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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第44話

十一月に入ると、東北は俄然寒くなる。

早朝は気温が一桁になる日も出始め、油断すると風邪などで体調を崩しかねない。

まあ、それでも俺のやる事は変わらず、いつも通りの毎日を過ごすだけ。

例年と違う事と言えば、店長から勧められた資格の試験を受けた事か。

合格発表は先になるらしいので、今心配しても仕方ない。

そして迎えた三十日、今日は十九歳の誕生日である。

しかし残念ながら平日であり、春子とは会えなかった。

だが週末には顔を合わせ、充分にバースデイデートを楽しむ事が出来た。

彼女には前もってプレゼントは要らないと伝えており、代わりに一緒の時間を楽しもうという話だったのだが、この日は少し様子が違い手を惹かれ向かったのはラブホテル。

プレゼントは自分だと、そんな意味では無かっただろうが、交際から半年余り俺達は初めて肉体関係を持つに至った。

正直上手くこなせたとは言えないが、知識をフル動員し優しくは出来た筈。

少なくとも、気持ちだけは精一杯込めたつもりだ。

行為を終えた後は少し照れくさかったが、直ぐにいつも通りの二人に戻る。

一線を越えたからと言って、俺達の何かが変わる訳では無い。

いや、今までよりももっと愛おしくなったので、その点だけは変わったと言えるか。


▽▽


十二月に入ると、雪がちらつくようになった。

今年は例年より積雪が多くなるのではとお天気お姉さんが言っている。

ジムには相変わらず見学は訪れるも定着せず、その代わりフィットネスジムは結構盛況らしい。

体を動かしたい人向けの、良い受け皿になっているという事だろうか。

一方こちらのジムは、試しで通うにはちょっと空気が重い。

別に俺にはそんなつもりないのだが、牛山さん曰くそうらしい。

そんな日々を過ごす中、俺の次戦が決まったのは三週目に入った頃だった。

相手はまたも王拳ジム所属の選手。

ただ今回は今までとは違い、日本ランキングに於いて現在十一位、正真正銘のランカーである。

松前忠雄(まつまえただお)二十六歳、身長百七十二センチ、リーチ百七十四センチのボクサーファイター。

戦績は十九戦十一勝五敗三引き分け、勝ち星のうち五つがKО勝ち。

この選手の印象を会長はこう語る。


「小器用な感じだね。そんなに強打者って訳じゃ無いけど、左フックには自信を持ってるみたい。」


映像を見せてもらったが、この言葉はまさに適格。

命運を賭ける一発は、必ずと言っていいほど左フックなのだ。


「そういや初めてじゃねえか、坊主の相手としちゃあよ。ほら、アマチュア上りは。」


そうこの選手は、今まで叩き上げばかり当ててきた王拳ジムが、初めて差し向けてきたアマチュア経験者。

正確に言えば、俺の戦歴の中でも初めてではないか。

とは言え会長曰く、いつも通りやればいいらしい。


「試合の日取りなんだけど、一月の三十日になる予定。」


その日取りを聞いて俺は勿論、明君と牛山さんもギョッとする。

何故ならその日は、全国的に注目される大きな試合が予定されているから。

とは言っても世界戦ではなく国内タイトル戦だ。

そしてそこまで注目される選手と言うのは、今現在国内に一人しかいない。

何の因果か前の試合でも俺が前座を務めた、御子柴裕也選手である。


「またあの空気でやんのかよ…ありゃ前座にはきついぜ。」


だがランキングを得る大きなチャンス、断るなど有り得ない。

俺は勿論迷わずOK。

会長もそうなると分かっていたのか、淡々と練習に入る。


「じゃあいつも通りシャドーやったら、少し明君の相手してくれる?」


最近は明君の実戦練習も兼ね、彼とスパーリングする事も多くなった。

当然こちらは本気ではなく、ガードが下がったりした時注意を促す為軽く突くだけ。

それでも結構パンチを捌く練習にはなるので、俺としても助かっている。

その後は当然会長とマススパーリングをこなしてから、ミットでしごかれるのだ。


▽▽


年が明けると春子たちも帰省し、一緒に初詣へと向かった。

南さんと会うのは久しぶりだが、相変わらず話しやすくて助かる。

そして人の列に並び石段を上る途中、互いの近況を伝え合うのだ。


「そうか、遠宮君はまたあの御子柴と同じ日にリングに上がるのか。それはどういう感じなんだ?嬉しいものなのか?」

「う~ん、同じ階級ならもっと関心あったと思うんですけど、今は遠い有名人って印象なんであんまり思う事はないかな。」

