74話。転生ノート?の巻
やったね千寿君、仕事と心配事が増えるよ!
いやいや、何してくれてんだ藤吉郎。
姫様からの書状を確認し、思わず胃の辺りを押さえてしまう千寿。
書状には
『自分が四百年~五百年先の世界を知っているとか抜かした小者を確保した。そいつは尾張の中村と言う場所で弟に椎茸や硝石を作らせていたらしい。ただ作業は今年になってから始めたばかりらしく、本当に椎茸が出来るかどうかを確認することになる。とりあえずその小者が作った千歯こきと言う道具を送るので、量産して欲しい』
とあり、さらに小者が部屋に残していたと言う書類を写し書きしたモノと、そいつが語った内容を箇条書き風に書き記した書類。更に信長が雇うことになった小者の弟である小一郎(この辺りで千寿も藤吉郎だと確信した)と言う子供に書いた指示書の写しには、デカデカと『秘密厳守』の刻印が押され、独特の存在感を放っていた。
更に使者は尋問を勤めたと言う成政であり『気になることは成政に聞くように』と言う一文と共に千寿もその形を知る千歯こきと同じようなモノを持ってきていた。
いや、千寿にしてみればこれが有れば知識の元を疑われること無く内政チートが出来ると言う点では、有る意味ではありがたい話でもあるのだ。
だが、今は領土を拡張したばかりでやることが多すぎると言う時期であり、何故このタイミングなんだ?!と千寿が思うのも無理は無いだろう。
それはそれとして、緊張した面持ちで自分の言葉を待つ成政に対して、諸々の確認をしなくてはならない。
「成政。椎茸やら硝石に関してはわかった。そこで得られる硝石と信濃の硫黄が有れば火薬を精製出来るのも良いだろう。鉄に関しては神屋が造る炉が完成すれば増産も不可能では無い。そのため鉄砲を量産するのもわかるし、量産した鉄砲の運用方法についても良い。だがコレはダメだ。もしもこれを信長殿や姫様が実践するつもりなら即座に止めんと不味いぞ」
まず鉄砲の三段撃ちや十字火砲については良い。合理的に考えれば誰だって思い付くし、銃弾を防ぐための竹束等の手段は有る。だが千寿は威力を増す為に弾丸の形を変えたり、銃身に螺旋を刻むと言うことが書かれていることに対してはダメだと断言する。
つまるところライフル加工の知識なのだが、これは現状では実践させるわけにはいかない。
「はっ。どう考えても弾が詰まり暴発しますので、殿も実践をする気は無いそうです!」
「そうか。それなら良い」
家中でも津田算長に次いで鉄砲に詳しいと自認する千寿から教えを受けただけあって、信長もこの問題点には気付けたようで何よりである。
千寿も必ずや発生するであろう爆発事故により優秀な鍛治師や信長と姫様に悪影響が出る前に、向こうで止めてくれたことに安堵の溜め息を吐く。
これは千寿でなくとも、多少の知識が有る人間ならば誰もが「てめぇ!戦国時代の冶金技術を理解してねぇのかっ?!」と思わず叫びながら胸ぐらをつかんで説教をするレベルの問題だ。
まず大前提として現在の火縄銃はただでさえかなりの頻度で暴発や弾詰まりを起こすモノだ。それなのに銃身に螺旋を刻み、銃弾に抵抗を与えるなど、正気の沙汰ではない。
千寿も素人なので細かい技術は知らないが、ライフリングを行うためには弾丸の加工が必要であり、現在の100%鉛弾の弾丸では不可能なのだ。
段階としては、まずは和紙を使った早合を作り、次いで和紙から錫や軟鉄のような柔らかい金属を使って火薬や弾頭を纏める薬莢を作った後で、この薬莢に細工する必要があった筈である。
それを行わずに、先込めのまま銃弾に抵抗を加えれば、鉛と銃身がぶつかり合って爆発するのは目に見えている。
小者が書き記した書類には、そんな感じで途中を省いたモノが多すぎるのだ。蒸気機関とか。スクリューを搭載した船とか。信長が好きそうな技術がかなり有るが、概要だけで実験したら間違いなく大量の死者が出るだろう。
さらに基本的に軍事に偏っているのも宜しくない。
とは言え脚気や壊血病に対する備え(もやし、パセリ、蕎麦等)や、ハンセン病に対しての備え(ブルーチーズ)だのと言った基礎知識に近いのは有るし、コンクリートや機織り機についての製造方法が有るのはありがたいとも思っていた。
ちなみにこれを見た千寿の第一印象は「工業化の第一歩は家庭内工業だろうが。ちゃんと段階を踏め!」と叱りつけたくなると言うものであった。
だが、その辺は実際にこの時代を生きなければわからない問題でもあるし、この俗に言う『転生ノート』は、今の段階で (と言うか基本的に)は誰にも見せるつもりは無かったのだろうから、勝手に見た人間がその内容に文句をつけるのは間違っているとも言える。
しかしそもそもの切っ掛けは姫様の前で口を滑らせた結果と言うことだし、こうして証拠を残すあたり自身が持つ知識のわりに迂闊過ぎるとも思うが、秘密がバレる時と言うのはこう言うモノかも知れないと考え直し、自分も気を付けないと……と、彼の行動を反面教師にすることにした。
と言うかコイツって前世で何してたんだ?
