表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
父子鷹の拳  作者: 遠野大和
28/281

第28話

一月一日元旦昼過ぎ。

白く染まった道を歩き向かうのは、時々ロードワークで石段を使わせてもらっている神社。

用向きはと言えば、当然初詣だ。


「あ、来た来た。こっちだよ遠宮君!」


人でごった返す境内に上がると、振袖を来た女性が二人手を振ってくれる。

如月さんと南さんの親友コンビだ。

華やかな女性二人に対し、こちらは地味ないつも通りのスウェット姿。


「やあ遠宮君、新年あけましておめでとう。」

「こちらこそ、おめでとうございます。如月さんも。」

「何だか、私の方がオマケみたい…」


合流すると、少しむくれた如月さんを宥めつつ三人で賽銭箱へ。

二礼二拍手一礼、調べてきた所作をこなし続いて向かうのはおみくじ売り場。


「やっほ~、お正月からご苦労様だね。」

「何だ春子か…」


売り子をやっている巫女さん達は、どうやら同校の女子生徒であるらしい。

両手に華というこの状態を、少々目を細め訝し気にしている。


「やった!大吉だ!悠子は?」

「私も大吉だよ。遠宮君は…もしかしてあまり良くなかった?」

「あ~…ですね。」


俺の結果は凶。

しかし所詮おみくじはおみくじ、そこまで気にする事も無いだろう。

そして受験などの近況を語りつつ三人で石段を下りていく。


「二人は同じ大学行くんだよね?」

「そうだね。まあ春子は生徒会長までやっておいて、何故か私と同じ一般入試。」

「そういう悠子は、成績鑑みればもっとレベル高いとこでも行けるんだよ。でも、私と離れたくないからって同じとこ行くの、甘えん坊だよね~。」

「…志望校決めたのは私が先だったはずだけど…」


二人を見ていると思う。

俺にもこういう友達がいれば良かったのになと。

憎まれ口を叩き合いながらも寄り添い歩き、きっと年経ても変わらない、そんな関係性。


「じゃあね遠宮君、練習頑張って!」

「十八日だったかな?応援してるよ。」

「はい。もう調整時期なんですけど、やっぱり冬は厳しいですね。」

「だろうね。聞けば春子とはクリスマスも会わなかったんだって?」

「悠子、そう言うのは良いの。今はお互い大変なんだから。私達はもうすぐセンター試験、遠宮君は自動車学校にも通ってるし。」


南さんの言葉からも分かる通り、もうすぐ試合を控えているので、元旦であろうと休むわけにはいかない。

そして石段を下り切った所で二人とはお別れ、俺はジムへと向かう。



「あけまして~って、そういえば会長は来れないんだっけ。合鍵はっと。」


戸を開き、まずすべきは暖房を付ける事。汗を掻かなければ減量もままならない。

今日は会長も牛山さんも用事があり来られないので、己に厳しくいかなければ。

本当は他のジムに遠征などできればよいのだが、如何せん田舎ではそれも難しく、会長たちにも生活があり長期合宿などもまず無理。

今あるものでやっていかなくてはならない。


「何か音楽掛けたいな……あ、そういえば…」


少し前にも取材に来たBLUESEAの面々、彼女達が置いていったCDがある。

何でもデビュー曲だとか。


「へぇ、アイドルってよりはアーティストって感じの曲だな。」


音楽に詳しくない俺でも分かるほど、三人の歌唱力は本物だった。

リードボーカル兼ギターがリーダーの藍さん、彼女は綺麗で良く通る声をしている。

ベースを担当しているのが桜さん、この子は聞くだけで元気が沸いてくる様な明るい声。

そしてドラムをやっているのが花さん、彼女の声は繊細で透明感があると言えばいいのだろうか、バックコーラスで曲全体を包み込んでいるイメージだ。

ドラムの音もその外見とは違って非常に力強い。

それらが程よく調和して、音楽に造詣の深くない俺でさえも、聞く者に心地良いと感じさせる何かがあると分かった。


「良い曲だけど、練習には綺麗すぎるかな。」


彼女たちの曲はCDを拝借し帰ってから聞く事にして、代わりにかけたのはアップテンポの洋楽。


「さ、やるか。」


