80話。姫様とノッブ、色々企むの巻
前話のあらすじ。
娘 「私が行かねば姫様がっ!」
雷 「……あれ?別に娘じゃなくても良くね?」
「細川兵部大輔が逐電したじゃと?」
「みたいねぇ。公方からは見つけたら京に送ってくれ!って来てるけど」
「いや、爺からも書状が来ておるが、三好筑前守の暗殺失敗の責任をとったんじゃろ?それを捕らえて朽木谷ではなく京に送るって……逐電では許さず三好に殺させる気かの?」
「どうかしらね?平手殿からは『公方や幕臣の阿呆さに我慢できなくなった細川兵部が公方を見限った』って報告も来てたし、処刑の可能性も無いとは言えないけど……」
噂では男女の関係だったんでしょ?ならアホ過ぎて捨てられた公方が未練がましく探してると考えれば不自然ではないけど、お偉いさんの痴話喧嘩に巻き込まないで欲しいわねぇ。
九州から誰が来るかを知らない義鎮はそんな感想を抱くと共に、もしも自分が千寿に捨てられたら……と考えると公方の気持ちも分からないでは無いのだ。
千寿は必ず自分に着いて来てくれる!と言う確信はある。きっと義輝もそんな感じだったのだろう。それは分かるのだが、自分の場合は千寿から三好の暗殺を止めるように言われたら止めるだろうし、細川兵部大輔は公方に対して、三好長慶を認めるようにと言っていたと言うのはそれなりに知られている話でもある。
その為彼は幕臣の中ではそれなりに話が分かると言うことでそれなりの客人が訪れていたはずだし、付け届だって結構な収入になっていたはずだ。
それなりに収入が有って、地位も有り、さらには公方の情夫と言う立場まであった彼が、それらを投げ捨てるのだから一体どれだけの不満が溜まっていたのやら。
……千寿に手紙を送ろう。返事を書くのが大変だろうと思って遠慮していたが、千寿だって人間だ。不満とか不安が有るなら聞くべきだし、必要なら改善の為の努力をするべきだと思う。具体的には人員の増加ね。
今でさえ向こうは三河と信濃で40万石を監督している身である。そこに東三河の10万石が追加された場合、当然仕事量は増加することになる。
……軽く東三河10万石と言うが、そもそも10万石と言うのは一つの村や街を治めれば良いと言う話では無い。
例えば史実の秀吉が近江今浜に12万石(14万石と言う説も有り)を下賜された際、木下秀長・蜂須賀正勝・前野長康・竹中重治・仙石秀久・浅野長政等と言った家臣団が居たにも関わらず、人が全然足りん!と言って人をかき集めたと言う事実が有る。
つまりいきなり10万石を渡されても管理できん!と言うのは当然の話だし、自分は懐妊を理由に尾張に移動しているのだ。その補助の為に人員を割り振って貰っていると言うのも有るし、そもそも信長だって忙しい。
まぁ戦がほとんどなく、その辺の野盗崩れの討伐だとか、清須の連中に買収された阿呆の討伐程度なので何とかなっているが……ココで服部党や長島辺りがちょっかいを出して来たら尾張の国人衆はブチ切れて一向宗を一掃しようとするだろう。
そんな尾張の事情はともかくとして、問題は細川兵部大輔…と言うか『兵部大輔』と言う役職だ。
「むぅ。儂は権官じゃが兵部少輔じゃぞ?でもコレってそもそも細川兵部大輔の補佐として与えられた任官じゃったよなぁ?」
「そうね。武衛殿が居る以上、公方の直臣にはなれないってことで権官という形に収めたけど、細川兵部大輔が逐電したならどうなるのかしら?」
まさか公方の直臣扱いになる?それとも縁が切れたと見るべき?
