70話。島津の事情の巻
ノッブ、島津を知る!
あらすじにも有りますが、この作品はシリアルです。さらに武将のTS化や登場人物の年齢に多大なご都合主義があります。
誰の目にもつかないようにそそくさと湯浴み場に行き、ささっと身を清めてから着替えを終えた信長は、未だに離れた位置からでもわかるような怒気を感じさせる姫様の下に行く前に、そもそもの疑問を片付けるため奥の部屋で待機していた紹策を見つけて声をかける。
「……神屋よ、お主よく無事じゃったのぉ。何か秘訣でも有るのかや?」
それなり修羅場を経験している自分ですら、先ほどの姫様から発せられる威圧はキツかったと言うのに、この細目の商人は少し驚くだけ済んでいたように思えるのが不思議でしょうがないので、何かコツでもあるのかの?と思いついつい聞いてみる。
「あぁ、それはアレですよ。僕も多少の覚えはありますし、そもそも初めから姫様や若殿、それに信長様を前にして油断なんかしてませんからね」
「……なるほどのぉ。確かに儂も油断しとったのは否めんわな」
その疑問に対する返答は「気を抜いていないから」と言う、修羅の国で商売をする上では当たり前の事であった。まぁ九州に限らず、この時代の商人は立場が弱いので、カッとなった武士に斬り殺されることもあるので油断などしないのが普通である上に、紹策の場合は姫様や千寿繋がりで『多少の護身術』は身に着けていると言うのも有る。
ちなみに九州の商人にとっての『多少』は尾張の武士が想像するようなモノではないが……今のところ信長がそれを知る事は暫く無いだろう。
「まぁ、それは良いわ。それはともかくとしてじゃよ?そもそも何でいきなり姫様が怒ったんじゃ?シマズとは知り合いか?」
自分が粗相したことに関してはスルーしてくれるようなので、さっさと話を変える信長。それはともかくとして、シマズだかシマヅだかは知らないが、明らかに中庭から聞こえた声を聞いて義鎮が怒気を発したのは事実である。そして自分にはまったく聞き覚えが無い言葉だったので、それが一体何なのかを気にするのも当然だろう。
「あぁ、島津義弘様ですね。まったく、よりにもよって姫様の前でその名を出すなんて……九州ではそんなことをする阿呆はいませんでしたが、流石は尾張ですなぁ」
うんうんと頷きながらしみじみと語る紹策からは隠しきれない侮蔑の気配が出ていた。そして信長が気になるのはその島津義弘と言う名である。
「ふむぅ。それで、結局その島津義弘…殿とやらは何者なんじゃ?吉弘殿や姫様と浅からぬ関係が?」
そうでなければあそこまでの殺意は出さないだろう。しかも意図的にではなく咄嗟に出た感じからすると、その関係は相当根深いような気もするわけで……
「あぁ、そもそも島津家と言うのが大友家、と言うか若殿様が大友家の仮想敵として最も警戒していた薩摩の大名さんでしてね」
「は?吉弘殿が警戒?」
それはどんな化物なんじゃろな?今の自分ではまるっきり想像も出来ないが、九州とは一体どうなっているのだろう?それに薩摩って……何処じゃ?
混乱しながらも頑張って九州について思い出そうとするが、そもそも正確な地図すら無かった時代である。当然九州の地形や大名の分布図など出てこない。聡明な信長をして「なんか聞いたことが有る」程度であった。
「そうですね。で、そこの現当主が島津貴久様と言う方です」
そんな信長の混乱を知ってか知らずかさっさと話を進めていく紹策。彼女は基本的に無駄が嫌いなので頻繁にこう言う態度を取るのだが、この辺の価値観は信長も一緒の為、彼女の態度に不快になるどころか高く評価しているところである。
「ほほう。では次期当主がその島津義弘…殿とやらなのかの?」
でもって信長は会話の流れからその存在を推察する。
流石に彼女もヨシヒロと言う名を呼び捨てには出来ないのか、付け加えるように『殿』と言う敬称を付けている。まぁ下手にヨシヒロと呼んだのを聞かれて、機嫌を損ねた姫様に「軽々しく呼び捨てにすんじゃないわよ!」と折檻されるのもゴメンであるので、このくらいの不自由は構わないのだが。
兎にも角にも、大友家の次期当主であった姫様が、千寿が警戒する大名家の次期当主と仲が悪い…と言うか敵視するのはわからないでもない話である。
