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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第47話

二月初旬、遂に自分の車を買い今日が納車日。

購入したのは中古のコンパクトカー、走行距離四万キロで込々六十万円。

結構人気の車種なので、それなりに良い買い物が出来たのではなかろうか。

正直な所あまり自動車には造詣が深くない為、走ればいいという感じ。


「うん。乗り心地も悪く無いな。」


備え付けのオーディオで掛けるのは自分にもなじみ深いBLUESEAの曲、そして雪道を慎重に走り向かうのは不動産屋。

何故向かっているのかと問われれば、引っ越すからだ。

これは叔父からの提案で、男は実家を離れ一人で生活してこそ一人前とかなんとか。

実は言われずとも一度一人暮らしはするつもりだった。

因みに、何故叔父が急にそんな事を言い出したかの理由は知らない。

もしかしたら連れ込みたい女性でもいるのだろうか。

だとしたら、俺としてもうれしい限りだ。



「こちらがその物件になりますね。」


不動産屋に着くと、事前に調べてきた甲斐もあり話はスムーズに進み、取り敢えず直接物件を見てから決めるという流れに。

因みに俺が見たいと言った物件はアパートではなく借家、月六万五千円とこの辺りの相場では高い部類に入る。


「築年数はそれなりですけど、リフォームしたばかりですし良い物件だと思いますよ。」


一番最初に目に入ったのは、意外と立派な瓦屋根が印象的な平屋。

本日の天候は快晴ということもあり、黒々と太陽の光を浴び輝いている。

周りを見渡すと買い手のつかない土地に田んぼ、加え田舎らしく隣の家までは五十メートル以上ありそうだ。

新居になるかもしれない興奮もありながら、ガラガラと音を立て玄関の引き戸を開く。

中を見渡すと、確かに言う通り中々に綺麗な作り。

間取りは六畳と八畳の和室が一室ずつと居間があり、トイレはウォシュレットだ。

そしてリフォームしたばかりの綺麗な浴室と台所。

第一印象としてはとても住みやすそうな感じ。


「あと、ペットもOKですので、そういう意味でも良物件かと。」


担当の男性が、決めあぐねている俺の背中を押す様に語り掛ける。

先ほど渡された名刺によると、木崎さんというらしい。

向こうに急かすつもりはないのだろうが、こちらは慣れていないせいか幾分焦りも感じてしまう。

そして迷いながらもついに結論を出した。


「ここに決めました。」


俺がそう言うと、木崎さんは満面の笑みで早速事務所へと車を走らせる。



「…ですと~敷金礼金が家賃二ヶ月分ずつとなっておりまして、それに仲介手数料などが加わりますので………。」


木崎さんはパチパチと弾いていた電卓をこちらに差し出し金額を提示する。


「あと、こちらが連帯保証人様に書いていただく書類で、こちらが収入証明書となっておりますので、まとめて持って来て頂けると助かります。」


思った以上の出費に苦笑いの俺と、晴れやかな笑みの木崎さん。

何とも対照的な二人だった。


(はぁ~~っ、約三十万の出費か。部屋を借りるのってこんな掛かるんだな。)


しかし、新生活に胸が躍るのも事実。

そんな相反する感情を抱きながら帰路に着くのだった。



その日の晩、叔父に今日の不動産屋でのやり取りを伝えると、


「そうか。俺から提案しといてなんだが、こういうの聞くとお前も大人になったんだって実感沸くな。」


子供のいない叔父にとっては俺がそれに当たるのだろう。

そのせいか、表情には寂しさと嬉しさが同時に内包されているように見えた。


「印鑑証明書とか必要なんだったか。分かった、なるべく早く用意しとくわ。」

「いやいや叔父さん、引っ越すって言ってもすぐそこだし、ご飯は作りに来るからね?一人にすると酷い食生活になっちゃいそうだし…」


誰が得する事もないであろう、男の通い妻宣言である。


「お前な…それじゃ何の意味もねえだろうがよ。全く…」


叔父は呆れ顔で俺を眺めながらも、その声にはどこか嬉しそうな感情を含んでいた。



翌日の仕事終わり、いつもの様にジムへ向かう。

するとそこには元気にサンドバックを叩く牛山さんと、会長にしごかれる明君の姿があった。

彼ももうすぐ高校二年生、十七歳になればライセンスを取得できる。

体付きも最初とは比べ物にならないほどがっしりしてきて、一目でわかるほど練習の成果が出ているのが見て取れた。

後は良い練習相手さえいれば良いのだが、俺と会長だけではどうにも経験不足感が否めない。

こういうのも地味に地方ジムが背負うハンデの一つだ。

それでも長期休暇の時には、一緒に遠征に向かう予定もある。

向かう以上は相手方の練習にもならなければ意味が無いので、漸く会長のお墨付きが出た形だ。


「統一郎君、準備出来たら明君の相手してもらえる?」


これもいつも通り。

俺はパンチを捌く練習を、対して明君は全力で打ち込む。

そして準備を終えスパーのゴングが鳴ると、彼は開始早々元気よくラッシュを掛けて来るのだ。


(おお、結構良いパンチ打つようになってきたな~。只ちょっと攻撃だけに意識向けすぎかな。)


