表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
父子鷹の拳  作者: 遠野大和
18/284

第18話

用語解説

WBA:世界ボクシング協会。設立は1921年で歴史は最も古い。本部はパナマ。スーパー王座という制度があるものの、WBCよりは若干分かりやすい気がする。でもこれから更に増えそうな気もするのでどうか。

十月初旬、クラスでは進学や就職の話が良く聞かれるようになった。

かく言う俺も、学校に届く求人には目を通している。


「先生、この菓子パン製造の仕事ってどう…ですかね?」

「ああこれか、始業が早いから行けると思ったんだろうが、これ系の工場は多分残業多いぞ~。」


この先生、何故か他業種の内情に詳しい。

長年教師をやっていると皆こうなるのだろうか。


「聞く限り、労働基準法違反なんてざらだ。そこに就職した奴がいるから連絡とってみるか?」

「いえ大丈夫です。通勤時間も結構掛かりそうですしね。」


住所を見ると、ここから大体四、五十キロは離れている。


「やっぱり市内の求人って少ないですね…」

「田舎だからな、こればっかりはどうにもならん。」


県内はそれなりにあるが、市内となれば殆どなしのつぶて。

練習の入りが遅くなり過ぎれば、会長の仕事にも差し障るだろう。

それらを考慮するなら、遅くても夕方六時くらいには開始したい所だ。

というのも何となく、会長は周りに悟らせず無理をしそうな気がするから。

結果、俺はこの日もこれといった結論を出せないまま、トボトボと帰路に就くのだった。


「遠宮君!」


校舎を出て直ぐ、聞き馴染みのある声が耳に届く。


「もう!待っててくれても良いじゃぁ~ん。」

「ごめん如月さん。ちょっと考え事してて。」

「そっか………減量は?上手くいってる?」

「うん。結構順調。食べながら落とせてるし、かなり良い感じだよ。」


彼女と並んで歩くのは、校門迄の僅かな距離。

調整時期に差し掛かってからは、少々遠慮気味な空気を感じる。


「今日は南さんと一緒じゃないの?」

「悠子は後輩の指導だってさ。実はめっちゃ慕われてるからね、あの子。」


一つ二つやり取りを交わしては、少しの静寂を挟む。

そんな時はどうしても考えてしまうのだ、この関係を発展させるべきタイミングを。


「あ~あ、もう着いちゃったね……じゃあまた明日。」

「うん。また明日…」


現実的な事を考えなければならない。

それが責任を背負うという事なのだから。

ならばどうする?

大きな結果が出るまで待っていてくださいと、そう伝えるのか?

彼女は本当に魅力的な女性だ。

そんな女性を、いつ物になるか分からない男に縛り付けるのか?

だが伝えれば、恐らく彼女は待つだろう、それこそ何年でも。

そんな気がする。


(これ以上…足踏みは出来ない。勝つ事、それだけに拘る。それ以外はいらない。)


