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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第12話

用語解説

八回戦:六回戦の上。八ラウンド制の試合。一勝すれば更に上で闘える資格を得る。

八月八日、あれから俺はずっと大人しくしている。

叔父に厳しくそう言われているからだ。

いや、会長と牛山さんにも言われたか。

でもこうして部屋で横になっていると、どうしようもない不安が押し寄せて来るのも事実。

その大半は進路に関するものだ。

進学しない事は確定、今まで散々周りを振り回してきた俺だ、叔父に今以上の迷惑はかけたくない。

ならばこのまま突っ走って、本当にものになるのか。


「そういえば、確か今日…だったよな。」


今日何があるのかといえば、ローカルチャンネル『陸中テレビ』において、俺の特集が組まれているのだ。

何と枠は二十分弱。

ほのぼのとした地域密着の情報番組の中で流されるらしい。

時刻は十八時台、家庭によっては夕飯時だ。

あの出血量をお茶の間で流すのは色々と不味そうだが、多分良い具合に編集しているのだろう。

そうでなければ、恐らく苦情が行く。


「ま、皆が皆見るって訳じゃ無いだろうし、大丈夫だ。」


そう呟いた後、俺は部屋に置いてある体重計に乗る。


「…七十キロ手前くらいか。」


体重の下に八パーセントとあるのは体脂肪率の数値。

なので、決して太っている訳では無い。

この数値を見る限り、確かにスーパーフェザーでやるのは厳しいだろう。

しかも叔父曰く、俺は他の人よりも骨太らしい。

骨だけはどうやっても削る事が出来ない部分、思わずため息が漏れる。


「父さんの墓参りでも行こうかな。」


父の墓はマンションから歩いて二十分ほどの場所にある。

基本俺と叔父、後は極たまに会長が来るくらい。

当然今日は誰も来ていないはずなのだが、一輪白い菊の花が添えられていた。

いやそれだけではなく、墓石もピカピカに磨かれており、一体誰が来たのだろうかと思案。

しかし分からず時刻も夕暮れ近くになったので花を片付け、己の無様さを眺めるため家路につく事にした。



▽▽



「お姉ちゃぁ~ん!ご飯だってぇ~!」

「はぁ~い!今行く~!」


妹の冬子(ふゆこ)に呼ばれ、二階の自室から茶太郎と共に居間へ。

名前から察する通り私が四月生まれで春子、妹が二月生まれで冬子、何とも安直な事だが、キラキラネームよりは万倍ましである。

因みに妹は十二歳の中学一年生。


「あ、やった。今日ハンバーグ。」

「お姉ちゃん絶対そのうち太るよね。」

「…うっさいな。運動しないあんたに言われたくないわよ。」


ハンバーグにつみれ汁、後者も渋いが結構好き。

うちの夕食はいつも十八時半くらいなので、他の家よりは幾分か早い気がする。

そして母以外の家族全員が卓を囲み座ると、妹がリモコンを握り告げた。


「お母さん、チャンネル変えていい?」

「駄目よ。まだ明日の天気見てないんだから。」


断られ頬を膨らませる彼女は、年齢相応よりも少々子供っぽい。

我が儘言うなと言わんばかりに父が一睨みすると、更にごねだすのだ。

そんな妹に静かに語り掛けるのは祖母。


「冬子、あたしもこのままが良いねぇ~。」


お祖母ちゃん子の妹は、そう言われれば引き下がるしかない。

主婦や老人たちには、何故かこういう地域密着型の番組が大人気である。

まあ遠い世界の情勢など流された所で、彼女達にはとんと関心がないのだろう。

因みに祖母は長年喫茶店を経営しており、今日は定休日。


【では参りましょう。人気コーナー、地方の星!】


このコーナーは、同県で活躍する多分野の人材を紹介するというもの。

基本的に出身地などにはこだわらず、他県から来て活躍している人も多く紹介されている。


【菊池さん、今日はどんな方を紹介して頂けるんですか?】

【今日は凄いですよ~。ちょっとお茶の間にはショッキングな映像も含まれるかもしれません…が!現場の臨場感を正確に伝えたいと思っておりますので、是非最後までご覧ください。】


