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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第31話

一月最後の土曜日、今日は十三時から面接の予定がある。

叔父が偶然非番の為、送ってくれるとの事。


「お、結構似合ってんじゃねえかよ、そのスーツ。」

「そう?首回りちょっと窮屈だな。肩回りも。」

「そりゃごついもんなお前。ま、今日だけ我慢しろ。あそこの実務はスーツじゃねえからよ。」


学生服も少々窮屈だが、スーツとなると一層それを感じる。

ちゃんとサイズを計って作ったはずだがどうしてだろう。


「そういや、計ったの減量中だったな。まあ仕方ねえ。じゃあ行くぞ。」


最初は叔父のを借りる予定だったが、自分用のを持っておいた方が良いと、叔父が買ってくれたのだ。

靴も立派な革靴を仕立ててくれた。

それらの感謝を胸に、保護者同伴で店の前へ。

当然だが、ここからは一人。


「ありがと。あ、帰っててもいいよ。時間かかるかもしれないし。」

「ん?別にいいって。この道歩いて帰ったら、折角仕立てた一張羅が汚れるだろうが。」


確かに泥交じりの雪なども多く見え、スーツで歩くのはちょっと嫌だ。

こうして軽口を叩きあっているが、内心は緊張で震えている。

履歴書など書いたのは人生で初めての事、内容はこれで良いのだろうか。

そんな不安を抱えているのだ。



「あ、あの…今日面接予定の、遠宮です。店長の酒井さんは…おられますでしょうか?」


店に入ってすぐ、パートらしい女性に聞いてみると、


「あ、本当に来たんだ統一郎ちゃん。」


その声に反応し、数人のお客さんの視線がこちらに向けられる。

レジ業務の人もこちらを見ているが、仕事は大丈夫なのだろうか。

そしてふと思う、そういえば如月さんの母親も俺の呼び方は名前にちゃん付けだったなと。


「店長~~!統一郎ちゃん来たよ~~!」


お客さんもいる中これは、少々恥ずかしい。


「はいはいはい、ゴメンね待たせた?こっち、こっち来て。」


品出しをしていたのだろうか、奥から慌ただしくやってきたのは白衣を着た男性。

この店は処方箋も受付けているので、恐らく薬剤師でもあるのだろう。


「あ、そこに座って。お茶はセルフね。そこのカップ使っていいから。」

「は、はい。」


履歴書と言うのはどういうタイミングで出すのが正解なのか、そんな事も分からず荷物をガサガサしてしまう。


「あ、履歴書?ありがと、預かるね。」


志望動機とか数日考えて書いたが、どうだろう。

適当には書いていない、でも正解も分からない。


「…うん、まあこういう言い方もなんだけどさ、初めから採用するつもりなんだよね。」

「あ、有難う御座います!」

「うん、先生に頭下げられちゃね…それに、あの人にそこまでさせるってだけで、充分信用に足るよ。」


知らなかった、叔父は頭を下げて頼んでくれたのか。

不覚にも涙が出そうになった。

続き、給与や勤務体系の説明に入っていく。


「でね、日曜は定休日で勤務時間なんだけど、七時半に出勤してもらって品出しメイン…定時は四時半になるね、けど三十分くらいは残ってもらうと思う。あ、勤務はシフト制、日曜以外のどこかで一日休みが入る形。」

