88話。終わりの始まり?の巻
まだお話回。
尾張津島。
「え~流石に吉弘様の側室様を俺……私の一存で戦に参加させるわけには行かないと言いますか何と言いますか」
利家にしてみれば千寿は紛れも無く恐怖の対象である。彼は姫様至上主義では有るが、だからと言って側室に対して何かをした場合、自分の頸で話が済むとは思えない。
三河での族滅のように前田家も……と考えればどうしても躊躇してしまう。幸隆も似たような感じなので、利家に対して「良いぞ!もっと言え!」と無言の応援をしていた。
「あぁ、心配する必要はありませんよ。さっきも言いましたが島津殿は義父様に認められた側室では有りますが、千寿様や姫様に正式に側室として認められたわけでは有りませんからな!」
「……まぁそうです」
「「ん??」」
ドヤ顔して言う誾千代に対して不承不承認める義弘だが、利家と幸隆には何が違うのかがわからず首を傾げてしまう。
そもそも千寿の父親が認めたと言うことは家長の決定だろう。吉弘家の序列がどうなって居るかは知らないが、基本的に子は家長が決めた相手と結婚するものだ。
それに何だかんだ言って大友の名を捨てた姫様とは違い、千寿は吉弘の名を捨てては居ないのだから、実家(この場合は本家)の家長に従うのは当然である。実際千寿が織田弾正忠家で特別扱いされているのは、彼の実力も有るが、姫様や彼の血筋も大きいのだ。
出世に対して僅かでも吉弘家の威光を使った以上は「自分の力だけで大きくなったんだから、実家の事なんか知らねーぜ!」とは口が裂けても言えないだろう。
そうなれば実家の父親が認めた側室を断ることは、戦国の常識を考えて有り得ない。と言うか彼らが知る千寿は、九州から態々妻になりに来た女性を突き返すような人間では無い。苦笑いして受け入れる印象が有る。
まぁ姫様が「返しなさい」と言えば返すのだろうが、ソレだって彼らの事情。利家とすれば彼女らに何と言われようとも、まずは千寿の関係者として扱う必要が有った。
だがそれは利家の事情であって誾千代や義弘の都合では無い。
「とーにーかーくー!戦なのでしょう?相手は織田殿の敵、つまり姫様と千寿様の敵なのでしょう?ならば滅ぼすべきでは有りませんか!」
誾千代が利家に噛み付くように近付くが、近付かれただけ利家は後退していく。本来なら「うほっ!」とか言って少女を観察するのだが、やはり本能的に近寄っては行けない相手と判断しているようだ。
ソレはソレとして、ここで流されては何の為の部隊長か。と気合を入れて反論する。
「あぁ、えっと、はい。そうですね。でも殿からは「勝たなくても良いから美濃や三河が落ち着くまで足止めをしていろ」って言われてまして……ハイ」
かなり弱気であるが、これでも気合を入れた結果だ。その証拠に横の幸隆など「良く言い切った!」と目で称賛している。
それに利家としても国人モドキの似非坊主である服部党如きに戦で負けるとは思っていない。とは言え現状で無理をして兵に犠牲を出す局面とは思えないのだ。
「功名目当てで無理して服部党と戦いました。向こうにはきっちりと犠牲を出しました!……コチラにも犠牲は有りましたけど」と言う報告をするくらいなら、言われた通りに時間を稼いだ方が信長からの評価も高いだろう。
「足止め……ね。時間を稼ぐのも良いけど、別にソレを殺してしまっても良いのでしょう?どうせ鎮理殿の敵なんだし」
「いや、まぁ……駄目とは言いませんけど」
敵の情報が無いのに当たり前に殺す宣言する義弘。
この人等にとって、姫様や吉弘様の敵は殺すしかないのか?!と内心で頭を押さえる利家だが、そもそも姫様や千寿も敵は殺すヒトだったと思い「あぁコレが九州なんだ」と納得することにした。
納得したからと言って参陣を許可するかどうかは別問題だが。
「……前田殿よ、参陣を許可しなければこの2人は勝手に仕掛けると思うぞ」
どうやって参陣を防ぐかを考える利家に、津田算長は言外に「諦めろ」と告げて来る。
彼にすれば今までの船旅でこの2人の危険性は十分に承知しているし、立場上雇い主の身内なので強く言うのも難しいと言う状態のため、少しでも手綱を取れるように織田の軍勢に参陣を希望したのだ。
実際誾千代ですら「腑抜けた命令をしない限りは従う」と言っていたので、完全な野放しよりはマシなハズである。
そんな疲れ切った津田からの意見に「良く言った」と頷く修羅2人と「えぇ~」と嫌そうな顔をする利家と幸隆。まさに正反対だ。
「いや、勝手にってそんな……あぁ、お2人は織田に所属してるワケじゃないですもんね」
