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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第19話

用語解説

WBO:世界ボクシング機構。設立は1988年で本部はプエルトリコ。歴史の深い二団体よりタイトルが複雑ではなく分かりやすい。

個人的に印象深い王者は長谷川選手を破ったバンタム級のモンティエル選手。ドネア選手との試合も含めて中々記憶に残る選手だ。後は個人的にナジームハメド選手もこの団体の印象が強い。

「……六十一㎏丁度ですね、ライト級遠宮選手……」


十月十九日、前日計量。

俺はライト級リミット(六十一,二三五㎏)を多少下回り計量をパスした。

余裕を残し過ぎず、且つギリギリになり過ぎない良い調整が出来たのではないだろうか。

体の切れも存外良い。

やる気になれば、このまま試合でも行けそうなほど。


「え~…六十……桜井選手ライト級リミットです。」


今計量を終わらせたのが俺の対戦相手。

名前を桜井義孝(さくらいよしたか)というらしい。

見た感じ背は結構高く、恐らく百七十台後半はあるだろう。

外見は、明るい色の長髪を後ろに纏めた少しイケメン風味。


「リーチ結構ありそうだね。」


会長が語る通り両腕がすらりと長く、懐の深さを活かした立ち回りをしてきそうな気配がある。


「おい坊主、見ろよ。」


牛山さんが見ろと言った方角、そこには今回の興行におけるメインイベンターの姿があった。

日本ライト級王者大道学(だいどうまなぶ)、これが二度目の防衛戦。

身長は百六十九センチで現在三十三歳、戦績は三十四戦二十六勝八敗二十KО。

アマ経験はなく、王拳ジムの王者クラスには珍しい所謂叩き上げのボクサー。


「へっ、何か寺の住職みてえな雰囲気だな。」


小さく呟いた牛山さんの言葉に、さりげなく頷いてしまう。

綺麗に反り上げた坊主頭と、真一文字に結んだ口。

確かにお経とか唱えたら結構似合いそうな雰囲気だなと思った。


「…六十一,三……大道選手リミットオーバーです…」


そう告げられた大道選手は、微塵も表情を変える事無く外へと向かう。

だが周囲は結構ざわついている。


「珍しい…というよりも、多分初めてだよ彼。」


三十戦以上この階級でやってきて、初めてのリミットオーバー。

何かそこまで心を乱す要因があったのだろうか。


「会長、あれじゃねえか?噂の金の卵がらみ。」

「ああ御子柴君ですか。インハイ三連覇、世界王者間違い無しとか言われてますね。でも…」


そういえば今月の月刊誌にそんな名前がでかでかと載っていた。

だが階級はスーパーフェザー級なので、俺と交わる事は無さそう。

そして会長がぼそりと呟いた言葉も印象的だ。

こう言ったのだ、運が悪い…と。

それがどういう意味か俺には分からなかったが、まあ気にする必要も無いだろう。

その後、時間をおいて戻った大道選手は無事に計量を通過した。



▽▽



十月二十日、試合当日。

会場入り直前まで地元局のスタッフがカメラを回していたが、特に気疲れなどはなく体の調子は物凄く良い。

因みに当日計量はプラス四,五㎏、まあいつも通りだ。


「切れてるね。でも無理に倒しに行く必要は無いよ。」

「はい、分かってます。」


勝つ事、それだけに拘ればいい。

今はまだ、魅せる試合は要らないんだ。

ならばいつ必要になるのだろうか。

それは恐らく、いつか自前で興行が打てるようになってから。

だが思う、そんな日が本当に訪れるのだろうかと。


(何を考えてる。だからこそ確実に勝ち続けるんだ。)


気持ちに決着がついた所で、丁度係員から声が掛かる。

そして心強い仲間の背中を眺め、リングへと向かうのだった。



▽▽



「…只今より第二試合ライト級四回戦を行います。」


少し見まわしてみる。

客入りはあまり芳しくない。

メインイベントまではいつもこんなものと言われれば確かにそうだが、それでも少し寂しいな。


「赤コーナ~百三十五パウンド~王拳ジム所属ぅ~本日がプロデビュー戦、さくらい~よし~たかぁ~。」


結構大きな声援と拍手が会場を包む。

声援の内容に耳を澄ませてみると、どうやら彼は大学生の様だ。


「青コーナ~百三十四パウンド~二分の一ぃ~森平ボクシングジム所属ぅ~三戦二勝一敗、とおみやぁ~とういちろう~。」


パチパチとまばらな拍手。

多分試合が終わっても変わる事はないだろう。

観客が熱狂できる様な試合展開には、するつもりが無いから。


「バッティング、ローブローに気を付けて……」


いつも通りレフェリーから有難いお言葉をもらいながら、相手を見やる。


(鼻息が荒い、目が血走ってるな。緊張…するよな、そりゃぁ。分かるよ。よく分かる。)


