第101話
試合から三日後の本日、今日はチャンピオンカーニバルの挑戦者決定戦が行われる予定。
因みに前王者であり現ライト級の一位である松田選手は、膝の故障で長期休養に入るらしい。
何でも柔道をやっていた時からの古傷らしいが、大丈夫だろうか。
まあそれはそれとして、結果的に二位と三位の選手で争う事になった。
現在の二位は一気にランキングを駆け上がってきた十九歳の新鋭、デビット外間選手。
沖縄の琉球拳闘会というジムに所属しており、恐らくはアメリカ人とのハーフ。
戦績は十戦十勝九KО無敗、サウスポーのファイタータイプだ。
そして三位は中村レナード選手、この間やったばかりなので記憶に新しい。
この一戦は奇しくもハーフ同士の対決となった。
「じゃあお疲れ様でした~。」
「うん。お疲れ様~。ゆっくり休んでね。」
俺の希望で試合後の休養はたった一日だけ。
二日目からはしっかり出勤している。
結構顔に痣が残っているので普通接客は出来ないはずだが、皆その辺も緩いのだ。
寧ろその顔見たさにちょっと客足が増えている事実さえあり、俺はこういう点も気に入っている。
練習はあまり激しくしなければやってもいいと言われているので、そのまま車に乗りジムへと向かった。
▽
「「「「「チィ~ッス!!」」」」」
「あ、はい。ご苦労様です。」
戸を開け練習生たちに一つ告げると、会長の許可を得てパソコンを借りる。
会長は専門チャンネルと契約しているので、今日の生中継も見れる筈だ。
「あれ?今スーパーライト級やってる。」
「ああ、ライト級はさっき終わったよ。外間選手の三ラウンドTKО勝ち。」
「え?一方的だったんですか?」
「いや、あれは多分まぐれ当たりだね。運が良かったってやつ。あ~でも振り切ってたからな~どうだろ、分かんないや。」
会長の話では、初回から結構荒々しい展開になったようだ。
一切下がる事無く前に出続ける外間選手に対し、中村選手はかなり手を焼いていたとか。
そんな中、ラウンド終盤には頭が当たり中村選手が出血。
セコンドから今のは故意じゃないかと注文が入り、険悪な空気が会場を包んだ。
しかし外間選手は謝るどころか挑発を繰り返し、レフェリーから減点を貰うおまけ付き。
だが対する中村選手も頭に血が上り、試合は乱打戦の様相を見せる。
「そこからはもうね、ガチャガチャの打ち合いだよ。普通にやってれば中村君が勝ちそうだったんだけど、彼の土俵に引きずり込まれちゃったね。」
フィニッシュブローは、貰いながらも無理矢理振り回した左。
全く相手を見ずに力一杯振ったそれが、綺麗に中村選手の顎を捉えたらしい。
「統一郎君も気を付けてね。多分計量の時とか挑発してくると思うから。」
「え?今回もあったんですか?」
「うん。その流れもあって、中村君はなおさら頭に来ちゃったんだろうね。」
なるほどだが、俺はそんなに気の強いタイプではないので大丈夫ではなかろうか。
「坊主は確かに不味そうだな。だってよ、そういう耐性全くねえだろ?」
「まあそうですけど、別に何か言われた程度で頭に血が上るほど短気でもないですよ?」
「本当かよ。はっきり言ってこういうのは場数だぞ。自分がそう思ってても実際は…ってな。」
牛山さんのような強面が言うと妙な説得力がある。
言われてみれば確かに、そう言う世界とは無縁に生きてきた俺の事。
実際そういう状況になればどうなるか分からないか。
「そういや、もうすぐ坊主も二十二か。はええもんだな。なあ会長。」
「本当にそうですね。僕なんてあと数年で五十ですよ。」
「それを言うなら俺は六十半ばだぜ。」
ワイワイとそんな事を語り合っていると、吉田君から一声。
「あの…ミットお願いして良いですか?」
そういえばと思い出したのか、会長と牛山さんは一度咳払いをしてから練習に戻っていった。
▽▽▽
翌月最初の日曜日、俺はいつも通り鈴木書店でボクシング雑誌を買い居間でじっくり眺める。
今月の表紙は久しぶりに御子柴選手。
見出しには【取り戻せ、あの輝きを!】とある。
次戦はWBOのアジアタイトル戦に決まっているのだが、記事では気の早い事に先に見据える世界戦の話題に触れている様だ。
まあそうなる理由も分かる気がしないでもない。
高橋選手がどんなに強いと言っても、国内の集客力と言う意味で御子柴選手は圧倒的。
ある意味、日本のボクシング界が盛り上がるかはこの人次第みたいな所もある。
去年のタイトルマッチでの敗北に一番落胆したのは、もしかしたら協会とかコミッションの人達だったのでは?
