9話。第一回SEKKYOU回の巻
前のお話は特定の他作品の批判ではなく内政チートに対する批判ですが、
そもそも中途半端な歴史考察はいかんと言う事ですな。
シリアルだの武将のTSをするならいっそ和風のファンタジーにしろと言うことでしょうか。
前半千寿君。
中盤ノッブ。
後半爺様視点
さて、散々内政チートが不可能だと言った俺が、信長に内政チートの基本である稲田の正条植えを伝えたのには無論わけがある。
そもそも農業において成果を出すには年単位の時間が必要だ。そしてそれには当然整地やら利害調節やらの時間も含まれている。
だからこそ今の小さい所領の内に区画整理を行い、利点をはっきりさせ、所領が大きくなったときに適応出来るように実績やら経験やら知識を蓄えさせる必要があると考えたのだ。
なにせ所領が増えると言うことは敵を潰して、その土地を回収しているということ。そうでなくても勝利者側であるなら比較的自由に開墾しやすいからな。
つまりその土地を分配する際にも、収益の増加や作業効率の上昇と言う実績を理由にしてしっかりと区画を整理させることも可能になるというわけだ。
基本的に織田信長の政策は、それが特徴と言えばそうなのだが商業と軍事に偏っていて、農業に対しては驚くほど何もしていない。
とは言え、それにも勿論理由はある。信長が農民を見ていないからではなく、信長自身が本格的な農業の経験が無いのと、商人と違って農民から「あぁして欲しい」だとか「この方が良い」と言う提案をされたことがないからだ。
そもそも一般の農民は自分の作業に疑問を抱かないし、文字や数字で他者を納得させることが出来るような教養も無い。そして彼らにとって一番の敵は天候で二番目が戦だ。これを領主に訴えてもどうしようもないことは彼らが一番よく理解している。
信長もそれを理解してるからこそ、戦による被害を減らすようにしたり、労働力の低下を防ぐ為の施策を行っているのだ。それが賦役の免除や、後に兵農分離に繋がる諸々の政策である。つまり信長なりに農民にも配慮はしていたということだ。
ただ、その内容は自己主張を忘れない商人や寺の者たちに比べておざなりになってしまうのも仕方のないことだろう。
また兵農分離は「農民が戦の参加を免除されることで労働力を奪われなくなるから農家の生産力を上げることになる。だから農民には得しかない」と言われることもあるが、それは決して正しくはない。
農家の土地の広さは決まってるし、養える人間の数も決まっているからだ。しかも戦に出ないから数が減らない。そうなれば農地を拡大したり、農地改革のように収益を上げるようなナニかをしなければ人が溢れることになる。
基本的に農家には学なんかないから、商売だって難しい。騙されて素寒貧になって犯罪に走るか、兵士になるか、もしくは余所で行われてる日雇いの仕事で生活の糧を得る生活になる。
兵士にすると言っても、常時雇うのは難しい。そうなったら余った農民は何をすれば良い? ついでにいえば、当時の農民に取って戦は口減らしの場であると同時に臨時収入の場でもあった。
敵の領地からの略奪を始めとした乱暴狼藉があったり、死んだ連中の鎧やら何やらを売り払うと言うのは極々当たり前のことで、戦場の近くには奴隷商人を始めとした商人が居たと言うのは有名な話だ。
よって兵農分離を進めると兵役が無くなったせいで、戦場にでられなくなった農家の収入源が減り、人も増える(減らない)ことになる。
働き手が死なないのは良いことだけど、戦場に出ることで獲られるモノも減ったと言うことだ。こういった歪さを改善するために必要なのが、農地改革と収益の増加となる。
これなら農村にも人がいくら居ても足りないし、整地の経験を積んだ土木作業員を正規で雇い、現場監督や指導員的な感じにしたり、専業の集団を作らせて他の土地でも整地させると言うことだって出来る。
尾張だけでも数十年単位の雇用の創出と、収穫量の増収を両立させる為の一手になり得る政策。と言うわけだな。
これは他の戦国大名に知られても真似が出来ないと言うのも良い。今後の飛躍の為に必要なことだと断言できる。
後は、そうだな。
「農地に関しては結果で示しましょう。と言うことで次の案件です。信長殿の外回りを暫く自粛してもらいたい」
「なぬッ!?」
「「おぉ!」」
俺がそう言うと、信長は驚きで目を見開き、家老の2人は「良く言った!」と言わんばかりに頷いている。
俺の意図がどうこうではなく、普通に自粛して欲しかったんだろう。
本当に苦労しているなぁ。
――――
農地に関しては吉弘殿が自信が有るようじゃからまだしも、外回りの自粛じゃと? それは流石に事情を聞かねば納得できぬ! 儂とて無意味にやっとるわけではないのじゃぞ!
