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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第29話

一月十七日計量日、会場はいつも通りの多目的ホール。

冬場だが調整も上手くいき、リミット丁度でパス出来た。

そのお陰か本日は心の余裕もあり、対戦相手の顔色を見ておきたいと視線を巡らせる。


「ライト級、雨宮選手…六十一,二……うん、リミット。」


雨宮良平(あまみやりょうへい)十九歳、王拳ジム所属。

戦績は八戦五勝二敗一分け二KО。

公表では身長百七十三センチ、リーチ百八十センチ。

日焼けした肌と坊主頭が、高校球児みたいな印象を醸し出している。


「肌つや良いね。どうやら向こうも調整バッチリみたいだ。」


見るべきものは見た所で、いつも通り食事をする為車へ向かうのだが、今回はいつもとが違う点もある。


「相手選手の印象どうでした?」


何と陸中テレビのスタッフが、今回は前日から同道しているのだ。

駐車している場所までの短い距離、カメラを向けられ一つ二つ問答を繰り返す。

この環境を普通に受け入れている所に、俺自身の慣れを感じてしまった。


「思ったより細身な印象ですね。」

「なるほど、しかし雨宮選手は積極的に距離を潰し前に出るスタイルを好みます。それに対しては?」


いつもついている人が同じだからだろうか、徐々に本職顔負けの分析を見せる様になってきた。

因みにこの人は山崎さんというスタッフ。

三十を過ぎたばかりで、スポーティーな雰囲気の男性だ。


「自分としては、確かに強引なのは得意ではないですけど、まあ何とかなるかと。」


そして車に到着すると山崎さんとはお別れ。

流れでレストトランへ向かい、ホテルで休む事と相成った。





翌日、早朝にランニングしてから朝食を取り、少し横になると昼過ぎに当日計量。

今回はプラス四,三㎏。

体の調子も申し分なく、そろそろKО勝利が欲しい所だ。

そしていつも通りの流れで顔にワセリンが塗られた少し後、係員の声が掛かり出番。

通路にはカメラを構えた山崎さんの姿があり、少しだけ手を挙げ応えておいた。

自分自身、思ったより落ち着けてもいる様だ。



『只今より~本日の第三試合ライト級六回戦を行います。』


今日から後援会が用意してくれたガウンを纏っての入場。

今までとは一味も二味も気分が違う。

背中に刺繍されたオジロワシを誇らし気に見せびらかすと、体を解しつつ会場を見回す。

するとメインの東洋タイトルが注目されているのか、既に六割方の席が埋まっていた。

こうなると更にテンションも上がる。


『赤コーナ~百三十五パウンド~王拳ジム所属~………あまみや~りょう~へい~。』

『青コーナ~………五戦四勝一敗……とおみやぁ~とういちろう~。』


珍しく俺にも声援があった。

どうやら数人ではあるが、後援会の人達が来てくれているらしい。

遠路はるばる来てもらったのに、負けた姿を見せるのは嫌だとますます気合が入る。



「彼は離れても戦えそうだけど結構グイグイ来るからね。下がり過ぎず付き合い過ぎず、加減気を付けて。」


ここ二週間、会長が対戦相手を真似る形での模擬試合を繰り返してきた。

とは言え、飽くまで映像越しに分かる特徴を真似ただけ。

まずは練習と実戦における感覚の誤差を確かめよう。


カァ~~ンッ!


第一ラウンドのゴングが鳴る。

まずは通例に倣い軽くグローブを当て合い挨拶。


(さてどう来る?)