そう。利家が気付いたように、誾千代も義弘も姫様や千寿に会いに来たのは事実だが、現在の所属は大友家と島津家。現時点で織田の将である利家に従う必要は全くなかったりする。
なんなら九州勢だけで服部党に挑みかかっても良いのだ。その場合は護衛である根来衆もなし崩しに参加することになるだろうから、九州勢 (便宜上そう呼ぶ)は根来の鉄砲隊250名 (増員した)と、九州の修羅65人+2人の軍勢となる。
これは1500~2000の民兵を率いると言う服部党程度ならば、多少の犠牲は出るだろうが十分確殺できる戦力であった。
しかしそんな戦で勝ったとしても、根来衆に何の得が有ると言うのか。
そんな損得勘定を考え、服部党の情報を手に入れてノリノリで挑もうとした2人に巻き込まれての戦を嫌った津田が「連れて来た連中は全員三河守様に引き渡すんだろ?勝手に減らして良いのか?」と千寿の名前を出して、ようやく織田軍に合流させることに成功したのだ。
ここで「利家に参陣を断られた」なんて言う口実を作ったら、勝手に突貫するのは目に見えている。
で、勝手に突っ込まれて彼女らが負傷した場合の責任は誰が負うことになるだろうか?普通なら自業自得なので彼女らの問題なのだが、利家には「千寿の身内を見捨てた」と言う負い目が出来てしまう。
それに九州からの人員は、千寿や姫様だけではなく信長以下尾張で働く全員が望んでいた増員である。
実際今回九州から派遣されてきたのは大友家に従う家の中でもソコソコの家格を持つ人間が20人と、彼らを支える為に派遣された60名だ。
彼らは全員が読み書き算術を習得しているのだから、この時点で信長と千寿は諸手を上げて歓迎するだろう。
さらに義弘が連れて来た鎌田と上井、誾千代が連れて来た (鑑連が付けた)由布惟信など知勇兼備の修羅が加わる。もう地元の防衛を本気で心配するレベルの増員だ。それらを無駄な戦で減らすのは誰の為にもならない。
「あ~~~」
そんなこんなを計算した利家は、がっくりと頭を垂れて彼女らを受け入れるしかないと言う結論に至る。始めから断ると言う選択肢が無かったとも言うが。
「……前田様が納得されたので、お2人にお伺いしたいのですが」
戦の前から疲れ果てた利家に代わり、副将たる幸隆が話を進めうとする。
「私たちを幕下に加えたと言うのにその態度はどうかと思いますが」
「そうね。まぁ答えられることなら答えましょう」
誾千代はともかく、島津義弘は歴史好きなら誰だって喜ぶ人材だ。しかもコレから戦をすると言うなら金を払ってでも雇いたい人材と言っても良い。しかしそんなことを知らない利家や幸隆が微妙な態度を取るのは当然と言えるだろう。
特に義弘は姫様や信玄関連では完全な地雷なのだから、現時点で織田家の人間として見ればこのリアクションは間違いでは無い。間違いなく成政も恒興も納得する。
だが、大友家の重臣戸次鑑連の娘である誾千代や、薩摩守護の娘である義弘に対しての礼儀としては間違いなく不適合だ。例え押し掛け援軍だとしても、相手の格に合わせた相応の態度と言うモノが有るのだ。
それはともかくとして。
「将として、兵としてどれだけ皆様が使えるのかわからないと運用の方法が分かりませんからな。その為、何が出来るのかを確認したいと思っております」
幸隆から見ても彼女らが一目見てタダ者では無いのは分かる。しかしその方向性が分からない。一言で『戦の鬼』と言っても、それが配下を犠牲にするタイプなのか、配下と一丸になるタイプなのかと言うだけでも随分違う。
自らが鍛えた兵以外と連携が取れないなら遊軍扱いだろうし、どんな兵でも使える千寿のような将なら本隊に編入することになる。
無駄な損害を防ぐために適材適所を心がける副将として、また謀将としてこの確認は必須であった。
「ごもっともですな。しかし何が出来ると言われましても……現段階では精々が弓で4町離れた相手を狙えると言うのと、そこな前田殿を斬り殺す程度のことは出来るとしか言えませんな」
「ほう。4町ですか」
「へ、へえ……」
誾千代も幸隆の言っていることは分かるのだが、いざ何が出来る?と言われると言葉に詰まってしまう。
彼女は修羅として、修羅の嫁として、何処に出しても恥ずかしくないように鍛えられてきたのだが、実戦経験は無い。せめて「やって見せろ」と言われた際にすぐに出来ることをアピールしてみたが、弓で4町離れたところを狙い打ったり、利家を撲殺出来る程度の武力と言うのがアピールポイントになるかどうかは微妙なところだ。
利家を殺害対象にした理由?
