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ひきこもり最高

自宅謹慎らしいのでダンジョンにひきこもる

作者: 燦々SUN

※短編『お役御免らしいので全力でひきこもる』の主人公の息子が主人公となった短編です。独立した物語なので前作を読んでいなくても楽しめますが、前作のネタバレを含むため、出来れば前作から読むことをお勧めします。

「なんということをしてくれたのだ、フィルベール!!」

「……」


 顔を真っ赤にして、憤怒の形相でこちらを睨む国王。

 なんということをしてくれたもなにも、何もしていないのだが……一度頭に血が上ったら何を言っても無駄だということは長年の付き合いで分かっているので、あえて抗弁はしない。

 すると、国王はまなじりを吊り上げ、口角泡を飛ばしながら叫んだ。


「貴様に娘を任せたのが間違いだったわ! クビだ!! 今すぐ出ていけ!!」

「陛下! まだ老師が犯人だと決まった訳ではございません!」


 側近が慌てて止めに入るが、国王は止まらない。


「黙れ! 姫の傷は精霊術によるものだと言うではないか! この王宮で精霊術が使えるのはダークエルフであるこやつだけ! 疑う余地もないわ!!」


 事の発端は今朝のこと。

 庭から聞こえた爆発音に王宮のメイドが駆け付けると、この国の第七王女であるラティーシナ王女が、頭から血を流して倒れていたらしい。

 その後、宮廷魔術師の鑑識によってその傷が精霊術によるものだと判明し、姫の魔術の講師でもあった私が、容疑者として挙げられた……という訳だ。


「老師でなくとも、エルフならば精霊術は使えます! 何より老師には動機がないではないですか!」


 その通りだ。姫は私のことを師として慕ってくれていたし、私も姫のことを可愛がっていた。

 そもそも、私が本気で殺すつもりなら、姫は今頃肉片すら残っていないだろう。いくら英邁えいまいとはいえ、まだ10歳の子供。私にとっては赤子の手をひねる様なものだ。


「陛下、どうかここは抑えて……」

「ぬ、ぐ、ぐ……」


 国王は憤懣ふんまんやる方ないといった様子でブルブルと体を震わせると、苛立ちを発散させるように机に拳を振り下ろした。

 鈍い音が響き、側近達の顔に緊張が走る。


「ふーーーっ……よかろう、貴様の処分は一旦保留とする。沙汰が決まるまで、自宅で謹慎しておれ」

「……分かりました。ところで、王女は大丈夫なのですか?」

「……命には別条はないということだ。だが、もしかしたら傷が残るかもしれん……」

「そうですか……」

「衛兵! こやつを王宮の外へ連れていけ! いいか、もし姫の顔に傷が残ったりしたら、その時は覚悟しておけ!!」


 国王の怒声を背に、2人の衛兵に挟まれる形で部屋を出る。

 そして、王宮の廊下を門に向かって真っ直ぐ進み、着の身着のまま王宮の外へと追い出された。


「ふむ……さて、どうするか」


 王宮へと繋がる大通りで、私は両腕を組んで考え込んだ。

 別に、どう疑いを晴らすかについて考えている訳ではない。もっと目先のこと。これからどうするかを考えているのだ。

 と言うのも、私は王女の魔術講師として王宮に与えられた一室で過ごしていたため、そこから放り出されると自宅と呼べるものがないのだ。これでは自宅謹慎と言われても、そもそも謹慎する場所がない。

 もちろん、故郷の森に帰れば実家はあるが……あれは両親の自宅であり、私の自宅ではない。それに、こんな形で出戻りなんて恥ずかし過ぎる。


「宿屋は……いや、自宅とは呼べないな。仕方ない。適当な家を一時的に借りるか」


 そう決めたところで、何やら香ばしい匂いが鼻を突いた。見ると、匂いの元は大通りに並ぶ露店の1つらしい。


「串焼き肉か……そういえば、久しく食べていないな」


 ずっと王宮暮らしだったので、宮廷料理以外の料理を久しく口にしていない。

 宮廷料理もあれはあれで美味しいが、こういう市井の料理にも上品な宮廷料理にはない魅力がある。


「そうだな。どうせ家から出られないのだから、色々と買い溜めておくか」


 時空間魔術を使えば、賞味期限なんかも関係ない。この機会に、美味しそうなものを買い込んでいこう。



* * * * * * *



「ふむ、少し……いや、かなり買い過ぎたか?」


 久しぶりに街に出てきたせいか、なんだかどれもこれも美味しそうに見えて、目に付くものを片っ端から買っていたら大変な量になってしまった。

 それに、途中から「気前がいいねぇ、これはおまけだよ!」とか「ダークエルフの兄さん、これも持っていきな!」とか、気のいい街の人にあれこれと持たされたのも大きい。正確な量は分からないが、軽く数千食分はあると思う。


