69話。小者、捕まるの巻
前回のお話の裏側。とうとう利家&成政メイン回?
時は少し遡り、代官として尾張国内で書類仕事に追われていた利家や成政らの近習が久々に信長に召集され、主君の無茶振りとも言える三河行きに付き従って安祥に到着し、その信長が姫様との会談をすると言うので休憩しつつ「あぁ、コレが殿だよなぁ」と久方ぶりの馬廻りとしての仕事に充実感を抱き、信長がスパイラル回転をしながら空を飛ぶのを見たあたりのこと。
「おー飛んでる飛んでる。いやぁ久しぶりに見るな」
「あぁ、流石は姫様だ」
青い空と主君の赤い髪のコントラストを眺め、なんか懐かしいなぁとしみじみと語る利家と成政。そしてそんな上司にドン引きする配下たち。
利家と成政が褒める姫様の何が凄いかと言えば、ああやって一見簡単に人間を吹っ飛ばすところだ。アレは簡単なように見えるが、そもそも人間は簡単には吹っ飛ばない。
小柄で軽いとは言え信長とて30~40㎏はあるのだ。それがあれだけ吹っ飛ぶような衝撃を受ければ、骨が折れるのが普通だし、頭に喰らえば頭が弾けるか、首から上がもげるだろう。
その辺の衝撃を綺麗にコントロールして、更に自分から飛べば衝撃を逃がせる角度でツッコミを入れているのだ。まさに絶妙の力加減である。まぁ着地の際の受け身に失敗すれば大ダメージ間違いなしなのだが、今更信長がそのようなミスをするようなことは無い。
実際視線の先では信長が「とうっ!」と言う声を上げ、俗に言うスーパーヒーロー着地を決めて、何事も無かったかのように姫様の居る部屋に入って行った。
「よーし休憩だ。とは言え仕事が終わったわけじゃねぇ。とりあえず那古野からココまでの道中で気になったことなどを書き残せよ」
「それと警備もだ。それぞれ所定の位置を決めるからソレに従えよ。あぁそれと、部屋に必要以上に近付いたら密偵と見做して殺すぞ」
そんな主君を尻目に、指示を出す利家と成政。
城の兵士が言うには最近は博多商人と色々打ち合わせしていて、今日もその打ち合わせの最中らしいが、あそこには姫様が居るし商人が信長に危害を加えることも無いだろうと判断して、休憩することにしたのだ。
とは言え周囲に対する警戒を解くわけでは無い。外敵による攻撃の恐れもあるし、先ほど信長が姫様に言った「子が出来た」云々もある。もしソレが本当なら姫様もいつも通りの戦闘は出来ないだろうし、万が一が有ったら千寿に何をされるかわからないので、警備に力を抜く気は無い。と言うか抜いたら死ぬ。
そして成政が釘を刺したのは、さりげなく中の様子を窺おうとして部屋に近付いていた小者だ。コレは最近利家が雇い入れた者で、読み書き算術が出来て、それなりに気遣いが出来ると言うので利家が雇い、すでに信長にも紹介されている。
そこで妙な鍬みたいなのを作ったことで信長の関心を引き、今回の三河行きにもこうして着いて来るのを許されたと言う曰く付きの小者なのだが、成政から見てコイツは非常に怪しい存在であった。
「へ、へへっ。そ、そんな事はしませんよ~」
いやだなぁと言いながらにやけて自分を上目遣いで見てくるが、その目は「いずれ俺が偉くなったら覚えてろ」と言う感情を隠しもしていない。そもそもこいつは普段から雇い主である利家やその同僚である自分を同格か格下のように見てくるのだ。
自分では気付いていないのかもしれないが、そう言う感情は目に如実に現れる。そして視線から感情や行動を読み取る訓練を受けている利家や成政がソレに気付かないはずがない。利家にしてもそれなりに使えるから使っているのであって、これがただの無礼者ならとっくに槍のサビにしているだろう。
「……どうだかな。んで利家、今日ってこっちで飯なんだろ?」
「らしいな。殿が言うには暫く三河に居ることになるらしい」
「ちなみに滞在先は?」
「……これからだ」
「「……はぁ」」
