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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第43話

十月二十八日試合当日。

本日の興行はいつもと雰囲気が違う。

その理由を一言でいうなら、メインイベントが特別だからに他ならない。

とは言え会場はいつも通り、試合自体もランキング一位と二位が日本タイトル挑戦権を賭け戦うという、只それだけの事。

だが出場する選手が特別なんだ。

階級はスーパーフェザー級で注目は一位の方、王拳ジムの御子柴裕也選手。

その人気ぶりは凄まじく、正直この間行われた世界戦よりも世間の関心度は格段に高い。

しかしまあ何というか、それはボクサーとしてではなくタレントとしての人気が殆ど。

何でも彼は、中学の頃からファッション雑誌のモデルをやっており、時々CMなどにも出ていたらしい。

らしいというのは、俺があまり芸能人などに関心が無く知らないだけで、一般的な知名度は異例なほど。

実力もインハイ三連覇の肩書通り確か、だがこういう出自である以上この先も色眼鏡で見られ続けるのだろう。


「統一郎君、次の次だからそろそろ。」


客入りがいつもより多いうえ女性の割合が高いせいか、周囲も少々浮ついている。

どうやら俺も、その空気に当てられていたらしい。

要らない事ばかり考えてしまうのはそのせいだ。

だが今日も俺のコーナーは青、こればかりはいつも通りで何だか落ち着く。

それでも十分な集中ができておらず、こういう時はガウンを深めに被るのがいい。

僅かであれど周囲の音を遮る事が出来、強制的に外界と自分を隔てる事が出来るから。

シャドーもこのまま行い、リングに上がるまではずっとこうしていよう。



『只今より本日の第五試合、ライト級八回戦を行います。』


いつもの花道を通りリングに上がると、ゆっくり周囲を見回す。

やはり空気がいつもとは違う。

まるでアイドルのコンサートみたいな客層、本音を言えば落ち着かない。

相手はどうだろうかと様子を窺えば、短髪の真面目そうな青年が怖い顔でこちらを見つめていた。


(今からそんな力入れてどうすんだよ。疲れちまうぞ。)


だが気合だけは入っている様だ。

何度も何度もグローブで己の頬を叩き、何かをぶつぶつと呟いている。

背水の陣、彼の姿はそんな言葉がよく似合う。


『赤コーナ~百三十五パウンド~………かつらぎ~ようへい~。』

『青コーナ~百三十四パウンドパウンド四分の三~…八戦七勝一敗、七勝の内一つがナックアウト……とおみや~とういちろう~。』


何だろうかこの空気は。

会場に足を運んだ客の殆どがリング上に意識を向けていない。

見なくても分かる、ざわざわとした空気感がいつものそれとは明らかに違うんだ。

ボクシングに興味がある訳では無く、ただ主役の登場を今か今かと待ち続ける、そういう空気。

だが俺達にそんな事は関係ないと、リング中央では二人の脇役が向き合う。

体格はほぼ同じ、軽くステップを踏みながらレフェリーの言葉に頷き挨拶。

そして一度自陣に戻ると試合開始、第一ラウンド開始のゴングが響いた。


「…シャス…」


最初の行動はどんな試合でも変わらず、小さく呟きながらスッと左を伸ばし始まりの挨拶。

すると相手は、挨拶というには少々手荒な感じに上から叩いて来た。


(…何となくやりそうだって思ったよ。)


あの気負い方から見て、いきなり仕掛けてくるかと思っていたら案の定。

あちらはバタバタとした軽快とは言えない足つきで踏み込み、右の大きなフルスウィングから入ってきた。

当然当たるわけなどなく、続き左を振りかぶった所を狙いこちらも左を真っ直ぐ被せる。


パァンッ!


自分でも予想しないほど綺麗に刺さり驚いてしまう。

相手は全く反応できていなかった。

どんな背景があるか知らないが、いくら何でも気負い過ぎだ。

だが何が起こるか分からないのがボクシング、浮ついている内に畳みかけるべきだろう。


「シッシッシッシッ…シッシィッ!」

(…完全に入ってるな。これ決められるか?)