「……まあ、王宮に戻った後も少しずつ消費すればいいだろう」


 もしかしたら、王宮に戻った後に市井の味が恋しくなることもあるかもしれない。どちらにせよ、もう買ってしまったものは仕方ない。


「さて……次は本だな」


 自宅から出られないのだ。暇つぶしの道具は必要だろう。

 王都には大陸でも有数の蔵書量を誇る本屋があるらしいし、せっかくだから行ってみよう。



* * * * * * *



「……やらかした」


 完全に失敗した。

 訪れた本屋の予想以上の品揃えに、調子に乗って買いまくっていたら、手持ちの金が尽きてしまった。

 どうしよう。これでは家を借りられない。う〜ん、もっと余裕があると思ってたんだが……考えてみれば、いくら荷物にならないとはいえ常に全財産を持ち歩くのはどうかと思って、王宮の私室に半分以上置いてきたんだった。

 追い出された手前、王宮まで取りに行くわけにもいかないし……本当にどうしよう。


「どこか、家賃のいらないところに泊まるか?」


 そう言われて真っ先に思い付くのはスラム街だが……流石に不衛生そうだし、仮にも宮仕えの身でスラム街に泊まるのはマズいだろう。

 となると、どこかに住み込みで働くか……いや、でもそれは自宅謹慎とは呼べないだろう。


「……そうだ、あそこなら……」



* * * * * * *



「……ふむ、思った以上に居心地よさそうだな」


 訪れたのは、王都近郊のダンジョンの最奥部。

 ダンジョンとは、かつて魔王軍が各地に侵攻する際に造った前線基地であり、魔王軍が撤退した今となっては、たくさんの罠が仕掛けられたままになっているただの廃墟だ。

 罠の数が多すぎて再利用も出来ず、戦利品を回収した後はそのまま放置されていたらしいが……今日来たら、魔物の根城になっていた。まあ結界術で気配を隠蔽しつつ防御を固めて、強引に突破してきたけど。


 そうして訪れた最奥部。かつてはこのダンジョンを任された魔王軍の幹部の私室兼司令室だったのだろう。

 武器や貴重品は持ち去られていたが、持ち運びに不便な家具の類はそのまま残されており、なかなかに快適そうだった。部屋も広いし、地下であることに目を瞑ればそこらの宿屋よりもよっぽど居心地よさそうだ。


「仮の住まいとしては十分だろう。では、王宮からお呼びが掛かるまで謹慎するとするか」


 私は魔術で室内の清掃をすると、魔族のサイズに合わせた巨大なベッドに身を投げ出し、先程買った本を読み始めた。



* * * * * * *



「……うん? これが最新刊か……むう、続きが気になる……失敗したな。どうせなら完結してる作品から読めばよかった」


 今すごい話題になっている小説だというから読んでみたが、たしかに面白かった。つい、時間を忘れてのめり込んでしまった。今、何日だろう? 地下だから時間経過がよく分からないな。


「まあ、まだお呼びが掛からないということは、そんなに経っていないのかな?」


 18巻も一気に読破したのだから、結構経っている気もするが……まあ、いいだろう。どうせ謹慎中だし。


「そういえば、これもある意味ひきこもりの一種になるのか?」


 新しい本を取り出し、ベッド脇に積み上げながら、ふとそんなことを思う。

 故郷の父は、常々言っていた。「自分の金でひきこもれる奴は勝ち組だ」「真の引きこもりこそ、人生の勝利者だ」と。

 そして、その言葉通り、父は森の奥の家で、母と仲良くずーっとひきこもっていた。

 私も子供の頃はそんな生活に憧れていたのだが、森の外に出て目まぐるしい日々を過ごす内に、いつしかそんなことも忘れてしまっていた。


 我々エルフは元々透けるように白い肌をしているが、その分日光に弱く、森の中の木洩れ日くらいなら問題はないが、長期間に渡って直射日光を浴び続けたりすると、肌が真っ黒に焼けてしまう。

