63話。主人公、側室GETの巻
千寿君から手紙を貰った姫様サイド。
「……はぁ」
人材確保に行ってきます!と意気揚々と出陣した千寿から急使が来たから信濃で何かあったのか?と思ったら、武田晴信の降伏の条件が千寿の側室になることだったって。それで私にどうしたら良いでしょう?とか言われてもねぇ。
まったく、ウチの旦那様は一体何をしてるんだか。彼からの文章は正しく戦々恐々と言った感じで、自分を気遣っているのはありありとわかるのだが……
「私だって千寿に側室が必要なことくらいはわかってるわよ。だから紹策にも私に子が出来たら千寿の相手を許すって言う言質を与えたんだし。だから晴信が側室になっても問題ない……どころか、国主や子を産んだ経験がある彼女が奥に入ってくれるなら大歓迎よ」
また晴信が側室の座を求めたのも、後ろ楯が欲しいからと言うこともわかる。千寿の後ろ楯が無ければ信濃の国人衆に殺されるかもしれないし、甲斐と切り離された今の彼女には、他にすがるものが無いのだ。
千寿との間に子が出来たなら、その子を後継者として三河武田家を興せば良いだろう。甲斐については……今川との交渉次第と言ったところか。
それを考えれば、晴信が千寿を裏切る可能性も薄いと思われる。千寿も晴信と言う女に溺れるような性格ではない。そもそもこうして自分に許可ではなく、指示を求めてくる時点でそれに関しては疑ってはいないのだが。
無意識に腹部を撫でながら、信濃でオロオロしているであろう旦那を思い浮かべて自然と笑顔を浮かべてしまう義鎮。
とは言え一度は面通ししておく必要はある。何せ千寿の側室となるなら自分とは長い付き合いになるのだ。もし生理的に合わないようなら、晴信を奥に入れることを許す気は無い。
その場合は織田家中の中から適当な男を見繕うつもりである。具体的には成政や利家だ。……晴信は22歳らしいので年下好きの利家には厳しいかも知れないが、千寿と利家なら千寿の都合を優先するのは当然の話である。
「ま、とりあえずは側室にしても良いって許可を出して上げましょうか。何をするにせよそれからよね~」
「ちょいまち!いや、待ってください!」
そう言ってさっさと千寿に返書を書こうとするも、目の前に居た糸目の博多商人に止められた義鎮。
「あら紹策、まだ居たの?」
「そりゃ居ますよ!て言うか若殿様からの急使やって言うから「ちょっと待ってて」って言ったのは姫様ですよね?!」
そもそも最近の努力が実を結び義鎮に子が出来たっぽいので、今後の相談をするために神屋紹策を呼び寄せて居たのだ。それなのに目の前の姫様は自分とは別なヤツを千寿の側室にするような雰囲気ではないか!
神屋紹策(19歳処女彼氏無し)には後がないのだ。ここまで来て千寿を逃がすなどあり得ない。
「あぁ、そう言えばそうか。けどまぁ安心しなさいな」
「いや、全然安心出来ませんよ!」
朗らかに手を振る姫様に詰め寄る紹策。普段ならこのような無礼はしないのだが、今日は商人としてではなく女として来ているのだ。彼女の焦りもわかるので、義鎮もその態度を罰しようとは思わない。
「そもそも貴女は神屋の当主になるんでしょ?千寿の側室にはなれないじゃない」
「ぐっ。いや、そらそうですけど……」
痛いところを突かれた!と顔を歪ませるが、それは今に始まったことではない。ならば姫様は最初っから約束を反故にする気だったのか?そんな疑いを抱いてしまう。
「そんな恨みがましい目をしなくても大丈夫だってば。私の狙いはここで晴信を側室にすることで、まずは千寿の女性に対する敷居の高さを低くしようってことなのよ」
「……あぁなるほど」
その理屈は紹策にも理解できた。
基本的に千寿と言う男は姫様と二人で幸せに生きて行ければ良いと考えている節があるので、本来ならば側室を持って然るべき立場に有り、何人も養える甲斐性も有るにも関わらず、この時代の男としては珍しく義鎮以外の女性との関係を持っていない。
この千寿の気持ちと行動は、義鎮個人としては非常に嬉しいことではあるが、だからと言って自分が千寿の足枷になる気はないのだ。何せ古来より当主を支えるのは血の繋がりがある一門衆である。それが自分のせいでまともな数を揃えられないと言うのは頂けない。
無論信長の父親のように無駄に作りすぎるのは良くないが、千寿の子を産む相手としても、気軽に千寿と会話できる相手としても、経済政策の相談役としても、目の前に居る博多の豪商である神屋紹策は貴重な存在なのだ。
