79話。その頃九州の実家では?②の巻
前話のあらすじ
細 「もうやだ」
爆 「…やりおる」
筑前博多。
吉弘鑑理によって集められた家臣の三男坊や四男坊、さらには今の鬱屈した府内から出たいと願うモノたち、総勢20名とその配下たち60名(1人につき随伴は3人までと念を押した)、さらに紹策から応援要請をされた神屋の人間等、合わせて100余人がこれから向かうことになる三河と言う新天地に想いを馳せていた頃。
その博多の街を臨む立花山城の内部では、予想していたと言えば予想をしていたし、予想外と言えば予想外と言う、何とも言えない立場の人間を客人として迎えていた。
「……なんでお前がここに居るんですかねぇ?」
誾千代は犬歯をむき出しにして目の前にいる女性に殺意を向ける。残念ながら今の自分の実力では目の前の敵は殺せない。そう判断して襲いかかるのをなんとか堪えているのだが、どうしても殺気は隠せず、幼いながらも一端の修羅である彼女の威圧は周囲に緊張を振りまいていた。
「あらオチビちゃん。貴女がどちら様かは知らないけど、私は大友家からの正式な要請に応えてココに来たのよ?その相手に対して些か失礼じゃないかしら?」
「うぐっ!」
そう言って誾千代からの殺気をいとも簡単に受け流し、ひらひらと大友家当主大友義鑑の花押が押されている書状を見せつける客人。そう、彼女こそ内城においてチェスト鹿児島を成し遂げた、島津の二番目こと島津義弘である。
確かに島津家に千寿の情報を流したのも、望むなら三河に送ると言ったのも主家である大友家なのは事実だし、向こうはソレに対して「後学の為」だとか「視野を広げる為」とか言って便乗してきただけだ。
ならば大友家の陪臣の娘でしかない誾千代には義弘の動きを掣肘する権限など無い。
「……お主の負けじゃ誾千代。控えよ」
「お父様……」
誾千代を止めた鑑連としても彼女がココに来るのは意外、と言うか完全に想定外であった。いや、確かに吉弘の提案を聞いた吉岡長増が「島津にも仕掛けるか」と策を施したのは知っている。
さらに彼女には未だに結婚相手がおらず、島津家の面々が数年前の千寿との破談を今も根に持っていると言うのも聞いている。
だが、まさか千寿を諦めさせるのではなく、逆に送り込んでくるとは予想だにしていなかった。
自分が娘親だからわかるが、この決断をした貴久の思いは如何程のものか。今は誾千代も幼く「まだ余裕がある」と思っているが、5年後もこの調子だった場合は自分も決断を迫られることになるのだ。
正直言って「私が結婚できないのはお父様のせいだ!」と言われるのが怖い鑑連としては、貴久の決断に対して憧憬を禁じ得ない。
まぁその貴久は先代と次期当主らと共に散々抵抗した挙句にチェストされて白目を向いて倒れたのだが。(歳久と家久は巻き添えを恐れて避難した)
「しかし島津殿、三河には姫様……義鎮様がおり既に鎮理の正妻となっております。さらに昨今では子を成したと言う報も来ておりますが、誠によろしいので?」
確認を取る吉弘鑑理としても、相手は現状大友家とは敵対していない守護の娘なので、微妙にやりづらそうにしている。と言うか、彼らにしてみればどんな名目を掲げようと義弘の狙いは千寿だと言うことがわかっている。
その為心配するのは、向こうで姫様と彼女の争いになった場合、送った自分たちの責任はどうなるのか?さらに子に悪影響が出た場合は?と千寿との関係よりも姫様との関係を大友家の家臣として心配をしていた。
千寿が知れば「勝手なことを……」と頭を抱えるだろうが、それでも怒ることは無いだろう。
なにせ彼らにとって姫様こと義鎮と言う女性は、表面上大友家を出たとは言え生まれた時から知っている相手であり、その体に流れる血は正統な大友家のモノである。身も心も大友家に捧げている鑑理としては、自分の孫も気になるがやはり姫様が気になるのだ。