 そうやって肌が黒く焼けたエルフは、「そこまでして働かなければひきこもれない未熟者」あるいは「行き過ぎた勤労精神に憑りつかれた仕事中毒者」と見なされ、ダークエルフという呼び名で揶揄やゆされる。


 この国で、宮廷魔術師の相談役兼王族の魔術講師として働くようになって早数十年。

 同族からのそのような扱いなど、とっくに気にならなくなっていた。むしろ、毎日真面目に働く自分に、ちょっとした誇りすら抱いていたが……今こうして、自宅謹慎という形ではあれど、かつての父に近い生活を送ってみると……


「なるほど、悪くない」


 誰にも邪魔されず、誰にも気を遣うことなく、ただただ自分のために自分の時間を使う。

 好きな時に好きなものを食べ、好きなだけ本を読み、時間を気にせず眠る。お固い宮仕えにはない自由が、解放感が、ここにはあった。


「ふむ……こんな生活を送れるなら、もう1年くらいは謹慎しててもいいかもしれないな」


 そんな風に独り言ちながら、私は新しい本に手を伸ばした。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 国王は失意と焦燥の中にあった。

 10日前、例の一件から2日ぶりに王女が目を覚ましたことで、自宅謹慎を命じたフィルベールが完全に冤罪であることが発覚したのだ。


 分かってみればなんのことはない。犯人は王女自身だった。

 活発で好奇心旺盛な王女は、「まだまだ未熟で危険だから」と師であるフィルベールに止められていた精霊術を、あの日こっそり庭で練習し、案の定制御に失敗して暴発させてしまったのだ。


 娘の口からそういった事情を聞き出し、事件性がなかったことに胸を撫で下ろしたところで……「先生に叱られちゃう……フィル先生は?」と問い掛けられ、一気に血の気が引いた。

 40を過ぎてから生まれたこの末の王女を、国王は取り分け可愛がっていた。そんな愛娘が敬愛する師を、冤罪で怒鳴りつけ、王宮から追い出したなど、とてもではないが言えなかったのだ。


 だが、そう長く隠し通せるわけもなく、次の日には国王がしたことは王女に伝わってしまった。

 その結果、末の王女は「お父様なんて大嫌い! フィル先生が戻られるまで、ラティーシナはここから出ません! お父様とも口を利きませんから!!」と宣言し、自室に閉じこもってしまったのだ。


 愛娘のこの宣言に、国王の心は致命傷を負った。それでもなんとか娘と仲直りしようと、国王はすぐにフィルベールを王宮に召集しようとしたのだが……考えてみれば、フィルベールは王宮の外に家を持っておらず、肝心の居場所が分からなかった。

 慌てて宮廷魔術師を数十単位で動員して、フィルベールの魔力を捜索させたところ、なんとフィルベールの魔力は王都近郊のダンジョンの最奥に存在することが分かった。しかも、そのダンジョンは長年放置されていたせいで魔物の根城になっており、迂闊うかつに入り込めない状態になっていたのだ。

 だがいつまでも手をこまねいている訳にもいかないので、国軍でも最精鋭の伝令兵数名に、フィルベールへの伝言を託したのだが……たくさんの魔物と罠をかいくぐって、彼らが最奥部に辿り着くまでどれだけ掛かるのか。そして、その間に愛娘がどれだけへそを曲げてしまうのか。国王は胃が痛くて仕方なかった。


(伝令兵を放って今日で7日目……まだか、まだなのか?)


 その時、従者の1人が来訪者を告げ、1人の兵士が執務室に入ってきた。その兵士は、先日ダンジョンに放った伝令兵の中で隊長格の男だった。しかし、その表情は暗い。


「陛下、ただいま戻りました」

「どうした? 任務は失敗か?」

「いえ……一応、無事に最奥部まで辿り着くことは出来ました」

「おお! ……む? 辿り着くこと“は”?」

「はい、それが……」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『老師! こちらにいらっしゃいますか? 老師!!』

