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風神天翔記 ~とある修羅の転生事情~  作者: 仏ょも
四章。尾張統治と下準備編~
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73話。主人公、実は人間だった?の巻

千寿君と甲斐・信濃の国人のお話。

「此度のこと各々思うところもあろうが、これも兵家の倣いと思って頂きたい」


「「「……はっ」」」


南信濃高遠城。武田晴信改め信玄からの書状によって織田への降伏を選んだ秋山信友、馬場信春、内藤昌豊の3名は上座に座る吉弘三河守鎮理に対して頭を垂れていた。


実際のところ秋山らには千寿に対して思うところも含むところも無い。弱みを見せれば食われるのが戦国乱世であるし、今まで自分たちはそうやって大きくなったのだ。


それをやり返されただけと言われればその通りだし、むしろこれからは三河や尾張と言った穀倉地帯を背景にした領地を貰えると言うことなので、今よりも気が楽になると思っているくらいだ。


……秋山個人としては信玄の腰を砕いたり、景虎たち越後勢を潰した千寿に対して、男として負けを認めていると言うのも有る。


そして馬場信春や内藤昌豊も、千寿や織田家に対しては思うところは無い。二人共秋山同様に、弱みを見せた方が悪いと思っていて、今川の介入を読めなかった自分たちの迂闊さを責めていたくらいだ。


さらに内藤の場合は、深志には碌に兵糧もなかったのであのままでは戦うにも戦えず、さりとて長尾には降れずと言った状況で身動きが取れなかったし、馬場の場合は腹を切るか美濃の火事場泥棒に降るしかないと覚悟を決めていたのだ。


そこに秋山が現れて「晴信様が織田に降った。三河に土地を用意するそうだがお主らも降らぬか?」と言う誘いをかけられれば、断ると言う選択肢はない。


そんなわけで内藤に従っていた北信濃国人衆と、馬場に従っていた甲斐の国人衆の一部は城を開城。織田に従うこととなった。


ちなみに馬場と共に斎藤と交戦していた木曽福島の城主である木曽義昌は、斎藤に降伏している。


結果として武田家は完全に分散することになった。著名なところ(武田24将)では、甲斐・今川に降伏したのが穴山・一条・小幡・原・小山田等で。信濃・織田に降伏したのが秋山・馬場・内藤・真田・土屋・三枝等である。


また長尾との戦で春日や山本は戦死しており、飯富兄弟は甲斐にて信虎に従わず交戦したので、信玄の嫡男と共に首を刎ねられている。


このような事情から、武田の旧臣のヘイトは今川(正確には信虎)に向かっており、織田に対しての隔意はほとんど無いと言っても良いだろう。


千寿もそれを理解しているが故に、最初に釘を刺すのを忘れない。


「よろしい。では織田に降った以上は織田の基本方針を理解してもらう。現在の織田弾正忠家は急激な領土拡張の為国内の統制がいささか脆弱なところがある。それ故、甲斐を奪った今川とは消極的な停戦をする予定であるし、長尾とは公方様を介した不干渉。美濃斎藤に関しては、向こう次第では有るが積極的に戦をしかけるつもりはない。まずはこの点を理解してもらいたい」


千寿は統制に脆弱なところが有ると言うか、実際のところは信長によってギチギチに締め付けられている(もしくは泳がされている)上に、生かさず殺さず……と言うよりは、やや殺す方に片寄っているんじゃないか?と思えるほどの仕事量を押し付けられていて、過労で倒れそうだと言うのが尾張国人衆の本音だがその辺はわざわざ説明することでもない。


目の前の3人も今は素直に頭を垂れているが、その底には不満はあるだろう。だからこそ後から暴発しないようにしっかり情報を与えることで自重を促したいと言う思いが有る。


まぁ彼らほどの人間が簡単に感情に任せて何かをするとは考えづらいが……甲斐に居た彼ら重臣の妻子は全員信虎によって殺されている事を考えれば、釘を刺すことは必須だと判断したのだ。


「「「はっ」」」


そして千寿の考えるように、彼らには信虎に対して思うところは有っても、感情に任せて暴れると言うことはない。そもそも自分たちが追放した信虎が甲斐に帰還したならそうなるだろうと覚悟をしていたと言うのも有る。


「また今川に対しては金銭を支払い、貴殿らに従う者たちの妻子を引き取る予定だ。そのための停戦でもあるのだと言うこともそれぞれの家来衆に伝えて欲しい」


「「「はっ!」」」


そう。彼ら重臣の妻子は殺されたが、流石の信虎も一般の兵卒や彼らに従う下級武士の家族まで皆殺しにはしていない。そこで千寿は雪斎に対して、コレを引き取ると言う名目で公式に消極的な停戦をしたいと言う旨を伝え、正式に義元からの了承を得ていた。(実際は甲斐に侵攻する前からの決め事であり、信虎の行為は暴走以外の何物でもなかったと言う裏が有る)


これにより織田に降伏した者たちは後顧の憂い無く三河に移り住む事ができるようになるので、彼らからの評判は今のところ上々であった。


そこで残る問題はこれからのこととなる。先ほど千寿が述べたように、しばらくは内政に集中する必要があるのだが、ここで問題が発生してしまった。


「……しかし貴殿らに一つ謝罪せねばならぬことがある」


「謝罪……ですか?」


3名を代表して秋山が千寿に声をかける。ここまで自分たちを気遣ってくれた彼に現時点で自分たちに謝罪するようなことが有るとは思えないのだが、一体何が?