「むぅ。とりあえず面倒事は御免じゃから、献金は朝廷に絞るか。でもって三好筑前守の使者が京の爺の下を訪れたとか。これものぉ」
取り敢えず信長は縁が切れたと見るようね。その場合は長尾がどう動くかだけど……あぁまた千寿に苦労を掛けるわね。
今までは千寿に全幅の信頼を預けていたが、こうして細川兵部大輔が逐電したと言う報を受けてしまうとついつい不安になってしまう。
だが今の身重の自分では千寿の相手も出来ないし、近くに居ては逆に心配させてしまうと考えると、自分にはどうしようもないと言う結論しか出てこない。
忸怩たるものは有るが、千寿の不満解消に関しては三河に移った信玄に代わって信濃に入った紹策に期待するとして……緊喫の問題は京。
今までは知らぬ存ぜぬで通してきたが、美濃の青大将が公方にすり寄る以上、美濃と隣接する織田弾正忠家も京の動きに巻き込まれる可能性が出てくるし、今回の暗殺未遂のせいで目をつけられてしまったのは事実。
上方に対してはこれまで以上に注意が必要になってきたわ。
「えぇ、細川兵部大輔を通じて献金をして来たのは事実ですもの。調べれば朝廷にも献金をしていることを突き止めるのは簡単よ」
今まではただの田舎者で済んでいたけど、幕府や朝廷に対して月に700貫近く(禁裏400貫、山科と他の公家に200貫、将軍家100貫)の献金をしてきたことがバレれば、少なくとも織田弾正忠家が経済的に困窮していないと言うことは分かるだろう。
因みに三好家の面々は織田弾正忠家は尾張の武衛に仕える守護代だと思っていて、尾張の半分を纏める程度だと認識している。
これは織田家の拡張が今年に入ってから急激に行われたモノなので、三好の調査不足と言うよりはある意味では世間の一般常識だ。(と言うかほとんどは織田弾正忠家など存在そのものを知らないのだが)
そんなわけで今までは完全にノーマークだったのが、いきなり畿内の戦に巻き込まれる可能性も出てきたのだ。その舵取りが難しくなると判断するのは間違いでは無い。
「ふむぅ。その場合真っ先に対処を考えるべき相手は越後の長尾じゃな?」
「そうね。公方は長尾に対して異常なまでに信を置いているわ。だけど公方が長尾景虎の上洛を望むとすれば、禁裏はそれを望むことは無いでしょうね」
そもそも公方は禁裏と仲が悪い。
と言うか禁裏は公方に価値を見出していないと言った方が正しいかしら。だけどそれも分からない話じゃないのよねぇ。
京しか知らない禁裏の連中にしてみたら、その京が荒れ果ててるんですもの。それに公家にしてみても山口に逃げていた公家が大量に殺されたし。
こうなったら「今の公方が武家の棟梁として一体何をしているのか?」って問われたら「何もしてません」ってことになるもの。そりゃ要らないわよ。
「禁裏が?あぁ関白のくせに近衛が越後に行っとるのはもしやして……」
「そう。間違っても長尾景虎に上洛をさせない為にってことでしょうね」
もしも景虎が公方の上洛要請に従って上洛したとしてよ?
斎藤や六角の連合軍を率いて戦をして、三好に勝ったとしましょう。その後はどうなる?
景虎が帰った後に残るのは公方による親政でしょう。
間違いなくグダグダになるわ。それなのに長尾景虎が居なくなれば六角や畠山はどう動くかしら?三好がどれだけの損害を受けるかによるけど、どう考えても摂津や河内では戦が続くし、大和も丹波も荒れることになる。
その荒れたところに再度三好が来たら?長尾との戦で中途半端に戦力を失った三好と、そこそこ拮抗することになった畠山や細川、六角等、色々な勢力が入り交じった戦になるわ。
勿論本願寺や比叡山も色々動くでしょうね。そうなったら三國志どころじゃない。
「あ~まぁ長尾が上洛したところで何が解決するわけでも無いからのぉ」
「ホントにね。それに私が三好なら長尾が上洛した時点で四国へ逃げるわ」
どうせすぐに帰るってわかってるんだし。再侵攻は公方が畿内に混乱を齎すのを見てからでも良いでしょう。それに一度兵を率いて上洛したら、長尾は数年は動けなくなるからね。
「ま、長尾は放っておけば勝手に越後に帰るからのぉ。まんま関東の北条と同じってか?」
「いえ、籠城じゃ無く逃げ場が有るって言うのが北条との大きな違いね。これは間違いなく三好の強みよ」
