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ネズミ色の男  作者: 伊吹
4/5

山人

色々と手放しかもしれない。この物語の展開の仕方は、この物語を読まれている方に負担を強いているかも。しかし、宙ぶらりんの部分はいつかの物語で補填させてもらいます。それまで、どうか・・

山奥の渓流。左手から流れて来る水が右手の大岩の隙間を縫うように流れていく。その間、ちょうど流れが曲がり瀬とふちが渓流を二分するようにできている。淵側には大岩が聳え立ち、そこから渓流を眺めると濃い青の中に沢山の魚影。

「釣れんな・・。煌めく水面の下に姿は見えるが、どうも釣れん。もどかしいぃのうぅ」

一人の老人が空の魚針を引き上げながら呟く。轟く流音に呑み込まれる囁きは恐らく、独り言。返答があろうと無かろうと、どちらでも構わない。といった雰囲気がある。

「釣れませんか?いや~申し訳ないですね。釣り竿を借りている私の方が、楽しんでしまって。」


だが、隣人は流音の中から老人の呟き声を聞き分けると、わざわざ返答をした。

老人は魚針に餌を付けながら、隣人を一瞥する。岩の苔が多分に含んだ湿気で濡れるのが嫌なのか、被っていた笠を尻に敷き釣りに興じている。傍らの籠の中にはこの男が釣り上げた魚が二匹入っていた。背も顔も女子の様、恰好を見なければ男と分からない。


初め、山道でこの男に出会ったときは妖怪か神仏の類に感じた。幻のようで、風がかかれば消えてしまうのではないか、そう老人に感じさせた。乱れた息を整え声を掛け釣りに誘い、今にいたる。


「構わん。これはな、運なのだ。魚の釣り方に技術も知識も要らん。必要なのは、運。それだけよ」

老人は少ない髪をかき、自身の不漁を運のせいにすると魚針を隣人から離れた所に投げた。


「しかし釣る以外ではな、知識も技術も必要だ。まず川の知識、これが無ければ魚の居る場所が分からずに手ぶらで帰る羽目になる。次に釣り竿を作る技術、棒に糸と針を取り付けた簡単な物と思っとるかもしれんが、実はこれが難しい。竿は魚の重みに耐えられ、しなりの良い棒を選ぶ必要がある。」

老人は隣人に指を三本立てた手のひらを見せつけ、一つまた一つ指をたたみながら蘊蓄をはじめた。そして隣人はそれを凝視し、馬鹿正直に耳を傾けた。




「爺、ゴチャゴチャとうるせぇよ!!悔しいなら悔しいって言えや!!大人気ねぇ。テメェも素直に聞いてんじゃねぇよ!!」



背から声がかけられる。二人は身体を瞬、硬直させる。振り返るとざるを左手と腰の窪みで持った若い男が仁王立ち。禍々しい怒気を可視化し、放ち立っていた。

「す・・スケロク」

「すす・・スケロクさま。ご機嫌麗しゅう・・」

隣人は竿を放り出しスケロクを出迎え、老人は首だけが背中を向いたように振り返ったまま固まる。


「何が、麗しゅうだ・・くそガキが」

スケロクが持った笊は鬼の握撃によって変形し、乗っていた山菜がポロポロと落ちる。が誰もそれを咎めるものがいない。鬼をも射殺す眼光でしばらく、二人を睨みつけ静寂を作り出すと笊を二人の間にほうりドカリと胡坐で座りこんでしまった。


「ああ~スケロクさん。こんなに沢山おいしそうな山菜を~、お疲れ様です。ささ、肩でもお揉みしましょうか?」

「スケロク。直に座っては尻が濡れるぞ。ほれほれ、この笠を貸してやる尻に敷いて休め」

隣人と老人がチラチラとスケロクの様子を窺いながらゴマスリを始める。それは一切無駄な動きが無い完璧な動作。一人が気を引いている間にもう一人が散らばった山菜を拾い集め、怒りをぶちまけられては困る手荷物をスケロクから見えない所に隠す。


「ちょ、ちょうどスケロク殿も戻ってきましたので、食事にしましょうか?山菜は汁物にして魚は焼きましょう!!」

「そ・そうしよう!!魚は二匹ある。スケロクよ、疲れただろう。一匹食うといい!!いや、食ってくれ!!儂らは、一匹を分けて食べでよう・・」

「では、私は薪ひろ・・」

「儂が行こう!!」

隣人がこの場を老人に押し付け暫く逃げ出そうと画策するが、先に行動を起こした老人にしっぺ返しをくらう。「卑怯者!!」と老人へ縋りつくような悲鳴は、山の夜の中へ老人と共に消えていった。

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