず今日はこれくらいでお開きとなり、また後日連絡すると伝え別れたのだった。
▽▽
「いらっしゃいませ~、お客様、何かお探しでしょうか。」
慣れ親しんだマンションから借家へと居を移す事になり、足りない家電を揃える為、俺は近くの家電量販店へとやってきた。
そして冷蔵庫が陳列されている辺りをうろうろしていると、目ざとい男性店員に見つかり声を掛けられてしまう。
しかしまあ、そこまで家電に詳しい訳でも無いので正直有難いのは事実、何が必要かを端的に伝えお勧めは無いかと聞いてみた。
「そうですね。一人暮らしですとこちらなどはいかがでしょうか。」
紹介されたのは2ドアで右開きのタイプ、値段も手ごろで良さそうだ。
「これにします。後は、エアコンと洗濯機、電子レンジなども買いたいと思ってるんですが。」
これは美味しい客だと思ったのだろうか、店員の目がギラリと輝いた気がした。
「エアコンでしたらこちらがお勧めですよ。花粉やハウスダストにも対応しており空気清浄機も兼ねます。」
店員はまさに水を得た魚と表現出来るほど生き生きしてきた。
「洗濯機はやはりこちらでしょうっ!乾燥機能も付いたドラム式!洗浄力も中々ですよ!」
一方こちらはその勢いに呑まれ、たじたじである。
「電子レンジはこちらっ!レンジ、オーブン、グリル、スチーム、過熱水蒸気という5つの加熱方法に対応した優れもの!」
最早相槌を打つだけの人形と化した俺は、その全てを買う事になった。
大きな出費をしたばかりではあるが、この日の為にクレジットカードなるものを作っておいたのだ。
予算としては二十万円くらいをめどにしていたのだが、結果は三十万超え。
暫くは節約生活が続きそうである。
▽
購入した家電はスタッフが直ぐに届けてくれた。
エアコンは工事が必要らしいので使えるのは後日、暫くは炬燵で我慢する事になりそう。
家具は叔父の家で使っていたものをそのままこちらに運んだので、出費は無く非常に助かった。
因みに電気ガス水道のライフラインは既に通っており問題ない。
そうして生活に必要な一式が揃った我が家を眺め、暫し恍惚に浸る。
これぞ正に我が城、賃貸だが。
▽▽
二月下旬の日曜日、漸く借家に春子を招く事が出来た。
当然ながら向こうまで車で迎えに行き、こちらに戻って来る形。
彼女は今春休み中らしく、一週間くらいいられるとの事。
まあ二、三日は実家で過ごすようだが。
「へぇ~なんか趣ある家って感じ。うん、いいねいいね。木造りの引き戸も新鮮。」
春子の実家はまだ新しいから余計にそう思うのだろう。
だが気に入ってくれたようで俺としては一安心。
古臭くてみすぼらしいとか言われたらどうしようと、内心びくびくしていたのだ。
「でも一人で住むにはちょっと大きすぎない?掃除って大変なんだよ~。」
これが一番の問題だ。
居間に台所にトイレにお風呂、そして二部屋の和室。
毎日出来るのはお風呂くらいだろうか。
あまり張り切り過ぎても長続きしないので、そこは加減が必要だ。
「あ、そうだ。春子に伝えておかないといけない事があったんだ。」
そう言えばと思い出す。
ついこの間された頼まれごと、これは伝えておかねば誤解を招くだろう。
「ん?なあに?」
「あのね、人を預かる事になるかもしれない。」
「………女?」
春子の目が珍しく鋭い輝きを秘める。
だがどうやらそれは冗談で、直ぐにいつも通りの笑みをこぼした。
そして話を進めながら居間に向かい、一緒に炬燵で足を伸ばす。
「えっとね、妹を預かるかもしれないんだ。」
「へぇ~統一郎君に妹なんていたんだ~。」
「うん。俺も知らなかったんだけどね、久しぶりに会った母さんから告げられて頼まれた。」
「そっかぁ~、色々訳ありっぽい子だねぇ。統一郎君にお世話できるかちょっと心配だよ。」
その不安を一番感じているのは俺だ。
にもかかわらず、こうしてすんなり状況を受け入れているのは何故だろうか。
もしかしたら、母に頼られたのが嬉しかったとか?
自覚は無いが、そう言う感情が眠っている可能性も完全には否定できまい。
もし簡単にそれらを割り切れる人間がいるのなら、その人は情などとは無縁な生き方をしてきたのだろう。
だが俺は真逆だ。
多くの人に助けられ道を作ってもらい、今も支えられる事で漸く立てているのだから。
そして図々しくも、そんな自分が結構好きだ。




