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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第32話

三月始め、我が校でも卒業式が執り行われた。

送辞を読むのは、生徒会長である前田君。


「…まだこの森平では気温も低く桜の満開は遠そうです、しかし季節の巡りは日々感じており春の……」


前田君は中々場慣れしている感じで落ち着いた語り口調。

恐らくは中学時代から、こういう活動は慣れっこなのだろう。

そして現生徒会長の言葉を受け、答辞を返すのは当然元生徒会長の如月さん。


「……本日参列していただいております先生方、在校生、来賓、そして保護者各位の皆様には心から……」


こちらも慣れた感じ。

何かやらかすかもと思ったが、普通にしんみりする穏やかな言葉で締めくくった。

そんな中ちらりと保護者席を見やると、叔父が目頭を押さえており思わず俺も涙腺が刺激される。



何だかんだ卒業式も無事終わり、うちのクラスはみんなで集合写真を撮る事になった。

空気に当てられているのか、あまり話した事の無い人たちも今日は随分親し気に感じる。

それから社交辞令で、またいつかと告げあい別れるのだ。

いや、社交辞令というのは流石に失礼か。

例え今だけだったとしても、それは本当の気持ちなのだから。


「如月さん…今大丈夫?」

「うん、大丈夫。」


今日を一つの区切りとする為には、為すと決めた事を為さねばならない。

声に反応し振り返った如月さんの目は涙で潤んでおり、それを美しいと思うのは変だろうか。

それはそれとして、どこか二人きりになれる所が良いなと見回した時、南さんと視線があった。

彼女はグッと握り拳を作り、力強く送り出してくれる。


「じゃあ、この辺で…」


なるべく人目に付かない校舎の影、そこで向き合う男女二人。

告白とはこんなに緊張するものなのか。

答えなど分かり切っている筈なのに、それでも心臓が激しく脈打つ。

ならば、保証もなく思いを告げる者は一体如何ほどか。

俺には想像すらできない。


「コホン…え~如月春子さん、俺と結婚を前提としたお付き合いをして頂けないでしょうか!」


言った後に気付いたが、これは学生の告白としては少々重い。

しかし正直に思いを告げるのならば、自分の場合こうなってしまうのだ。


「…えへへ、喜んでお受けいたします。」


にこりと微笑んだ彼女。

胸の辺りで手を組み、まるで祈りを捧げているようにも見える。

緊張していたのは俺だけではなかったのだろう。

その姿がとても愛おしくて、引き寄せられる様に前へ。

拒む気配がないのを確認してから、そっと唇を寄せ、初めての口づけを交わした。


「あ、そうだ。これからはちゃんと名前で呼んでね。私もそうするから。ね、統一郎君。」

「うん。俺もそうするよ…春子さん。」


さん付で呼んだのが気に入らないのか、彼女はいたく不満気。

結果として、こちらだけが敬称を付けずに呼ぶよう強制されるのだった。

因みにこの数日後大学の合格発表があり、春子と南さん二人供が無事に進学を決めた。



三月中旬、二十五日に行われる次戦に向け練習も苛烈になる。

これに勝てば、俺もA級ボクサーの仲間入り。

八回戦に進出できる。

とは言え、まだまだランキングなどは見えず、今はとにかく勝ち続けるより道は無し。

明君はあれから休まず通ってくれており、今も牛山さんの指導を受けみるみる上達中だ。

牛山さんにしても自分が元々門外漢であるという自覚があり、教えられたことをそのまま伝えるので、会長が教えるのに比べそこまで遜色ない。


「一応今から伝えておくけど、この先勝ち進んで国内ランキングを得た時期を見計らって、地元で興行を打ってみようと思ってる。」


何でも既に東北各県のジムには声をかけているらしく、歓迎の声も多いとか。

なんだかんだ言っても、中央はどちらかといえばアウェー。

国内ではあるが、地方選手にとっては感覚的に厳しいものがある。


「それでね、同時にちょっとスタイルも弄るから。」


一体どういう事だろうと、クールダウンにシャドーをこなしながら耳を澄ませる。


「これには二つ意味があって、弱点を埋めるのと、もう一つは集客力の底上げだね。」


簡単に言えば、インファイトもこなせる選手に仕上げたいようだ。

確かに近距離戦は俺の弱点、得意な選手とぶつかればどうしても劣る。

ではそれが何故集客力に繋がるか。

これは簡単、基本的にお客さんは派手な試合を求めるから。