「ん?」


 突然室外から呼び掛けられ、私は強引に本の世界から引き戻された。

 至福の時間を邪魔されたせいで、気分が一気に急落していく。どこのどいつだ。人の家で大声で騒ぎ立てる馬鹿は。


『老師! いらっしゃるのでしたら返事を──』

「うるさい!!」


 蹴破るような勢いで寝室の扉を開き、リビングにいた4名の兵士を怒りの表情で睨みつける。


「痴れ者共め! 私が読書の邪魔をされることを何よりも嫌うと知らないのか!!」

「も、申し訳ありません! ですが実は、陛下より伝言を預かっておりまして……」

「見ての通り、私は本を読んでいるんだ! これを読み終わるまで邪魔をするな!」

「あ、老師──」


 手に持っていた本を掲げ、読書の途中だとしっかり念押しすると、私は寝室に戻り、邪魔が入らないよう結界を張った。

 まったく、無粋な奴らだ。さて、早く続き続き……



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……それで、伝言を伝えることもなく戻ってきたというのか? 読み終わるまで部屋の前で待てばよかったではないか」

「待ちましたよ……2日間。でも、老師は出てこなかったんです。なので、置手紙……紙はなかったので、布の切れ端に伝言を書いて置いてきました」

「なに? どういうことだ? そんなに難解で分厚い本だったのか?」

「いえ、たしかに分厚かったですが……普通の冒険譚でした。ただ……」

「なんだ?」

「これは、我々の予想ですが……老師の『これを読み終わるまで邪魔をするな』という言葉は、このシリーズを(・・・・・)全巻読み終わるまで邪魔をするな、という意味だったのではないかと……」

「な、に……? その本の、題名は?」


 嫌な予感が、国王の全身を襲う。

 その国王を前に、兵士は引き攣った表情でゆっくりと口を開き……


「……“ドナーグ物語”……全386巻からなる、超大作です。ちなみに老師が持っていたのは3巻目……」


 国王は、絶望した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……ふぅ、いい作品だった……」


 最終巻を閉じ、ベッドの上で瞑目。しばし余韻に浸る。

 いい作品に出会えた満足感と高揚感。そして、1つの物語が終わってしまった何とも言えない寂しさと喪失感。

 それらの感情をしばし噛み締め、自分の中で物語を反芻はんすうする。


「……ふう、待たせたな」


 そうやって余韻までしっかりと楽しんだところで、結界を解除し、外の兵士に声を掛けながら寝室を出る。

 しかし、そこには誰もおらず、ただ暗くガランとしたリビングが広がっているだけだった。


「? なんだ、帰ってしまったのか?」


 なにか伝言があるとか言っていた気が……ん? 何か扉に引っかかって……


「なんだこれは、汚い布だな」


 扉の下部に引っかかっていた布を足で外すと、私は扉を閉め直した。

 ま、帰ってしまったということは大した伝言じゃなかったのだろう。重要な伝言ならまた来るだろうし、それまでまた本を読んで待とう。


「ふぅーー……さて、次はどれを読むか」


 それにしても、これだけ好きにひきこもれるのだから、自宅謹慎もいいものだ。

 こんな生活を体験してしまうと、もう宮仕えには戻れないな。いっそのこと冤罪をひっかぶってクビになった方がいいかもしれない。

 まあ、それについてはまた今度考えればいいだろう。今は先に本だ……っと、その前に軽く食事をしておくか。

 どれだったか。この前食べた焼き飯が、まだ残っていたはず……


「ああ、ひきこもり最高。父よ、あなたは正しかった……」


 本に囲まれたベッドの上で焼き飯を頬張りながら、私は心からの実感と共にそう呟いた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ── 5年後



 国王は、今朝になって急に王宮を訪ねてきたフィルベールと、謁見の間で向き合っていた。


「……随分と、長く謹慎していたな」

「そうですか?」

「っ、~~~……5年だぞ? 5年も、余は待たされたのだ」

「ふむ、そんなに経っていましたか」


 何かをこらえるように低い声で話す国王に対して、フィルベールは平然としている。

 地下にいたせいで正確な時間経過が分からなくなっていたのもあるが、寿命を持たないハイエルフと定命の人間では、根本的に時間感覚が違うのだ。

 5年と言われても、フィルベールは「言われてみれば国王老けたなぁ」くらいの感想しか出てこない。彼にとっては、それほど長くひきこもっていたという認識がないのだ。


「何度も、伝令兵が訪ねたと思うのだが?」

「の、ようですね。今朝久しぶりに寝室を出て気付きました」

「ほ、ほう? それで、やっと顔を見せる気になったと?」

「そうですね。そろそろ自宅謹慎にも少し飽きてきたので」

「~~~~っ!!」


 国王は、喉元までこみ上げた「自宅謹慎って飽きるものじゃねぇから!!」という言葉を必死に飲み込んだ。

 かつて一時の激情に任せて失敗したことを彼は忘れていない。人間は成長できる生き物なのだ。5年前の余とは違うのだよ、5年前の余とは!!