思わず溜め息を吐く2人。自分たちの主君である信長は良い。いきなり現れても家臣が滞在の用意をするだろう。だが自分たちは違う。これが尾張で不正をしている国人だとか、同僚である代官が治める土地なら問題無いのだが、三河は自分たちのみならず、筆頭家老の林様や次席家老の平手様、さらに主君の信長ですら気を遣う三河守様こと千寿が治め、信長を軽々と殴り飛ばす姫様が留守を預かる土地である。
自分たちは城に滞在で、配下に旅籠を用意してもらえれば良いが、その際に「無駄に労力をかけさせた」と言われて姫様に折檻されるのはゴメンだし、自分たちで用意しに行って後から「馬廻りの態度が悪かった」などと報告されては冗談ではなく首が飛ぶ。
姫様も信長には手加減をするが自分たちにはしないだろうし、千寿に至ってはもう考えたくもない。
そしてそれは自分の行動だけでなく、部下たちの行動にも気を配る必要があるという事だ。まぁこうして事あるごとに気を使うことで、部下の行動にも責任を持つことの大切さを教え込まれていると言うことは今の彼らには理解できるのだが……失敗した時のペナルティが怖すぎる。
かと言って側近である自分たちが滞在先を用意するために細々と動くのも、主君である信長の格に関わる問題となる。結局は誰に滞在先との交渉をさせるのか?と言うのも一つの問題となるわけだ。
いや、信長が一言「あ、アイツ等にも適当に部屋を用意してくれぃ」と言えばソレで済む話なのだが……とりあえずは向こうの話が終わったら姫様に相談しようと心に決める利家。
労力はこっちでかければなんとかなるだろうと言う打算もあるし、場合によってはすぐ近くの岡崎に滞在して信長の護衛をしつつ仕事を手伝っても良いだろう。
なにせ千寿と姫様の子がいるかもしれないのだ。それならば少しでも楽にさせてあげたいというのは利家だけでなく、彼らに学んだ元破落戸一同の総意である。
「ま、滞在先はあとにすっか。しっかし姫様に子なぁ」
成政が空を見ながらポツリと呟く。自分たちはまだ14であり女性なら結婚適齢期だが、男はまだまだ未熟な小僧と評価される年代なので、婚姻や子供と言われてもパッとこない。
「あ~確か三河守様と同い年だろ?普通に考えたら少し遅いくらいだけど、あの方々は事情が事情だしな」
利家も細かくは知らないが、九州から出てきて2人で諸国を渡り歩き、去年尾張を訪れるまでは定住することはなかったらしいと言うことは聞いている。それなら子を産み、育てるのは難しいのだろう。それに若くして結婚はしていても子を産んでいない者も多いと言うことを考えれば、19での妊娠・出産はそれほど珍しい事でもないと思う。
「まぁソレはいいや。でもって三河守様なぁ。俺、あと5年であんな風になれる自信はねぇよ」
「俺もだ。つーか無理だろ」
女性の年齢に関して考えてもロクなことが無いと判断した成政は、さっさと話題を変えることにしたようだ。利家も異論は無いのでそれに乗る。
そんな彼らの次の話題は姫様の子の親、つまり千寿へと移る。彼らからすれば兄と同世代の千寿であるが、その経歴や行動はどう考えても父親を超える歴戦の古強者だ。と言うか何気に初めて尾張から出た2人には、三河だって異国であり正直今も落ち着かないところがある。
それが畿内だの九州と言われても想像すら出来ないし、ここに来る前に信長が自分が集めた家臣一同に対し「ふむぅ。ちなみに信濃に行きたい者はおるかの?とりあえず10万石やるぞ」と言った時も、誰ひとり手を挙げなかったことからも、織田弾正忠家の人間がどれだけ外を知らないのかと言うことを物語っている。
ちなみに寄騎として信濃に行けば最低1万石やるぞと言う話を振られた際、2000石の荒子城の城代でいっぱいいっぱいの利家は「勘弁して下さい」と土下座し、成政も「1万石?無理です」と土下座している。
そんな中で、若手の筆頭とも言える千寿は三河の20万石と、暫定的にとは言え信濃の20万石を預かるのだ。しかも彼は九州出身で地盤も無ければ縁のある人材もおらず、三河では国人を殺しまくり、信濃の国人は降伏したばかりの連中ときた。