「うむ、貴殿らに与える所領についてだ」


「所領ですか……」


約束では秋山が三河に2万石、馬場と内藤が三河に1万石であり、5万石を与えられた信玄の与力のような形になるという話であった。信濃衆については土地ではなく禄の支給を行い、手柄によって加増の予定と言うことであり、その数字も現実的なモノであったからこそ配下の者たちも安心して織田に降る事を認めたのだが……まぁ馬場や内藤は最初からあまりにも美味しすぎる話であったので、何かしらのごまかしはあるだろうとは思っていたので驚きはない。


だが降ってから約束を反故にされては、説得をした秋山や信玄の面目は丸潰れである。その為秋山は何を言われても暴発しないようにと唇を噛み締め、拳を握り締める。尤も、彼の横に座る信玄には千寿に対する憤りなどこれっぽっちもないので、馬場や内藤はそれほど悪いことではないと予想しているし、実際秋山の気構えは杞憂である。


「実は織田弾正忠様より尾張にも人材が欲しいと言う要請があってな。内藤と三枝と真田には三河ではなく尾張の殿に仕えて貰いたい。知行は内藤が2万石で三枝と真田は1万石だ」


「「は?」」


秋山は元より、いきなり主君の直臣となり、さらに予定の倍の所領を与えると言われた内藤も頭を思わず上げて「マジ?」と言う表情を浮かべる。


「その為、馬場には三河で2万石となる。ついで秋山には飯田で4万石。土屋にも信濃で1万石を預かって貰いたいと思っている」


「「は?」」


いきなり倍増された馬場も、なぜ「その為」なのかが分からないし、秋山に至っては三河の2万石から信濃の4万石である。これは馬場や内藤と同じ倍増ではあるが、はっきり言って1万石から2万石とは訳が違うので、目を白黒させるしかない。


そんな彼らに対して「私も計算違いだった」と言う千寿。


「そもそもそこの信玄には散々言っている事だが、元々織田弾正忠家は守護代の代官に過ぎないので優秀な人材と言うのが少ない。さらに国全体や尾張と言う国を越えた視野の広さを持つ者という点では、筆頭家老の林殿や次席家老の平手殿くらいしかいないのだ。そのお2人が京に居る今、どうしても尾張で殿を支える人員が必要になる。そこで白羽の矢が立ったのが甲斐や信濃を知る貴殿らだ」


「は、はぁ」


まぁ言っていることは分かる。新興の家だからこそ即戦力は欲しいだろうし、それぞれが数千の兵を率いたり、郡司のような一職支配の実績の有る将などであれば文字通り喉から手が出るほど欲しいのだ。


そして彼らにそれなりの待遇を与えるとすれば、国人に不信感を持つ今の信長とて直轄領から土地を与えるのもやぶさかではないと言うことになる。


「所領の増額に関しては、率直に言えば三河に1万石と言った約束を違えることに対する詫びだ。それに2万石あれば、貴殿らに従う者達にもとりあえずは不自由の無い生活をさせることも出来よう?」


詫びで加増をするのもどうかと思うが、信長もいきなり膨れ上がった所領の管理に悲鳴を上げているので文句は無いそうだ。それにこれならば彼らを説得した秋山の顔は潰れない。それどころか他の国人たちから感謝までされるだろう。


「秋山が4万石なのは信玄の説得に加え、貴殿らの説得を行い成功させた実績を買ってのこと。つまり貴殿ら外様の者たちも実績を上げれば差別せずに加増すると言う意思表示だな」


「な、なるほど」


これは分かる。実績として馬場や内藤との差別化を図っていたからこそ、元々秋山に与える予定の石高は彼らの倍額だったのだ。その内藤と馬場が2万石となったのなら秋山も加増が必要だろう。


「また、これから九州の人間が来る。それらへの手当も考えれば、秋山に対して三河で4万石を与える事が出来なかったのだよ」


そう言って苦笑いする千寿。元々三河の西と中央でおよそ20万石あるうちの、信玄に5万石が確定している以上、ここで馬場に2万石と秋山に4万石を与えてしまえば、信玄に近しい勢力が千寿を超えてしまう。


