77話。正室と側室、対面するの巻
前話のあらすじ
父、兄、爺 「「「三河に行くなら我らを倒してから行くが良い!」」」
長女 「チェストォォォォォォ!!」
三河安祥城。本来の城主である三河守こと千寿は信濃に居る為、三河の運営に関しては姫様こと義鎮が代行している。
その義鎮だが、最近は自分が妊娠していることが確定したので「そろそろ尾張に移りたいんだけど、千寿が戻ってこないから無理なんだよなぁ」と信濃の方面を見て溜息を吐くことが多くなっていた。
ちなみに尾張において信広は特に怪しい動きをみせず、それどころかすり寄って来た国人どもの名簿を提出してきたことでその忠義に疑いなしと判断した信長は、小一郎と小者からの情報を確認したいと言うことも有って紹策を伴い那古野に帰還しているので、現状で義鎮の相手をするのは彼女や千寿が三河で雇い入れ教育を施した小姓や、信濃から帰還した成政が連れてきた真田から紹介された望月何某と言う少女くらいである。
「お、お方様! 私、何か粗相でもしてしまいましたでございましたでしょうか?!」
「あぁ、別に貴女に対して溜息を吐いたわけじゃないから」
だから大丈夫よ~と言うと、あからさまにほっとした顔をしてくるのだから、義鎮としても対処に困ってしまう。
何と言うかこの望月、幸隆はおろかその上司であった信玄や、さらにその上司兼夫となった千寿から直々に義鎮の護衛として側仕えを命じられているので、やる気は十分なのだが……事実上の信玄の上司が相手と言うことで緊張をしてるし、望月家の当主からも「頼むぞ!ほんとに頼むぞ!絶対に粗相はするなよ!」と念を押されているためもあって、やる気がありすぎて常時空回りをしている状況だったりする。
まぁ大友家の姫であった義鎮にしてみれば「こういうのも久し振りだなぁ」と思う程度なのだが、望月にしてみればあまりにも地位に差が有り過ぎるので、直接話すことすら委縮してしまっていた。
そんな彼女に対して義鎮は「(何で私が気を遣わなきゃ駄目なのよ……)」と思うが、望月は千寿が自分の為にと付けてくれた側女である。さらに書状では彼女は優秀な忍びであり、必ずや義鎮の役に立つとまで書かれていたので彼女に対して不要とは言えないし、言う気も無い。
実際、望月はコレでも小さな家の当主の娘であり、読み書き算術は勿論のこと。それなりに人を使うことが出来るし、配下には出産経験者も数人いるとのことなのでその点に関しては義鎮としても大いに頼りにしている。
だがその彼女はどうにも失敗が多い。
まぁその失敗は相手が上司の上司の上司の妻だし、妊婦だし、それに失敗しても叱るとか折檻をするのではなく優しく慰めてくれる良い人だと言うことで、ますます失敗が出来ないと気負っているからなのだが。
最近の三河ではこんな感じで、己の失敗に委縮して顔色を蒼白にして涙目になる少女を主である義鎮が慰めると言う、一見互いが互いを気遣う関係……と言えば聞こえがいいが、実際は両者にストレスを溜めると言う、誰も得をしない状況が出来上がりつつあった。
流石の義鎮も「これはもう千寿に他の人員を頼むか?」と考え始めた頃。彼女の元に千寿からの書状を携えた信濃からの人員が送られて来たのであった。
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千寿が甲斐と信濃の国境で雪斎との会合を終え、新たに胃痛の種を植えられて高遠城に帰還した数日後、三河にて千寿から送られて来た使者が義鎮に挨拶をしていた。
「お、奥方様におかれましては、お初にお目にかかります!武田信玄と申します!(これが旦那様の正妻で、旦那様が心から主君と仰ぐ姫様か。なるほど、確かに雰囲気が有る。これはただのお嬢様じゃない。大名としてはわからんが、奥って言う意味では間違いなく勝てない)」
「吉弘義鎮よ。だけど初めましてって言うのもおかしな話かもね。と言うかもう少し楽にして良いのよ?(これが甲斐の虎。なるほどなるほど甲斐と信濃の国主は伊達では無いわ。以前挨拶に来た内藤何某と言い真田何某や三枝何某も一廉の人物だとは思っていたけど、彼女は別格。……信濃攻めでこれほどの人材を得ることが出来たのは正しく僥倖よね)」
正室と側室の初対面の挨拶。心の中で考えることは多々あれど、その格付けは義鎮が上となって終わったようである。
