60話。武田包囲網?の巻
尾張にて打ち合わせ中
武田と今川が手を結ぶ可能性は排除した。武田に死なれると困るって言うんで北条あたりが何か仕掛けて来る可能性はあるが、そもそも北条も武田を信用していない。アレは自分で長尾の相手をしたくないだけだ。
とは言え長尾が関東へ遠征してくれるおかげで、何時まで経っても関東は北条の下で一つに纏まらんのだから、今川にしてみれば長尾を応援したいところだろうよ。
千寿は地図の上、相模の位置に白い碁石を置く。さらに甲斐、信濃も白。
今回の件で武田は美濃にも気を配る必要が出来た。そして信濃に気を配るなら越後は外せない。
美濃に黒、そして越後にも黒。
斎藤義龍が公方に縋る以上、公方は長尾の為に使おうとするだろう。そして長尾も公方からの要請に否とは言わん。なぜなら義龍が殺した蝮は間違っても善では無いからだ。その蝮を殺したと言うだけでは…嫌悪感はあるかもしれんが信濃の攻略を優先するだろう。村上に頼られているのも有るが、安全保障の点で考えれば北信濃を武田に譲るのは危険すぎるしな。
そして三河と駿河に黒。
武田は潰せる時に潰すべきだ。武田と松平が居なくなれば今川は氏真でも大丈夫だろうし、氏真に信長の妹を
嫁がせれば…いや、まだ公方を利用する必要があるから駄目か。いずれは今川から織田の覚悟を示せって感じの事を言われるかもしれんが、まずは南信濃を抑えて長尾と今川に対する壁になる必要がある。
なにせ南信濃もさっさと逃げることが出来なくなったからな。晴信からの特命とは言え南信濃の連中にしてみれば詳細な事情を知らされるわけじゃない。どうしても「捨て石か?!」という感情は否めんだろう。その感情を利用させて貰う。言ってしまえば…
「逃げるなって言ったじゃんよ、なんで降伏するんだよ」
って感じに持っていきたいところだ。この場合向こうから降伏するように仕向ける必要があるが…まぁこの辺は兵力差で何とかする。後は美濃の義龍がどこまで真剣に動くかが最大の問題になるだろう。
そこで美濃の連中が武田に対して使者を送った場合、武田はどうするか?長尾との連携や美濃の国内事情を考えれば何を言われても馬鹿正直に信じることはないと思う。その結果西信濃に兵を置くだろう。おそらく木曽福島には1000~2000。そして話を通したとは言え完全に横腹を見せるほど甘くはないだろうから俺たちにも警戒の兵を置くと見て大体、飯田と飯山で500~1000。そしてそれぞれへの後詰を考えて深志か高遠に3000ってところか?
これで俺と義龍が同時に信濃に入った場合、晴信は飯田からの援軍要請に答えず木曽福島を優先するだろう。そして援軍が来ないと知った飯田の兵の士気はガタ落ちになるだろう。状況次第では向こうから降伏の使者が来てもおかしくはないって感じだな。…まぁ守将次第では有るが。
「で、降伏しなかった場合は適当に囲んで、北信濃で長尾と戦をするか甲斐に今川が侵攻したなら俺たちも遠慮なく城を攻めるというわけだ」
「ほぉ~。まぁそもそも停戦交渉は、公方という名分によって破棄されとるからの。武田に対して「戦わずに退く」と言うのも今川との戦があるからって話じゃもんなぁ。それが無いなら儂らが信濃を攻めたとて負け犬の遠吠えよな」
信長はそう言って楽しそうに碁石が置かれている地図を眺めている。
「そう言うことだ。長尾との決戦の為に信濃に向かう晴信にしてみれば、今川の甲斐侵攻は完全に寝耳に水。そのまま北上して景虎を一撃で潰せれば良いが、そもそも南や西信濃に5000近い兵を置いているからな。兵数に差が生まれない以上、勝つにせよ負けるにせよ損害は免れん」
第四次川中島の時は武田は総力を挙げたにも関わらず双方に3000近い損害が出て、ほぼ引き分けらしいし。それがマイナス5000だぞ?まぁ啄木鳥を使わなければ別な結果になるかもしれんが、その場合は長期戦。つまり甲斐が落ちる。
「ふむぅ。治部がどれだけ兵を出すか、そして北条じゃな?」
「そうだ。さっきも言ったが、北条は武田に滅んでもらっては困るので、何かしらの介入はしてくるだろう。その為にコイツらだな」
