78話。そのころの京都の巻
前話のあらすじ
姫 「ふふふ」
虎 「あはは」
望 「ひぃぃぃ!」
基本的に拙作はシリアルです。登場人物の年齢、歴史的事件等に多大なご都合主義があります。
近江朽木谷。
義鎮と信玄が和気あいあいと意気投合し、望月何某が胃を痛めていた頃、京において三好長慶暗殺を計画したものの、失敗の報を受けた足利義輝は幕臣たちと共に山城を抜け、近江へと逃れていた。
「はぁ」
思わず溜め息が出るが、コレを我慢しろと言うのは中々厳しい。
「いや、藤孝には悪いと思ってるんですよ?!」
「そう思っているなら私にも一声かけて下さい」
「あうっ!で、でも藤孝に言ったら止められるって……」
「当たり前です」
何処の世界に釣りだと分かっているのに、主君が餌に食いつくのを推し進める側近が居ると言うのか。特に今回の件は酷い。あの三好長慶が隙など見せるハズが無いだろうに。
「大体何故私に一言も無いのです?」
「あう、それは……」
当たり前のことを聞いただけで視線を右往左往させる義輝を見て、溜息を堪える藤孝。
どーせ幕臣共には「藤孝だけを特別扱いするのは公方として宜しくない」とか言われたのだろう。自身も出来るだけ公正であろうとしたのだろう。だが股肱の臣で有り男女の仲でもある自分を信用も重用も出来ない時点で駄目だ。
それに三好長慶を暗殺したところで、こちらは報復として全ての幕臣が殺され、義輝は良くて軟禁。悪ければ隠居させられ、腕の健を切られた挙句にその辺の男どもに下げ渡されるだろう。何故その程度の事に気付かないのか。
実際藤孝が知る剣豪将軍は暗殺で命を落としているのだ。
「暗殺をして良いのは暗殺される覚悟が有る奴だけだ!」等と言うつもりは無いが、それでもあまりにも考え無しすぎる。
それに万が一、億が一暗殺に成功して政権運営に携わることが出来るようになったとしても、肝心の義輝には政を行う経験も無ければ能力も無い。さらに言えば周囲に居る幕臣共にもその力は無い。
そもそも臥薪も嘗胆も出来ず、神輿になることすら承諾できない彼女は為政者になるべきではないのだ。
弟の周暠や覚慶を主にしたところで同じだろう。と言うかここまで世が乱れたのは足利のせいでもあるので、藤孝にしてみればさっさと名を捨てて、織田や毛利の元へ逃れるべきだとすら考えていた。
そこにいきなり焦った顔で部屋に来たかと思えば「藤孝!逃げましょう!」って……。いくら何でも幕臣が阿呆すぎるし、その幕臣を信じる義輝も阿呆すぎる。
と言うかそもそも義輝は逃げる必要などない。管領の細川晴元や老害の幕臣大舘左衛門佐、一色式部少輔に、暗殺を実行して失敗した進士賢光の一族である進士晴舎・藤延親子や幕府の親政に拘る兄の三淵らが「責任を取る」と言って死ねばそれで終わる話だ。
彼らが居なくなれば流石に義輝も自分の天下を諦めるだろうし、自分で暗殺を企てておいて家臣を見捨てたと言うことで彼女を掲げる者も居なくなることだろう。
そんな彼女を三好が担ぎ上げて幕政を回すのが、足利幕府の延命をする唯一の方法であるし、己が将軍として生きるのを諦めることこそが義輝が暗殺から逃れる為の唯一の方策だと言うのに……それらを何度言っても「それだと足利の秩序が」だの「そんなの先祖に申し訳が立たない」だのと抜かすのだ。
一度足利に踊らされて殺されている者たちの気持ちになれと言いたい。地位だけの存在など公家で十分ではないか。将軍としての力が無いなら神輿になるしか無いだろう。……何が剣豪将軍だ。
まぁ普段からこうして「自重しろ」とか「三好を認めるのが公方様の為」と言っているから、己の地位に固執する幕臣どもが自分を危険視して情報を遮断しようとするのだろう。
さらに言えば暗殺の準備や根回しに使われた金は何処から来たと言うのか。歴史通りに進士賢光が斬り付けたと言うだけでは無い。それ以前にも何度か仕掛けていたり、長慶の周囲を探らせていたり、小者を買収したり、口封じのためにも金を使っている。
「はぁ」
