第35話
四月始め、今日は初出社の日。
通勤は基本的に自転車、天候によってはバスとなる。
もう少しお金が溜まったら自分の車を買う予定だ。
生活スタイルは朝五時頃に起きストレッチ、そこからロードワーク、その後シャワーを浴び朝食そして出勤となる。
職場までは自転車で大体二十分くらいの距離、快晴だが緊張しすぎて爽やかとは思えない。
七時十五分、店に到着すると深呼吸し裏口から中へ。
「あ、来たね。更衣室の左から三番目のロッカーが遠宮君のだから。え~っと、パートさんたちは九時出勤で~それまでに簡単な説明だけしとこうかな。」
実は前もって一度店にやってきており、提出する書類などは既に書き終えている。
なので簡単な社員登録を済ませ着替えたら、直ぐに実働となる予定だ。
裏口からすぐの所にあるバックヤードには、商品の入った段ボールやオリコンと呼ばれるケースが並んでいる。
「うちはまあ、色んなもの置いてるよ。そのうち弁当とかも置くかもね。ははは。」
社員証を渡され機械に通すと、ピッとなり出勤登録完了。
ユニフォームは上だけで、下はスラックスのまま作業するとの事。
「ああそうそう。お~い母さん、紹介するからこっち。」
店長が呼んだのは副店長、つまり奥さんだ。
夫婦そろって薬剤師という中々珍しい形、当然この二人のどちらかが処方箋受付の窓口に立つ。
「どうも、基本的に旦那は昼過ぎから夜までって形が多いから、多分私の方が一緒の時間多いと思うよ。」
この奥さん、サバサバしてて結構話しやすい感じだ。
虐めとか受けたらどうしようと内心思っていたので一安心。
入れ替わる形で副店長が俺を連れ店の中を案内、商品の場所などを覚えさせながら色々説明してくれる。
「う~んとそうだな。うちは個人経営だから結構いい加減な部分もあるんだ、でもそこが良い意味でやり易いと思う。」
店内は大手ほど広い訳では無く、商品の密集具合は相当。
なのに意外と棚は綺麗、掃除も頻繁にやっていることが伺える。
「はっきり言ってねえ、遠宮君は品出しと商品補充で一日終わると思う。慣れたら発注もしてもらうかもだけど。」
言われ納得、少ない人員であの数の商品を並べるのは中々に大変だろう。
「秋になったらさ、簡単な医薬品の資格試験は受けてもらう予定。流石に社員が持ってないのはね。あ、学習用テキストはこっちで用意するから。」
ドラッグストアの社員として、自覚を持つ意味でも必要だろう。
副店長に連れられ一通り店を見終えると、今一度バックヤードへ。
そこには台車を押し、せっせと段ボールを運ぶ店長の姿があった。
「八時過ぎか。どうしよっか、初日だけどレジの使い方覚えといた方が良いよね。お父さん、もう少し一人で頑張ってて。」
はいよと、少し疲れた声が返って来る。
それから三十分あまり、慣れないレジに悪戦苦闘。
この店のレジは半自動化しており、受け取ったお金を投入すると、釣り銭などは自動で出てくる。
その為、俺の様な初心者でも間違えないので安心。
しかもコンビニなどの様に、多種多様な受付サービスがある訳でもないので意外に簡単なのだ。
「あ、パートさん達も来たし、朝礼やろっか。」
出勤してきたパートさんは二人。
時間ごとで入れ替わり、大体このくらいの人数で回すらしい。
なるほど、確かにこれは手が回らなそうだ。
そして店長さんに促され自己紹介をする事に。
「本日が初出勤になります遠宮統一郎。若輩ではありますがよろしくお願いします!」
自分でも分かるほど声が上ずっている。
パートさん含め四人から拍手を頂き、開店時間になったので持ち場へ。
店長は処方箋受付に立つので、俺の指導は奥さんの方になる。
「うちは人少ないからさ、品出しと棚掃除を一緒にやるんだ。これが体力使うんだよ。本当期待してるから。」