「数字持ってるからだろうけど、マスコミもえらい取り上げるもんね~。統一郎君もいつかあのくらいにならなきゃ。」


そうなれればいいが、彼の場合は下地が異質すぎる。

元々ボクサー兼イケメンモデルという特異な存在であり、恐らく国内では唯一無二。

彼の代わりを務められるボクサーなどいないだろう。


「あ、統一郎君、こっちのおばさまからミカンの差し入れだよ。こちらのご婦人からは干し芋だって、良かったね。」

「何だ、遠宮君の地元人気も中々のものだな。決して負けてないさ。」


逆に、地元で負けたらもうどうしようもない。

局が月に一度は番組内で俺の近況を伝えてくれており、小さいながらも積み重ねがあるのだから。

これでも駄目ならどうすればいいというのだ。

まあ、結果を出せと言う話だろうが。

そんな雑談をしながらお参りを済ませ、三人で向かうのは春子の実家。

相変わらずこの家は賑やかだ。

あざとく腕を絡めて来る妹の冬子ちゃんに、終始ハイテンションなお義母さん。

傍で大人しくしている中型犬の茶太郎は只々可愛い。

そしてお義父さんとおばあさんも静かだが、それを差し引いても他の女性陣のエネルギーが凄く中々の熱量である。


「統一郎ちゃん、春子とはいつ籍を入れる予定?いつでもいいのよ~。」

「え~お姉ちゃんには勿体ないな~。ねえ統一郎さん、そろそろ飽きたんじゃない?」


そんな事を語る彼女らに対し、他の面々は慣れたもの。

俺達三人そっちのけで話に花を咲かせている。

春子も反応せず冬子ちゃんを放っておくのは意外だが、そこは信用されていると取るべきだろう。



そんなこんなありつつも、楽しい正月が終われば調整の時期に入る。

食事メニューはある程度固定であり、今では機械的な感覚でこなせているが、きつい事には変わりない。

少しでも気を緩めれば、直前で慌てる事になるだろう。

だが春子という恋人のお陰もあり俺の精神状態は非常に安定、仕事もそこまでストレスになるものではない。

結果、厳しい冬の時期であっても調整は順調に進んでいる。

そして前日計量の日を迎えた。



今回の試合に限り、計量はホテルの大広間を借り切って行われる。

雰囲気はまるでスター選手同士の世界戦。

脇役でしかない俺でさえ、少々緊張してしまう。


「…六十一,二…遠宮選手、ライト級リミットです。」


係員が秤を覗き込み告げるが、マスコミは誰も注目していない。

一応セミファイナルなのだが。

いや、一人だけ見てくれている人がいた。

最早専属のカメラマンと言ってもいい、陸中テレビの山崎さんだ。

彼だけはこちらに親指を立て意思を示してくれる。

そうして経口補水液を及川さんが手渡してくれた時、


「遠宮君、どうやら来たみたいだよ。主役が。」


瞬間、一気に会場がざわつき絶え間なく焚かれるフラッシュライト。

その向こうから現れたるサラサラ髪のイケメン、御子柴裕也十九歳。

公表では身長百七十六センチ、リーチ百八十センチだったはずだが実物はもっと大きく見える、これがオーラというやつだろうか。

そしてそのすぐ後、王者である備前直正(びぜんなおまさ)も登場。

こちらの公表データは身長百七十センチ、リーチ百七十五センチ。

外見は如何にも武芸者と言った感じの佇まいで、一部には熱狂的な支持者がいるとか。

過去には二度の世界挑戦経験もある、紛れもない古豪と言えよう。

年齢は三十六歳で挑戦者とは倍近い開き、どんな試合になるか今から楽しみだ。


(いやいや、何を部外者みたいな事を。俺は俺でしっかりやらないと。)


こんな空気は初めてなので、少し呑まれてしまっていたらしい。

だが思ってしまうのは仕方ない、俺もいつか大きな舞台の主役になりたいなと。

ぼ~っと眺めていると、最後にメインイベントの二人を中心にした集合写真を撮るとの事。

呼ばれ速足で大勢の報道陣の前へ。


(やっぱり堂々としてんな御子柴選手。何か大物って感じ。)


俺が新人王戦でこけなければ、彼と絡む機会もあったかもしれない。

まあ、たらればを言っても仕方ないのだが。

そして取り敢えず終わり帰る途中、山崎さんが嬉しい言葉を添えてくれた。


「うちの主役は飽くまでも遠宮君だから。頑張って!」


敬称が選手ではなく君、それに距離の近さを感じる。

その言葉通り、大きな意味で主役とは言えないけれど、それでも俺を中心に見てくれている人もいるんだ。

ならばしっかりその期待には応えなければ。

それが俺の役割だ。

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