「えぇ、特に問題ありません。義鎮……様が正妻だと言うことは弁えておりますわ」
千寿と義鎮の子供と言うところでピクっと反応した義弘だが「子が生まれると言うことはその間は御伽辞退よね?よしっそれなら行ける!」と考えることにしたようで、表だっては特に不満を見せることはなかった。
それに今現在、己の目の前に居るのは大友家が誇る三老が1人にして千寿の父親だ。島津家の人間として無様を晒す気はないし、そもそも義理の父親に無礼を働く気など毛頭ない。
さらに言えば、船に乗って博多を離れてしまえば彼から嫌われようがなんだろうが何とでもなるだろうが、現状で彼の不興を買えば最初の条件である三河行きの船に乗れなくなる可能性が有る。
そうなったらどのツラ下げて薩摩へ戻れば良いのか……まぁ一緒に着いてきた鎌田政広や上井覚兼は「隙があったら薩摩に連れ戻せ!」と言う厳命を受けているので、普通に帰還可能なのだが。
それはそれとしてだ。
「左様か。貴殿に異論が無いなら儂から言うことは何もありませぬ」
「そんな、義父様?!」
「そ、それでは義父様は私の側室入りを認めていただけると!?」
なんというか諦めたような悟ったような、そんな表情で義弘を認める鑑理と、まさかの義父の裏切りに絶望の表情の誾千代。その誾千代には一切触れずに鑑理を義父呼ばわりする義弘と言う、一歩間違えば戦争待ったなしの擬似的な修羅場が発生するも……
「うむ。あとは千寿と姫様が認めたならばと言う話となりますが……儂としては是非千寿らを支えてやって欲しいと思っておりますぞ」
どうやら彼は全てを息子にぶん投げることにしたようだ。
「はい!お任せ下さい義父様!必ずや鎮理殿をお支え致します!」
己の前で目をキラキラさせる少女に対し「いやほんと。間違っても姫様と寵を競うようなことになるのは……少しくらいならまだしも、本気の殺し愛は勘弁して欲しいです」と言う本心が見え隠れしている鑑理だが、三河で頑張る息子を支えて欲しいという願いもまた本心からのものである。
なにせこの少女。その経緯だけ聞けば純情一途で健気な娘さんなのだが、見る者が見れば、いや、余程目が悪くない限り、一般人でも一目見ただけで分かる生粋の修羅なのだ。
親としては、これほどの者が側室になってくれると言うのであれば、息子にとって非常に心強い味方となってくれる (千寿が扱い方を間違えない限り)であろうと確信している。
千寿が扱いを間違えたら?
知るか、自分でなんとかしろ。
姫様に関しての懸念はあるが、目の前の修羅も大名の娘だ。当主である千寿に子が必要だと言うことはわかっているだろうし、相手が姫様であっても流石に旦那の子を宿した妊婦に何かするような外道では無いだろう。
と言うかそれをしっかり防ぐのが旦那の義務でもある。と思うことにした。
これは鑑理に限らないのだが、遠い三河の地で主家の姫様を正妻とし、元甲斐・信濃の国主である女性を側室にし、さらに薩摩守護の娘までも側室にしようと言う鎮理に対しては、男として羨ましいと言うよりも「大変だな」と言う感想しか出てこない。
実際兄の親信(鎮信だったが姫様の出奔と塩市丸の元服に合わせて名を変えた)など元国主が側室と言う話を聞いた時点で「うわぁ」と声を上げ、千寿に心から同情したものだ。
とりあえず千寿の心労と胃痛については良いとして(側室だの正妻だのとの争いに関してはどうしようもない)これはもう向こうの問題だと割り切った鑑理は、次なる問題を考える事にする。すなわち目の前で雷神に絡む誾千代である。
義理の父である鑑理に噛み付くことが出来ない彼女が噛み付く先は、当然実父である鑑連だ。