「あ、あううう……」
FXで全財産溶かしたような顔をしている藤孝を見ると、原因を作った義輝には何も言うことが出来ない。そう、暗殺計画の資金は織田から定期的に受けていた献金や、藤孝が日々の出費を抑えてコツコツ貯めていたモノを勝手に使用していたのだ。
京の屋敷を出る際に、次は近江では無く越前や伊勢に逃げようと思って「これは共同資金です、いざと言うときまで使わないで下さい」と言って蓄えていた資金が空になっていたのを知ったときの藤孝の衝撃は、そこでアウアウ言って働かなくとも金が入ってくると勘違いしている義輝には永劫わからないだろう。
「……義輝様」
「な、なんでしょう?」
「お世話になり申した」
もう嫌だ。幼き頃からの付き合いだし、男女の仲でもある。それ故彼女の為に必死で何とかしようとしてきたが、ここまで阿呆だともう面倒見切れん。義昭?知るか。光秀を置いて行くからアイツを使ってくれ。
「ま、待って下さい!そんな、そんな真顔で暇乞いするのは止めてっ!」
藤孝が予想以上に本気であることを理解した義輝は必死で止めようとするが、既に彼の心は義輝から離れてしまっている。
それは史実と違って武家としての価値観が薄い彼にしたら将軍などに大した価値は無いと本気で思っていると言うのも有るし、コレ以上は本気でヤバイと自覚しているためでもある。
何がヤバイか?率直に言えば金だ。三好の連中は、必ずや今回の暗殺や一連の動きの資金源は何処にあるのかを調べるだろう。そうなれば、浮かんでくるのは定期的な献金を行ってくれた織田と、彼らを重用し、コツコツと貯蓄していた自分。
それでもこうして逃げなければ何とかなった。自分は知らぬと言い張ることも出来たはずだ。だがこうして逃げてしまったことで、己の関与を認めたことになってしまった。
つまり三好にとって一番の危険人物は細川兵部大輔藤孝と言うことになる。そして今の長慶は将軍である義輝は殺せなくとも、その情夫である自分を暗殺の首謀者として殺すことは出来る。それを義輝に対する警告とする可能性は非常に高い。
敵は三好筑前守長慶。その権力、武力、財力は今の藤孝がどうこう出来るレベルでは無いし、三好長慶の側には「暗殺と言えばコイツ!」と言われる爆弾正こと松永久秀も居る。
藤孝が見るところ彼は三好長慶を裏切ることは無いだろうが、長慶の敵に容赦をするような男でもない。つまり……今の畿内に居ては本気でヤバイのだ。
藤孝にしてみたら、何で自分に黙って暗殺なんかをしようとした義輝どもは安全なのに、暗殺に反対していた自分が危険な目に遭わねばらならんのだ!と大声で叫びたいことだろう。
だが今ならば三好長慶暗殺の責任を取って辞任し、野に下ることで責任を取ったと言えるはずだ。これなら将軍を見捨てた薄情者では無く、将軍の為に身を引いた忠臣と言う立場を保てる。
そこまで考えが至ったなら藤孝の取る行動は一つである。
「公方様。夢を見るなとも言いませぬし、他人の言うことを聞くなとは言いませぬ。せめて自分が信じられる人間の言うことを……聞いた結果がこれでしたな」
「え?え?」
自分の眼を見ながらポツリポツリと語り掛けてくる藤孝は、なんだかんだ言いながらも溜息を一つ吐きながらも側に居てくれたいつもとは明らかに違う。それに「義輝様」ではなく「公方様」って……
「ご先祖の為に命を懸けるのは良いでしょう、足利の秩序を世に広めると言うなら……まぁ頑張って下され。あぁ、同じ神輿でも畿内よりも地方に落ちた方が幾分マシかと思われますぞ」
ハッキリ言って足利の天下や足利の秩序など足利家の連中や幕臣、細川管領以外に誰も望んでいない。だが奥州の大名や毛利のように将軍家の権威を利用したいと言う連中なら高く買ってくれるだろう。
「あ、あの……」
もう何も怖くない!そんな心境にある藤孝はやんわりと、だがしっかりと「現実を見ろ」と告げていく。そんな藤孝の姿を見て、ようやく自分の考え無しの行いのせいで彼に愛想をつかされたのだと理解した義輝は徐々に涙目になって行く。
