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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第36話

五月一週目の日曜日、俺は初給料を得て何に使おうか悩んでいた。

手取りで十二万程、この額をどう思うかは人によるだろうが、俺にとっては充分な額だ。

ボーナスや昇給もあるようだし。

まあそれはそれとして、取り敢えず一番に思い浮かぶ使い道とくれば、やはり叔父への贈り物。

今俺を取り巻く殆どは叔父が用意してくれたものであり、感謝を形で示すのは当然の礼儀だろう。

後は恋人である春子にも何か送りたい所だが、本人とは今日会う予定になっているので、それから考えるのもありか。

待ち合わせ場所は森平駅、現地へはバスで向かい到着したのは九時過ぎ。

こういう時、車があればいいのになと心から思ってしまう。

因みに俺の格好は、下がジーンズ上がTシャツという出で立ち。


「お~い統一郎君!来たよ~。」


春も終わり夏に入る時期、彼女の装いもそれに合わせたロング丈のワンピース。

小さなバッグを小脇に抱え笑顔で駆けてくるのを見れば、こちらも自然と笑顔がこぼれる。

先月は結局一度も会えずじまいだったので猶更だ。

しかも先週四月の三十日は、彼女の誕生日であったにもかかわらずである。

距離が遠い訳では無いが、やはり今はお互いやる事が多くてそちらを優先した形。


「どこ行こっか。映画でも見る?」


それもいいかもしれない。

当然掛かる出費は彼女が何と言おうと俺が持つ。

これは男としての意地、絶対に譲れない。

それから近況を報告しつつ映画館へと向かい、話題のアニメ映画を視聴。

悲恋を題材にしたもので、春子よりも俺の方が心をやられてしまった。


「あははっ…横見たら泣いてるんだもんっ!あ~おっかしいっ。」


時刻は昼過ぎ、田舎町と言えど駅近郊はそれなりに飲食店なども多い。

並び歩きながら見て回り、どこで食べようかと散策。

あまり気取った店は俺達にはまだ早い。

かと言って、初デートがファーストフードというのもどうか。

結果、全国チェーンのイタリアンレストランに落ち着く。


「私は…シーフードドリアにしようかな。」


折角こういうお店に来ているのだから、普段は食べられないものを食べたいものだ。

そうして色々目移りしながら熟考し漸く注文へ。


「えっと俺は…マルゲリータピザとミラノ風ドリア…それとこの熟成サラミ、後はドリンクバーを二人分…」


デザートはどうしようかと春子に問うが、太るから我慢との事。

だが何となく、結局後で頼む事になりそうな気がする。

二人供が成人していたのなら、ワインなどを嗜み洒落た昼過ぎを過ごすのも良かったかもしれない。


「デートってこんな感じで良いんだよね?私も初めてだから分かんなくてさ。」


どうなんだろうか、他の人達がどういうデートをしているのか俺にも分からない。

だが、皆こんなものではないだろうか。

何より今凄く楽しいので、それだけで俺は満足だ。


「次はどこ行こっか。公園でのんびりってのも良いよね。」


次に行く場所を実はもう決めていた。

それはアクセサリーショップ。

昨日調べたのだが、この近くに若者向けの店があるらしい。

そこで、少し遅い誕生日プレゼントを買おうというのだ。

そしてどこへ行くかは告げすに、彼女の手を引き駅からほど近いその場所へ。

察しの良い彼女の事、恐らくは俺がしたい事等見通していたかもしれないが、何も知らぬふりで付いて来てくれた。


「この指輪…三万円だよ?高いって。あ、私こっちの方が良いな。」


そう言って彼女が選んだのは、三千円ほどのレプリカジュエリーの指輪。

ピンク色の輝きが美しく、素人には本物と見分けがつかない。

因みにレプリカとは言っても同じ棚に結構高いものもあり、今の俺だってこれくらいは出せるのにと思ってしまう。

そんな不満が顔に出ていたのだろう、彼女が優しく微笑みながら語り掛けてきた。


「今の私達にはこれくらいが合ってるよ。だからさ、いつか統一郎君がもっと凄くなったら、こっちの高いの買ってもらう。それまではお預けでいいよ。」