「い、いやぁソレは旦那様にも言われてますけど、何と言いますか……」
「ふふっ。千寿らしいわね。まぁいきなり馴れ馴れしいヤツよりはマシかしら?」
「そ、それはどうもありがとうございます?」
自分の前でガチガチに緊張している女性を見て、つい意地悪を言ってしまったが……コレは後から自分の夫と関係を持った女性に対して、同じ女が取る行動としてはしょうがないことだろうと自分の行動を省みる。
とは言え側室と正室の関係など自分も良く理解していないし、信玄の場合はただの女ではなく自分と同じく千寿を支える将でもあるのだ。その扱いは決して軽くは無い。
それに彼女は年上で出産を経験しているだけではなく国主も経験している、二重三重の意味での先輩でもある。その為「望月よりもずっと頼りになる存在が来てくれた!」と義鎮は内心でこのタイミングで彼女を送ってきてくれた千寿に対しての感謝の気持ちでいっぱいであった。
「まぁ少しずつ慣れていきましょうか。それで、千寿が信濃から動かずに貴女が来たと言うことは、三河の統治に関する引き継ぎは貴女に行えば良いと言うことかしら?」
「は、はい!そう聞いてます!細かいことは旦那様がコチラに!」
「「……」」
そう言って書状を差し出す信玄だが、そこで互いの動きが止まってしまう。
「……望月?」
「あひゃい?!」
そんな中、幸隆の上司である信玄とその上司の義鎮の会談に側女として同席していた望月は「私は木、私は石。何も見るな、何も聞くな!」と己に言い聞かせていたのだが、主であり最上位者である義鎮にいきなり声をかけられて動転してしまい、変な言葉を発してしまう。
「いや、驚いてないで、信玄からの書状を貰って来てくれない?」
「は、はい!失礼しましたっ!」
そんな彼女のリアクションに慣れつつあるが、溜息を堪えるのに苦労している義鎮と、自分もこんな感じなのかなぁと何とも言えない顔をする信玄。
そんな2人の視線を受け、側女としての仕事を忘れていたことに涙目になりながら、信玄の前に移動し「し、失礼しますぅ」とか細い声を出して書状を頂戴し、そのまま主に届けることに成功した望月に新たな命令が下る。
「ご苦労様。では貴女は下がって信玄が滞在することになる屋敷の準備をなさい」
「はい!」
ここから先は雲の上の人たちの会談である。そう言外に言われ、同席出来ぬことに不満を出すどころか喜び勇んで退出して行く望月と、その喜びを隠しきれない姿を晒す彼女を見る2人。
まぁ彼女にすれば住む世界が違う義鎮の側よりも、こうした雑務をしている方が気が楽なのだろう。それは当の義鎮も分かっているし、信玄も同様である。だが側女としてはどうなんだ?と思わなくも無い。
「何と言うか……奥方様も大変ですね」
「まぁね。だけど貴女も経験有るんでしょ?」
「いやぁ私の場合は世継ぎを産めるかどうかだけでしたんで、あんな風にはなりませんでしたね」
「へぇ。そう言う話は興味が有るわね」
「そうですか?あの時、騒いでくれたのは晴幸と虎昌くらいのモノでしてねぇ」
「あら?旦那様は?随分薄情ね?」
「他の女のとこですね」
「はぁ?!」
「ハハハ。怖がられてましたし、今の旦那様と違ってケチな奴でしてねぇ」
「いや、それだって……」
それからおよそ1刻。雲の上の人の会談はどうなった?と言いたくなるような世間話がされたらしいが、その内容を知る者はいない。
…………
「うん。非常に為になる内容だったわ」
特に旦那についてね。ホント男って奴は……
「いやぁそう言って頂けると、あんなヤツの事でも話した甲斐がありますねぇ」
子供まで作った相手をあんな奴呼ばわりと言うのは正直理解できないけど、世継ぎを作るだけの関係と思えば無くは無いのかしら?それに子供にはそれなりに愛着は有ったみたいだけど、父親に殺されたことについては、表に出すほどの怒りも恨みも無いみたい。
それはそれとして、苦笑いしながら頭を掻く信玄には最初の頃のような緊張は無いわね。それに話の内容からも千寿に対して裏切るとかは無さそうだし。正直評判を聞いて色々危惧していたけど、彼女は国主としてするべきことをしていただけなのよね。
悪評も恐れずに前に進むことが出来る彼女を羨ましいと思うと同時に、父親を殺さずに追放したことに関しては覚悟が足りないんじゃないか?とも思ったが、当時は彼女も若かっただろうし、そもそも父との戦いから逃げた自分が言えることでは無いと考え直す。