そんな事さえ思ってしまうのだ。
「…えっと、チャンピオンカーニバルの話題は…あった。」
ライト級のデビット外間選手は、結構大きな取り上げ方をされている。
というのも、中々のビッグマウスだから取り上げやすいのだろう。
今回のインタビューでも、また大きなことを言っている。
【遠宮統一郎には興味ないっすね。だって雑魚じゃないっすか。しかも日本タイトルなんて只の通過点だし、でも御子柴裕也は早く倒したいですね。ええ、やれば勝てますよあんなん。いや楽勝っすよ。】
言葉をそのまま信じるならば、俺など眼中にも無いらしい。
というより、この発言をそのまま載せるのも凄いな。
「どうしたの兄さん?怖い顔して…」
「え?普通にしてるつもりだけど?」
「全然普通じゃなかったよ。ちょっと笑ってたし…」
「ん~?」
「ほら、スイだって怯えてるよ。ね?怖かったよね?」
耐性が無いと牛山さんに言われたが、まさか芯を突いているのか?
いや、だが俺は普通にしているつもりだし、特に感情が高ぶっている感覚もない。
だから大丈夫だ。
▽▽▽
暦は十一月の終わり、景色に雪が混じり始めた。
予報では今年はそこまで降らないと言っていたが、本当だろうか。
まあそんな事より朗報。
次の試合の場所が地元開催に決まったのだ。
会長から告げられた時は驚いたが説明を聞けば納得。
「当然だよ。統一郎君はここじゃスターだ。確実に七千人は呼べる選手だよ?何で態々向こうの小さな会場でやらなきゃならないの?」
「いや坊主、これでも会長結構頑張ったんだって。」
「けど実際、向こうでやるのとこっちじゃ収益が段違いなんだよ。タイトルを持ってる側が大きな損を被る興行なんて僕は嫌だよ。」
「それとな、外間の野郎は寧ろこっちでやりてえってぬかしてんだとよ。何でも地元でお前を叩きのめした方が面白えとか何とか。全く生意気な奴だぜ。」
俺はその発言に対し、生意気よりも素直に凄いと思った。
琉球から東北までの長距離遠征、減量中の選手には大きな負担である。
それすらも簡単に受け入れられる胆力、はっきり言って並ではない。
因みに旅費や滞在費などは全てこちらの負担。
まあそのくらいは面倒見るのが当然だろう。
「あれ?じゃあもしかして三人のデビュー戦も?」
「それなんだけど、吉田君が年末に帝都で。古川君と奥山君は一月初めに相沢君の前座で出るよ。」
「新人王戦の抽選は二月だからな。坊主の日程次第じゃ厳しくなる。ま、仕方ねえさ。」
因みにそれぞれの階級は吉田君がスーパーウエルター級(69,85㎏)、古川君が俺と同じライト級(61,23㎏)で奥山君がフライ級(50,8㎏)となっている。
俺が言うのも何だが、手塩にかけて育てた三人何とか結果を出してほしい。
「減量とか相談事あったら聞くよ。」
「「「あざっすっ!」」」
三人の気合も十分、自分の調整も兼ねそれぞれ相手をするとしよう。
▽▽
十二月の某日、協会の方からチャンピオンカーニバルのイベントをやるので出席してほしいと打診があった。
何でも各階級の王者と挑戦者が集うらしく、ここ数年は毎年やっている催しだとか。
だが俺は仕事を休みたくないという思いがあり、会長を通じて断りを入れた。
しかし外間選手も態々沖縄から足を運ぶのは面倒臭いと断った様なので、行かなくて正解だったかもしれない。
内心こういうイベントごとには出席してあげたいのだが、こちらも生活があり何とも。
▽▽
十二月二十九日早朝、吉田君が計量の為旅立つ。
同道するのは会長と牛山さん、そして清水トレーナーの三人。
現在及川さんがセコンドに就くのは、基本俺の時だけらしい。
そして仕事納めとなるこの日、俺も見送るべく早起きしてジム前に集合。
見れば幼馴染の二人もおり、本人よりも顔が強張っていた。
「緊張しても良いけど、やって来た事は忘れちゃ駄目だよ。」
「はい。必ず勝ってきます。」
こうして後輩を見送る最中、俺の横に立つのはいずれもすらっとした見目の良い二人の男女。
間違いなく彼の両親だろう。
「翔、頑張るんだよ。」
「先輩たちにお世話になってるんだ。勝つ事が恩返しだぞ。」
言うまでも無く当日には両親も向こうに行くらしい。
そして陸中テレビのスタッフも、俺の時と同じく張り付くとか。
多分ルックスから金の匂いを嗅ぎつけたのだろう。
テレビ屋とは何とも抜け目ないものである。