「お父様! 姫様が子を宿したとは聞いておりませんぞ?!」
そう、なんだかんだで今回も三河行きを認められなかった彼女が、姫様の懐妊を知って騒ぎ出したのだ。
「お前に言ってなんになる……」
誾千代の中での扱いはともかくとして、実際は鑑理の娘ではないのでその説得は当然鑑連の役目である。
彼にしてみれば「客人の前だ、下がれ!」と言えれば良かったのが、その客人は大友家当主の書状を持ち、さらに鑑理が側室入りを認めているならばもはや身内のようなものだ。こうなってしまっては彼は義弘への礼儀よりも娘の説得を優先しなくてはならない。
そして姫様の懐妊を知ったところで彼女に関係がないと言うのは客観的な事実だ。その為、鑑連も突き放すように告げたのだが、その返答は誾千代も予想済み。
「姫様ご懐妊とあらば、私が三河へ参らねばならぬではないですか!」
「はぁ?なぜそうなるのだ?」
当然のように言い放つ娘の思考回路が理解できない鑑連は頭を抑えるが、今回に関しては誾千代にも勝算があった。
「何故も何も、今の姫様のお側には誰がいるのですか? 千寿様はもちろんおりましょう、ですが気心の知れた女人も必要でしょう!それは少なくともそこな鬼などではございませぬぞっ!」
誾千代から名指しで鬼扱いされた義弘だが、既に自分は千寿の父親から許可を取っているので、ここで暴れる気はない。
せいぜいが「必死ねぇ」と上から目線で見るだけだ。一緒に来ている鎌田政広や上井覚兼は「ここもか」と諦め顔で空気となっている。
「うむぅ。確かにそれもわからん話では無いが……」
男である鑑連には出産の辛さは分からない。だが知り合いが一人もいないよりは居た方が良いと言うのは分かるし、島津義弘の側室入りに関しても鑑理は認めたが姫様が認めたわけではない。
そもそも姫様にとって島津義弘は敵だと言うことを考えれば、その問題は考えて然るべきである。
さらに顔見知りで、女性で、警護も出来る存在となれば探すほうが難しいだろう。(望月がその仕事を担当しているが、彼らはその存在を知らないし、彼女も個人の武という面では多少の不安があるのも事実である)
出産に関する女性視点と言う専門外の角度からの意見に納得しつつある父親を見て、誾千代は「今が好機!」と追撃をかける。
「それに家督に関しても親連(戸次鎮連・鎮信と同様に姫様の出奔と塩市丸の元服で名を変えている)義兄様がおりますし!私が居ては戸次家の為になりませぬぞ!」
「いや、家の為にならんと言うことは無いが……」
親連とは鑑連にとっては弟の子(甥)であり、誾千代にとっては従兄弟にあたる者で、可愛い愛娘である誾千代を「家の当主」と言う修羅の道を歩かせることを嫌った鑑連が戸次家の家督を継がせるべく、養子として迎え入れている。
その為、実子である誾千代との間に家督争いの火種が無いという訳ではない。まぁ今は当の誾千代が納得しているようだからまだしも、誾千代の子供やその周囲の連中が騒ぐと面倒なことになるのは確かである。
だがそれなら誾千代と親連が婚姻すればその問題は解決されるのでは?と言うのが戸次家家臣団の総意であり、鑑連としても最悪 (失礼な話ではあるが)それも有りだとは思っていた。
まぁ当の親連は、今の時点で修羅として覚醒しつつある誾千代に苦手意識を持っており「いや、え?出来たら勘弁してくれません?」とか「あ、ほら、本人が望んでいるなら鎮理様のところに行かせましょう!」とか、「なんなら私が三河に行って戸次家を興します!」等と地道なロビー活動をしていると言う噂が有るとか無いとか。
「いいえなりませぬ!姫様が何故大友家を出ることになったとお思いですか!」
「むぅ……」
姫様が家督争いを避ける為に大友家を出たのは周知の事実であるので、この言葉は重い。特に大友家に仕える家臣にとっては殊の外重く響く。