信玄には千寿に逆らう気が無くとも、当然コレを問題視する人間は出てくるだろうし、面倒事が確定しているとわかっているなら避けるのが当たり前である。


その為、三河ではなく他所、そしてそれが地元である信濃に回ってもらうと言うのは、秋山としても納得のできる話だ。


「では、私は尾張の殿から送られてくる者に仕えることになるのでしょうか?」


それらの説明を受けて秋山も所領については納得した。三河の土地ではないのは残念と言えば残念だが、慣れ親しんだ信濃と言うのも悪くはないし、しばらくは戦も無さそうだ。


さらに今までは常に不安だった食糧事情が改善されているならばより良い統治が出来るだろうという算段もあるし、飯田は三河と信濃を繋ぐ要衝である。


新参の自分にコレを預けると言うのは、紛う事なき信頼の証であり、己の仕事と実力を評価をされて嬉しくないハズもない。


ここまでは良い。問題が無いどころか最良だ。なのであとの問題は指揮系統となる。ここであまりにも阿呆な奴が上司になっては全てが台無しなのだから、本来なら誰でもいいから従えと言われる立場の彼が、自分の上司を確認したいと思うのは当然のことである。


「いや、暫くは信濃も私の管轄だ」


「……かしこまりました」


苦笑いする千寿を見て、織田弾正忠家の人材不足は本当の意味で深刻なレベルにあるのだと認識した秋山。千寿としては甲斐と信濃の国人衆は自分で抱え込みたかった。尾張はソッチでなんとかしろと言いたかった。


だが無理をさせて本貫が揺らぐのは問題だし、そもそもこれから姫様が尾張に行くのだ。ならば万全の体制を築かせるのが夫の勤めであろう。


まぁ先程も言ったようにこれから九州からも人が来るのでそれほど厳しいと言うわけではないのだが……彼らはあくまで次男や三男に過ぎないので、視野の広さはともかくとして統治に関しての経験や実績という点では目の前に居る者たちに数歩劣るのも事実。(九州から尾張・三河に来たら嫌でも視野は広がる)また姫様の為にも九州勢は尾張にこそ多く配置して経験を積ませたいと言うのもあったのだが、今回の配置替えでそれもご破産となってしまった。


千寿がここまで人材を欲するのはワケがある。まぁ真田とか欲しい!と言うミーハーな部分も無いわけではないが、千寿にしてみれば、元々彼らが居なければ三河と南信濃の領地経営など不可能だと思っているのだ。


そして信長や姫様たちは大きな勘違いをしていることに気付いていない。


それは千寿に対する過大評価だ。そもそも千寿は将帥で有って大名ではない。40万石を差配した経験も無ければ、上に立つつもりもサラサラなかった人間だ。つまり姫様を鍛えたり支えることは出来るが、姫様の代わりにはなれないと言うことを彼女らは理解出来ていない。


つまるところ『使われる立場』である雪斎が『使う立場』である義元に代わる事ができないのと一緒である。


これがもしも10年後や20年後で、段階を踏んで様々な経験を積んだ後なら問題ないのかもしれないが……今年20になる若造がいきなり40万石の管理運営をするのは、流石の千寿としても正直キツいと言わざるを得ない。


それは信長も似たような状況であるが、元々向こうは地元だし配下もそれなりに居る上に、姫様が出産の為に尾張に移るので十分なサポートも受けることが出来る。これに対して、千寿は完全に手探り状態だ。


千寿とてそれなりに自分を鍛えてきたと言う自負はあるが、それは所詮一軍の将としての話。前世の知識と九州から尾張まで渡ってきた経験、つまり実際の戦国時代を渡り歩いた結果視野が広まったと言うのはあるし、早朝から夜半までの書類仕事を苦にする性格でも無いが、自身の素の能力は雪斎や義元には及ばないと自覚している。


それなのに三河の大半と今川・長尾・斎藤の係争地帯である南信濃を含む領地の管理を一任ってなんだよと叫びたい気分である。以前は信玄には何でもないことのように話したが、正直彼ら国人衆が居ることを前提としていたので、これからの領地経営を思うと頭が痛い。


……まぁ心から妊娠を喜ぶ姫様の手前そんな弱音を吐くつもりはないし、武田信玄と言う国主経験者がいるので最悪でも潰れることは無いだろうと思っているが、それでもキツいものはキツいのである。




こうして、これから今川や長尾と連絡を取りつつ新参の家臣を取りまとめ、さらに国内を発展させる為に手を尽くすことを覚悟した千寿であったが……そんな彼の生きがいでもある姫様(愛する妻)からの急報が届けられ、胃にもダメージを受けることになるのはこれから数日後の事であった。



甲斐・信濃の国人はこんな風になったという説明回ですね。


ついでに千寿君。無表情で当然のような顔をして仕事をしていますが、まだ19の若造(中身は微妙ですが)で、修羅だけど一応人間です。そして人間は経験した事がないことは出来ない生き物ですし、人材も容赦なく引き抜かれていくので、これからの領地経営ではデスマーチが確定している模様。


それでも「千寿なら大丈夫よね!」と笑顔で送り出してくれる奥様に対して「出来ません」とか「キツイっす」とは言えない悲しい生き物なのです。ってお話。




宣伝のようなものはお休み。


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