それらを纏めて国を差配出来ると言うことがどれだけ凄いことか、数千石で悲鳴を上げている今の自分達では想像も出来ない世界である。
彼と同じことが自分にも出来るか?と言われて「出来る!」と言い切ることが出来る者は日ノ本広しと言えども片手の指で足りる程度であろう。少なくともその中に自分たちは入っていない。ここまでくると悔しさよりも憧れが強く出るのも仕方あるまい。
だが彼らのそんな気持ちを知るのは、当然千寿を知る者だけだ。
「えっと、利家様。その三河守様ですか?それに御屋形様も「姫様に子ができた」とか言ってましたが、その方々はどちら様なのでしょうか?やっぱり徳が……いや松平様で?」
利家に仕える小者がそう言って確認してくるが、これには成政も利家もリアクションに困ってしまう。そもそも千寿に関しては三河守を与えられた時点で秘密と言うわけでは無い。
尾張の国人は三河のことに対して興味を持っていないし、彼自身が積極的に名を売っているわけでもないので、尾張国内では千寿の事があまり知られていなかったりするだけだ。
でもって千寿が名を広めることに消極的な理由(知られてるよりは知られてない方が策を立てやすい)も知っている2人としては、ペラペラと喋るのはどうかと言う思いがある。とは言え今や押しも押されぬ重臣である三河守を知らないと言うのは、間違いなく無礼なことだ。
自分の部下が無礼を働いて、連座で処されても困ると判断した利家は質問をしてきた小者に答えてやることにした。……だがここで問題が発生する。
「なぁ成政よ」
「あん?」
ソッチの小者の話なんだからソッチで話をつけろと言わんばかりの態度を取る成政。そのことについては不満はない。だがソレを上回る不安が有った。
「……姫様の名前ってなんだっけ?」
「………え?」
ぼそっと耳元で囁かれた質問を聞いて、突然情緒不安定になる成政。利家は毎回毎回姫様とばかり呼んでいたので、下の名前をど忘れしていたのだ。と言うか彼女が尾張で公式に下の名を名乗ったのは出迎えに出ていた平手と会った時だけで、ソレを聞いていたのも成政だけだ。
その後は織田弾正忠家でも大友家でも義鎮は姫様で通っているので態々自己紹介をすることは無かったし、そもそもが千寿の妻なので自身の義鎮と言う名を使って何かをすることが殆どなかった。さらに今は千寿の妻として書類にも吉弘鎮理の名で花押を押すので、信長ですら下の名前を忘れている可能性が高い。
さらに重臣の奥方と言うのは、普通は家臣たちに紹介されたりはしない。姫様の場合は修羅として戦場に立つというのも有るが、そもそも信長や破落戸たちの教育係だからこそ皆も知っているのだ。
その紹介の時も「姫様に無礼は無いように!」との訓示を受けてはいるが、利家は下の名を聞いた覚えがなかった。いや、実際は自分たちが粗相してたり放心している時に名乗ってるかもしれないので、名を聞いた覚えがありません!とは口が裂けても言えないのだが……。
ちなみにこの2人、千寿の下の名前は信長宛に来る書類で見ているので、漢字は知っているのだが読み方は知らなかったりする。もしも千寿がそれを知れば「このガキどもが」と苦笑いで済ませるだろうが、奥方である姫様や、面目を完全に潰されることになる信長は烈火の如く怒るだろう。
「お、奥方様で良いだろ」
腕を組んで冷や汗を流しながら視線をアチコチに散らして答える成政を見て、あぁこいつも同類かと思うが問題は何一つ解決してはいない。
「いや、それ姫様から変わっただけじゃねぇか」
確かに子を産んだなら、いつまでも姫様呼ばわりは失礼なのは事実であるが、名を知らないと言うのは流石に不味い。この三河滞在中にボロが出る前に、鳴海の恒興に確認をとるか?と真剣に悩む利家だが、問題は今だろう。
上司とその同僚が冷や汗を流してるのを見て、空気が読める小者は「あれ?この質問って何か不味かったか?」と思うが、とりあえず松平では無いようだとアタリを付ける。だが次にそれなら誰なんだ?と言う話になる。