一ラウンド開始から一分弱、相手の顔面は早くも血に染まり始めた。

しかしそれでも強引に振り回して来るので一旦様子見、左を突き余力を計る。


「…シッシッシッ!」

(…いや、全部入ってるよなこれ。)


左、左、左、様子見のジャブが全弾綺麗に顔の中心を捉えた。

相手は苦しそうにしながらも左右を力一杯振り回して来る。


「ストップ!」


その時レフェリーが割って入り、試合を中断。

鼻血がかなり出ており、既に胸まで濡らしているので仕方がない所。

開始からまだ二分弱、こういう試合をきっちり勝ちきれなければ上など見込めまい。

そして再開直後、打って出る。


「…シッシッ…フッシィッ!」


左二発を繋ぎに力を籠めた左フック、そこから右ストレートに繋げるコンビネーション。

相手は少し冷静さを取り戻したのか、全部ガードの上を叩いた。

だが俺は下がらず、細かいパンチで間断なく叩きガードの隙を伺う。


(あの人は確かこんな風に、細かいパンチで意識を散らすんだ。)


トントントン、いつでもガードに戻せるよう強くは打たない。

あくまで後の先を取る為の駆け引き。

言わばこれは催促、無理矢理行動を起こさせ隙を作らせるのだ。

そしてその一瞬に狙いを定め、


「…シュッ!!」


放ったのは左ストレート、まだ相手はパンチを出していない。

だが感覚的に分かった、今からここのガードが開くと。

その狙いは見事に的中、狙い澄ました一発が顎を捉えた。


「…ダウンッ!ニュートラルコーナーへ。」


初めて経験する綺麗なKО勝ち、そんな確信すらあったのだが、会場のざわめきが強まる。

何だと見やれば、まだカウントを数える前だというのに立ち上がっているではないか。

これには俺も驚いた。


「…ボックス!」


レフェリーは続行の判断、しかしダメージは見ただけで分かるほど深刻。

丁度その時、拍子木の音が聞こえ決めに行くかどうか迷ってしまう。

だがそんな俺を尻目に前に出てきたのは相手側、ふらつきながら右だ左だと振り回す。


「…シッシッ…」

(…これは、決めきれる!)


打ち終わりを狙い左二発、続き右をぶち込もうと思ったのだがゴング。

互いに背中を向ける直前見えたのは血走った瞳、彼はまだ全然勝負を捨ててはいないのだ。

ならば俺も非情に徹し、終わるまで打ち込み続けるまで。



特にこれといったアドバイスも無くインターバルを終え、迎えた第二ラウンド。

開始直後から距離を詰めてきたのは相手サイド。

だがこれは読んでいた。

いや、その表現は正しくない、正確に言えば彼にはそれしかないのだ。


「…シッシッシッ……」

(万が一すらも許さない。最後まで油断せず決める。)


下がりながら捌き左三連打。

俺の一番得意な立ち回り。

強引に決めようと思えば決められるだろうが、何となく一番強い自分を見せたかったのだ。

本来のスタイルではない形で無理矢理終わらせるのではなく、彼に俺というボクサーを見せたかった。

何故そう思うのか、言葉で言い表すのは難しい。


「…フッ!」

(次のを叩いてサイドに回り込む…ここ!)


相手の体勢を崩しながらサイドに回り込み、内側から突き上げる。

ガチンと顎を跳ね上げた感触が拳に伝わるも、まだだと続けざま左右の連打。


「…ダウンッ!」


手応えから流石にもう立てないだろうと確信したのだが、やはり会場がざわつく。

振り向くと、カウントはまだ数え始めたばかりなのにもう立ち上がっている。

非情に徹しなければならない。

それは分かっているのだが、どうしても思ってしまうのだ。

もう止めてくれと。

その願いが通じたか、続行を願い出る彼の意思も空しく、レフェリーは両腕を交差し試合終了を宣言。

彼は大きく息を吐き項垂れた後、こちらに視線を向け歩み寄って来る。


「…強かった、本当に。うちのトレーナーが君の事、御子柴レベルだってさ。ありがとな…漸く諦めついたよ。」

「あ、はい。有難う御座いました。」


諦めついたよ、その言葉が心の中で何度も反響した。

いつかは俺にも、そんな言葉を言わなければならない時が来るのだろうか。

会場からはまばらな拍手が送られるも、やはり殆どが興味なく主役の登場を待ちわびている。

でもいいんだ。

今この瞬間だけは、俺と葛城選手が主役なんだから。

誰が何と言おうと、それだけは絶対に曲げようのない事実だ。

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