誾千代は一瞬だが確かに邪な目で見られていたことをしっかり自覚していたとだけ言っておこう。
「私は今まで最大で3000人程度を率いたことが有るし、攻城戦も経験してるわね。あ、勿論そこの前田殿を斬り殺せるわよ?」
対して鬼島津こと島津義弘は自信満々だ。「ふふん」と言いながら誾千代を煽る彼女は既に実戦経験済みで、南九州に於いて著名な修羅でもある。守護の娘と言うことも有り最低限の兵法を修めているし、将としても武人としても一流と言って差し支えない。
「ほほう……3000ですか」
「へ、へぇ~」
幸隆としても3000の兵を率いたことなど無いので、経験と実績と言う点で言えば義弘に劣るだろう。利家にしても今回が初めての大将だし、その軍勢は1000程度と考えていたので、正直彼女の存在はありがたい。
しかし個人の武を示す際に自分を斬り殺すのを前提にされても反応に困る。と言うか彼は彼でそこそこ武人としての能力も有るのだが……破落戸時代に培われた本能は、この2人に負けを認めてしまっていた。
コレを情けないと言うか、それで正しいと言うかは意見が分かれるところだが、幸隆も算長も情けないとは思わなかったと言う。
「しかし誾千代殿、今回九州から来たのは全員がそれなりの家の出であって、侍大将やその補佐が主な職務だから、一兵卒として使うのは無理だぞ」
そして津田算長も戦に参加すると決まれば話は早い。そして戦の際に血気に逸って無駄な動きをされても困るので、しっかり釘を刺すのも忘れないのは流石に歴戦の兵と言えよう。
ちなみにこの場合釘を刺されたのは、実質的に大友家からの家臣団を率いる身である誾千代だ。
彼女は吉弘鑑理と戸次鑑連と言う重臣の公認だからこそ代表のような扱いだが、彼らは決して誾千代の配下では無い。まぁ戦を忌避するような者は居ないので、参戦に関しては反対していないのだが、それでも一兵卒扱いは受け入れないだろう。
「ぐぬぬ……」
無条件で参陣を拒否されたなら勝手に参戦する気だったが、こう言われると反論が難しい。それに彼らは一人とて無駄に出来ない人材でもある。
「そうね誾千代殿は九州から来た人員を連れて、先に織田弾正殿に挨拶してきたら?義鎮殿とも話す必要が有るでしょうし、鎮理殿だって人員を欲しがってるんでしょ?」
「なぁ?!」
更にここにきて義弘の裏切りである。しかも言っていることは何一つ間違っていないのが痛い。元々誾千代は戦をする為では無く姫様の付き人として尾張に来たのだから、この扱いも当然と言えば当然だ。それに千寿が事務仕事が出来る人間を欲しているのも事実。
例え信長が半分持って行っても、残りの40人が来てくれるだけで十分助かるし、姫様の下に誾千代が付くと言うなら反対することは無いだろう。
「あぁ。そうしてもらえると助かりますね」
利家としても、先に誾千代が那古野に行って信長や姫様に事情説明をしてくれるなら言うことは無い。さらりと義弘が裏切ってくれたので、この波に乗ることにした。
「い、いや、だけど手土産が!」
冷静に考えれば誾千代は手土産で評価を上げる必要は無いのだが……現状は義弘に対する対抗心が戦への参加を煽り立てている状態である。だが、義弘にそれに付き合う必要は無い。
「由布殿を名代にすれば良いじゃない。それとも彼に何か不満でも?」
家臣の功は主君の功。由布惟信としても誾千代が戦に行くと言うなら付いて行くが、鑑連に「誾千代を頼むぞ!」と念を押されているので、戦に参加されるよりは姫様のところに行って欲しいと言うのが本心だろう。
「うぐっ!」
生まれた時から面倒を見て貰っている由布惟信に「信用出来ない」などと言うことは出来ず、さらに姫様への挨拶と言う大友家家臣として一番重要な仕事を無視するわけにも行かない。
こうして一人の修羅が戦う前から脱落し、一人の修羅が服部党との戦に参戦することが確定したと言う。
――――――
尾張那古野
「む、津島から早馬じゃと?利家が何かしたかの?」
「あら?もしかして服部党が積極的に動いたの?」
「……いや、どうやら九州から船が来たようじゃな」
「へぇ。ようやく来たかぁ。千寿も喜ぶわね」
「うむ!儂としても助かるのじゃよ!」
「そうよねぇ。所領の運営と戦支度を同時にするには人員が足りないものね」
「まったくじゃよ。これから清須や東三河を得るんじゃから、尚更よな!」
「えぇ。後は使える人員が来てくれれば良いんだけど……名簿とか有る?」
「いや、まずは船が来たってだけじゃからの。服部党も居るし、そう言うのはもう少しかかるかも知れぬ」
「あぁ……まぁ仕方ないわね。なら連絡が来るのを楽しみにしましょうか」
「『朋あり遠方より来る、また楽しからずや』と言うヤツじゃの!」
「朋って訳じゃないけどねぇ」
そう言ってはにかむ彼女だが、尾張に来たのが朋ではなく強敵で有ることを知るのは翌日の事だったと言う。
お客様を参陣させるのは色々大変です。特に褒美とか補償ですね。飛び入りとかされたら猶更面倒になるので、手続きはちゃんとしましょう。
次回、ようやく戦か?!
そもそも服部と戦う必要は無いのですがねぇってお話。
ポイント?大好きさ!
閲覧・感想・ポイント評価・ブックマークありがとうございます。