故に義鎮とて彼女との間に子を作り、繋がりを強化する機会を逃す気はまったく無い。
そんなわけで「神屋とどうやって関係を持って貰おうか?」と悩んでいたところに、この晴信の側室入りの話だ。千寿はこれを降伏の条件として出されてしまい混乱しているようだが、元々彼は必要ならば何でもヤる男だ。
その為、どうやって他の女を宛がうか悩んでいた義鎮が、千寿からの書状を見て「これだ!」と思ったのも無理は無い。
「つまり晴信の相手をするなら貴女の相手もしてあげなさいって言う方向に持っていくの。わかるでしょ?」
無論誰でも良い等と言うつもりは無いが、こうして許可を取りに来るような相手であれば、義鎮とて無下にする気は無い。これは元々が大名家の跡取りとして育てられてきた事と、自分に子が出来たと言う事実があるからこその余裕である。
それに夫が浮気するのは妻が妊娠して、夜の相手が出来ないときが一番多いと言うのも聞いている。だからこそ側室を認めない!と反対するのではなく、最初から手を出す相手を固定することで、千寿に不自由をさせないことと自分自身が我慢しようと言うのが義鎮の狙いとなる。
そんな義鎮の狙いを紹策はしっかりと理解していると確信しているが、それでも変な勘違いを起こして敵対されたらたまったものではないと思い、ちゃんと言葉にする義鎮。
そして普段から「姫様」として敬意を持って接している相手に、そんなことまでされては流石の紹策も頭が冷える。
「はい。わかります。いやホンマご無礼を致しまして……」
頭が冷えたが故に先程までの態度は流石に無礼だったと反省をする紹策。とは言えキッチリと「ホンマ頼んますよ?」と目で釘を刺すのは忘れない。
現代日本の価値観ならば19歳で処女で彼氏無しと言うのは珍しくもない(まぁ賛否有るだろう)が、平均寿命や社会構造が違う戦国時代の価値観において今の紹策は、29歳で処女で彼氏無しくらいの扱いである。
当然本人がそれで良いと言うなら他人が口を挟むことではないが、紹策の場合は跡継ぎであるので、家族や店の使用人達からも子が望まれている。一応越後の誰かさんも大名として跡継ぎを望まれているのだが、向こうは『自分は毘沙門天の化身』と言い張ることで周囲を誤魔化せているのに対し、普通の商人である紹策はそうはいかない。
その為彼女からしてみれば家族や世間からの目が辛い。と言うか痛い。そんなわけで紹策は何としても千寿の子が欲しいのだ。まぁヤることをヤって子が出来なければ養子とかでも良いのだが、流石に手すら握れてないまま諦めることは出来ない。
まぁそんな女の事情はともかくとしてだ。
「とりあえずその事に関しては千寿に話を通しておくわ。で、肝心の人材に関してだけど……これは本気なの?」
博多から送られてきた書状を確認して、その真偽を確かめようとする義鎮。流石の千寿もこんなことは予想して居なかったので、判断に迷うところである。
「らしいです。鑑理様も本気で人を集める気ですんで、ウチの実家も若殿様と姫様に問題が無いか確認して欲しいと言われてますよって」
「はぁ。お父様も塩市丸も何やってるんだか……」
重臣が国外に子を逃がすなど正気の沙汰ではない。それも修羅の中の修羅と言われる千寿の父、吉弘鑑理がそんなことを真剣に考えるほど、今の大友家はヤバイらしい。
「う~ん。ある意味では仕方ないことやと思いますよ?何せ元服直前まで甘やかされて育ってきたお坊っちゃんです。それがいきなり大友家と言う天下有数の大名の跡取りですからね。教育やら実力の面で色々な問題がおこるのは当然かと」
更に比べられる相手が千寿によって文武に魔改造された義鎮である。これでは塩市丸も塞ぎ込むのは無理も無いかもしれないが……義鎮としてみれば、元々自分を殺してでも家督を継ぎたいと言う意思を持っていたはずなのだから「比べられて塞ぎ込む暇があるなら越える努力をしろ」と言いたいところである。
まぁ全ての元凶は個人の好き嫌いで次期当主を決めた上、後継者である息子にまともな教育を施せない父親なのだが、これに関しては義鎮もすでに割り切っている。
「無能なら無能なりに自分の長所を伸ばせば良いでしょうに。優秀な家臣やその子を遠ざけて、取り巻きと歌や茶って。今の九州にそんな余裕があるなんて驚きだわ」