「理由としては幾つかありますが、まずこれから姫様や私から様々なことを学ぶのです。今後の信長殿に軽々しく外を出歩く暇があると思いますか?」
うぐっ!
た、確かにお2人から受ける指南を考えれば時間はいくら有っても足りぬじゃろう。ならば今までのように城を抜け出すなど有り得ぬ。
もしも儂が指南から逃げれば、彼らは儂を見限ってしまうじゃろうしの。
「それと部下を鍛える意味もあります。信長殿が彼らを連れ回すことで、彼らとの絆を育むと共に『信長殿の護衛』と言う仕事をさせていたのはわかります。ですが今のやりようではあまりに効率が悪い」
「「えぇ?」」
む、むぅ。流石は吉弘殿。武家とは言え次男や三男であり、仕事が無くてやさぐれておった連中への儂なりの配慮もあっさりと見抜くか。
爺と林は普通に驚いとるが。こやつらは儂を何じゃと思っとるのか。
しかし気になるのはそれを止めよと言うのが、効率が悪いからと言うことよ。奴らの使い方に無駄が有るということじゃろうが、何ぞ良い使い方が有るのかの?
「そもそも現状では信長殿の後をついて回るだけではないか。それでは将来優秀な小姓や馬廻りには成れてもそれ以上には成れぬ。望むのは信長殿の意志を慮るだけの小物ではなく、信長殿と同じものを見ることができる将。その為には彼らには己で考え、己で見ることを教えねばならん」
「……なるほど」
確かにそれはその通りよな。
儂には味方が少ないから、将来的にはあやつらが儂を支える将になるじゃろう。その際に視野が狭すぎるのは困ると言うのはわかる。
儂とて弾正忠家を継ぐことは考えているし、その後の統治についても思う所は有る。じゃが吉弘殿はそれより先を見据えておるようじゃな。
直近では家督争いじゃろうか。儂の周囲の人間を鍛え、信行を担ぐ連中を打ち破った後にその所領を与えよという考えかの?
そして所領を運営するには武だけの猪武者ではならん。それは儂にもわかるんじゃが、あの者どもに政に目を向けさせる方法など有るのかの? 儂と共に所領を見て、民に触れさせることくらいしか思いつかんかったのじゃが?
「信長殿が城内で我らの指南を受けている間、彼らには領内の視察と巡回をさせる。そして巡回の最中に気になったことや、自らが聞いた民の声を信長殿に報告させよう。現状では信長殿と共に10人前後の連中がついて回るだけだが、この方法なら全員が一箇所に行く必要もあるまい。たとえば、3人一組にして東西南北に割り振ることも出来るようにしては如何?」
ほほう。なるほど。
「確かにそうじゃの」
儂が居れば儂の護衛をせねばならぬから、連中の注意は民よりも儂に向いてしまう。
それに儂は一人しかおらんから見に行くのも一箇所だけじゃし、爺に止められて城を抜け出せなければ、今の連中だけでは何もできぬものな。
じゃが、初めから割り振りを決めておれば儂がおらずとも見廻りできる。
そして各方面に赴き、更に己の目で見たことを報告させることで奴らの目を鍛えることにもなるし、儂も儂が居ないときの民の状況を知ることも出来るか。うむ! 見事よ!