後が有るのと無いのでは全然違うからねぇ。三好を滅ぼすなら完全に畿内から駆逐するか四国に兵を出す必要が有る。だけど長尾がそこまでするはずが無い。
「うむ。そう言えばそうじゃよな。兵糧も銭も全部持って下がれば、空いた土地を接収しても所領の運営など出来ん。ここで税を多く取れば民が反発するか」
「そういうこと。あとはそこに三好が戻って来て畠山や幕臣共を追い出して、裏切った国人を殺し、施しを行えば今以上に地盤を固めることも可能でしょう。……だけどソレまでに畿内の民は地獄を見ることになるわね」
「あ~なる程のぉ。そもそも禁裏にしてみれば公方など不要じゃし、長尾が上洛しても不幸しかないと言うなら、そりゃ関白も必死で止めるわな」
止める方法が関東への出兵って言うのもアレだけど、まぁ京の連中が関東の民の事など気にするはずも無い。
「ま、当然の話よね。それに長尾が上洛してから帰った場合、厳しいのは畿内だけじゃ無いわ」
わかる?と私が聞けば、信長は少し考えてから答えを出す。
「……美濃か」
「当たり」
通り道の斎藤や六角がどう動くかもあるけど、間違いなく公方の手伝い戦に使われることになった美濃の国人は騒ぐでしょう。
なにせ彼らを率いる義龍は前回の戦で1万の軍勢で木曽福島を攻めたモノの、元々こちらからの情報を受けて籠城戦の用意を整えていた馬場が率いる4000の軍勢に勝つことも出来ず、最終的に秋山からの降伏勧告を受けて降伏させると言う、完全な失態を犯してしまった。
さらに城主である木曽義昌が所領安堵を条件に斎藤への降伏を選んだことで、直轄領も増えなかったし。(これを拒否すれば戦が終わらず、無駄に戦費だけを失うことになる)
結果として斎藤義龍は莫大な戦費を使い実績を上げることが出来なかったにも関わらず、戦には勝ったと言うことで戦に参加した国人たちへ褒美を出す羽目になってしまったわ。
折角蝮が拡張した直轄領を減らし、資財を失い、名を落とした。そんな状況で再度公方の為に戦う?権威付けが欲しい義龍はまだしも。国人にしてみたら有り得ない行為、まさしく堪ったモノでは無い。
今ですら織田に塩を売って欲しいと言って来る連中が居るのに、コレ以上の無様を晒せば美濃の国人は雪崩を打って織田に降ろうとするでしょう。
もしも三好の使者が尾張に来たら、今の斎藤の危うさに気付くはず。そうなれば織田を使おうとするわよねぇ。
「美濃の連中ものぉ。儂らからしてみたら奴等なんざおらんでも困らんが、何であそこまで自分に自信があるのかの?」
信長は心底訳がわからんと言う顔をしてるけど、気持ちはわかるわ。
私たちが国人達を殺しまくってることは知ってるはずなのに、当たり前に『所領の安堵さえしてくれれば』とか言って来るっておかしくない?とは言え心当たりは有るけどさ。
「多分だけど、武田の連中に数万石単位で所領を与えたからじゃないかしら?」
新参も新参の甲斐・信濃勢に2万石や1万石ですもの。そりゃ他の国人たちも「戦わなければ大丈夫」って勘違いしそうでは有るのよね。
「ふむ。それがあったか……しかしそれにしたって尾張の人手不足が大前提じゃぞ?それにあ奴等には実績があるし、吉弘殿からの推薦も有るからのぉ。それと美濃の木っ端連中を一緒にするわけがなかろうに」
そりゃそうよね~。美濃の連中は勝手に期待してるけど、甲斐・信濃の彼らとは前提条件が違うわ。まぁ今の織田は敵が降りやすいような環境に見えるって考えれば悪くは無いんだけど。
あ、だけど前提条件と言えば……
「推薦とは違うけど、例の小者の人材に関する情報はどうなの?」
「ふむ?あぁ、福島だの加藤だの滝川だの丹羽だの増田だの蜂須賀だの竹中だの堀だの森だのに関してかの?」
「そうそう。『歴史』については宛にならないけど、洗濯板や千歯こきはかなり使えるって紹策や千寿も認めてるじゃない?なら『人材』はどうかなって思ってさ」
あの小者、有名無名を含めて伊勢の九鬼、大和の島、近江の藤堂に石田、大谷、蒲生、それに播磨の小寺とか色々書いていたのよね。
その中でも私たちに関係するのは美濃と尾張、三河。それと甲斐に信濃よ。実際に信濃に書かれていた真田はかなり使えるし。
でも、三河はほとんど殺したから参考にはならないって言うのがちょっとアレなのよねぇ。
……ついでに言えば、九州は龍造寺だの島津ばっかで大友の扱いがアレなのが気にくわないけどっ!