というよりも、KОを期待させるのはプロを名乗るなら義務だ。

つまらなくとも勝てばいいという考えが許されるのは、アマチュアだけ。

それこそがプロとアマの違いではなかろうか。

とは言えテレビ番組の影響で感情移入してくれた人達は、今のままのスタイルでも見に来てくれるだろう。

しかしそれ以外の人達は、つまらない試合しか出来ないのならばわざわざ会場まで足を運んだりしないはずだ。


「あともう一つ大きな動きがあるんだ。まあこれは知ってると思うけど。」

「フィットネスジムをやるって話ですか?」

「そうそう、何人か良いトレーナーも見つかったしね。四月中旬から稼働だよ。マシンも導入するから、うちの選手たちにも使わせようと思ってる。」


場所はここからほど近い、元は大きめのコンビニが建っていた場所。

しばらく空きテナントになっていたそれを、会長が借り受け今回の事業に使うという流れ。


「もう結構準備進んでるから、これから顔出してみよっか?紹介したい人もいるしね。」


時刻はまだ十八時前、これならばと四人揃って足を運んでみる事に。



「あ、いたいた。及川君、うちの子紹介するからこっち来て。」


外観も立派にリフォームしたその建物、お邪魔すると既にいくつかのランニングマシンなどが並んでいる。

会長が声をかけたのはその奥にいる女性、パソコンを弄り何かの作業をしているようだ。

ビシッと決めたトレーニングウエアにショートカット、すらっとした体形は如何にもスポーツ女子。


「あ~紹介ね。私が一応ここの責任者をやる事になってる及川です。よろしく。えっと…君が遠宮君でそっちの子が菊池君でしょ?後は強面トレーナーの牛山さん。」

「強面って…ひでえな及川ちゃん。」


牛山さんとも顔馴染みなのだろうか、見た目からでは年齢がよく分からない。

だが面と向かって女性に聞く事も出来ず、これは謎のままになりそう。


「及川君にはね、次の試合からセコンドもやってもらう予定なんだ。」

「そう言う事、よろしくね。一応は昔取った杵柄ってやつがあるから。」


聞けば彼女は、日本の女子プロボクサーという意味で最初期の選手に当たるとか。

そこから年齢を逆算すると、会長と同じくらいになる。

それにしては随分若いが。

因みに結婚もしており、旦那さんは会社員で子供が二人。

子供は既に大きく、どちらもが高校生というから驚きだ。


「「よろしくお願いします。」」


こうして顔見せも終わった所で、俺は仕上げのロードワークへと繰り出した。



試合まで一週間となった日、ジムにはもう慣れたテレビクルーの姿。

いつもと違うのは、今日はアイドル三人組が一緒という事。

先月も一度来たので、顔を合わせるのはこれで三回目。

練習風景を隅に座って眺める彼女達は非常に静かであり、四月から高校生という年齢にも拘らず、業界人としてのプロ意識を感じる。


「こうして直接取材するのは三回目になりますね。」


椅子に座り三対一で向き合う形のインタビュー。

基本的に場を回すのは、リーダーである藍さんの仕事だ。

そして相槌を打ちながら、時々明るい声を響かせるのが桜さん。


「調子はどうですか?私達もう期待しまくりなんで!」


そう言われれば悪い気はしない。

期待されるというのは、言葉以上に選手の背中を押すものだ。


「…もっと自分のパンチに自信を持つべき。私が保証する。貴方の拳は世界に通用する一流の拳。」


良い事言ったぜ、という感じに不敵な笑みを浮かべるのが花さん。

本気なのか冗談なのか、傍目には分からない所が結構人気らしい。

まあ笑い方に含みがあるので、キャラとしてやっているのだろう。

そして彼女の言葉を他の二人が無視するのも、最早お決まりの流れになりつつある。


「…本日も有難う御座いました。遠宮選手の次戦は三月二十五日、私達も応援しています。」


流れがどうであろうと、無難にまとめるのがリーダーの仕事。

個性的な二人は彼女がいるから纏まるのだ。

最後は四人並びファイティングポーズを構えた姿勢で締め、本日の取材は終わり。


「あ、遠宮さん、これ私達の二枚目のシングルです。良かったら聴いてみてください。」

「自分達で言うのもなんですけど、良い曲ですよ~。」

「…国宝級。」


最後の一人だけ変な路線を突き進んでいる。

誰か止める人はいないのだろうか、それともこれが本道か。

だが普通では埋もれてしまうのが現実。

道は違えど俺と同じく彼女達も、生き残るために試行錯誤しているのだ。

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