最近は少し強めに左を打つようにしている。

痛みに慣れるのも必要な練習だ。

人間どんなに鍛えた所で痛みからは逃げられない。

我慢強い選手とそれ以外の選手は、日々の練習と心構えで差が出るものなのである。


「有り難うございました。」

「よ~し、じゃあいつも通り次は僕がやるね。」


明君と三ラウンドこなしたら、直ぐに会長と三ラウンド。

こっちはマスボクシング形式、当てるが本気で撃ち抜く事はしない。

とはいえ、普通に当てる事は当てるので時々鼻血くらいは出る。

大体俺の方が。


「統一郎君、今日は本気で倒しに来てね。ちょっと見せたいものあるから。」

「え?…はい、分かりました。」


本気で倒しに来いとは初めて言われた。

そして牛山さんが確認し、手に持ったゴングを鳴らす。

直後、俺は言われた通り本気のリードジャブで牽制、そこから踏み込んでワンツー。

だが相変わらずの年齢を感じさせない動きで見切られ、逆にボディへ一発もらってしまった。


(何か今日はやけにスイッチしてくるな。何だろう。)


今までも左構えにスイッチしてきた事はあったが、今日ほど頻繁では無かった。

ひらひらと正に舞う様にリングを動き、中々芯を掴ませてくれない。


(そうなんだよな~会長は体捌きよりも足で避けるんだ。)


その細かいステップは防御だけではなく、瞬間的に攻勢にも打って出る事を可能にしている。

当然俺も真似しようとはしているが、持って生まれたセンスが違い過ぎてちょっと無理な感じ。

正直現役の選手でも、この人に勝てる人はそれほど多く無いと思う、短いラウンドならという条件付きだが。


「第三ラウンド開始まであと十秒~。」


リング脇では、明君と牛山さんが固唾をのんで見守っている。

そして最終ラウンド、ここまでは上手く捌かれているので、一発くらいは力の籠ったパンチを当てたい所だ。

だがそうは思うが中々当たらず、残り時間も一分を切った所で余計な力が入り始める。

自覚はあるのだが、情けないという思いが先行し己を抑える事が出来ない。


(よしコーナーに追い込んだ…ここなら。)


左右の逃げ道を塞ぎながら慎重に距離を詰め、何度かのフェイントを交える。

会長はブランクで流石に息が上がっており、恐らく足で捌くのはそろそろ限界。

本当に打って良いのかという自制が浮かぶも、本気で来いと言ったのは会長。

ならば俺はそれに応えるのみだ。


「…シィッ!!」

(ひっくり返っても恨まないでくださいよっ!)


力の籠った右、いや力み過ぎだった。

複雑な感情もあり、いつもより切れが無かっただろう。


「…っ!?」

(ちっ…叩き落されたっ!)


重心が前に傾いた所、突き出した右拳を上から強く叩かれ思わずつんのめる。

瞬間、危険だと体が察知するも体勢が崩れどうにもならない。

視界に捉えている会長はいつの間にかスイッチしており、迫る一撃も何かいつもとは違い咄嗟に左を顔の前に置きガードを試みる。

しかし、


「…っ!?」

(嘘だろっ…つよっ!?)


簡素なガードなど簡単に吹き飛ばし、その一撃は俺の顔面を捉えた。

凄まじい衝撃に思わず体ごと仰け反り、ふらふらと後退ってしまう。

ヘッドギアをしているのに、頭がグワングワンと回り足取りもおぼつかない。


「お~しっ!終了~~っ!」


直後響く牛山さんの声。

俺は思わず座り込み会長を見やると、同じように天を仰ぎ大きく深呼吸を繰り返していた。

十秒ほど経つと漸く思考も正常に働く様になり問うてみる。


「はぁ…はぁ…どう?凄かったでしょ?統一郎君が打てばもっと凄いよ…はぁ…はぁ~やっぱり疲れるね。」

「…はい凄かったです。で、今のは一体。」

「えっとね、あれだ…ほら、え~っと、コークスクリューブロー。」


コークスクリューブロー、それは当たる瞬間に大きく捻りを加える事により威力を増大させるというもので、当たれば一撃必殺にもなりうる強烈なパンチである。

だが勿論難点もある。

その一つが打つ際に僅かな溜めが必要になる事で、非常に隙になりやすい。

更に肘などにも負担が掛かる為、連打するのにも不向きと言える。


「統一郎君の左を更に強化するために考えてたんだ。でも軌道は他とは違って内側を抉る様に走るから、他のストレート系のパンチと同じ様には運用出来ないね。」


これを実用化できれば、今まで速射性を重要視してきた俺のスタイルの中で、取り分け異質なものになる。


「サウスポーにスイッチするのはどういう…」

「ああそれはね、一撃必殺でしか運用できないと思ったから、そこを突き詰めていった結果だよ。」


会長の言葉に俺が考え込んでいると、その答えを告げたのは牛山さん。


「つまりこういうこったろ、反撃のリスクを考えて相手の体勢を崩し、カウンターで打つ事によって一撃の重さも増大させる。」


言われれば確かに、普通に考えれば分かりそうなものだが今は頭が働かない。

ヘッドギアをしてこの威力、試合だったら恐らく立てなかった。

気付けばいつの間にか、明君が俺のグローブを外してくれている。


「これはいつでも打てるものじゃない。相手の行動を予測し、力の籠った一撃を強く叩き体勢を崩す。同時にこの時点でスイッチしておかないと駄目。」


会長はそう言って足捌きのお手本を見せてくれた。

強めの右で叩くと同時、素早いステップでサウスポーにスイッチ、左は発射体勢に入っている。


「見てわかる通り、試合の最中に考えながら出来る動作じゃない。これから反射的に動けるよう体に教え込んで行くから、覚悟しておいてね。」


ロープにもたれ掛かり告げる会長の瞳はギラギラ輝いていた。

そして恐らくは、俺も同じ目をしていたのではなかろうか。

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