そこまで考えたところで、次はこの藤吉郎に関しての疑問が頭に浮かぶ。広範囲かつ細かい知識が有るのに、てっとり早く稼げる鉱山や塩についての知識が無いあたり、些か歪なのではないだろうか?
この不自然な知識の偏りに、千寿としては首を傾げざるを得なかった。
まぁ実際のところ、この転生者は前世の段階で自身が転生した際に備えて転生ノートを書いて居たタイプの人間であり、調べた内容は『日本でもヨーロッパでもどこでも使える』ことを第一としていたため、塩や鉱山については除外していただけの話である。
反射炉や高炉については考えもしなかったのだろう。それらしきモノとしては、耐火レンガ (笑)とだけ書いていた。
結局それらに関しては既に千寿が行っていた行為とのダブりが無かったので、普通に良いことなのだが、二言目には魔法やスキルが有れば……と言う愚痴はどうにかならなかったのか?と、千寿もややうんざりしていたりするのは、ご愛嬌と言ったところだろう。
それはさておき。
「技術や農作物の生産に関しては実践してみなくては良くわからんが、まぁ使える可能性は有るだろう。だが歴史に関してはまるで使えんな」
とりあえず重要なのは、自分達に使えるかどうかだ。そう言って『技術』と書かれた書類から『歴史』と書かれた書類に目を向ける。
細かい性格なのか、その中でもご丁寧に近畿だの東海だのと分類されていた。
ただ、その内容は信長や毛利に関しては詳細に書かれているが他は非常に雑であり……そもそもが西暦だったり、長良川の戦いだの桶狭間の戦いだの、墨俣一夜城に関しても書かれていて、その中でどうやって手柄を立てるかを真剣に検討していたことが伺える。
しかし、『長良川はどうしようも無いが、桶狭間なら調べた振りをして報告をする』等と言ったあまりに戯けた内容が書かれているところをみると、この著者は自分で戦うと言った選択を選ばない、非常に舐めた性格をしていると言うのがわかる。
だがまぁ、そもそも信長が道三の娘を嫁に貰うことは無かったし、正徳寺の会見など発生していない。そして長良川の戦いも無かったし、国譲りの書状も貰っていないので、信長には美濃へ侵攻する理由も意欲も無ければ今川も尾張へ侵攻する予定が無いのが現状だ。
つまり小者が知る信長や諸大名は男で有ることに加え、信長が千寿によって成長を早められたりしているので当然全ての前提条件は破綻していたと言うのが、この歴史ノートに信憑性を失わせた一番の要因と言えよう。
「そうですね、殿や姫様もこちらに関しては気にする必要は無いとのことでした」
そう言って『歴史』のノートに対して嫌なモノを見るかのような視線を向ける成政だが、気持ちはわかる。
……ちなみにさりげなく自分の結婚相手の情報を得た信長だったが、それが女であったことから「え?貴女そんな趣味が?」とか「殿、私は殿の事を好きですけど、そう言うのはちょっと……」とか「いやぁ。趣味は人それぞれやと思いますけど、生産性が無いですよ?」などと、散々姫様や恒興や紹策にからかわれた結果「有り得るかぁ!コヤツは儂をなんじゃと思っておるんじゃ!」と書類を地面に叩きつけてプンスカしていたらしい。
後は義昭に関してだが……『今の公方が三好に暗殺される可能性は確かに有る』としながらも、態々その敵討ちと称して義昭を奉じて上洛をするつもりなど無いし、それから10年以上畿内を中心に戦い続けて最期には京で明智光秀の裏切りによって死ぬことに関しては、思わず「うげっ」と声を挙げることとなったとか。
とりあえず信長もこれを無駄に引きずることなく『物語としては面白いかも知れんが、こんな人生はゴメンじゃな』で終わったのは間違いなく良いことだろう。
姫様に至っては、キ○スト狂いとなった大友宗麟が率いる大友家が、日向で寺社仏閣を破壊したり、島津に惨敗してグダグダになった辺りで書類を握りつぶしてしまい、挙げ句に『この宗麟って馬鹿は誰のことよっ!』とその場に自分が居たら、非常にリアクションに困るようなことを叫んでいたらしい。
そもそも小者にとっては信長が死んでからが本番だったらしく、毛利との戦の最中に信長を呼び寄せる口実や、光秀に対する讒言。さらに信長の妹だの妹の娘だのをどうするとか、家康は必ず殺すだとか、成政への悪口や報復方法だったりとかが並べられていた。
歴史の流れを知らない人間が見たなら率直に言って只の黒歴史ノートである。
でもってそんな黒歴史ノートで腹を切らされることになっているのだから、成政としても面白い筈がない。とは言え使える情報は拾い上げるべきである。