「とりあえず尾張に関しては、福島やら加藤とかは小一郎の親族らしいんで、まぁ余裕があったら引っ張るようには言っておるが、その子はまだ5歳にもならんそうじゃ。滝川に関しては恒興の母が知っとるらしいんで、近江に文を書かせた。森と丹羽は武衛様に仕えとるから引き抜きは無理じゃな。他の美濃の者に関しては現在調査中じゃよ」
「あ~なるほど。やっぱり年齢の違いも有るのね」
まぁ今は九州に関しては良い。小者の知識よ。奴にとっては信長が死んだ後が本番だし、少なくとも十年か二十年後を見据えた計画みたいだから、そりゃ人材もそうなるか。
でも使える人間は集めておいた方が良いわよね。
まぁ千寿なら「『使える』『使えない』では有りません。『使う』のです」とか言って無理矢理使えるようにするんだろうけど、今は忙しすぎてそのための教育すら出来ないからねぇ。
「じゃな。しかしそやつらとて木石から産まれる訳でも無し。本人か子供で有っても教育を施す家があり、親がおる」
真顔で頷く信長。うん。これはしっかりわかってるわね。
「それじゃ早速私たちに来た文を義龍に届けてあげましょうか?」
その家を潰せば敵が減るわ。私たちが潰せば私たちに恨みを持つでしょうけど、義龍がやる分には痛くも痒くも無い。
まずは塩の販売を望む西美濃三人衆、さらに竹中や明智、不破、東の遠山。そして信濃関連で仲良くして欲しいと言う書状を送ってきた木曽や、さっきの所領安堵を条件に織田に降るとか抜かしてきた国人たちの書状。これらを見たら、今の義龍はどう動くかしらね?
「うむ!蜂須賀だの堀の文はこちらで作るとして、後は届ける順番じゃよな!」
そうそう。無い分も作れば良いだけよ。これだけの書状の中から真偽を見分けるのは並大抵の事じゃない。濡れ衣を着せられた国人は当然反発するわ。
「そうね。一気に全部でも良いけど、それだと怪しすぎるからねぇ。とりあえずは順番を決めて、それから、尾張に逃げてきた時にどうするかを決める必要もあるわよ」
「あ~確かに。面倒じゃが、使えるなら使わんとな!」
「そうそう。どうせ所領を無くしてるんだから、最初は銭で雇えるしね」
此方で庇うか、差し出すか。まぁ結局は相手にも依るだろうけど。尾張の地盤固めに使えばいいわ。もしかしたら信濃や三河に所領を与えるかもしれないし。
どちらにせよ、味方にならないなら死ねば良いのよ。わざわざ敵を強くする必要なんてないんだから。
国人たちの裏切りとも言える書状を見せつけられた義龍が、国人を許すか、それとも締め上げるか。それによって美濃がどのような行動に出るのか。
「見せてもらいましょうか。青大将の器量とやらを」
「き、気合いが入っとるのぉ…… (あ、危なかった!)」
信長が何か言ってるけど、当たり前じゃない。連中に千寿の子を産む邪魔はさせないわ。美濃の連中は美濃で踊っていれば良いのよ。
今の義鎮は油断していなかった信長ですら粗相をしそうになるほどの怖さが有ったと言う。その姿はまさしく修羅であり、女でも有り、そして母であった。
ーーーーーーー
「あ、書状を届けるのは望月に任せるから。自然な形で頼むわよ?」
「ひょえぃ?!」
「(あ、これは……やったな?)」
今まで全く触れられて居なかったのに、いきなり声をかけられた望月某。彼女が変な声で返事をしたあと、涙目でプルプルしているのを見て、信長は仲間を見つけた気分になったと言う。
内政の時間こそ悪巧みの時間です。手強い敵なら策で弱めれば良いじゃない。と言う、基本的な離間計ですね。まぁ最初から忠誠心みたいなのは希薄ですが。
義龍が国人を殺してくれればそれで良し、尾張に逃げてきても良いですし、他に逃げても良いのです。どれを選んでも美濃は戦どころでは有りませんからね。
信用して織田を相手に一致団結して戦を仕掛ける?義龍も国人も色々自覚が有るので、まず無理でしょうねぇ。ってお話。
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