実際は千寿が誘導したようなモノだが、流石にそんなことは当事者にしかわからないし、その当事者の一人である義鎮とて「千寿に騙された」や「千寿に乗せられた」等とは思っていないので、まぁ彼女の意志と言っても過言では無いだろう。
追撃に追撃を重ねる誾千代だが、彼女は彼女でここで父親を説得出来なければ自分は三河に行けないと必死である。その為、今の彼女は禁じ手とも言える手を打つことも厭わない。
「義弘殿からも言ってやって下され!」
「は?私?なんで?そもそも貴女の味方して私に何の得が有るの?」
誰がどう見ても千寿に惚れている誾千代を態々三河に連れて行く理由が分からない義弘は、あっさりと誾千代を見捨てようとする。今はタダのお子様だが、数年後は立派な (?)淑女だ。何が悲しくてライバルを増やさねばならないのか。
「甘いですぞ!」
「甘い?」
だが今まで散々敵として見てきた義弘に援軍要請をするのだ、普通なら簡単に協力をして貰えるとは考えないだろうが、誾千代には誾千代で勝算が有った。
「例え義父様が認めたとはいえ、姫様が義弘殿を認めるかどうかは別です!ならば私が千寿さまや姫様に口を利こうでは有りませんか!」
「……(まぁ確かにそうなのよねぇ。なんだかんだ言っても正妻って言うのは強いし、私は鎮理さんに会ったことも無い。そうなると、最初はどうしても敵って言う認識が来るでしょうから、ギクシャクしちゃうわよね。自分の奥がそんなになってたら鎮理さんも困るでしょうし、口利きは必要よ。さらにこの子が向こうに行くとなると御伽辞退をする義鎮の側に付くわよね。ならばその間に鎮理さんと仲良くなれば……ここは協力して貸しを作るべきかしら?)」
無言で考える義弘を見て、脈ありと踏んだ誾千代は更に動く。
「それにお父様!これは義弘殿だけの為では無く姫様や千寿様の為でも有ります!」
「何だと?」
「姫様とて義弘殿が側に居ることになれば嫌でも緊張をするでしょう。なればこそ、この私が両者の間に入ることでその緊張を和らげるのです!」
「まぁソレは有るかもね。鑑連殿。家督に関しては私から言うことは有りませんが、女として言えば私も心細いと言うのも有りますし、向こうの義鎮殿もその思いは有るのではないでしょうか?」
「むぅ……」
言い切ってむふーと胸を張る誾千代と、己の為に援護射撃をすることにした義弘。「女として」などと抜かして来る義弘には言いたいことも有るが、決して間違ったことは言って居ないと考え込む鑑連。
ここで姫様こと義鎮に意見を聞けたならば「いや、二人とも来ないのが一番なんだけど」と鶴の一声で話が終わるのだが、悲しいかなここに彼女は居ない。
ちなみに千寿の場合だが……彼は三河吉弘家の当主では有るが、ここ数年定職にも就かずにブラブラして父親に心配をかけていたと言う思いも有るし、彼の中での吉弘家の家長は未だに父親なので家長が婚姻相手を決めると言う戦国の常識を考えて、鑑理が認めた以上は姫様が強硬に反対しない限り義弘の側室入りを認めるだろう。 (そうしないと大友家や島津家に対しての鑑理の面目が潰れてしまうと言うのも有る)
こうして三河から遠く離れた九州の地、本人達が不在の中で女の戦いは佳境を迎えようとしていた。……まぁその相手は父親なのだが、それにツッコミを入れる者はココには居なかった。
ま、まさかチェストを成功させてくるとは……読めなかった、この作者の目をもってしてもッ!
そんな感じで修羅の巷、北九州における派遣争い (誤字に非ず)ってお話です。
届いたぞッ!ベジィーー〇ァー!!
(ポイント=戦闘能力理論)
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