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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第4話

用語解説

新人王トーナメント:日本の東西に分かれ行われるトーナメント。最後に東西の優勝者がぶつかり合い全日本新人王を決める。覇者には国内ランキングが与えられる。

水抜き減量:計量直前に体内の水分を一気に抜く方法。医師の中には内臓系や脳にダメージが残るという者もいるが、事の真偽は定かではない。

ポイントボクシング:文字通り、倒すよりもポイントで勝つ事に重点を置いたスタイル。

興行力:一言で言えば資金力、後は実績とか団体への影響力。事実これはランキングにも大きな影響を与える。

夢を見ていた。

それはもう十年近く前の出来事。


『じゃあね統一郎。お父さんと仲良くやるのよ。』


俺にそう語り掛けるのは、もうずいぶん前に別れた母。

この時に住んでいた場所は、日本海側に位置する東北の県だった。

父が離婚したのはいつだったか、まだ俺が小学校の低学年くらいだったはず。

覚えている限り母は顔立ちは良いが化粧が濃く、服装も派手な女性だった。

だがアルバムを開いても母の写真はないので、今ではその姿も朧気、遠い記憶に残る幻のようなものである。

そのせいか、夢の中でも顔にモヤが掛かってよく見えない。

自分では全く覚えていないのだが、俺は子供らしく泣きじゃくっている。

これは明晰夢というやつであり、思い出そうとしても思い出せない記憶を、今さら追体験するのは何とも変な気分だ。

父は父でおろおろと狼狽え、何とか泣き止ませようと奮闘するも中々上手くはいかない。

昔は凄く大人に見えたものだが、今こうしてみると何となく子供っぽく見えるのは俺が成長した証か。

そういえばこれ以降母方の家と関わる事が殆ど無くなり、父以外に身内と呼べる者は、太平洋側の隣県に住む叔父と祖母だけになった。

祖母が亡くなったのはこの二年後くらいだったはず。

快活で豪快で、大好きな祖母ちゃんだった。

そして父が亡くなったのは祖母の死から約四年ほど経った頃、中学一年のまだ雪が残る寒い時期。

なので例え夢であっても、こうしてまた会えるのは嬉しいものである。





目を覚ますと、まだ時刻は朝の五時過ぎだった。

試合後だからと言ってロードワークはサボれない。

俺は六畳間の和室に敷かれた布団を折り畳み隅に寄せると、体を解し始める。

顔を洗ったり口をゆすぐのはこれをやった後、いつものルーチンワークというやつだ。

少し動くと頭部にスキリと痛みが走り、激戦を思い出させてくれる。

まあ、ダウンもしてしまったし仕方ないと言えば仕方ない。

そして隣の部屋で休む叔父を起こさない様そっと部屋を出ると、手早く顔を洗いうがい、少し喉を潤してから外へ。

俺が住んでいるのは、本州北部太平洋側に位置する陸中県(りくちゅうけん)