「はい…はい。」

「うちの奥さんも薬剤師でここの副店長だから、私がいない時はそっちに色々聞いてくれればいいかな。」


説明を聞きながら少し不安も湧き上がる。

働きながら、ちゃんと両立していけるだろうかと。


「有給休暇は勤めだして半年後から、試合の時は出来る限り協力させてもらうよ。数日は休み欲しいよね。」

「はい…すみません。でも良いんですか?」

「それは最初から織り込み済みだよ。その上での採用だから。他に何か質問ある?」

「えっと、今の所は何も…働いてみないと何が分からないのか分からない…です。」

「あはは!そりゃそうだ。遠宮君は素直で良いね。」


これで面接はお開きとなった。

四月からは、この店の社員として働く事になる。

凄く不安だが、これが大人になるという事なのだろう。

それからパートの方々にも挨拶し、副店長である奥さんにも挨拶を済ませてから店を後にした。


「おう、どうだった?」

「うん。雇ってくれるって。ありがとね、色々。」

「うん?ああ、気にすんな。」


こういうぶっきらぼうな返しをする時は、大体照れている時だ。

この顔を見ると、不安だとか何とか言っている場合ではないと気付かされる。

俺がとんでもないミスをしたなら、叔父の信用問題にも関わってしまうのだから。



▽▽



二月に入り、教習所通いにも漸く終わりが見え始める。

後は免許センターに行き、試験を通過するのみ。

その日は朝から慣れない電車を乗り継ぎ向かう。

正直あまり自信がなく、結果的に三度くらいは受けるのかなと思ったが、運よく一発通過。

結果が出て直ぐ、如月さんに連絡を入れた。


【そっか~、免許取れたんだ。おめでとう。私達ももうすぐだな~。】


私達というのは、南さんも含めてと言う意味。

こうして声を聴くのも随分久し振りな気がする。

一月は俺が試合、彼女はセンター試験とかいうのもあり、あまり連絡を取っていなかった。


【何とかなるとは思うんだけどさ~、絶対ってないもんね~。】


普通を装っているが、いつもより声のトーンが高い。

不安はやはりあるのだろう。


【駄目だったらどうしよっかな~?あ、そうだ。遠宮君に養ってもらっちゃおう。】

「うん。良いよ。」


あまり無責任な事をいうものではないが、これで気持ちが軽くなるなら安いもの。


【…それ、本気?】

「うん。本気。でもやるだけの事はやってからね。」


通話口から聞こえる声に少し力が戻った。

これが結果に影響するかどうかは分からないが、微力ながら支えにはなれたのではないか。

そして祈りを籠めつつ通話を終了した。



その日、練習前のアップ中、会長から次戦の情報を告げられる。


「統一郎君、四月からは忙しくなると思うから、三月の終わりに一戦…行ける?」

「勿論です。こちらからお願いしたいくらいですよ。」

「随分やる気満ちてんじゃねえか坊主。こりゃ次も期待できるな。」


四月からは自由に時間を作れなくなるだろう。

流石に環境に甘えすぎるのは良くない。

出来得る限りは、迷惑にならないようこちら側で調整すべき。

そんな事を思いながら準備万端、いざ練習開始という時だった。


「あ、すいません。息子連れてきました。ほれ、明。」


そこにいたのは、以前後援会の集まりで話した菊池さん。

横にいる小柄な少年が息子さんだろうか。


菊池明(きくちあきら)です!よ、よろしくおなしゃ~っす!」


これは下校の時によく聞いていた野球部の挨拶。

見た目もまさにそのままで、日焼けした肌に坊主頭。

ザ・野球少年と言った感じの風貌だ。


「どうも菊池さん、今日の所は取り敢えず見学していってください。」

「ではお言葉に甘えて。いいか明、よく見てから決めるんだぞ。」

「わ、分かってるって…」


ジム設立から約二年、漸くやってきた見学者第一号。

だがふと思う、今は受験シーズンだがいいのだろうかと。

気になったまま練習にはいる訳にはいかず、本人に問うてみると、


「は、はい。定員割れしてるので…大丈夫かなと。」


どうやら俺と同じ高校に入るつもりの様だ。

言われてみれば、確かに俺も勉強などしなかった。

疑問も晴れた所で、元気一杯練習に移る。


「まずはアップ、シャドー四ラウンドやろうか。」


見られているというのは悪く無い感覚だ。

いつもとは違う緊張感を保てるから。


「じゃあ、ミットやろう。菊池さん、何か質問あったら牛山さんにお願いしますね。」


どうやら菊池父と牛山さんは顔馴染みらしい。

多分野球用品を買いに、何度も通っていたりするのだろう。


「…右から!…ボディ…もう一発!う~んと…角度もう少し内側。もっと…」


どうやら気合が入ってるのは俺だけじゃないらしい。

会長もどこかいつもとは違う。

そしてお馴染み無呼吸連打を越えたら、次は会長とのマススパーリング。

完全な寸止めではなく、打ち抜かない程度には互いに当てる。


パァンッ!パシィンッ!!


いつも思うのだが、本当に試合をした場合、俺はこの人に勝てるだろうか。

正直自信はない。

会長の凄い所は、狙わずにカウンターを取れる所。

毎日ミットを持っているからか、完全に俺のタイミングを知っており、どんなパンチを打っても必ず向こうが先んじる。



「いやぁ~やっぱり凄いものですね。どうする明、やめてもいいんだぞ?」

「……やる…やりたい。」


そう語る彼の目は、既にボクサーだった。

闘争心を内に宿し、誰にも負けたくないと言わんばかりの視線で射抜いてくる。


「そうですか。では、こちらが保護者の同意書になりますので…」


大人同士が契約の話に移り、手持ち無沙汰となった明君。

俺はそんな彼に歓迎の意を込めて一言。


「ようこそ、森平ボクシングジムへ。一緒に世界を目指そう。」

「は、はいっ!」


随分長く掛かったが、漸く俺にも後輩が出来たのだった。

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