「いえ、あそこは4人兄妹でして、次期当主は長男の島津義久様。義弘様は二番目の長女さんなんです」
「ぬ?」
薩摩の大名の名も知らなければ次期当主の名も当然知らない信長にすれば、さらにそこの2番目の名前が出てくることがさっぱり理解できない。それが自分の連れてきた者の口から出たと言うのが尚更わからない。
「それで、大友家と島津家と言うのが時に味方、時に敵と言う間柄なんですな」
「ほう」
ところどころ気にはなるが、まだ紹策の話は続いているので、とりあえずは大人しく最後まで聞くことにする。
「ここで問題になるのが姫様を廃嫡しようとしていた大友家の当主様、まぁお父様ですね。何でもこの人が、姫様を義久様に嫁がせると言う意見を出したことがありまして」
「はぁ」
まぁ政略結婚と考えれば……無くは無いのか?次期当主であった姫様にしてみれば堪ったもんじゃ無いのは確かだろうがのぉ。
「しかもその際、若殿を向こうの長女の義弘様の婿にどうかと言う提案もされたそうで」
「ふむ」
吉弘殿は次男じゃし、これも無くは無い。と言うか姫様を嫁に出すよりは理解しやすいわな。言うなれば姫様と吉弘様の二人を府内から追い出して、さらに別々の相手と婚姻させることで、完全に縁を切らせようとしたわけかや。
それで姫様が吉弘殿を慕っていれば、姫様の夫になった義久とやらや、吉弘殿の妻となった義弘とやらも面白くはないじゃろうし、そこで殺されたりすれば戦の口実にもなるわな。それに姫様も吉弘殿も無抵抗と言うわけでもないじゃろうから、島津家にも少なくない損害が出るじゃろうよ。
当主として考えれば悪くない策ではある。
「ですが島津家としては大友家による乗っ取りを警戒したようで、姫様の輿入れは拒否されました」
「まぁ普通ならそう考えるわな」
もしそうでなくとも、当主と仲違いして事実上追放されることになる次期当主を娶っても家の繋がりには期待出来んし、一応戦の口実にはなるのじゃろうが、それが役に立つのがいつのことになるかはまったくわからんからのぉ。それに大友家の姫だと扱いも面倒じゃろうし、島津が断る気持ちも分かるわい。
「それは当然姫様にとってもありがたいことだったのですが、問題は若殿でして」
「なるほど」
ようやく問題の本質が信長にも見えてきた。
「つまり、大友家の重臣の次男坊である吉弘殿と島津家の二番目である長女の義弘…殿の婚姻は島津家も認めたのじゃな?」
「そうです。家格を考えれば大友家の方が島津家よりも上なので、豊州三老と呼ばれた重臣の子である若殿と島津家の長女は、ある意味でちょうど良かったのですね」
今の織田で言えば、利家や成政を外交的に敵でも味方でも無い北伊勢の神戸家の娘婿にするようなモノだろう。向こうにすれば乗っ取りの心配はない上にこちらとの繋がりが出来るし、コチラとしても北伊勢に足掛かりが出来ると考えれば悪くはない。
「しかし姫様は納得せんかったんじゃろ?」
今の様子を見てもそうだし、昔っから吉弘殿一筋じゃったみたいじゃものなぁ。
「ですね。お父上からすれば姫様の傍に居る重臣の子を排除することで、吉弘様と言う後ろ楯を無くそうとしたのでしょう。一度は若殿の婿入りを承諾したのですが……姫様や周囲の重臣からも壮絶な反対を受け、大友家の中ではこの話は立ち消えとなりました」
「それはそうじゃろ」
少しでも吉弘殿を知ればわかるわ。なにが悲しくて吉弘殿程の人材を他家にやらねばならんのじゃ。大名として考えた場合、策の成否よりも人材の流出が痛い。それに気になる言葉がまた一つ。
「しかし今大友家ではと言ったよな?」
そう、間違いなくそう言った。つまり向こうは…
「はい、島津家では諦めてません。と言うか『お転婆な義弘様にもようやく春が!』と親兄弟、家臣一同結婚に賛成していたので、勝手に婚約を打診してきて、勝手に婚約を解消されたことに今でも文句を言っております」
「……どこもかしこも大変じゃなぁ」
自分が現在そんな感じになりそうなので、信長としては島津家の気持ちが良くわかる。しかし千寿が九州を出てから5年である。それなのに未だに諦めていないのか?