俺は半歩程下がり軽く左を伸ばす。

ガードの上から当てるだけの本当に軽い左だ。

まずはどういう方針で来るのかを知りたい所。


(下がった?今までとは違う立ち回り。スタイルを変えてきたか。)


リーチの差を活かすつもりだろうか。

だが俺に対してその対応は、あまり意味が無いと知っている筈。

例えリーチで負けていても、回転がまるで違うのだから。


「…シッ!…シッシッシッ!」


互いに一定の距離を保ちつつリードブローの差し合い。

俺は独特の歩法で、微妙に距離調整しながら放ち続ける。

そして気付かれぬうちにベストポジションを奪うのだ。


(随分正面から来るな…横に揺さぶってみるか。)


まだ互いに被弾は無し。

だが互角と言う意味ではない。

相手側が一方的に下がっているので、当たらないだけ。


(ロープ際に追い詰めたい…)


そう思うが、あまりパンチが無いせいか迫力不足で上手く誘導出来ていない。

届きそうで届かない微妙な距離を保つ動き、これはカウンター若しくは相打ち狙いの気配を感じる。


(パンチあるのか?そこまでではないという話だが。)


例えパンチが無くとも、良いタイミングで決まれば当然倒される。

ならばカウンターを取れない様に攻めればいい。


「…シッシッシッ!…シッシッシッシッ!」


一見難しい事の様に思えるが、俺にとっては違う。

簡単な話、本気のジャブで攻めればいいだけ。

他はともかく、これだけには絶対の自信がある。

カウンターを取れるのは、速力を落とした様子見の左だけだ。


(よしっ!一発入ったっ!)


なれば当然、相手も打たれるばかりではいられず、手を出すようになる。

この流れは予想通り、待ってましたと横の動きも混ぜ頬に鋭い一撃を浴びせた。

そしてゴング。



「ボディ打たなかったね?打ちにくい?」

「いえ、次のラウンドから隙あったら狙ってみます。」


何だろうか、感覚的に左が当たらないと次に進めない。

全てがまずリードブローを当てて、それからという感じ。

こういう感覚はあまりいいとは思えない。

状況に応じて臨機応変に対応するべきだろう。

そして第二ラウンド開始。


(まあいい。取り敢えずはこのまま左で押していこう。)


初撃、少し迂闊に伸ばしすぎたか相打ち。

だがそのまま回転の差を活かし二発三発と返していく。


(このラウンドも下がるか…感覚的には嫌だな。)


試合の流れ的には悪く無いが、元々積極的に追い掛けるタイプではない。

故に感覚的に、なのだ。


「…シィッ!?」

(…おっとっ!?)


下がるものと高を括り踏み込んで放った左。

だがその直後、相手は退かずその場で右アッパーを突き上げてきた。


(…こっから来るかっ!)


上体で仰け反り躱すも、続けざま襲い来る左フック。

一発一発に力を込めて打ってきているので、少々慎重にならざるを得ない。

とは言え、消極的になるのだけは駄目だ。


「…シュッ!」

(強めに叩いて黙らせるっ!)


相手の連打を下がって受けながら右ストレート。

当たらなかったが仰け反らせる事には成功し、取り敢えず勢いは止まった。

するとまた、一定の距離を保ち下がり始める。


(意地でもこの距離でやろうってか…)


中間よりは少し遠い位の間合い、俺にとっても嫌いな距離ではない。

だがここまで固執するという事は、向こうにとっても強いパンチが打てる距離なのだろう。


「…っ…シッ!」

(下から攻める!)


相手のワンツーを沈み込んで避けると同時、そのまま右ボディストレート。

浅いが一応は入った。

そこからもう一発と思ったが、打ち下ろしを察知し仕方なくサイドステップ。


(…来たなっ!)


相手は体勢不十分と見たか、下がろうとする俺を襲うのは今までとは気配の違う連打。

結構大振りだが迫力はある。


(付き合うのは事故が怖いな…)


俺は手を出さず回避に専念、時計回りにリングを大きく使いながら躱し続ける。


カンッカンッ!


響く拍子木の音。

相手は少し打ち疲れが出たか、一旦攻撃の手を緩めガードの隙間からこちらを見やる。


「…シッ!」

(…ここっ!)


その隙を突き、ガードの上からだが一発気合の籠った左。

直後ゴングが鳴り、第二ラウンド終了を告げた。

いつもながら、俺の試合は微妙な展開ばかりである。

だが被弾はしていないので、ポイントは勝っていると信じたい。

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