第28話
一月一日元旦昼過ぎ。
白く染まった道を歩き向かうのは、時々ロードワークで石段を使わせてもらっている神社。
用向きはと言えば、当然初詣だ。
「あ、来た来た。こっちだよ遠宮君!」
人でごった返す境内に上がると、振袖を来た女性が二人手を振ってくれる。
如月さんと南さんの親友コンビだ。
華やかな女性二人に対し、こちらは地味ないつも通りのスウェット姿。
「やあ遠宮君、新年あけましておめでとう。」
「こちらこそ、おめでとうございます。如月さんも。」
「何だか、私の方がオマケみたい…」
合流すると、少しむくれた如月さんを宥めつつ三人で賽銭箱へ。
二礼二拍手一礼、調べてきた所作をこなし続いて向かうのはおみくじ売り場。
「やっほ~、お正月からご苦労様だね。」
「何だ春子か…」
売り子をやっている巫女さん達は、どうやら同校の女子生徒であるらしい。
両手に華というこの状態を、少々目を細め訝し気にしている。
「やった!大吉だ!悠子は?」
「私も大吉だよ。遠宮君は…もしかしてあまり良くなかった?」
「あ~…ですね。」
俺の結果は凶。
しかし所詮おみくじはおみくじ、そこまで気にする事も無いだろう。
そして受験などの近況を語りつつ三人で石段を下りていく。
「二人は同じ大学行くんだよね?」
「そうだね。まあ春子は生徒会長までやっておいて、何故か私と同じ一般入試。」
「そういう悠子は、成績鑑みればもっとレベル高いとこでも行けるんだよ。でも、私と離れたくないからって同じとこ行くの、甘えん坊だよね~。」
「…志望校決めたのは私が先だったはずだけど…」
二人を見ていると思う。
俺にもこういう友達がいれば良かったのになと。
憎まれ口を叩き合いながらも寄り添い歩き、きっと年経ても変わらない、そんな関係性。
「じゃあね遠宮君、練習頑張って!」
「十八日だったかな?応援してるよ。」
「はい。もう調整時期なんですけど、やっぱり冬は厳しいですね。」
「だろうね。聞けば春子とはクリスマスも会わなかったんだって?」
「悠子、そう言うのは良いの。今はお互い大変なんだから。私達はもうすぐセンター試験、遠宮君は自動車学校にも通ってるし。」
南さんの言葉からも分かる通り、もうすぐ試合を控えているので、元旦であろうと休むわけにはいかない。
そして石段を下り切った所で二人とはお別れ、俺はジムへと向かう。
▽
「あけまして~って、そういえば会長は来れないんだっけ。合鍵はっと。」
戸を開き、まずすべきは暖房を付ける事。汗を掻かなければ減量もままならない。
今日は会長も牛山さんも用事があり来られないので、己に厳しくいかなければ。
本当は他のジムに遠征などできればよいのだが、如何せん田舎ではそれも難しく、会長たちにも生活があり長期合宿などもまず無理。
今あるものでやっていかなくてはならない。
「何か音楽掛けたいな……あ、そういえば…」
少し前にも取材に来たBLUESEAの面々、彼女達が置いていったCDがある。
何でもデビュー曲だとか。
「へぇ、アイドルってよりはアーティストって感じの曲だな。」
音楽に詳しくない俺でも分かるほど、三人の歌唱力は本物だった。
リードボーカル兼ギターがリーダーの藍さん、彼女は綺麗で良く通る声をしている。
ベースを担当しているのが桜さん、この子は聞くだけで元気が沸いてくる様な明るい声。
そしてドラムをやっているのが花さん、彼女の声は繊細で透明感があると言えばいいのだろうか、バックコーラスで曲全体を包み込んでいるイメージだ。
ドラムの音もその外見とは違って非常に力強い。
それらが程よく調和して、音楽に造詣の深くない俺でさえも、聞く者に心地良いと感じさせる何かがあると分かった。
「良い曲だけど、練習には綺麗すぎるかな。」
彼女たちの曲はCDを拝借し帰ってから聞く事にして、代わりにかけたのはアップテンポの洋楽。
「さ、やるか。」
ストレッチも済み、タイマーを三分と一分に設定し準備完了。
