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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第38話

ホテルから車で数十分程度の場所にある市庁舎前。

そこに設置された大きな天幕、その中には特設リングがあり、囲む様に観客席が作られている。

体重計周りには多くの報道陣も集まっており、メインイベントを務める地元選手の人気ぶりが伺えた。

何でもテレビ中継も入るらしい。

俺には関心ないだろうと思ったのだが、結構写真を撮られたのは意外、相手選手が知られているのだろうか。

そして確認を取ってからリング脇の秤に乗ると、一発OKのサイン。

車内で会長が言うには、秤がおかしい可能性もあるので、オーバーしても動揺しない様にと釘を刺されていたが、杞憂だった様だ。


「わぁ、凄い報道陣の数ですね。」


経口補水液を口に運ぶ俺の視線の先には、ベルトを肩にかけた王者の姿、挑戦者と並び報道陣に応えている。

明日の興行のメインはWBC世界スーパーフライ級タイトルマッチ。

王者は確かこれが初防衛戦、見た感じ少しだけ表情が強張っているように見え、明日まで引き摺る様なら少し厳しいかもしれない。

そう言えば俺の相手はと視線を巡らせていると、少し遅れて到着した様だが、計量自体はすんなりパス。

見た感じ俺より身長は少し低い印象、しかし褐色の肌が筋肉を美しく際立たせ強そうに見える。

じっと眺めていると思わず目が合ってしまい、互いに軽く会釈してからこちらも場を後にした。

因みに相手の選手名はサムット・フレッシュパーク、ムエタイでは結構名を馳せた選手だとか。

ボクシング戦績は三戦三勝二KО。

サムットが名前、後半のフレッシュパークというのは企業名で、簡単に言えばスポンサー。

こちらのリング名の多くは本名とジム名を組み合わせたもの、そして有名になるとスポンサーが付きジム名の所がスポンサー名に変わる。

つまり彼は、国際式の試合はたった三戦しかしていないにもかかわらず、既にスポンサーが付くほど期待されている選手という事。

補足情報として、タイ人のリングネームは日本で現在使用禁止となっている。

コロコロ名前が変わるので、戦績の情報収集が難しいとかなんとか。



計量が終わり向かったのは、昨日もやってきた屋台村。

ソムチャイさんにおすすめを聞きながら、昨日食べたいと思っていた鶏のモモ肉に齧り付く。

四人全員会長の奢りという事もあり、明日が試合とは思えぬ程の食べ歩き観光と相成った。

というのも折角の海外、楽しむくらいの図太さが無ければ越えられまい。

結局好きでやっている事なのだから、苦しいだけになったらモチベーションも保てない気がする。

そんな事を思った。

まあ、それでも暴飲暴食はせず、少し消化させた後はソムチャイさんのジムで体を動かす事に。

昨日と同じく隅っこで控えめに動くのだが、はっきり言って凄く調子が良い。

だが、そんな俺に及川さんが釘を刺す。


「調子が良い時ほど要注意だよ。無理に倒しに行ったりとか絶対ダメ。今回はデビュー戦と同じ気持ちで臨も。」


確かに言われなければ、一ラウンド目から踏み込んでいきそうな気持ちになっていた。

一つ息を吐き本来の自分を取り戻し考える。

初めての海外、明確な課題を設けようと。


(とは言っても、結局俺は基本的に待ちのスタイルだからな。相手がどう出るかでやり方も変わるし…)