「ただ、畿内や九州、中国、四国の大名の分布に関しては多少の違いは有るが、概ね正しい。現状で西に行くとは限らんが行かんとも限らん。参考程度には覚えておけ」
「はっ!」
姫様からも似たようなことは言われていたのだろう。成政としても、不満は有れども資料としての価値を認めることに異論は無いようだ。
そう。特に公方に関われば不幸になるし、畿内の大名は信用出来ないと言うことは確かな事なのだ。降伏した連中が裏切りまくると言うのも正しいので、決して信用しないと言う心構えは必要だろう。
「で、問題は技術の実践だが……信長殿はなんと?」
まさか手当たり次第とか言わないだろうな?と微妙にやりそうで怖いことを想像するが、基本的に新しいものは好きだが、根が現実主義者である信長と神屋と姫様の3人が揃っていれば無駄な賭けはしない。
「えっとですね。まずは一番簡単に出来そうなヤツで、酒に灰を入れて清み酒とやらを造るそうです。それが出来たら神屋様に販売してもらい、その売り上げを資金源として色々やってみるとか。あ、足踏みの機織り機は神屋様が率先して造るとのことでした」
「なるほど」
うむ。最初に簡単でリスクが少ない物から試すのは正しい。更に機織り機が有れば千歯こきにより仕事を失った人間の働き口にもなるからな。まぁ急激な領土拡張のせいでやることが多すぎて元々労力が足りんのだが、それでも純粋に生産力が上がるのは助かる。
とは言えこれらの情報は秘匿が優先されるので、すべて尾張での作業になると考えれば、尾張に機密が集まり過ぎると言うことになるか。
それを考えれば刺客対策で真田を送ることにして正解だったな。まぁ信玄もいるから、防諜に関しては彼女に相談するとしよう。
いきなり降って湧いた内政チートの知識。千寿は態々こうやって書き残そうとは思わなかったので周囲に伝える術を持っていなかったし、そもそも技術と言うのはアホみたいな予算や秘匿するための多大な労力を必要とするため、中々踏み切れなかった部分もある。
それらの予算を椎茸や清み酒で賄い、労力を神屋が負担すると言うなら是非もない。
「ちなみにこの技術の中で、信長殿が俺に優先して実行させたいモノと言うのは有るのか?」
技術が盗まれた際の対抗策を講じる必要が有るが……まぁそちらは信長に任せようと判断した千寿は、書かれている内容を流し読みしつつ尋ねる。
「え~その千歯こき以外に関しては特に何も言われてませんね。吉弘様もお忙しいでしょうし、出来ることをすると言う形で良いのでは無いでしょうか?」
そんな千寿の問いに対する答えは、まさかのフリーハンドであった。これが自身に対する信頼なのか、技術の重要さに気付いていないのかは微妙なレベルだが、何にせよ自分のペースで出来ると言うのはありがたいことでもある。
「なるほどな。あとはこの知識についてだが、側室の信玄には伝えても?」
「あ、それについては吉弘様に一任するそうです!」
この質問は姫様にも予想されて居たのだろう。千寿が良いと思うように活用せよと言う非常に有り難い許可が出ていた。
「わかった。ではこれより量産に入るとしよう。あぁ、信長殿から頼まれていた尾張へ送る人員に関しては、既にそれぞれに通達済みだ。これがその一覧になるので、向こうに戻る際に一緒に連れていってくれ」
「はい!ありがとうございます!」
そんな千寿の言葉を受け、成政が、いや、尾張に居る全ての者が最も望んでいた即戦力の増員が叶い、小者の相手をしてイライラしていた成政は思わずニッコリすることとなったと言う。
さて、これから内政の時間だな。
今の織田家はおよそ80万石の大名で、周囲に確たる敵も居ない。姫様の出産や飛躍の為の準備期間と考えれば悪くない。後は………ふっ。
自分一人が苦労して堪るか。千寿は甲斐を眺めながら黒い笑みを浮かべて居たと言う。
まぁ、何が使えて何が使えないかの取捨選択は大事ですよね。
転生ノートって一部では何気にメジャーらしいってお話。
感想にて指摘をいただきましたが、千寿君はミニエー弾の土台を薬莢と勘違いしてますが、ミニエー弾は螺旋の衝撃を受ける為にあえて土台をコルク等の柔らかい素材を使用しているだけで、薬莢とは別物であり、紙式薬莢でも問題有りません。
ただライフリングを施すことの難しさと、ライフリングした銃を使うためには単純な鉛玉ではなく、土台に加工を施された特殊弾が必要なので、戦国時代の技術では銃身も弾丸も量産は不可能と言うことですね。
宣伝のようなものはお休み。
閲覧、感想、ポイント評価、ブックマークありがとうございます!




