第41話
家に帰り着いた頃には夜が更けていた。
叔父も仕事を終え帰り着いており、一言二言向こうでの経験を語る。
そして話の途中で思い出し、キャリーバッグを開けお土産を取り出した。
物自体は大したものでなく、向こう限定味のお菓子とタイパンツと呼ばれるゆったりとしたズボン数着。
春子と南さんには口紅を買ってきた。
ゆっくり選ぶ時間は無かったので、取り敢えず空港で目についたものを買ったのだがどうだろう。
「おお、この季節には結構良さそうじゃねえか。まあ色はちょっと派手すぎるが。」
色合いがあまり気に入っていない様だが、使ってはくれそう。
職場の人達にも同じものを買ってきたのだが、もう少し考えるべきだったか。
向こうにいる時はテンションが上がっているので、派手めな色がとてもよく見えてしまうんだ。
▽
翌日、叔父の検診を済ませた後は、今日も休みを頂いているが職場へ顔を出しお土産を渡していく。
店長夫妻に結果を尋ねられ勝利した事を伝えると、とても喜んでくれたのが印象的。
お土産自体にも嬉しいと口では言っていたが、ちょっと微妙な空気を醸し出していた。
だがパートの人の中にはとても気に入ってくれた人もおり、ここは好みの別れる所。
因みにお菓子は好評だった。
そして次に向かうのは牛山スポーツ店、誰がいるかは店名から察する通り。
「…これを履くのか?…俺が?」
「良いじゃないのよ。統一郎ちゃんが折角買って来てくれたんだから。ありがとね。」
牛山夫妻に渡したのは極彩色豊かな一着。
これを身に着け仲良く店頭に立ってほしいものだ。
それから夕方にはジムへ赴き、練習中の明君に同色のタイパンツを手渡した。
慎み深い彼は何度も礼を述べてくれたが、正直有難迷惑だったかもしれない。
そうして後は、恋人とその親友に手渡すのみとなる。
▽
さらに翌日の早い時間、俺は電車で隣町の泉岡市へと向かった。
一度乗り継ぎをして大体一時間、慣れない電車移動も終わり。
百キロも移動していないのに、こちらは随分と栄えている。
流石陸中県の中心都市と言った所か。
そして少々迷いながら改札を抜けると、笑顔の恋人が待ってくれている。
「あ、来た来た、良かったぁ~。一人で電車乗った事無いって言うから、迷子にならないか心配だったよ~。」
「春子、遠宮君でも流石にそれは無いだろ。子供じゃないんだから。」
迎えてくれたのは春子だけでなく親友の南さんも一緒。
これは俺からの提案で、お土産を渡すついでに久し振りに三人で会いたいと言ったのだ。
迷惑かもしれないと思ったが、春子の大切な人は俺にとっても大切で、あまり距離をあけたくはない。
「私達の部屋すぐそこだけど、どうする?」
俺にしても今日はジムで取材があるので余り長居をする気はないが、提案は受け入れ二人の住むアパートへ向かう事に。
春子はすぐそこと言ったが、徒歩だとニ十分くらい掛かる場所にあった。
見た感じの外観は中々に小奇麗、二人の部屋は二階の角部屋との事。
扉は初めて見る電子ロックであり、中々家賃も高そうな物件だ。
「どうぞ入って入って。へへ~綺麗な部屋でしょ~。」
春子の言葉を受け、俺はちらりと南さんを見る。
すると二度ほど小さく頷いた。
どうやら掃除しているのは殆ど彼女らしい。
間取りは2LDKというやつだろうか。
女子大生が一人で使うには少々豪華すぎる部屋、しかし二人で使うなら丁度いいだろう。
リビングに折り畳み式のテーブルが置かれ三人で囲み座ると、俺からお土産を手渡す。
「何だか高そうな口紅だね……す、凄い色だ…」
「う~ん、統一郎君?この色はちょっと女子大生にはきついかな…」
目立つ所に置いてあったから買ったのだが、あまり反応は良くない。
だが思い出として持っていてくれれば、それだけで俺は満足だ。
「とにかく有り難う遠宮君。物よりもこの気持ちが嬉しいよ。」
「そ、そうだね。もう少し大人になったら使うかもだし。」
お土産で気を使わせてしまうとは、男として情けない限り。
まあそれはそれとして、また次の機会もあるだろう。
その時はしっかり流行などを調べ、汚名返上と行こうではないか。
その後は彼女らの近況を聞きながら過ごし、気付けば時刻は昼過ぎ。
「あ、悠子はそのまま座ってて。今日は私が作るから。」
お昼はどこかで奢るつもりだったのだが、春子が手料理を振舞ってくれるらしい。
南さんは何度か様子を見に行っては追い返されを繰り返す。