陶によって山口が焼かれ、中国地方において毛利だの尼子だの陶だのによる戦が繰り広げられる昨今、本来ならばこの隙を突いて北九州を完全に平定すべきところを、何故か府内で引き篭っているとか。
ここで塩市丸が兵を率いて動けば、能力云々ではなく結果で周囲を黙らせることも出来るだろう。いや、何だかんだ言っても塩市丸は次期当主でしか無いので、現当主である父が命じれば良いのだが、父は父で自分が命じることで息子の立場が無くなるとかどうとかと抜かしているらしい。
義鎮にもコイツらが何を言ってるのかわからないが、要するに親子揃って完全に腑抜けているのだ。
更に塩市丸や父に出陣の要請をしようものなら、そのまま中枢から遠ざけられて、主君を危険に晒そうとしたとして隔離されるんだとか。そんな所に大事な子を置きたくないと思うのは当然だし、逃げ場が有るなら逃がしたいと思う気持ちはわかる。
それが大友家の直系の姫である自分のところと言うのも、まぁ納得できる。義鎮としては知り合いが自分に、いや、千寿を主としてしっかりと仕えると言うなら問題はないのだが、かと言って織田家の中に派閥を作る気も無い。
今のままだと千寿の派閥……と言うか自分達が一強であり、これに晴信を始めとした甲斐・信濃衆が加われば千寿の力が強すぎる。これでは健全な組織とは言えないんじゃないかと思っているところだ。
その為受け入れに関しては千寿に確認の上、数を絞ることになるだろうと予想はしているのだが、信濃の国人衆を得た後だと三河だけでは養えないのは確実なので、信長にも相談の必要が有ると考えていた。
まぁ当の信長が千寿に全幅の信頼を預けているので、今は問題にはならないだろうが、もう少しきちんとした組織にしたいと言うのは千寿と義鎮の共通認識である。
と言うか現状だと千寿が忙し過ぎるので、権力とか派閥とかは要らないから、彼の仕事を減らしてあげたいのだ。
「そんな余裕は無い筈なんですけどねぇ。とりあえず姫様の懸念もわかります。人数を絞るのは良いことかと」
紹策としても織田弾正忠家の人材不足が深刻なレベルに有るのはわかっている。このままでは千寿が多忙過ぎて自分の相手どころでは無いと言うことになりそうなのも理解している。
だが、九州から来る相手によっては千寿の為にならないこともわかっているので、ホイホイと飛び付くのは危険だと思っている。
何せ彼らにとっては義鎮こそが主筋なのだ。何だかんだで信長を主君と認めている二人と齟齬が有ったりして「まともな組織運営をしようとしたら更に混乱した」となっては困るだろう。
まぁ今の信長は守護代の代官の次期当主と言う曖昧な立場ではなく、正式な弾正少弼兼権兵部少輔で有り、実質的な尾張の支配者なので従う相手として不足が有るわけでは無いだろう。
更に三河や信濃の事を考えれば、信長も人材不足に頭を悩ませていることだろうから、地元の柵の無い人間は是非雇い入れたいところな筈だが、それが姫様や晴信の紐付きとなるとどのような反応をするのかわからない。
場合によっては千寿の権限を弱めに来ることも考えられるので、話の持って行き方によっては非常に微妙な問題になるのだ。
「そうね。まずは千寿に晴信を側室に迎えることに対して、仮の許可を出すわ。それから信長に会って、甲斐・信濃の国人衆の配置についての打ち合わせね。それから千寿が三河に戻ってきたら紹策の相手もさせるから」
「よろしくお願いします!」
こうして具体的な日程が出てくれば、紹策としても「と、とうとう僕も若殿と……」と言う実感が湧いてくる。こうして幼馴染みと言える博多商人が多大な期待と少しの怖さに胸を踊らせている時、信濃では姫様からどんな返事が来るかと戦々恐々としている修羅の姿が有ったと言う。
千寿君からすれば、単身赴任の旦那が妻に「愛人希望者居るんだけどどうしよう?」と言う連絡をしたような感じですね。
当然彼としても側室の必要性は理解していますが、姫様が子供を作りたいって言ってる時に言うことじゃないよな?って思ってます。
姫様との間に子が出来たっぽいことについては、まだ知らないもよう。
殆どの方が予想してた通り、姫様が大名としての教育を受けているので、晴信と姫様の間では大惨事大戦はありません。神屋とかノッブがどう思うかは別ですが…
実は晴信もかなりギリギリなんですってお話。
景虎?ハハッ。
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