色々考えを巡らせた結果、取り敢えず勝って帰る、これだけを目標に据えた。



軽く体を動かした後、会長が今いるジム生たち全員、大体十人くらいに夕食を奢ると言い出し近くのレストランへ。

レストランとは言ってもこじんまりとした大衆食堂の様な感じで、ソムチャイさんの奥さんがやっているお店らしい。

意外と言っては失礼だが、クレジットカードも使える様だ。

六つ程度のテーブル席にそれぞれ座りメニューを眺めると、やはり肉が食いたくなる。

だが明日の試合を考えればそれは避けるのが無難と、周囲の食欲旺盛な様を見つつ、ささみを使ったあっさりめの麺料理で我慢しておいた。



▽▽



翌日、行きは昨日と同じくソムチャイさんに送ってもらう。

会場に到着すると、日本語で『ガンバレ』と勇気づけてくれた。

彼はこのまま残り、観客席で観戦していくとの事。


「どう?向こうと変わらないでしょ?」


当日計量や検診も終え、会長に言われ試合前最後のリングチェックに勤しんでいた。

俺としては別にやらなくてもいいと言ったのだが、海外で試合するならやっておいた方がいいらしい。


「ああ、そうですね。特に変わった感じは無いですかね。」


そして軽くシャドーで流してから、控室へ向かう。

控室とは言っても板切れで仕切られただけの場所、床は何だろうか、とにかく土ではない。

同じ空間にムエタイでよく見る祈りみたいなあれをしている選手がおり、少し感動した。

そんな事を考える余裕のある自分に少々驚きつつも、椅子に座りバンテージを巻いてもらう。

海外だと陣営同士互いに不正が無いかチェックしあうイメージがあったが、やはりタイトルマッチとかじゃないとやらないみたいだ。


「今日の気温二十九度だって、ついてるね遠宮君。」


会長は段取りなどの確認のため離れており、バンテージを巻くのは及川さん。

言葉通り、昨日の気温は三十六度、それを鑑みれば本当についている。

暑さというのはかなりの大敵なので、これは本当に助かった。


「よし終わったよ遠宮君。後で係の人が来るだろうけど、体解しといて。」


俺の試合まではまだ結構ありそうだが、念のためという事だろうか。

疑問はあるが、言う通りシャドーを始め体を解していく。



そして良い感じに体も解れた頃、係の人がグローブを持って来たので少し感触を確かめる。

今日も俺は青コーナー、ずっとこれで良いとは思わないが今はこれでいい。

このグローブはどこメーカーだろうか、少なくとも日本製では無いようだ。

とは言え、特に中身がずれていたり抜かれている訳でも無さそうで一安心、向こうはどうか知らないが。


「統一郎君、準備出来てる?もうすぐ行くよ。」


会長が戻ってきてそれほど経っていない頃、そんな事を言われ驚いてしまった。

予定では俺の出番はまだかなり先の筈。


「大丈夫だよね遠宮君?準備終わってるもんね。」


驚きはしたが既に体は解れており、及川さんの言う通り準備万端、後に続いた。



入場も今までとは雰囲気から違う。

カラフルな広告が天幕の壁を覆い、入場テーマが流される事も無く、とにかくお客さんとの距離も近い。

少し体を斜めにしながら入ったほどだ。

会場に漂う雰囲気は経験した事の無いもので、リングをぐるりと囲み座る観客。

その後ろは柵で仕切られ、立ち見の客が大勢身を乗り出している。

さっきまでは落ち着いていたはずなのに、急に心臓がバクバク鼓動を速めたのを感じた。


「何があっても動揺しちゃ駄目だよ。頭に浮かんだ疑問符は全て無かった事にした方が良い。」


会長は俺がリングに上がる直前、そんな事を呟く。


「そうそう、全て経験だと思って。全部糧にしてやるくらいの気持ちでやればいいよ。」


リングに上がりコーナーに背を預けると、今度は及川さんから。

相手のサムット選手は既に対角線上に控えており、中々精悍な顔つきをしている。

何となく軽快な口調でリングアナが選手紹介、軽く手を上げ応え、いよいよかと唾を飲み込んだ。



熱気が体力を奪っていく気がする。

今日は平均よりもかなり低い気温、しかし観客の熱気が独特でそれが体感的な暑さを増していた。

これで真夏日だったなら、確かに厳しかったかもしれない。


「ラフファイト気を付けてね。いきなり来るからね!」


会長の声に頷くと同時、ゴングが鳴った。

挨拶に左を伸ばすと向こうも受けてくれたので、ひとまず安心。

などと言っている傍から、いきなり踏み込んで振り回してきた。


(危ねぇ~会長に言われてなかったら呑まれてたかも…)


その一発には充分な破壊力が見て取れ、もらっていたら引っ繰り返ったかもしれない。

いきなりの挨拶に動揺するも、顔には出さずバックステップしながら左を突き考える。


「…チィッ!?」

(少し落ち着けってのっ!何でそんな振り回すんだよっ!)


この選手、頭のねじが外れているのだろうか。

当たろうが当たるまいが、全弾しっかり力を籠めて振り回して来る。

基本的に日本の選手は、余りこういう立ち回りをしない。

技術的に成熟した選手に当たれば、易々とカウンターを取られてしまうから。


「…シッ!!」

(止まれっ!!)


俺の左は初見ではまず対応されない自信がある。

そして今も、突っ込んでくる相手の顔面を綺麗に弾き動きを止めた。

だがそれも一瞬、直ぐに再起動し突っ込んでくる。


(仕方ねえなっ…)


大振りの右を潜る様にして躱しざま、腰にしがみつきクリンチ。

その時感じたのはこの選手の体幹の強さ。

体重を預けてもまるでビクともしない。

しかも脇腹に何か鋭い痛みが断続的に続くので、何かと思えば肘で突かれている。


「「…レフェリー!肘だよ肘!」」


会長と及川さんが伝えるも、通じているのかいないのかそのままブレイクし再開。


(…痛えな…これ何回もやられたら不味いかも…)


今まで自分がどれほど恵まれた環境で試合をしてきたのか分かる。

これが本当の意味で、アウェーという事なのだろう。

だが、だからこそ得られるものも大きい筈。


(大丈夫。しっかり左で動きを制しながら立ち回れば、こんな大振り当たらない。)

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