だがその涙も、藤孝からすれば苛立ちを感じる要因にしかならなかった。
逃げる先は将来治めることになる九州か、それとも自分が知る歴史よりも栄えている織田か今川か。長尾は……義輝の書状を貰ったら捕まりそうだから駄目だな。
「ふ、藤孝ぁ~」
「あぁそうそう。本気で親政をするおつもりならば今のままでは天下に恥を晒します故、伊勢殿に頭を下げて基礎から学んで下され。それとさっさと京に戻る為にも管領や幕臣共は斬り捨てて筑前守殿へ頭を下げるべきです。なんなら私が殺してきましょうか?」
何とかして自分を引き留めようとする第13代将軍足利義輝を一瞥することも無く、朽木谷を出た後の事を考える藤孝。とは言え、なんだかんだで今までの情があるので、彼女の為に最後の奉公とばかりに提案するも……
「い、いや、ソコまでしなくても……」
「あ、そうですか」
ここで日和らずに幕臣を殺す決断を出来れば、藤孝も義輝を見直したかも知れない。だが賽は投げられた。
足利が誇る最終兵器がコレからどう動くのか、それは神のみぞ知ることである。
――――――
朽木谷において細川藤孝が真剣に去就を考えていた頃、織田家が貧乏公家から譲り受けて(相場の倍以上で買い取った)京に居る者たちを滞在させている屋敷に客人が訪れていた。
「はぁ、それで当方にどうせよと?」
「いやぁ、特にどうしろと言うのは無いのですがね」
使者からの口上を聞き、素直な感想を述べる平手に対して、苦笑いで答える使者。
「御役目ですか。大変ですな。もしよろしければ茶でも点てましょう。あぁ、この後ご予定などは有りますか?」
その返答に「舐めてるのか?」などと返すこともなく、逆に「大変だな」と労う余裕が有るのは、彼が今まで主君関連で苦労をして来た経験から来るものだろうか。
「痛み入ります……ほほうコレは中々」
客人も平手からの気遣いを断ることなく、茶を点ててもらうことにする。そして目の前に出された茶器を見て目を見開くことになった。
ちなみに客人を驚かせたこの茶器。これは現在は平手の所有物だが元々は信長のモノである。尤もそもそもの所有者は先代の信秀で、彼は身代に見合わぬような高価な茶器をいくつも買っていたこともあり、そのコレクションは義鎮や千寿も唸るようなモノばかりであった。
信長はそれらの一部を京で公家や客人の相手をすることになるであろう平手や林に譲っていたのだ。
その為、彼らの茶道具は山科言継や他の公家も認める逸品であり、その辺の国人が持つ物とはレベルが違う。それを見た客人は思わず驚くことになったと言うわけだ。
さらに平手の腕は山科言継らが客人の饗応に不足はないと太鼓判を押すレベルである。結局モノと腕のバランスが取れているので、客人に「茶器に頼っている」等という不満を抱かせることもないという事だ。
それはともかくとして。
「ハハッ。所詮我らは尾張の田舎侍にございますれば、物くらいはキチンとしたものを備えねばお客人を迎えることも出来ませぬ。まぁ器に見合った腕が無いのは、勘弁願いたいですな」
「いやいや、十分以上ですぞ。当家でも貴殿程の腕が有る者は中々おりませぬ」
「左様ですか。貴殿程の方に世辞でもそう言って頂けるのならば主君に言われて腕を磨いた甲斐があると言うものです」
「世辞などと……うむ。見事なお点前です」
そんな簡単な饗応も終わり、お互いが世間話と情報収集を行う会談が再開されることになる。
とは言え、平手から何かをすると言うことは無い。
(ふむ、いきなり三好からの使者と言うから何かと思えば。あの阿呆め、ここで筑前守殿を暗殺して天下が収まるとでも思っておるのか?それとも自分の上に誰かが居るのが納得できなんだか?これでは神輿にもならぬわい)
ちなみに京における織田弾正忠家の責任者とされるのは、現在使者の対応をしていることでも分かるように筆頭家老の林秀貞では無く次席家老の平手政秀である。織田弾正忠家の内部においての筆頭家老は林秀貞で間違いは無いのだが、京の公家に尾張の家老の序列がどうとかは関係無いし、平手の方が公家や朝廷の覚えが良いと言う理由からだ。