互いが背を向け自陣に戻ると、戦略の最終確認。


「慎重に…て言うつもりだったけど、出端強めに挫いてみようか。」


会長の案に俺も賛成。

あの状態の時は、練習で培ったものなんて何も出せないんだ。

可哀想だけど、あわよくばそれで終わってもらおう。


カァ~~ンッ!


ゴングと同時に見やった相手は、基本通りのオーソドックスな構え、しかし肩が必要以上に強張っている。

これでは伸びのあるパンチが出ない。

折角のリーチも、まず活かされる事はないだろう。


「義孝ぁっ!リラックスリラックス!」


向こうのセコンドから檄が飛ぶも無駄、足取りも硬い。


(聞こえないんだよそれ。俺もそうだったから分かる。)


軽くグローブを合わせ挨拶が済むと、俺は少々荒い立ち上がりを選んだ。


「…シッ!」


初撃から強く踏み込んだ右のボディストレート。

こちらの動きに反応して伸ばされたパンチの下、するりと滑り込み深々と突き刺さる。

そのまま退く事無く、俺は踏み込んだ勢いを利用してサイドに回り込んだ。


「シッシィッ!」


相手の左側面を取り、痛烈にワンツー。

だが偶然か必然か、丁度戻した腕に当たり阻まれる。


(まだ…本調子にはなってないだろ?)


畳みかけるか否か判断するべく、ガードの隙間から相手の目を覗く。

するとその目はまだ冷静には程遠く、呼吸も初回とは思えないほど荒い。


(うん。まだまだ狂乱の最中。)


深く踏み込んでから左右のフックを強振。

俺にしては珍しい立ち回り。

相手は強引な攻めを嫌がり、クリンチで取り敢えずお茶を濁す構えだ。


(駄目…このラウンドは俺のもんだ。そのまま混乱してろ。)


これまた俺にしては珍しく、無理矢理腕を掴んで力任せに引きはがす。

四ラウンドの試合に於いて、一つを確実に取れるというのはそれほど大きな事なのだ。



「バッチリ、それなりにダメージもありそうだね。倒したい?」


そう言われると頷くしかない。


「まあ当たり前か。でも慎重に展開見ながらでいいよ。インファイトはあまり好きじゃない感じだから、そこを突いて行こうか。」


どうやって潜り込むかについての指示はない。

信頼しているんだ。

中間距離での差し合いにおける俺の強さを。


「行っておいで。」


牛山さんが洗ってくれたマウスピースを銜え、第二ラウンドのリングへ歩む。

相手は見た感じ、さっきまでよりはだいぶ落ち着いた雰囲気。


(慎重にとは言われたけど…誰の目から見てもって感じにはしたいな。)


日本国内に於いて贔屓判定などはないと思うが、何があるかなど誰にも分からない。

故に最低でも一度、ダウンは奪っておきたい所だ。


(落ち着いたのは良いけど…随分遠くに構えるな。)


恐らくこちらの得意な距離を知っているのだろう。

相手の動きを見るに、中間距離は端から捨てている様な気さえする。


「…フッ!」


ならばと、伸ばしてきた左を強めに叩き落としてから踏み込む。


「シッ…シッ!」


右のフェイントを挟んでから、強めに肝臓打ち。

しかしこれはガードに阻まれ当たらない。

止まらず追撃と思いきや、クリンチで場を濁されてしまう。


(落ち着いちゃったか…もう無理にはいけないな。)


視線が先ほどまでの血走った感じではなく、冷静にこちらの隙を伺うものになっている。

もし今強引に行けば、逆に手痛い一発をもらう可能性もあるだろう。


「ボックスッ!」


レフェリーに引き剥がされ正面に向き合うと、徐々に懐の深さを感じる様になってきた。

これは、相手が本来の能力を発揮し始めたという事。

練習を思い出したと言ってもいい。


(そりゃそうだ。名門ジムの選手なんだぞ、レベル低い訳ねえだろ。)


どうやらここからが本番。

先ほどまでとは別人と思うべきかもしれない。

だがそれを言うなら俺だって、まだ全然底を見せちゃいないさ。

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