送る資格が得られるのはいつだろうか、日本王者になったら認められるだろうか。

ならば是が非でも勝ち続けなければならない。

彼女にとって、本当の意味で誇れる男になりたいんだ。

彼女がそんな事を求めていないのは知っている、だからこれは俺の意地である。

今は只その覚悟を胸に秘める、それだけにしよう。



楽しい時間が過ぎ去るのはあっという間。

あまり遅くなると俺も心配なので、十七時頃の電車で彼女を帰路に就かせる。


「またね統一郎君。愛してるよ。」


寂しさを誤魔化す為だろうか、彼女は明るい調子で俺の頬にキスをすると、足取り軽やかに改札の向こう側へ駆けていった。

一方俺は、今別れたばかりだというのにもう逢いたくなっている。

ギュッと胸が締め付けられるようで、正直つらい。

変な話だが、逢わない方が気持ち的には楽なほどだ。

急がなくたって彼女は離れていったりしない、そんな事は理解している。

だが理解するだけで心を制御できるなら、人に悩みなど早々生まれないだろう。


「車…欲しいな。」


そんな事を呟きながら帰路に就いた俺は、いつも通りロードワークをこなし翌日に備えるのだった。



▽▽



一月経ち六月初め、季節は夏本番。

仕事にもある程度慣れてきた頃合いで、会長から次戦の打診があった。

それは意外な場所で行われる。


「統一郎君さえよければなんだけど、タイで試合してみない?八回戦で。」


思いもよらない言葉に、俺は一瞬視線を彷徨わせ思考を巡らせる。

そして噛みしめる様に言葉を反芻し、漸く理解した。


「タイ…ですか?またいきなりな。」

「うん。そう思うかもだけど、親父がやってるジムはタイに結構伝手があってね。経験を積む意味でも一度向こうでやらせたかったんだよ。」


言われ思い返したのは父の戦績。

そういえば東南アジア系の選手が結構多かった。

会長本人は向こうに渡って、確か五戦くらいこなし全勝だったはず。

取り敢えず店に伺いを立ててからという事で、この日は返事を保留した。



翌日、店長からすんなり許可をもらえたので、会長にその事を告げる。


「そっか。じゃあ…来月の終わり位になるよう調整してみるから。多分再来週には日取り伝えられると思うよ。」


そうなれば、向こうに行くのは俺と会長と後は誰だろう。

全員が行ったら明君を指導する人がいなくなってしまう。

まあ、休ませても良いとは思うが。

一応それらを会長に問うと、


「行くのは僕と及川君だね。牛山さんは飛行機が嫌いだってさ。」

「そうなんだよ。俺はどうにもあの感じが好きになれなくてよ…今回は留守番だ。」


見かけとは裏腹に、絶叫マシーンとかが苦手なタイプなのだろうか。


「統一郎君はパスポート持ってないよね?うん、じゃあ休みの日に一緒に行こうか。数日あれば出来る筈だから。」


海外など行く予定も無かったから、そんな事すらも考えていなかった。

果たして一体どうなるだろうか。

向こうは日本よりも凄く暑いと聞く、それが一番の敵だとも。

だが結果がどうあれ、この一戦はこれからの戦いに於いて大きな糧となるかもしれない。

気合を入れていこう。



その夜、春子に次戦について報告する事にした。


『え~っ!?海外でやるのっ!?なんかすっごいっ!ちょっと悠子、統一郎君海外デビューだって!』


伝え方が悪かったのか、少々大袈裟な話になっている。

南さんの驚く声も聞こえ、これは訂正しておいた方が良いだろう。


『それでも凄いじゃん!海外で試合する事には違いないんでしょ?』

「でもメインイベントとかでは多分ないから。前座の前座だよ。多分ね。」

『関係ないって。私達にしてみたら、何か凄く遠い世界の話だよ。』


言われてみれば確かにそんな気もする。

俺にしても海外で闘ってきた選手が身近にいたら、同じ反応をするだろう。

そして何より、この経験を同門の選手に伝えられるというのも大きい。

勿論会長から伝える事も出来るが、同じ選手の目線で伝えられる情報はまた別の意味を持つのだから。

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