お馴染みの女性キャスターだが、今日はいつもより口調が強い。

どうやら皆そう思ったらしく、母も卓に着き何とはなしにモニターを見やる。


【田園風景に囲まれたこの場所森平市、この地にひっそりと建つプレハブ小屋。これこそ陸中県唯一のボクシングジムである。】

「ん?近いな。うちから四、五キロくらいか。」


そう小さく告げたのは父。

だが私にとっては田園風景なんてどこも同じ、地元なのに違いが分からない。


【所属選手はたった一人。そして彼はプロボクサーでもある。十七歳の現役高校生、名を…】


私がその名を聞いたのは、モニターから視線を外しハンバーグを頬張った瞬間だった。

直後、当然と言うべきか咽て咳込んでしまう。


「あ、結構良い感じ。私好きかも~。」


軽い調子でそう告げた妹を、私は知らず知らず睨んでしまっていた。

しかし妹は気付かず、モニターに釘付けである。


【あ、はい…さ、最初はち、父の背中に憧れまして、それで…えっと……】


人の目を見ずに話すこの感じ、どもる感じも全てがいつもの彼そのものだった。

でも映像が練習風景に切り替わると一変、そこに私の知る彼はいない。

鋭い眼光、機敏な動き、何かが破裂した様なパンチの音。

素人でも分かる、長く長く夥しい回数この作業を繰り返してきたのだろう。


「春子、あんたと同学年じゃない?」

「え?あ、うん。知ってる…ううん、そんなには知らないかな…」


知ってると応えそうになって思い留まる。

だって私は、彼の事を何にも知らないから。

彼の事が気になったのは、生徒会顧問が度々話題にしていたから。

如何にも深く問うてほしい空気を醸し出す癖に、いざこちらから聞くと個人情報だからとかなんとか。

知らず知らず私も気になり出し、気付けば本人に突撃してしまっていたのだ。

そんなこんな物思いに耽っていると、またも映像は切り替わりどこかの試合会場が映し出された。

身内が観客席から撮った映像らしく、時折大きな声も混じり、それが逆に臨場感を醸し出している。


【激しい攻防の末、彼はデビュー戦を見事な勝利で飾った。】


ボクシングは父が流しているのを横目で見た事がある。

その時は特に何も感じず、強いて思った事と言えば大変だなぁくらい。

でもそこに立っているのが近しい人に変わっただけで、こんなにも怖いと思うようになるとは。

力一杯殴られて倒れる姿がモニターに映し出された時、私は心臓が止まりそうなほど苦しくなった。


【そして迎えた新人王トーナメント二回戦。】


コーナーの最初に臨場感と言った意味が分かった。

たしかにこれは、テレビで中継するボクシングとは違う。

彼という人間が辿った道程を語る事で見る者の感情もそこに乗り、そのドラマがどこかの誰かではなく、身近な人物であると皆が錯覚する。

これには番組の気質も大きく関わっていただろう。

いつの間にか家族全員の箸も止まっており、モニターから肌を打つ音が響くと、妹でさえ眉を顰め食い入る様に見入っていたのだ。


【試合は優勢、しかし厳しい減量が彼の体を蝕み、三ラウンド中盤予期せぬアクシデントに見舞われる。】


金髪のやんちゃそうな子を上手く躱していたのに、急に右足を引き摺り出す遠宮君。

そして一斉に涌き出す会場、思わず下唇を噛んでしまう。


「え~何で…何で金髪の人ばっかり応援すんのこの人ら…」

「現場にしか分からない空気もあるんだ。」


妹の呟きに対し、父は意外にもっともらしい事を語る。

元高校球児だが、格闘技の経験は無い筈だ。


【そして、その破壊的な強打が動けぬ彼を襲った。】


その映像が流れた直後、家族全員少し仰け反った。

横殴りに腹を叩かれ苦しそうにする彼、更に下から叩かれ顔が上に弾かれる。

そこから、目を背けたくなるほどの一撃が顔面に叩きこまれたのだ。


【ロープで背中を擦る様にして倒れた彼は、既に意識が無かった。陣営が駆け寄り漸く意識が戻るも、状況を把握できていない。】


首から上だけを精一杯動かし立とうとする彼が映し出されると、いつの間にか私の頬に涙が伝う。

モニターに映る彼は出血も酷く、胸部はおろか腹部を伝いトランクスまで赤く染まっていた。

感情移入させておいてこれは、少々酷いのではなかろうか。

そして最後は、会長らしき男性のインタビューで締められた。


【統一郎君はこのくらいで終わる選手じゃないですよ。彼は本物ですから。必ず上に行ける選手、少なくとも僕はそう信じています。】


そのインタビューが終わると、映像はスタジオに切り替わる。


【いや…本当に凄かったですね。】

【はい。彼はこれからもきっとリングに立ち続けると思いますので、是非応援していきたいですね。】


キャスターの言葉の後は、何事も無かったかのように天気予報に切り替わる。

視聴者の感情は置いてけぼりのまま。

そんな空気の中、妹が一言。


「これ見てあのジム行こうっていう人…いるの?」


私は見られないうちにこっそり涙を拭くが、祖母にはバレており優しく背中をさすってくれた。


「いるさ。会長があの成瀬実だからな。お前達には分からんだろうが。」


何か含みのある言い方に、もっと詳しくと私が催促。


「あの人はな、俺達の年代なら知らない方が珍しいくらいの有名人だ。特に東北人ならな。」

「うんうん。天才イケメンボクサー成瀬実、お母さんも憧れてたわぁ~。今も変わらずカッコいいわねぇ~。まだ独身らしいし通っちゃおうかしら。」

「…母さん、色々問題のある発言はやめてくれ…」


こういう冗談を言い合えるのが、うちの両親の良い所だと思う。

それはそれとして、少し冷めてしまった夕飯を再開。


「あ、そうだ。ねえお姉ちゃん、この人紹介してよ。生徒会長なんだからそのくらい出来るでしょ?」

「…やだ。」


人に紹介なんてするよりも、私がもっと彼を知るほうが先だ。

とは言え、これからの時期は家族行事も多く、会うのは学校が再開してからになりそうだが。

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