「で、それらの連中が視察に行く前に信長殿が「何々を重点的に見ろ」と言えば、信長殿が何を望んでるかもわかるだろう? また報告を受けた信長殿が実際に視察を行い報告との差異を確認することで、主従共に何が足りていないかも知ることが出来る。視察は半月に一度くらいが妥当だろう。鷹狩も武門の嗜みですからこれくらいなら問題無いと思いますが……如何でしょうか?」
報告を受けた際に内容によっては儂が気付かぬことを知ることもできる、か。ふむぅ。深い。
効率的に人員を動かすだけでこうも簡単に儂や家臣を鍛える事ができるとはのぉ。それに鷹狩な。うむ。絶対に外に出さんと言う訳ではないと言うことよな。
「えぇ、えぇ! それなら問題有りませぬ! そしてそれなら彼らも若殿の我侭に付き合っているのではなく、織田家の為に仕事をしていると言うことで、少額では有りますが俸給も出せますぞ」
吉弘殿に尋ねられた林が即答したが、前半は吉弘殿を見て、後半は儂を見ておる。
しかしそうか! そういう利点もあったか!
今のままでは連中は儂の周囲におる破落戸でしかないからの。これによりしっかりと仕事をしているという実績ができれば、家の中でも肩身が狭い思いはしなくて済むじゃろう。
何か爺や林の儂を見る目が優しくなっとるが……アレじゃな。今までの儂の行動にもちゃんと意味があったと言うことを知って安心したのかの?
それとも儂なりに家臣の事を考えていたと言うことがわかって更に安心したか?
まぁ散々爺や林の言うことを無視しとったからのぉ。家臣を慮っとるなんぞ思わんかったのじゃろう。と言うかアレじゃな。普通にこっぱずかしいの!
――――
わ、若殿が若殿なりに考えて動いておることは知っておったが、まさかここまで家臣や所領の事を考えておったとは!
それならそうと言ってくれれば、あの護衛崩れ共にも何かしらの仕事を与えたと言うのに。あれじゃな。頬を赤らめてそっぽを向いとるから、きっと「自分が家臣や所領のことを考えていたのが知られて恥ずかしい」とでも思っているのじゃろう。
若者らしいと言えば若者らしいが、普通はうつけと呼ばれる方が恥ずかしいものなんじゃがのぉ。
じゃが若殿の行動にかような意味があると知った以上、儂とてそれを邪魔するつもりはないぞ。
また小僧共に所領を巡回させて見識を広めると共に、その結果を報告させて若殿のとの考えの差異を確認させると言うのも面白い。
その内容を聞けば儂らも若殿の考えがわかると言う意味もあるしの。
いやはや、今日この時だけで吉弘殿をお迎えできたことがどれだけ織田家にとって良い事か。これは大殿もさぞお喜びになるじゃろうよ。
「それと普段の格好も改めてもらう」
「な、何じゃと!?」
おぉ! 更に突っ込んでくれるとは! いいぞ! もっとやれ!!
「無論毎日そのような礼服を着るようになどと言うつもりはない。それに鷹狩の時は今までのような格好でも良いしな」
「む? それではうつけ者の評判は消えませぬぞ?」
つい言葉を挟んでしまうが、そもそも若殿の評価を上げる為に恰好を改めるのではないのですかの? それなのに外に出る際に姿を変えぬのでは意味が無いのでは?
「『うつけ者』で良いのですよ。むしろ信長殿は『うつけ者』でなければ殺されるでしょう?」
「ほぇ?!」
目の前でうつけうつけと連発されてどんな顔をして良いかわかっとらんような顔をしておった若殿が、今まで聞いたことの無いような変な声を出して驚いておる。いや、それよりも今は吉弘殿の言葉よ。
「そう思われますか?」
「えぇ。かなり危険かと」
そうか、吉弘殿から見ても、若殿はそこまで危ういか。
「信長殿が『うつけ』だからこそ家督を継いだ後に家中が割れますからな。織田大和守も今川も斎藤も、その後で干渉するつもりで家臣や正室殿に接触しているようです。逆に今死なれれば弾正忠家が纏まってしまいますから、弟殿や家臣共が信長殿を殺さぬように気を使ってるほどでは有りませんかな?」
「むぅ」
返す言葉も無いわい。
吉弘殿は暗殺を防ぐためには若殿が『うつけ』で在ることが必要じゃと、そう判断しとるのじゃな。
「確かに言われてみればその通りですな。しかし、ならば何故若殿の恰好を改めよ、と?」
見た目と言うのは重要な要素じゃ。それ故に衆目を集める場では今まで通りの『うつけ』で良いというのはわかった。しかし『うつけ』のままで良いというなら城内でも今まで通りで良いのでは?