その県の中央辺りに位置する森平市(もりひらし)という、人口六万弱の田舎町だ。

この辺は十二月ともなれば雪が降り、早朝は凍り付いている事も珍しくない。

朝のロードワークのコースも決まっており、市を象徴する河川である森平川沿いがそうだ。

途中には神社の境内まで続く長い石段があり、俺はいつもここを往復しトレーニングに使わせてもらっていた。

俺の日常はいつもこんな感じ、テスト前にはそれなりに勉強しそれなりの成績を取り、学校では目立つ訳でも無くいてもいなくてもいい存在。

因みに、俺がボクシングをやっているというのはクラスの誰にも言っていない。

話せるような友人が一人もいないんだ。

そう言う仲間がいれば学校生活も楽しいだろうが、中々人間関係の構築は難しい。

石段を駆け上がり境内を掃除する宮司さんに一礼すると、俺は一度大きく息を空に吐き出し白く揺蕩うそれを眺めた。



帰り着くとシャワーを浴びご飯仕度、それから叔父を起こすのが日課。


「この後、うちで軽く検診するから待っとけよ。」


試合後にこうして身内から専門的に診てもらえるのは、恐らく俺くらいのものだろう。

因みにうちでというのは、家でという意味ではなく叔父が勤める病院でという意味。

そして検診の結果は、特にこれと言って問題なし。

そのまま学校へ向かう事となった。

因みに本校の教室は一年生が三階、二年生が二階、三年生が一階という造り。

トボトボ登校した俺は二年二組と書かれた教室に入る。

直後、俺の顔を見た教師が硬直したのは言うまでもないだろう。

更に保護者である叔父まで呼び出しをくらい、事情を説明する事となってしまった。

幸い叔父が撮っていた映像を見せられ教師方も納得し、影ながら応援するとまで言ってくれたのは本当に嬉しく思う。

身近に理解者が増えるというのは存外良いものだ。



▽▽▽▽▽



三月初旬、会長がジムの壁にトーナメント表を貼り出した。

これが何かと問われれば、上を目指す選手の登竜門、新人王トーナメントである。

会場は帝都総合レジャー地区にある歴史深い多目的ホール。

俺もスーパーフェザー級でエントリーしており、抽選は二月に終わっている。


「相手は三原ジムの佐藤修二…二戦一勝一敗か。そこまで大した奴じゃ無さそうだな。」

「いえいえ牛山さん、四回戦は何があるか分かりませんよ。それまでパッとしなかった選手が、突然別人の様に輝く事だってありますから。」

「確かにその通りだ。向こうからしてみりゃ、うちの方が地方の弱小な訳だもんな。」

「そう言う事です。」


俺はそんな二人の会話に、バンテージを巻きながら耳を澄ませている。


「それに…統一郎君には不安要素もありますしね。」

「会長は最近そればっかだな。そんなにきついのか坊主の減量。」

「ええ。このトーナメントだって本当はライト級で出るべきなんですけど…選手の意志ですからね。」


そう、日頃節制して普段の体重が六十八キロ前後。

約五十九キロがリミットのスーパーフェザーでは結構きつい。

ならば何故この階級に拘るのか、それは父が戦った階級だからに他ならない。

くだらない拘りだと、自分でもそう思うのだが、これはモチベーションにも関わる部分なので難しい所だ。

因みに会長は、最近主流の水抜き減量は好ましくないという考えなので、俺も基本的には避ける形を取っている。


「第一試合は四月九日か。丁度あと一か月くらいだな。」

「ええ。そろそろ減量時期に入りますし、アドバイスしてあげたいのは山々なんですけどね…」


会長は現役時代、ライト級で世界にも手を掛けた凄い選手だった。

だが、殆どナチュラルウエイトでリングに上がっていたらしく、本格的な減量の経験が無い。

それにここまで色々無理を通してもらっている現状、これくらいは自分で乗り越えるべきだろう。


「四月っていやぁ、遂に坊主も高三かよ。おい、進路決まってんのか?」


牛山さんはいつもこうやって、いきなり話を振って来るから困る。


「はは…どうみても進学って感じじゃないでしょう。就職出来たらいいかなって…」

「先生に面倒見てもらや良いじゃねえか。勝ち上がるのが恩返しってな。」


先生とは学校のと言う意味ではなく、叔父の事を差す。

内科医だから先生だ。


「さぁ、話はここまでにしよう。ストレッチ終わった?ならいつも通りシャドーからね。」


毎日やる事は変わらない。

駆け出しが一流選手の練習法を真似た所で、上手く行く事など早々ないのだ。

何故ならあれらは、その選手個人に向け専属トレーナーが組み立てたものだから。

一人一人求められる能力も練習も違う。

こればかりは続けていく過程で、共に歩む人たちと共に作り上げていくしかないだろう。

だが俺の場合はその前に、減量方法を構築するのが先か。

シャドー四ラウンド、サンドバック三ラウンドが終わると、一番きついミット打ちが始まる。

会長はこれに一番重点を置いているらしく、最後の方はいつも意識朦朧となるまで追い込まれるのだ。

選手が俺しかいないので、スパーリングは会長が付き合ってくれるか、若しくは偶の出稽古でしか出来ない環境。

いや、偶にしか外の選手と出来ないからこそ、強くなっている自分を実感出来る。

そして会長が俺に仕込んでいるのは、とにかく勝つ為のボクシング。

所謂ポイントボクシングというやつで、お世辞にも客受けするスタイルではない。

しかしそうせざるを得ない事情もあるのだ。

何故なら、地道にやってランキングを得るのは、うちのジムでは正直厳しい。

というのも試合を組むには、そのジムの力【興行力】というものが大きく関わる。

日本で行われる大きな舞台に立つ選手の所属が、大体名の通ったジムばかりなのはそういう訳だ。

特に主催として興行を開くとなれば、大きな資金も必要となるので今の状況では夢のまた夢。

だからこそ、勝ち進めば自動的にランキングが手に入るこのトーナメントは落とせない。

そう、俺達にとって負けられない戦いが始まろうとしている。

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