そもそも今まで尾張国内にしかおらず、戦に出たこともない彼は三河の岡崎まで織田が掌握していると言う事実に驚いていたし、あの織田信長が「姫様」と呼ぶような相手に心当たりがない。
さらに家臣が信長を殴り飛ばすなど正気の沙汰ではないのだが、信長も利家も成政もそれを当たり前に受け入れているではないか。これが「姫様」でなければ母親の土田御前の可能性も疑ったのだが、流石に母親をそのように呼ぶことは無いだろう。
自分が知る織田家とは何か違う。そう思った小者は、現時点で信長が気を使うような相手を不快にさせたら不味いと言う思いから確認を取ったのだが……。
室内から主君の大声が聞こえてきたのはそんな時だった。
『いやいや、姫様とて知っておろうが!ここんとこずっと戦じゃぞ?!どこで見つけろと言うんじゃ!それにようやく落ち着けると思えば吉弘殿が武田から側室を入れたって言うし、神屋との関係も認めたって話まで書状で伝えて来るってイジメじゃろ?!まぁ神屋はともかく、後から来て側室に収まるのはズルイぞ!』
この声を聞いて利家と成政は「あぁ、殿も相手居ないからなぁ」としんみりした感じで頷くような反応を見せたのに対して、小者の反応は大きく違っていた。
「ヨシヒロ?え?(さらにカミヤ?そういえば博多の商人がどうとかって言ってたよな?ならもしかして……)まさか島津義弘がいるのか?!」
「「は?」」
ナンデ?!ナンデ島津?!まさか俺と同じような奴が居て、むこうから信長に接触してきたのか?!思わぬ名を聞いて衝撃のあまりに声を上げてしまう小者。それが今まで着実に利家や信長に取り入っていた彼にとって最大にして最後の失策となった。
「「……ぐっ!!」」
突如として中庭に充満する殺意。これを受けて、利家と成政は即座にその発信源が姫様であることを断定。その原因を信長にあるとして、どうやってこの場を切り抜けようかと目配せをしたのだが……
「う、うわぁぁ!!」
2人の予想に反して、最初の悲鳴は室内にいる信長ではなく、先ほど突如として意味のわからない大声を上げた小者からであった。
殺意の一瞬後、ボッ!と言う音と共に襖に穴が空き、小者の左膝にナニカがぶつかる。
ガンっと言う音と、その音に一瞬遅れて来る痛みと熱。まるで足が爆発したかのような衝撃を受け、倒れこむ小者に対し、手を差し伸べるどころか敵意を向ける成政と利家。
「成政!利家!そいつを捕らえなさいっ!」
「「はっ!」」
その直後に聞こえてきた義鎮の声に、条件反射で従う2人。姫様が攻撃した以上、先ほどのこいつが口にした内容こそが姫様の殺意の発生源であると判断した2人の動きに淀みはない。
もし原因が信長で、姫様からの折檻が長引くようなら2人とてなんとかしようとするが、小者の安否と姫様の殺意ではその価値に違いが有りすぎる。
「あがぁぁぁぁぁぁ!!」
「黙れや下郎がっ!」
「あぐぅぅ!!」
義鎮の棒手裏剣によって左足を弾き飛ばされた小者は、痛みに耐え切れずに転がろうとするが、普段から小者に不満を覚えていた成政の容赦ない攻撃を受けてそれすらもできなくなってしまう。
「布を噛ませるぞ」
「ぐ……ふぉふぉいへふぁま」
なにが原因かは知らないが、己が雇い入れた小者が何かを仕出かしたのを理解した利家も、彼を庇い立てするつもりはない。むしろどうやってコイツ1人で話を終わらせようかと真剣に考えていた。
そんな利家からの冷たい視線を受けて、足の痛みも忘れて絶句する小者とその小者を見下す義鎮。成政は大人しくなった小者の両腕を縛り、足も一応止血する。
そうして配備されていた者たちが完全に小者を敵と見做し、重ねてこの隙を突いて他の侵入者が現れるかも知れないという警戒もしていて緊張が高まる中、久方ぶりに粗相をした信長は着替えを求めて人知れず部屋の奥へ一時避難したとかしていなかったとか。
メインとは一体……
千寿君?信濃にいますが何か?ってお話。
宣伝のようなものは無し。
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