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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第20話

用語解説

IBF:国際ボクシング連盟。設立1983年、本部はアメリカ。タイトルマッチにおいては当日計量で10ポンド(4,54㎏)以上増量してはならない規則がある。

注目はやはりバンタム級の井上尚弥選手。加え個人的に団体の王者として印象深い(色々な意味で)のはザブジュダー選手。

「ちょっと横の動き増やしてみよっか。」


試合は第二ラウンドまで終わりインターバルに入った。

先のラウンドは相手も落ち着いてきて多少のやりにくさは感じたが、こちらも自分の距離は確保できており優勢に進められた手応えはある。

しかし確実かと言われれば疑問符がつくのも確かだ。


「デビュー戦なのに落ち着いてきて、多分大振りも期待できない。だから、ちょっと攪乱してみよう。」


予想通りとは言え、本当に地味な試合になった。

第二ラウンドの後半から左に切れも出てきたので、簡単には踏み込めなくなり互いに距離を測りあって終わり。

俺としては強く踏み込み放ってくるパンチを狙いたいのだが、中々その機会にも恵まれていない。


「研究されてる。光栄な事だよ。」


その言葉と共にインターバル終了、マウスピースを銜える。

言われ思えば確かに。

しがない四回戦ボクサーの俺を研究するというのはつまり、上がって来るかもしれないと思っているのだ。

何故なら今この階級の国内ランキング上位は、半分以上王拳ジム所属の選手。

そんな軽い独占状態に俺が穴を穿つ危険があると、何とも光栄な事である。

そしてどうやら、今目の前にいるこの男こそ第一の刺客。


「…っ!?」


ラウンド開始直後、遠い距離から右が飛んできた。

しっかり踏み込んで、腰も入り体重の乗った強打。

ここまではこういった打ち方をしてこなかったが、ある程度俺に慣れたという事か。

見切ったという訳では無いだろう、そこまでの動きは見せてない。


「…ちっ…っ!」

(いきなり前に出てくるようになった。)


どうやらここまでのラウンド、どちらも取られたと判断したらしい。

こちらとしてもそうだとは思っているが、向こうがここまで強気に出てくるのは意外。

そして恐らく、この瞬間どういう対処をするかによって、試合の流れが決定づけられる。


「…シッ…シッシッシッ!」


キュキュッとシューズの音を響かせ、リングを大きく使いながら左を放つ。

はてさて迎え撃つべきか、それともこのままの距離で差し合うか。


「…っ!」

(おっとっ!?あっぶねえ…)


左を躱しざま、少々不用意に踏み込んだ所を右のアッパーが俺の鼻先を掠める。

だが間一髪反応しサイドステップで避けると、がら空きの脇腹が目に入った。


「…シュッ!!」

(これは当たる。)


自分でも驚くほど冷静に狙い澄ました一撃は、右脇腹に深々と突き刺さり相手の体をくの字に折り曲げる。

ここは勝負を賭けるべき瞬間と、そう判断した俺は一気にラッシュ。


「…シッシッシッシッシッシィッ!!」

(タフだな…それとも俺のパンチが軽いのか?)


一気呵成に攻め立てる中、相手はガードを固め起死回生の一発を狙っている様だ。

その直後、何か嫌な予感を感じた。


「…っ!?」

(…なんか不味いっ!?)


飛んできたのは所謂ロシアンフックに近い軌道のパンチ、視界の外であり見えてはいなかった。

だがそれは僅かに俺の頭部を掠めただけ、まあ躱したというより只の偶然だ。

そんな偶然も身を助け運よくクリーンヒットこそしなかったものの、肝を冷やしたのはいうまでもあるまい。


「坊主っ!慌てんなっ!」


確かにそうだと、一度バックステップし仕切り直し。

これを弱気と踏んだ相手が追い掛け踏み込もうとしてくるも、それは読んでいた。


「…シッ!」


出端を強めの左で叩き止めると、ラスト十秒を告げる拍子木が響く。


(ダメージは…ありそう。でも俺が押し切れるほどじゃない。)