その行動から察せられる、大体食事当番も彼女なのだろうと。
聞けば春子は向こうで店の手伝いはしていたが、基本接客だけで料理はあまり任されなかったらしい。
「あ、でも出来ないって訳じゃ無いよ。春子は根が面倒臭がりなだけだから…」
南さんはとても人間が出来ている。
何となくだが、人の陰口とかを一番嫌いそうな感じ。
俺としても彼女はとても話しやすく、気を遣わずにいられる数少ない女性である。
「この間話していたのだけど、お互い何かサークル入ってみるのもいいかもって。のめり込み過ぎない程度にね。」
「サークルかぁ~、そう言うのってちょっと憧れあるんだよな~。」
「そうかい?遠宮君の生きてる世界ほど刺激的じゃないよ。そうだ、もっとタイの話聞かせてよ。」
話し上手でもあり、同時に聞き上手でもある。
何となくだが彼女は教師とか向いている様な気がした。
春子がべったりになる理由も、今更ながら分かってきてしまう。
この人に甘やかされ続けたら、間違いなく俺でも離れられなくなるだろう。
そんな事を思っていると、台所から聞こえる調理の音、どうやら揚げ物を作っているらしい。
それから十五分後、
「出来たよ~。如月家秘伝のソースを使ったトンカツ定食。おかわり自由ね。」
運ばれてきた料理は見た目も綺麗で、確かに料理が苦手という訳では無い様だ。
試合後はちょっと脂っこいものが食べたくなるので、俺としても嬉しいメニュー。
恐らくこれは偶然ではなく、彼女なりに考えてくれたのだろう。
「いただきます!……あ、美味い。このソース結構さっぱりしてるね。」
くどくなく、いくらでも行けそうなさっぱり感。
だがご飯のおかずとしてもしっかり機能する味。
如月家秘伝、中々に侮れない。
気付けばご飯が空になっており、おかわりと言う前に春子がよそってくれた。
「ふふ、何だかもうすっかり夫婦みたいだね。もう籍入れたら良いよ。」
「え~どうしよっかな~、どうする統一郎君?」
「流石に早すぎるよ…そうだな、せめて一つでもいいから…何か大きな結果が欲しい。」
言わずもがな、それはベルト。
日本、東洋、果ては世界。
意思だけでは辿り着けない場所、それでも辿り着きたい。
「春子にはもったいない良い彼氏だよ。うっかり口説いちゃうかも。」
「そう言う冗談はやめてよ~。本当に不安になるじゃん…」
言葉ではそう言うが、春子は笑顔のまま。
まあ昔から軽口を言い合う仲だろうし当然か。
食事を終えた後は、少し横になり休んでから駅へ向かう。
「デートとは別にさ、偶にでいいから、南さんも交えて一緒にどっか遊びに行けたらいいね。」
「う~んそうだな、私にも良い人が出来るまでは付き合うよ。」
「えっ!?悠子に彼氏が出来るとか、何か嫌なんだけど…私の許可必要だからね!」
春子にとっては、親友であり姉みたいな感覚なのだろうか。
そう考えると、誰かに取られたくないという感情も分かる気がする。
そんな彼女達に見送られながら、俺は電車に乗り込みいつもの田舎町へ向かった。
▽
「遠宮選手、初の海外遠征を勝利で飾った気分は如何ですか?」
ジムにて取材を担当するのは、最早お馴染みとなったアイドルグループの面々。
因みに試合映像はソムチャイさんが撮ってくれていたらしく、結構臨場感のある絵に仕上がっている。
照明に照らされ受け答えするのもそれなりには慣れた。
面白い返しは出来ないけど、ある程度本心を言葉に出来ていると思う。
「あの、何か第四ラウンド?凄かったですね!ババァ~ッて突然パンチ打ち出して!」
桜さんが興奮気味に言うラウンド、後で見直したが自分でも信じられない動きをしていた。
今同じ事をやれと言われても出来ない。
そして次に口を開くのは花さん、何を言うかは実の所完全にアドリブである。
現場責任者曰く、その方が面白いからとか。
「あれ、プッツン切れて覚醒してましたよね完全に。お前ぶっ殺してやるぞって、そんな雰囲気を纏っててよかったですよ。遠宮さんは今までが良い子ちゃん過ぎましたからね~、ふふ…次も期待します。」
覚醒とは何だろうか、この子は偶に理解出来ない表現を使う。
そもそも、アイドルが殺すというワードを口にして良いのだろうか。
「あ、有難う御座います。次も頑張ります。」
花さんに対しては無難な返しをするに限る。
下手に話を広げて収拾がつかなくなると、リーダーである藍さんの負担が増えるから。
そうして今日も、何とか取材を終え仕上げのロードワークに繰り出すのだった。