「で、千寿ってば本当にこの情報を今川に渡したの?」
人工の石に機織り機。糸車と千歯こきに洗濯板って、千歯こきと洗濯板以外はあの小者が喋ったってだけで、まだコッチでも実践してないのに。
「はい。まずは余裕が有る今川に試作して貰うとのことでした。その後で効果を確認して少しずつ信濃と三河に広めていくそうです」
「あぁなるほど」
尾張では紹策が動くけど、彼女は彼女で忙しいからね。博多から増員するって話だけど、順序から行けば最優先は鉱山開発に関わる炉であると考えれば、細かいモノは向こうに造らせても良いのか。
千歯こきや洗濯板に関しては、どうせ形を見ればどこでも量産出来るモノだし、糸車なんか見ても何に使うか分からないわよね。人工の石は……最初は失敗するでしょうし、機織り機は隠す必要が有るけどその辺は向こうも知っているでしょう。
千寿の怖いところはこれだけ相手に情報を与えても、直接の儲けになるような酒や椎茸などの情報は与えて居ないところよね。そうして相手に貸しを作ることに成功したんだけど……まさかその返礼が東三河の10万石か。随分高く評価してくれたものね。
「その結果が東三河10万石の割譲……いや、互譲です。今川との消極的な停戦を謳っておきながら、こうして戦まで認めるって言うのは…本当に怖いですねぇ」
領土を得る為に戦い続けてきた彼女にしてみたら、理解するのは難しいかも知れないわね。それに千寿も彼女に対して今川との関係をしっかり話したみたい。
「ねぇ?」
「はい?」
「織田に、私たちに恨みは無いの?」
今川との関係を知れば、今回の戦は公方の考えを利用したと言うことにも気付くわよね?それなら私たちも彼女の息子を殺した一因だし、そもそも彼女が血を吐きながら戦って来たモノを掠め取ったと言われても反論出来ないんだけど。
「あぁ。別に無いですね。親父に甲斐を攻められたのも、北信濃で景虎に負けたのも私です。親父に関しては当時の重臣たちの意見も有りましたが、北信濃で負けたのは完全に言い訳出来ませんし。そもそも今まで集めてた情報を見れば、織田と今川には不自然な点も有りました。それに気付かなかったアタシが阿呆だったと言うだけの話です」
「なるほどねー」
ざっくばらんに言い放つ彼女に嘘は無いと思われる。大名として現実を受け入れていると言うか、むしろ重荷から解放されたと言うか……きっと私が大友を出た時もこんな顔をしてたんだろうなって顔をする彼女を見れば、疑うのが馬鹿みたいに思える。
「それに……」
「ん?」
急にモジモジしだしたけど?
「旦那様との〇〇〇が凄くて、その辺はもうどうでも良いかなって…」
「……私は千寿しか知らないけど、そうなの?」
「はい。少なくとも前の旦那とかとは比べ物になりません」
「そ、そうなんだ」
真顔で頷く信玄に対して、何と答えれば良いか分からなくなるが、夫が褒められているのだから義鎮も悪い気はしない。
けど前の旦那とかねぇ。まぁ彼女だって女性だし?お気に入りの小姓も居たでしょう。それに昔のことを五月蠅く言う気は無いけどさ。でも…そっかぁ千寿は凄いのかぁ。
うんまぁ。そう言うのも良い旦那様の条件だって言うし、悪いよりは良いわよね!
それから2人は意気投合し、簡単な政策の引き継ぎの合間に旦那の自慢話に興じることになり、ソレを聞くことになった望月などは千寿に対して益々畏れを抱くことになる。
大友宗麟と武田信玄。本来ならば出会うことが無かったはずの2人は意外と相性が良いようで、千寿が密かに懸念していた正妻と側室の仁義なき戦いは勃発することなく、引き継ぎが完了し義鎮が尾張に移動するまでその良好な関係は続いたと言う。
誤チェストに非ず。
三河の日常回。この章は内政と言うかそう言う内部の話になりそう (今更)
自分が信濃から動けないので、信玄に三河の管理を任せる千寿君。まぁ5万石預けてるし、三河守の側室なので、正室が許可さえ出せば資格は有るもよう。
言ってしまえば筆頭家老ですからねぇ。 (次席は秋山になる)
上司の女子トークに巻き込まれた望月=サンが一番キツイってお話。
あ”~テニスみたいに15ポイントが基本になんねぇかなぁ~ (ポプ美感)
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