「姫の……ラティーシナのことだが……そなたに掛けられた嫌疑は、無事晴れた」

「嫌疑……ふむ、なんのことでしたか」


 口から飛び出そうになった「忘れてんのかよ!!」という怒声を、国王は自分の手で口元を押さえることで抑え込んだ。

 頰に触れた指に、筋肉の痙攣が伝わってくる。

 頑張れ余の表情筋んんんーー!!


「……ラティーシナ王女が、精霊術で怪我を負った件だ。姫本人の供述とその後の調査で、あれは姫自身の精霊術が暴発したものだということが判明した」

「ああ、その件ですか。ははあ、姫の……だから、まだ早いと言ったのに」

「……そなたに嫌疑を掛け、謹慎を命じた件は、この場で正式に謝罪しよう。……すまなかった」


 怒りを抑え込み、国王が頭を下げる。

 だが、フィルベールの反応は鈍い。内心「今更謝られても……忘れてたくらいだからなぁ」と思っているのが、表情から滲み出ている。

 国王の額に青筋が走った。でもまだ怒らない。なぜならもう60近いから。下手に血圧上げないようお医者さんに言われてるからね!!


「それで……虫がいいとは思うが、戻ってきてくれんか? 宮廷魔術師達も、そして姫も、そなたが戻って来ることを望んでいる」

「え……普通に嫌ですけど?」

「はあ?」


 まさかの即答に、国王はもはや怒りを通り越して呆ける。


「む、ああ、そうだな。無論給金は上げるぞ? なに、そなたに冤罪を掛けた詫び料だ。気にすることはない」

「いえ、お金の問題ではありません」

「では地位か? 相談役という地位が不満なら……そうだな、宮廷魔術師特別顧問という形で……」

「いえ、地位の問題でもなく」

「では……ああ、そうだったな。王都に屋敷を用意しよう。もう、あのような場所に住まなくても……」

「いえ、住む場所の問題でもなく」

「なら、何が問題なのだ!」

「働くこと自体が問題なのです!!」

「……おぅ」


 我慢できずに放った叫び声に、それ以上の魂の叫びで返されて、思わずたじろぐ。

 フィルベールは、そんな国王にキッと鋭い目を向けると、その美貌に凛とした雰囲気を纏わせながら、静かに口を開いた。


「陛下、私はこの度の謹慎で大切なことを思い出しました」

「お、おう……?」

「昔……父と約束したのです……」


 スゥッと目を細めると、その視線を謁見の間の外、窓の向こうに広がる青空へと向ける。

 その目には、故郷の大森林が映っているのか。荘厳な雰囲気に、その場にいる全員が息を呑む。

 その中で、フィルベールは思い出を噛み締めるように語った。


「……立派なひきこもりになると。自分の金でひきこもれる、勝ち組になると!!」

「カッコイイこと言ってる風だけど言ってることがクズい!!」


 国王がそう叫んだ瞬間、大きな音と共に謁見の間の扉が開かれた。


「フィル先生!!」

「おお、ラティーシナ!!」


 入ってきたのは、今回の冤罪事件の原因となったラティーシナ王女。その姿に、国王が歓喜の声を上げる。

 しかし、それも無理ないだろう。なぜなら、ラティーシナ王女は「フィル先生が戻られるまで、ラティーシナはここから出ません! お父様とも口を利きませんから!!」というその宣言通り、なんと5年間も自室に閉じ籠り続け、国王との会話を拒否し続けたのだから。