そこまで大変だろうかと思ったが、やってみると本当に大変。
商品の出し入れは勿論、一応賞味期限なども見なければならない。
当然並べ方も決まった順番がある。
「曜日によってさ、入って来る商品の種類は限られてるから、そこが救いっちゃ救いかな。」
こうして忙しくしていると、時間が経つのもあっという間だ。
気付けば昼近くになっており、一時間の休憩を取る時刻。
休憩室はバックヤードの奥にあるのだが、二部屋あり何気に結構広い。
お弁当は当然ながら自前で、今日は鮭を乗せたのり弁にした。
「おっ、流石ボクサー。お弁当がお手製だ。ああそうだ、そっちの部屋喫煙者用だから。」
店長はそう告げると、タバコ片手に鼻歌交じりで隣の部屋へ向かう。
喫煙者には肩身の狭い時代、色々大変なのだろう。
▽▽
時刻は五時ちょっと前、初仕事ももう少しで終わり。
緊張もあってか本当に疲れた。
あと、副店長の言葉通り本当に体力勝負だった。
その副店長は俺と一緒にあがるらしく、一緒に退勤作業をこなし外へ。
「どうだった今日?お客さんに話しかけられてたね。」
そう、品出しをしている途中結構声を掛けられた。
それなりに愛想よく出来たつもりだが、どうだろうか。
「試合の時は遠慮なく言ってね。かなり融通利くからさ、うち。」
「本当にありがとうございます。」
「良いって別に。こっちもさ、それなりに下心あってやってるんだよ?ほら、統一郎君が有名になれば…」
俺が働いているという事自体が、店にとってプラスになる。
だがそんな肩書を得られるまで、俺が勝ち続けられる保証などない。
つまりこれは下心ではなく善意であり、純粋に応援してくれているという事。
ある意味、スポンサーとも言えるのではなかろうか。
「…では、お疲れ様でした!」
「はいよ、お疲れ~。」
当然ながらこの後は練習が待っている。
これからはこの生活が俺のスタンダードになるのだ。
一日も早く慣れなければ先には進めないだろう。
そう思いながらペダルを漕ぎ、春の夕暮れを駆け抜けるのだった。
▼▼
時刻は二十二時前、後は寝るだけとなった。
くたくたに疲れ果て、布団に入れば直ぐに夢の世界へ一直線だろう。
そんな時、一通のメールが届いた。
【今日初仕事だったよね。どうだった?やっぱり疲れた?】
彼女はSNSとかの方が好きだろうが、俺に合わせてメールを使ってくれている。
自分でも古臭いとは思うのだが、このゆっくりとした感じが性に合っているのだ。
因みに彼女は南さんとルームシェアする形で、アパートを借り共に住んでいる。
何でも両親と話し合った結果、この条件ならば離れて暮らしても良いと言われたらしい。
まあ正確に言えば、両親ではなく父親の方だが。
「うん。疲れたよ…と。でも何とかなりそう。春子は?」
メールを打つ時、言葉を発してしまうのは俺の癖だ。
春子…という呼び方が未だに慣れないが、お叱りを受けるので仕方ない所。
その後何度かやり取りをしている内に話したくなり、結局こちらから電話を入れてしまう。
『サークル勧誘とかやっぱり多いね~。でも時間あるし、何かやってみるのもいいかも。』
「うん。折角の大学生活楽しんだ方が良いよ。まあ少し心配でもあるけど。」
『浮気とか?流石にそれは無いかな~。』
俺も言う程心配している訳では無い。
ただ恋人の義務として、言っておかないと駄目な気がした。
そして話す事十分程度、俺の眠気が限界に達しつつある。
『疲れてるんでしょ?今頑張らなくてもさ、今度の休みにでも会おうよ。』
「…うん……」
『統一郎君?ありゃ、寝ちゃったか。ちゃんとお布団入ってるのかな~。風邪ひかなきゃいいけど。お~い…』




