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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第42話

八月下旬のある日、仕事の休みが重なったこともあり南の隣県に遠征と相成った。

その中心都市にあるジムは『鈴木ボクシングジム』、地方にある中では恐らく一番大きいだろう。

在籍している選手も粒ぞろいで、今日俺がスパーをする予定の選手もかなりの猛者。

去年の全日本選手権(十八歳以上のアマチュア大会)で優勝し、その後プロデビュー。

二戦二勝という戦績ながら、現在日本フェザー級二位につけている。

名前は相沢光一二十歳、見た目は金髪でノリの良い兄ちゃんという感じ。

公表データでは身長が百六十八センチ、リーチ百七十五センチ。

鈴木ジムの会長と挨拶を交わしたあと紹介され、彼は見た目通りの明るい声を響かせた。


「どうも。遠宮君有名人なんで、一度手を合わせて見たいと思ってたっす。」

「こちらこそ。相沢さんは地方選手有力株の筆頭ですから。今日は色々盗ませて頂きますね。」


鈴木ジムは道路に面した壁を全面ガラス張りにしており、道行く人たちからもよく見える造りになっている。

トレーニングマシンなども充実しており、フィットネス目的の会員さんも多い様だ。

ホームページによれば現在所属するプロ選手は二十八人、結構な数であり地元開催の興行もそれなりに打っている。


「成瀬会長、選手の準備出来たら教えてくださいね。」


付き添いは会長一人、牛山さんは明君を指導するため居残り。

空いている場所を借りバンテージを巻くと、ストレッチをしてからリングシューズを履く。

スパーリングだが、相手を考え結構マジで準備してきた。


「雰囲気良いジムだね。現代的って言うか明るいっていうか。」


それは俺も感じていた。

視線は結構感じるが、特にこちらを委縮させる類のものではない。

これは同じ地方選手だから、という事情も関係しているのだろうか。

そんな事を思いながら三ラウンドほど体を動かし準備万端。

グローブとヘッドギアに加え、うちでは使わない金的用プロテクターを装着。

リングで向き合う相沢選手は、如何にも身軽そうなステップを踏みセンスを感じさせてくる。

因みに彼は基本サウスポースタイルだが、結構スイッチするので両利きなのかもしれない。


ビィ~~ッ!


ゴングの代わりに鳴るのは機械式のブザー、個人的にはあまり気分が乗ってこない。

だがそんな事は言っておれず、挨拶を交わした直後いきなり左ストレートが飛んで来る。

アマチュア出身なのでもう少しスマートな選手かと思ったが、結構荒々しい展開を好む様だ。

対する俺も今日は明確な課題を言いつけられている。

それは近い距離での捌き、つまりインファイトの技巧を盗めとの事。

なので、グイグイ前に出てくる相沢選手に対し俺も引かない。


(連打が細かいな。それに強弱も激しい。)


実際に手を合わせ感じるのは、そこまでのハードパンチャーでは無いという事実。

その上ガードは結構低く、一見すれば当たりそう。

だが非常に勘が良く手数も良く出る為、そう簡単な事ではない。

しかも只がむしゃらに打つのではなく、一発一発に明確な意思を感じるのだ。

加え、何時隙を見つけても強打を放てる体幹の強さもある。


(スイッチしたっ!?今度はボクサータイプでやるのか。)


内でも外でも強く、軽やかなステップワークにスイッチを交え中々タイミングを合わせずらい。

今日のスパーは四ラウンド、半分の二ラウンドが過ぎても、こちらは殆どパンチを当てる事が出来ていない。

それでも三ラウンド目に入れば少し呼吸が分かってきた。

彼は強いパンチを打つ直前、ガードの内側を狙い打ってくる事が多い。

そして僅かに空いた隙間を、間断なくコンビネーションで攻め立てるのだ。


(このレベルの選手には、リスク冒さないと当たる気がしないな。)