「フィル、先生……?」

「ああ、大きくなりましたね。ラティ」

「その、姿は……」


 ラティーシナ王女が驚くのも当然。

 5年間に渡る地下での生活により、フィルベールの肌は元の透けるような白を取り戻していたのだから。フィルベールもそのことに思い至ったようで、「ああ」と頷く。


「5年間も地下にいましたからね。すっかり元の色に戻ってしまいました」

「そ、うですか……」


 それを聞き、ラティーシナは顔をうつむけると、フィルベールの元へと近付き、深々と頭を下げた。


「申し訳ありません、フィル先生。わたくしが勝手なことをしたばかりに、先生にお辛い思いをさせてしまいました」

「ラティ……」


 沈痛な表情で頭を下げる弟子の肩に、フィルベールはそっと手を乗せる。


「あなたが気にすることではありません。そのおかげで、私は大切なことに気付くことが出来ました」

「大切な、こと……?」


 恐る恐る顔を上げる弟子に、フィルベールは「ええ」と優しく頷き掛ける。


「悟ったのです……ひきこもりこそが、人生の勝利者だと!!」

「だから言ってることがクズい!!」


 国王がすかさずツッコミを入れたが、2人共特に気にしない。だって2人の世界だから。


「フィル、先生……」


 ラティーシナの目が大きく見開かれ、再び俯くと、その肩がブルブルと震え出す。


「ラティーシナ……」


 娘のその姿に、国王は同情する。

 ずっと待ちわびた尊敬する師が、やっと戻ってきたと思ったらこの有様だ。その心中は察するに余りある。


「か……」

「?」

「感動しました!!」

「……は?」


 娘の発言に、国王の目が点になる。

 しかし、目をキラキラと輝かせたラティーシナはやはり気にしない。


「ああ、なんということでしょう! まさか、先生も同じ真理に到達していたなんて!!」

「ラ、ラティーシナ?」

「同じ……まさか、あなたも?」

「ええ、お父様への抗議のために部屋に閉じ籠り……1カ月が経った頃でしょうか。気付いてしまったのです。『あれ? 今、最高に充実してるな』と!」

「ラティーシナ!?」

「分かってしまったのです! ひきこもりこそが! 真の勝ち組であると!!」

「ラティーシナァァァ!!」


 英邁であったはずの娘のまさかの発言に、国王が絶叫する。

 その絶叫を背に、フィルベールはいさめるように落ち着いた声で語り掛けた。


「ラティ、あなたは間違っています」

「先、生……?」


 その言葉に、場が一気にクールダウンする。

 国王もまた、フィルベールが娘を諫めてくれるのではないかと、微かな希望を抱い──


「ひきこもりが勝ち組なのではありません。自分の金でひきこもれる者こそが、勝ち組なのです!!」

「だろうな! そんなことだろうと思ったわ!!」

「先生……っ! そうですね。わたくし、間違っていましたわ!!」

「納得するな! というか、いい加減余を無視するな!!」

「ふっ、いいのですよ。弟子の間違いを正すのは師の役目……私もまだまだ未熟ではありますが、偉大なる真のひきこもり()の教えを受けた者として、あなたを教え導きましょう」

「あれ!? もしかして余の声聞こえてない!?」

「ええ、一生付いていきますわ! フィル先生!!」

「付いていくなぁぁぁーーー!!!」




 その後、フィルベールと共にダンジョンの最奥部に移り住んだラティーシナは、フィルベールが買い集めた数々の本を参考に、ある日1冊の本を出版した。

 姫を害したという偽りの罪でダンジョンに幽閉されたダークエルフを、眠りから覚めた姫が追い掛け、その愛によって元のハイエルフの姿へと戻す恋物語。

 折しも実際に宮仕えのダークエルフが白い肌を取り戻し、王女の1人と共にダンジョンに住んでいるという噂があったことから、民衆の間で「この本はノンフィクションなのではないか」という噂が流れ、本は飛ぶように売れた。そしてこの本が切っ掛けとなり、「ダークエルフ」=「負の感情によって堕ちたエルフ」という間違った認識が、人々の間に広がることとなった。


 しかし、彼らは知らない。

 その本のモデルとなったハイエルフは、実際には嬉々として自分からひきこもっていることを。

 そして、彼を追い掛けた王女が、その本の印税でひきこもり生活を満喫していることを。

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[一言] 読み返してたら「ハーフエルフだったらこうなるのか?」という想像が頭をよぎった 人間(まともに働こうとか他人と交流しようとする意志)の血が一定以上混じったために「他者との関わりを最小限にする引…
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