そう思った時、自分の中に今までとは違う、執念にも似た何かが生まれる。

それは情熱などの様な爽やかさを持たず、どこか歪みさえ孕んでいた。



▽▽



試合まであと十日余り、いつもの早朝ロードワークへと繰り出す。

今日はジムに取材が入る日であり、これからはこういう機会も増えると聞かされた。

何でも会長曰く、人は競技ではなくドラマにこそ熱狂するのだとか。

だからこそ今日は、俺の背景や人柄などを中心に取り上げるらしい。


「うん、スムージーは意外に良いな。」


階級を変えた初戦、減量も色々模索段階。

今飲んでいるのは、野菜とヨーグルトをミキサーにかけたスムージー。

食事の基本は変わらず高タンパク低脂肪だが、これは今までも心掛けていた。

白米は必ず取り、朝と昼は基本ササミや鮭などをおかずにして、夜は簡単だという理由から卵と納豆が多い。

そこに先のスムージーが追加された形。


「六十五㎏ジャスト…か、こんなもんでいいのかな…」


若干頬はこけてきたが、体の怠さなどは一切感じていない。

勿論疲労による重さは感じているが、今は練習もピークの時期なのでこればかりは仕方ないだろう。


「少しずつ量を抑えていくと仮定して……うん、大丈夫だな。」


たった一階級だが、心の余裕はそれ以上のものがある。

何故なら俺の落ちにくくなる一線というのが、丁度ライト級のリミット辺りだったのだ。

故に、ここからが苦しいという苦行を越えずともよく、そこから生まれる精神的余裕は計り知れない。



▽▽



その日の昼休み、教室には如月さんのみならず親友の南さんもやってきていた。

まあ後者は無理矢理連れてこられた様だが。


「へ~、やっぱりボクサーもササミとか食べるんだね。」

「あ、はい。今は特に減量中なんで。」

「十㎏くらい落とすんでしょ?凄いよね~、私なんか二㎏落とすのだって難しいのに…」

「如月さんはそのままがいいよ。スタイル良いし。南さんもそう思うでしょ?」

「う~ん、でも春子は脱ぐと結構…」

「結構なによっ!?余計な事言わなくて良いのっ!」


正直続きを聞きたかったのだが、本人がこの剣幕では聞けそうにない。


「そういえばさ、遠宮君のクラスは何やんの?文化祭。」

「えっと、何か鉄板焼きのお店をやる筈。クレープとお好み焼き…だったかな?」

「なるほど、定番だけど料理上手がいるから期待できそうだ。」


クラスメイトからも同じ事を言われ断り切れず、当日は結構忙しくなりそう。

因みに文化祭は、十一月の始めに行われる。


「そうそう、今日取材入るって言ってたよね?」

「ああ、うん。何かね。今日は生い立ちとかそういうのをメインにしたいって…」

「この先を見越して…て所かな。ふふ、期待されるのも楽じゃないね。」


色々な意味で目立つこの二人。

クラスメイト達が聞き耳を立てているのを感じながら、俺は乾いた笑みを返すのだった。



▽▽



下校後ジムに向かうと、既に取材スタッフの車が見える。

そしてジム内には、若い女性の笑い声が響いていた。

何だと思い覗き込むと、それは三人の女の子たち。


「ん?来たね統一郎君。今日は彼女達が取材してくれるから。張り切っていこう。」

「あ、はい。どうもよろしくお願いします。」

「「「よろしくお願いします!」」」


聞けば彼女達は、局が一か月ほど前に開催したオーディションの合格者。

所謂地方アイドルグループというやつらしい。

その名も『BLUESEA』

場所柄を鑑みてか格好はラフ、三人共下がスウェット上がTシャツ姿だ。


「私がリーダーの藍と申します。中学三年生、十五歳です。」

「はい、よろし……十五っ!?」


何故俺が驚いたか、その理由は彼女のスタイル。

身長は俺とほぼ同じで、ふくよかな胸部とくびれがしっかりとした大人の色気を醸し出しているのだ。

しかもアイドルという職業をやるだけあり、顔立ちも整っている。


「私が桜で~す!同じく中学三年!十五歳っ!」

「あ、はい。よろしくお願いします。」


こっちの子は年相応で一安心。

いや、ツインテールが少々子供っぽいとも感じる。

だが雰囲気自体はとても明るく馴染みやすい。


「花です……十五。中三ね。」

「…あ、はい。」


こちらはポニーテールが可愛いちょっと小柄な女の子。

スタイルも平坦な感じ、個人的には緊張せず済むので助かる。

ふと藍さんに視線を向けると、妖艶な微笑で返され思わず目を逸らしてしまった。

とても中学生とは思えない。


「今、藍と比べましたよね?」

「え?そ、そんな事無いよ。」

「いいですよ別に……自覚してるんで。でもね遠宮さん、意外に需要あるんですよ…私。」


何だろうかこの子は。

何気ない笑みに不可思議な圧を感じる。

しかし何故中学三年生ばかりなのだろうか、偶然揃ったという訳でもあるまい。

まあ、俺にはどうでもいい事だが。

そんな彼女たち練習中はどうするのかと思ったが、ジムの隅に用意された椅子に座り見学する様だ。


「ほら統一郎君、鼻の下伸ばしてる暇なんて無いよ。」


会長の言葉通り、練習が始まれば視線を気にしている余裕など与えられない。

少しでも気を抜けば、いつもとは違う強めの檄が飛ぶから。

それに牛山さんも加わり、ジム内はとてもアイドルがいていい雰囲気ではなかっただろう。



そして練習後初めてシャワー室を使い、軽く汗を洗い流してからインタビューと相成った。

因みにこれは牛山さんに言われての事、少しはカッコつけろとか何とか。


「お疲れ様でした。本気で頑張る男性って凄く素敵ですね。私思わず見入ってしまいました…」


狙っているのか素なのか、藍という女の子に空恐ろしい何かを感じる。

だが意外にインタビューは無難な流れですんなり進み、一時間もかからず終わってくれた。


「「「今日は本当に有難う御座いました。」」」


スタッフに促される事無く、三人揃って礼を告げる。

反して俺はペコペコと頭を下げ、何度もそれに応えるのだった。

そして流れで、気になっていた事を聞いてみる。


「練習眺めてるの、退屈でしたよね?」

「敬語要らないですよ、年下ですから。う~ん、正直来る前はそうだろうと思ってました…けど、今はこれで良かったと思ってます。」

「私も~!遠宮さんカッコよかったマジでっ!」

「それなり……」


余り言葉を飾らないからこそ、それが本当なのだと伝わる。

この時何となく思ったのだ。

彼女達とは、もしかしたら長い付き合いになるかもしれないと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