そう思い、ガードをこじ開けるパンチを受けわざと隙間を見せる。

直後放り込んできた左ストレートにカウンターを狙った。

結果は相打ち。

狙い通りとはいかなかったが、初めて強打をクリーンヒットさせる事が出来た。

まあ、俺も貰っているのだが。



「「あざっしたぁっ!!」」


今回の総評としては、終始押され気味と言った感じ。

しかし収穫が無かった訳では無い。

インファイトにおけるやり取りの呼吸を、何となく掴む事が出来た。

会長もどちらかと言えば外で闘う選手だったらしく、そう言う事情もあっての遠征だったのだろう。


「じゃあね遠宮君。一緒に地方ボクシング盛り上げようね。」

「あ、はい。俺も頑張ります。いつか一緒の興行に出れたらいいですね。」


彼はもうすぐ日本タイトルの挑戦権を賭けた試合を控えている。

それに勝てば、晴れてタイトル挑戦となるだろう。

既にスポンサーも多くついており、ちょっと先を行かれてる気がする。

だが俺は俺だ。

一つ一つ勝ち続けて、いつかは肩を並べる所まで行こう。



▽▽



九月初めの日曜日、久しぶりに後援会の集まりがあった。


「統一郎君、こちらスポンサーになってくれる、斎藤酒造の社長さんと宮本鉄鋼の社長さんだよ。」


ついに来たかという感じ。

これからはこの二社の企業名をトランクスに張り付け戦う事になる。

そして広告料という形で、試合ごとにちょっとしたボーナスが入るのだ。


「あ、有難う御座います!これからも頑張ります!」


正直宣伝効果は殆ど見込めないだろう。

それでもお金を払ってくれるのは、純粋に俺を応援してくれている証拠。

これに感謝の心を持たなければ恩知らずも良い所だ。

社長さん二人はどちらも結構な高齢で、職人堅気な見た目。

でも話してみると意外に優しい感じの人達だった。

段々と土台が作られていく感覚。

上に上がっていける環境が整えば、うちのジムでやりたいという人も増えるだろう。

今の所、偶に練習生は来るがすぐに辞めて行き定着してくれない。

しかし俺の活躍次第ではその現状も変わり、それが会長への恩返しにもなる筈、頑張らなければ。



「統一郎君、十月二十八日なんだけど、行ける?」


俺の次戦が決まったのは九月も中旬になろうという頃。

会長が相手のデータを見せる為パソコンを開くと、牛山さんも覗き込む。


「ん~とどれどれ…葛城洋平(かつらぎようへい)二十九歳、王拳ジム所属。二十六戦八勝十六敗二引き分け。随分負けが多いな。しかも五連敗中、坊主に負けたら引退勧告ってか。」


嫌な事を言うものだが、あの王拳ジムにも当然こういう選手はいる。

因みに試合の打診は、向こうからあったとの事。

しかし俺にぶつけてくる選手が全員叩き上げなのは、どういう意図なのだろうか。

もしかしたら俺を何かの試験に使っているのではないか。

最大手の王拳ジムといえば、所属選手は支部を含め国内だけで百人単位で数えられる。

その全てを面倒見るのは確かに大変だろう。

興行はお客を呼べてなんぼの所もあるのだから。


「見てわかると思うけど、普通の選手だね。言葉悪く言えば、頑張ってるけどセンスがない。」


直近の試合映像を見ているが、確かにその言葉は正確だ。

言葉では表現しづらいが、一つ一つの動きに精彩がない。


「三度目のダウンなのに、直ぐ立ちますね。」

「うん。本当に頑張ってる選手だよ。でも、ボクシングは頑張るだけじゃ駄目なんだ…」


努力で世界王者になった、という人がいる。

だがそれは、正しくて間違っている。

正確には、才能のある人が努力したからそこに行きつけたんだ。

この人との試合で試される気がする。

俺がどちらに分類されるべき者なのかを。

そんな思いを抱えながら、断る理由などなく次戦が決まった。



▽▽▽



十月二十七日、計量に臨むため会場のある帝都へ出発。

今回も調整はそれなりに上手くいった。

普通にいつも通りの力を発揮すれば勝てると思うが、油断は微塵も出来ない。

どんな戦績であろうと、皆死に物狂いで勝ち星を拾いに来るのは変わらないのだ。

俺と同じように。

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