ここ迄のやり取りで分かったが、この選手その気になれば結構強いパンチを打てる。

それこそまともに正面から打ち合えば、分が悪いと思ってしまう程。



「問題ないよ。判定になればこっちのもの…だけど、だからこそ死に物狂いで来る。ガードしっかりね。」


「…ふぅ~~っ…はいっ!」


体力的には余裕なのだが、追われる怖さと言うのだろうか、なりふり構わず向かってこられるのは疲れるものだ。

とは言えあと一ラウンド、気を引き締めて勝ちを捥ぎ取ろう。


「…しゃす…」


最終ラウンド、何となく相手が伸ばしてきた拳にタッチし挨拶。

直後相手は、力強く踏み込み右ストレートを放ってくる。


「…シィッ!」


俺はその一発を見切り、ヘッドスリップで躱しざま左を伸ばす。

反射的に放たれたその一発は腕の内側を抉る様に走り、結果的に相手の顎を捉え脳を揺らした。

タイミングもいい感じのカウンターとなり、ガクンと芯が崩れるのを確認。


「…ダウンっ!」


俺は追撃のワンツーを放とうという体勢のまま、レフェリーに押されニュートラルコーナーへ。

これで終わってくれたら…そんな事を思うが、相手は三つ目のカウントでもう立ち上がっている。

そして数秒休んでから続行の意思を示した。


「…ボックスっ!」


試合再開直後、向こうはなりふり構わず特攻の構え。

それに対し俺は、左右のステップワークを駆使し隙を探りながら翻弄する。

調子に乗せすぎないよう牽制し、且つ乱打戦に巻き込まれないよう微妙な距離感を保ちながら。


「…シッシッ……シッ!」


動きながらも左は忘れない。

どんなに強がってもダメージはある筈、証拠に段々追い足も鈍くなってきた。

こうなればやはり頭にちらつくのはKОの二文字だが、まだパンチに力があるので気は抜けない。

そして追いかけっこが続く中、相手と自分の位置を確認しつつ、ちらりと電光掲示板を見やる。

残り二十七秒。


(気を引き締めろ…最後が一番怖いんだ。)


以前の経験が活きたか、今回は欲に目が眩む事無く最後まで冷静に対処できた。

そして漸く響く、試合終了のゴング。



「「…あっしたっ!」」


桜井選手と互いの健闘を称え合い、自陣に戻り待つのは判定の結果。

例えどんな試合内容であったとしても、この瞬間は緊張する。


「……以上、三対〇の判定を持ちまして、勝者…青コーナー遠宮統一郎。」


これを聞いて、漸くホッと一息つけるのだ。

思わず全身の力が抜け、ボ~っとしてしまう。


「おい坊主、挨拶したらさっさと帰るぞ。」


その通りだ、前座がいつまでもリングにいては後がつかえる。

俺は向こう陣営にも挨拶しお客さんにも一度礼をしてから、速やかにリングを降りるのだった。



「遠宮選手、今の感想聞かせてもらっていい?」


検診も終わり汗を流す為シャワー室へ向かう際、陸中テレビのスタッフさんがカメラを向け問うてくる。


「そうですね。勝てて良かったです。本当に……」


これが今の素直な感想であり、それ以外の言葉は出てこない。

そしてシャワー室前でスタッフさんと別れ、ゆっくり汗を流し勝利の余韻に浸った。



▼▼



会場の外に出ると、もう夕暮れを越え夜に差し掛かっている。

隣のドーム球場には明かりがともり、今まさにプロ野球ペナントレース真っ最中。

いつかは野球観戦もしてみたいな。

それにしても試合の時は毎回だが、帰り着く頃には真夜中になりそうだ。


「坊主、飯はどうする?食ってくか?」


帰りの車中、ハンドルを握る牛山さんが問いかける。

行き帰りの長時間ドライブ、もしかしたら一番疲れてるんじゃなかろうか。


「そうですね。牛山さんの奢りなら食べていきます。」

「へっ、最初からそのつもりだっつ~の。勿論会長もな。」

「何だか申し訳ないですね…こうして色々してもらってる上に…」

「何言ってんだよ会長、俺みてえな初老がこんな経験出来るなんぞ他にねえぞ。俺ぁな、町内会の奴等に毎回自慢してんだぜ?」


俺の感覚としては会長寄りだが、牛山さんにしてみれば年を取ってから出来た生き甲斐みたいなものなのだろうか。

どちらにしても、世話になりっぱなしな事には違いないが。


「あ、牛山さん、どうせなら和牛とか食べてみたいな~なんて。」

「ああいいぜ。坊主がチャンピオンになったらな。それまではおあずけだ。」


これは随分長いおあずけをくらう事になりそうだ。

だが明確な目標設定とは、物事に於いて重要なのも事実。


「じゃあ三年、三年以内にその約束を果たしてもらいますよ。」

「お、言ったな坊主。口だけだって言われねえようにしろよ?」

「あ~でも、こればっかりは会長の方が大変ですかね?」

「うん?そんな事無いよ。統一郎君が結果を出し続けるなら、それに応えるのが僕の仕事だ。まあ任せて。」


何気にこういう確約をもらえると、道が開けた気分になりやる気に繋がる。

今はまだ自分がベルトを巻いている姿など想像できないけど、それでもいつかは…と。


「坊主、味噌ラーメンとかどうだ?会長は?」


そして帰りのパーキングで腹一杯ラーメンを食べてから、帰路に就くのだった。

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