「あ~ちなみにその島津義弘殿は今何歳なんじゃ?」
もしも姫様と同い年なら流石に新しい出会いを探さないと拙くないかの?そう言う意味を込めて確認してみたのだが、その心配は良い意味で裏切られることになる。
「僕らの2つ下ですから、今は17歳ですね。最近では修羅っぷりに磨きがかかっていて、このままでは絶対に相手が出来ないと評判ですね」
「うわぁ」
と言うか5年前の12歳の頃からお転婆で相手が見つからないと思われていたと言うことにドン引きする信長。自分の事は棚どころか城の屋根の上であるが、現在14歳の彼女にはまだ年齢的な余裕が有るので、コレもまぁ仕方ないことだろう。
「と言うわけで、姫様にとって島津義弘様は決して無視出来る相手ではありません。若殿からの指南の際も、同い年の島津義久様と比較されたりしていたようですし、下の2人はともかく義久様と義弘様に関してはかなり意識をしているのでは無いでしょうか?」
「なるほどのぉ」
次期当主としてもそうじゃし、女としても警戒する相手か。そんな相手の名がいきなり聞こえてきたので、姫様も反応したんじゃな。それについてはわかった。
「島津義弘殿については良くわかった。しかし、ならば何故その名が儂が尾張から連れてきた者の口から出て来たのか……」
先程までの賑やかな雰囲気から一変し、ギラリと言う音が聞こえてきそうな目つきになる信長。そもそも信長は姫様や千寿の裏を探る気はないし、家臣たちに九州を探れなどと言う命令も出していない。
その為、現在の織田弾正忠家で九州についての知識が有るのは、当の2人以外は京で様々な事を学んでいる林や平手だけであり、尾張全体で言っても最初に2人の言葉の裏付けを取ろうとした御用商人の堀田や、それと一緒に博多まで着いていった津田算長。後は目の前の博多商人神屋紹策のみ。
このメンツの中で態々利家や成政の配下に九州の人間の情報を流すような連中は居ないし、そもそも自分が連れてきた者たちは各地の城代や代官の仕事で手一杯である。九州について尋ねる余裕が有るはずがない。それなのに何故?
「そうですなぁ。まずそこが不自然です。最初に考えるのが姫様に対する刺客ですが、まぁコレは無いでしょう」
「じゃろうな」
大友家の次期当主が振るわないからこそ、大友家から人材が流出するという話になっているのは聞いている。それだけを考えれば刺客を送って来る可能性もないわけでは無い。だが今回は違うだろう。その根拠としては、刺客が殺すべき相手の名(この場合は姫様の名前)を知らないと言うことなど有り得ないからだ。
「そして刺客で無いなら、信長様の配下の方が雇い入れたのがたまたま九州出身者であったと言う話になりますが……これもねぇ」
「どんな確率じゃよって話じゃな」
三河や美濃の出身と言うならまだしも、九州出身の者が尾張に居るか?と言われれば、絶対に居ないとは言い切れないがまず居ない。と言う答えになる。
「そもそも姫様も若殿も数年前に九州を出奔したと言うことは九州の人間であれば誰でも知っております。さらに今もその名を隠しておりません。ですので相手が九州からの刺客や姫様の情報を集める草であるならば、ヨシヒロと聞いて薩摩の島津義弘様がココに居ると言う発想に至るのはおかしいですね」
「じゃな」
せめて姓が大友から吉弘に変わったことを驚く程度だろう。つまり先ほど島津義弘の名を叫んだ声の主は、尾張で雇い入れられたにも関わらず、九州薩摩の大名の次期当主ですらない娘の名を知りながら、姫様がココにいることを知らない存在となる。
Q・そのようなことが有り得るか?
A・有り得ない
「ふむぅ。コレはしっかりと調べる必要がありそうじゃな」
「ですねぇ。ちょっと怪しすぎます」
ここまで怪しい人間を野放しにするほど信長は呆けていないし、神屋紹策としても何者なのかは興味がある。もしかしたら中国地方の商人あたりが送り込んできた者かもしれないが、それでも彼らにとってヨシヒロと聞いて先に名が挙がるのは北九州に名を轟かせる吉弘鑑理である。
薩摩に近い大名の草?それなら尚更尾張に島津義弘が居ないことは分かっているだろう。つまり何をどう考えても島津義弘の名が出てくると言うのが有り得ない。
それに何より出産を控える義鎮が、この時期に現れた異分子の存在を許すことはないだろう。九州からの刺客なら情報を抜いて殺す、中国地方からの刺客でも情報を抜いて殺す、四国からの刺客でも情報を抜いて殺す。ようやく出来た千寿との子を産むため、文字通り万難を廃する為に彼女は動くはずだし、信長とてそれに異論はない。
問題は「ここまで怪しいのを雇い入れ、ここに連れてきた迂闊さ」を咎められる事だが……利家か成政の部下じゃから、いざとなったら奴らを差し出そう!と決意し、姫様が待つであろう中庭へと向かうこととした信長。
最初に殺気を感じた際に信長を見捨てて逃げようとした利家や成政と言い、真っ先に股肱の部下を切り捨てようとする信長と言い、中々お似合いな主従関係と言えよう。
島津にまで狙われる千寿君の運命は如何に?!ってお話。
ちなみに一見すれば俺TUEEEEEでハーレム状態な千寿君ですが、実際個人の武勇では東日本で4~5位ですし、戦術指揮官としては3位前後で、戦略家としては3~4位くらい。統治者としても4~5位くらいです。つまり間違いなく強者で有能ではありますが、問答無用で無双出来るレベルではありません。
今日も宣伝はなし。だけどポイントは欲しいぜ!(我儘)
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