それに当の林も平手を責任者とすることに異を唱えてはいない。
と言うかそんな役職に付きたくないので、信長や姫様を説得して強引に平手を代表にしたと言う経緯があるのだが、その辺は何時か話すことも有るかもしれない。
それはさておき、問題は三好が派遣してきた使者の狙いである。
用件は「公方に対しての定期的な献金が暗殺計画の資金となったこと」に対する詰問であった。だが平手にしてみれば「そんなん知らんがな」の一言。
実際献金した金で何をしようが公方の自由であり、使い道をどうこう言える立場では無い。それを暗殺に使われたからどうしろと言うのか?と言うのが素直な気持ちで有り、それを聞けば向こうも「まぁそうだよね」と言って話が終わってしまった。
そして三好からの使者にしてみれば、この事実に対しての織田弾正忠家の反応を確かめに来ただけだ。相手がこうして自分を迎え入れて、それで、どうしろと? と尋ねてきた時点で「あ、これは無関係だ」と判断出来る程度の頭も有ったのも、これ以上問題が進展しない理由である。
そもそも彼の立場とすれば、暗殺と無関係ならば「将軍家に対する献金を止めるように」と強制することは出来ない。
何故ならば、実際の立場や力の違いは有れど、三好も織田弾正忠家も管領に仕える陪臣格の家でしかないからだ。
さらに当主である長慶が従五位下筑前守ならば、信長も従五位下弾正少弼であり三河守も補任されているので、格の上では正しく同格の存在であるのも無関係ではない。
無論、実際の力関係で言えば、畿内を纏めつつある長慶と尾張の守護代の家臣でしかない信長との間には大きな差が有るので、要請と言う名の命令は出せる。
だがそれに従うかどうかは信長次第だし、従わなかった場合も尾張に対して何かを出来るわけでも無い。
そうなると三好家としても「尾張の田舎者が長慶の命令に逆らっても無事である」と言う前例を作ることになるので、問題が無ければ尾張の片田舎の人間に過ぎない織田弾正忠家には軽く釘を刺す程度で終わらせるつもりであった。
だがココで問題が発生してしまった。
「(この者、平手とか申したか。こやつはどう見ても単なる田舎侍ではないぞ)」
その問題とは、平手が使者の予想以上に京に馴染んでいることだ。
普通、地方の武士の場合は大名ですらがその礼法は拙いところがあるし、畿内の者の前で見栄を張ろうとするのか、その挙動はどうしてもちぐはぐになるものだ。ところが彼には一切の気負いもなければ、挙動に無駄もない。
尾張には斯波武衛がいて、今川や斎藤等と戦を繰り広げていると言う程度の情報しかない使者にしてみれば、これだけの人間を、尾張国内で使わずに京に送り込んでくると言う判断が出来る織田弾正少弼と言う人間の底が全く見えてこない。
今回の件で彼なりに織田弾正家を調べたところでは数年前に禁裏に4000貫もの献金を行ったことは知っているが、それだってギリギリだろうと思っていたのだが、その考えは平手を見て吹き飛んでしまう。
(……場合によっては織田を使って美濃の斎藤や伊勢の北畠を掣肘させることが出来るやもしれぬ)
三好家からの使者、細川藤孝が恐れる爆弾正こと松永久秀は、こうして畿内の戦には関係が無いはずだった尾張の織田弾正忠家の名をその脳裏に刻むこととなったのであった。
ぽんこつ将軍とKMF(キれる・三淵(萬吉でも可)・藤孝)。彼の後ろに紅蓮の炎がっ!ってお話
まぁ……足利幕府に忠義を誓っていなければ「なんでコイツと一緒に居るんだ?」ってなりますよねぇ。
そしてさらりと登場爆弾正。まだ弾正ではないので、普通に松永サンです。ちなみに九十九髪茄子は朝倉宗滴が500貫で買ったのを質入し、松永=サンが1000貫で買ったらしい。商人ボロ儲けだなっ!
1つ1000ポイントとかだったらなぁ。いや500、いやいや99でも……やべぇ涎が。
閲覧・感想・ポイント評価・ブックマークありがとうございます!