我がジムには大手の様な機械設備など存在しない為、一人の場合純粋にどれだけ自分に厳しく出来るかが問われる。
これが言うほど簡単な事ではない。
苦しくなれば休みたいと思うのが当然、同じ作業の繰り返しが動きを怠慢にもしていく。
地味な筋力トレーニングなど最たるもの、本当に強くなっているのかと不安にさえなる。
「…はぁはぁ…サンドバックやるか…」
会長にも言われている事だが、一人の時は特に怪我をしやすい。
気を抜いた一瞬、変な打ち方になり手を痛めるなんてのは良くある話。
「…はぁ…はぁ…シッシッシッシッシッシッ!!」
ラスト十秒からは毎ラウンド無呼吸連打。
打つだけではなく、しっかり相手をイメージし倒せるパンチを心掛ける。
そうでなければ意味などない。
五ラウンドのサンドバックを終えると、インターバルを挟んで四ラウンド縄跳び。
それを終えたら、今度は拳立てと腹筋。
多分効率的ではない。
でも証明したいんだ、何もないこの場所でも強くなれるんだと。
そして最後の仕上げとして、もう一度三ラウンドシャドーをこなす。
「…六十六,七㎏か。」
今は多く試合をこなしたい為、普段から節制し六十九㎏以下になるよう抑えてきた。
経験上は計量一週間前の段階で、練習前四㎏プラスくらいがちょうどいい。
そのくらいであれば、気持ちにも余裕が持てる。
これは人によっての匙加減なので、個々人で違うだろう。
「…有難う御座いました。」
誰もいないが、一応礼儀として呟きジムを後にした。
▽
「統一郎、うちの病院の横にドラッグストアあるの知ってるよな。」
叔父と共に囲む夕食、テーブルに並ぶのは正月らしくない日常メニュー。
「うん。酒井ドラッグでしょ?それが?」
酒井ドラッグは、大手チェーンとは違い個人経営のお店だ。
食料品も充実しており、スーパー代わりに使う人も多い。
「ああ、あそこのオーナーと仲いいんだがよ、お前面接受けてみねえか?」
「それはバイト?」
「いや、正規雇用だ。ちょうど一人欲しいって言ってたからな。既にお前の事は伝えてある。」
「もう伝えてあるんだね…」
「ああ、どうせ断らねえと思ってな。まあプロボクサー一本てのも良いと思うがよ。」
その場合は、今まで通り生活の殆どを叔父の収入頼みになってしまう。
さすがにそれは如何なものか。
「お願いするよ。」
「おしゃ。試合ある事も伝えてあるからよ、多分面接の日取りは今月の終わりくれえになるだろ。」
自動車免許も、順調にいけば二月の始めには取れそうな感じ。
何だかこういう話をしていると、俺も大人になっていくんだなと、そう実感する。
ふと思い描いてみる、未来の自分を。
「十年後、俺はどうしてるだろうね。」
「ん?世界チャンピオンになってんじゃねえのか?」
「全然あきらめてはいないけど、思い知ってるよ。現実は厳しんだなって。」
「お前、そりゃそうだろ。しかもライト級だしな。王拳あたりの所属でも厳しんじゃねえか?」
時代が悪いと言ってしまえばそれまでだが、現在の世界ライト級は特に粒ぞろい。
WBA・WBC二団体統一王者の元金メダリストであり、アメリカのスター選手『ジェフリー・アーサー』、今は彼がこの階級の中心だ。
更にWBО王者であるメキシコのKОアーティスト『レオナルド・アルバ』、WBAの正規王者とIBFは誰だったか思い出せない。
加え、一階級下のスーパーチャンピオン、ベネズエラ出身の『アレックス・モラン』も上がって来ると聞いた。
他にも凄く金になるマッチメイクが多数あり、日本人が割って入る隙間が中々無いのだ。
「俺が言う事じゃねえが、この辺は運だろ。強いけど試合がつまらなすぎて人気が無い、相手が見つからない、奇跡的にそんな王者が出てくりゃ、お前にもチャンスありそうじゃねえか?」
「その時に世界ランキング持ってればね。それだけでも厳しいよ。まあやるけどさ。」
「その意気だ。もう踏み込んじまったんだからよ。行けるとこまで行ってみな。」