儂も林殿も、ちゃんとした理由があるなら今のままでも文句は言わぬぞ?
そう思っとったが、事はもっと単純じゃった。
「姫様に対して無礼は許さん」
「「「ア、ハイ」」」
えぇ、単純で非常にわかりやすいですな。姫様も苦笑いしとるが、納得できる理由ですじゃ。
あれでしょう? 指南とか関係なく、姫様には礼を尽くせと言う事ですよね?
「そもそも衣食足りて礼節を知ると言う言葉が有るように、衣を粗末にする者に礼節は身に付きません。これから家の当主になろうと言う者がそれではいかんでしょう?」
「な、なるほど」
確かに物事は普段からの積み重ねよ。若殿も今回お2人を迎えるにあたって礼装をしておるが、その挙動が慣れていないのは一目瞭然。姫様のような貴人からみたら、礼を尽くされていると感じるどころか、中途半端なものを見せられた、と不快に思うやもしれぬ。
しかし吉弘殿の含蓄の深さよ。強制的に納得させるのは話術と実体験から来る教訓かのぉ?
「さらに親しき仲にも礼儀ありと言います。信長殿は我らだけではなく、林殿や平手殿と言った股肱の臣にこそ礼を払わねばなりません」
「ほえ?」
「おぉ。なるほど」
若殿が虚を突かれた顔をしておるわ。
「わかりやすく言うならだ、信長殿があまりにも家臣を省みない場合、信長殿が家督を継いだ後で追放や暗殺される可能性が有るのだ。これは斎藤や今川の思惑は関係ないぞ? 向こうは信長殿が織田家をかき回すことを期待してるからな。故に信長殿を除こうとするのは織田家の家臣団の総意としての行動となる」
うむ。先程の言葉を聞けば、家督は若殿が間違いなく継ぐじゃろうよ。周囲の誰もが『うつけ』である若殿が家督を握ることを望んで居るからの。信行殿を担ぐ連中も、一度は継がせようとするじゃろう。問題はその後じゃ。
「信長殿もわかっていようが、彼らは信長殿に仕えているのではない。弾正忠家、いや、信秀殿に仕えているのだ。その信秀殿が居なくなれば、彼らが弾正忠家に従う理由もなくなる。信行殿どころか、斯波武衛殿か彼を抱えている守護代の大和守家に仕える可能性も有る」
そうじゃな。必ずや織田家家中での権力争いが発生することになる。その際、若殿に逆らう連中と戦をしようにも、儂や林殿が居なければ碌な戦にはならんじゃろう。
だからこそ儂らに対する配慮を忘れてはいかんと言うのが吉弘殿の意見か。
「む、むぅ。確かにそうじゃの。爺にも林にも苦労を掛けておるし、これまで通り儂がうつけ呼ばわりされ、さらに何の補填も無ければ2人の立場がないからのぉ。いくら爺と林の2人でも無条件に味方と思って迷惑をかけるのは危険と言うことか」
な、何と。若殿は今、何と言った?!
「お、おぉ! 若殿が! 若殿がそのようなことをッ!」
隣で林殿が感動しておる。つまり儂の空耳では無いと言うことじゃな!
若殿が儂らを気遣っておる! 大殿、今日は祝いをせねばなりませんぞ!
それに、今まで散々儂らに迷惑をかけ、説教されても改善せずにおったのは、儂らに理解できぬ何かしらの理由があっただけでなく、若殿が儂らを信頼しとったからとな? 見抜けんかった! この爺の目をもってしてもッ!
くそっ! 目が霞んで前が見えんわ! これより心からお仕えせねばならぬ主君が見えぬとは、なんたる不覚よ!
「ねぇ? 普通の事を言ってるだけで家老が号泣してるんだけど。千寿、本当にここが仕官先で大丈夫なの?」
「……大丈夫です。問題ありません。多分」
「そこは言い切りなさいよ」
この時代の農業は戦や国割の都合上どうしても発展することが出来ないんですよね。
実際大正時代になるまで特に手が入りませんでしたし。
整地による農民の雇用の拡大も重要な案件と言えます。
公共事業? まぁそんな感じですね。
イメージは悪いかも知れませんが、中央集権国家にすれば数百年単位で雇用が生まれますからねぇ。