ストレッチも済み、タイマーを三分と一分に設定し準備完了。

我がジムには大手の様な機械設備など存在しない為、一人の場合純粋にどれだけ自分に厳しく出来るかが問われる。

これが言うほど簡単な事ではない。

苦しくなれば休みたいと思うのが当然、同じ作業の繰り返しが動きを怠慢にもしていく。

地味な筋力トレーニングなど最たるもの、本当に強くなっているのかと不安にさえなる。


「…はぁはぁ…サンドバックやるか…」


会長にも言われている事だが、一人の時は特に怪我をしやすい。

気を抜いた一瞬、変な打ち方になり手を痛めるなんてのは良くある話。


「…はぁ…はぁ…シッシッシッシッシッシッ!!」


ラスト十秒からは毎ラウンド無呼吸連打。

打つだけではなく、しっかり相手をイメージし倒せるパンチを心掛ける。

そうでなければ意味などない。

五ラウンドのサンドバックを終えると、インターバルを挟んで四ラウンド縄跳び。

それを終えたら、今度は拳立てと腹筋。

多分効率的ではない。

でも証明したいんだ、何もないこの場所でも強くなれるんだと。

そして最後の仕上げとして、もう一度三ラウンドシャドーをこなす。


「…六十六,七㎏か。」


今は多く試合をこなしたい為、普段から節制し六十九㎏以下になるよう抑えてきた。

経験上は計量一週間前の段階で、練習前四㎏プラスくらいがちょうどいい。

そのくらいであれば、気持ちにも余裕が持てる。

これは人によっての匙加減なので、個々人で違うだろう。


「…有難う御座いました。」


誰もいないが、一応礼儀として呟きジムを後にした。



「統一郎、うちの病院の横にドラッグストアあるの知ってるよな。」


叔父と共に囲む夕食、テーブルに並ぶのは正月らしくない日常メニュー。


「うん。酒井ドラッグでしょ?それが?」


酒井ドラッグは、大手チェーンとは違い個人経営のお店だ。

食料品も充実しており、スーパー代わりに使う人も多い。


「ああ、あそこのオーナーと仲いいんだがよ、お前面接受けてみねえか?」

「それはバイト?」

「いや、正規雇用だ。ちょうど一人欲しいって言ってたからな。既にお前の事は伝えてある。」

「もう伝えてあるんだね…」

「ああ、どうせ断らねえと思ってな。まあプロボクサー一本てのも良いと思うがよ。」


その場合は、今まで通り生活の殆どを叔父の収入頼みになってしまう。

さすがにそれは如何なものか。


「お願いするよ。」

「おしゃ。試合ある事も伝えてあるからよ、多分面接の日取りは今月の終わりくれえになるだろ。」


自動車免許も、順調にいけば二月の始めには取れそうな感じ。

何だかこういう話をしていると、俺も大人になっていくんだなと、そう実感する。

ふと思い描いてみる、未来の自分を。


「十年後、俺はどうしてるだろうね。」

「ん?世界チャンピオンになってんじゃねえのか?」

「全然あきらめてはいないけど、思い知ってるよ。現実は厳しんだなって。」

「お前、そりゃそうだろ。しかもライト級だしな。王拳あたりの所属でも厳しんじゃねえか?」


時代が悪いと言ってしまえばそれまでだが、現在の世界ライト級は特に粒ぞろい。

WBA・WBC二団体統一王者の元金メダリストであり、アメリカのスター選手『ジェフリー・アーサー』、今は彼がこの階級の中心だ。

更にWBО王者であるメキシコのKОアーティスト『レオナルド・アルバ』、WBAの正規王者とIBFは誰だったか思い出せない。

加え、一階級下のスーパーチャンピオン、ベネズエラ出身の『アレックス・モラン』も上がって来ると聞いた。

他にも凄く金になるマッチメイクが多数あり、日本人が割って入る隙間が中々無いのだ。


「俺が言う事じゃねえが、この辺は運だろ。強いけど試合がつまらなすぎて人気が無い、相手が見つからない、奇跡的にそんな王者が出てくりゃ、お前にもチャンスありそうじゃねえか?」

「その時に世界ランキング持ってればね。それだけでも厳しいよ。まあやるけどさ。」

「その意気だ。もう踏み込んじまったんだからよ。行けるとこまで行ってみな。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