コトリと黒の碁石を置く。その位置は上野と上総・安房。
「んむ?上野はアレじゃろ?関東管領の上杉某じゃろ?上総と安房はなんじゃ?」
「里見だな。なんでも北条とは先代から争っているらしい。結構な規模の水軍が有るから下総や武蔵を経由しなくても北条の本貫である伊豆や相模に侵攻できると言う強みがある」
里見と言えば八犬伝的なアレだが、アレは関東公方が完全に悪役だからな。俺からすれば海賊もどきでしかない里見の方がよっぽどアレだと思うが。まぁどちらにせよ世紀末のモヒカンだ。
そんなわけで連中も隙が有れば動くだろうし、上杉に至っては川越を取り戻す為ならなんでもするんじゃないか?ソレを知ってる北条は当然備えるだろうし、普通なら武蔵の統治を完璧にするために動くだろうよ。ここで武田を守る為に今川を攻めるような判断が出来るなら、北条氏康は関東に収まっては居ないだろう。
「ほぁーん。そんなのもおるんじゃのぉ。で、下総の古河公方は動かんと?」
信長が正式に弾正を得たので、上総の話題が出ても伝説の「上総守」についての話が出て来ないと言うことは単純に嬉しいな。……今は関係ないか。
「吉弘殿?」
おっといかんいかん。今は軍議中だ。いくら信長が「こそばゆいから今まで通り話してくれぃ!」と言って来たとしても、主君の前で呆けるのは宜しくない。
「古河公方は動かんだろうな。常陸の佐竹や下野の国人の動きを警戒するのもあるが、そもそも古河公方は北条を信用していない。また、下手に北条に味方したら上杉や長尾に目をつけられるので、適当な言い訳をして戦には出ないだろうよ」
この優柔不断と覚悟の無さがいかんのだ。
「何と言うか…関東でも公方は公方じゃのぉ」
「その通りだ。間違っても連中を信用なんかするなよ」
「おう!」
信長の言うことが全てだ。はっきり言ってコイツに使者を送っても無意味。調子に乗って銭やら何やらを要求してくるだけだろうし、それが叶わなければ感情で北条に味方するだろうから、とてもじゃないが味方に数えることはできん。まして内部に反北条と親北条が入り混じってるから、確実に情報は漏洩する。そんなことになるくらいなら放置した方がマシだ。
「しかし上杉にも里見にも使者を送らんでも良いのかの?こやつらが動かねば北条は武蔵に抑えの兵を置いて、駿河や甲斐に向かうと思うんじゃが?」
うむ。普通ならそうだ。まさか後方の駿河や甲斐がゴタゴタしてるから、じゃあ武蔵に侵攻だ!とはいかん。まずは本貫の安全確保が第一だし。ただ北条は普通とは違うんだよなぁ。
「その辺は北条が甲斐や駿河をどう見てるかによるな。今川だって全兵力を甲斐に向けるわけじゃない。当然抑えの兵は居るだろう?そんなところを攻めるんだから結構な動きになる。まさかソレを上杉や里見が気付かないってこともないだろうからな。北条がどこを攻めるかはわからんが、間違いなく武蔵周辺で混乱が起こる。ソレを鎮めるのと今川の甲斐攻略のどっちが早いと思う?」
それに甲斐に入るにしても武田の味方ってわけでもないだろうし。駿河の河東みたいに甲斐の岩殿や勝山を占領するんじゃないか?
ま、どちらに転んでも俺たちにはそれで十分と言える。現状で上杉がどのくらいの兵を集められるかは知らんが、北条が今川や武田と戦うとなれば関東の国人や大名はそれぞれの思惑に従って動くからな。
ここで北条の立場に立った場合、そんな大混乱を招きかねない現状で、好き好んで今川を敵に回すか?って話だ。義元が戦死していた時ならまだしも、現在の今川は織田と言う敵が居ないので単独でも相模と伊豆を攻略出来るだけの力はある。さらに今川は長尾と違ってそのまま居座ることが可能だ。
「あぁ、空っぽの甲斐を落とすだけじゃもんな。さらに今川には先代とその孫と言う旗印もあるから、少ない兵で率先して戦おうってのもおらん。となれば無人の野を往くが如し、か」
「その通り。もしも晴信が今川を警戒して甲斐から兵を出さなければ長尾が北信濃を奪還する。そうなれば待ってるのは飢え死にだ。その為どうしても兵は出さねばならん。そして中途半端な兵を出しても潰されるだけだから、出すならそれなりの兵を動員するだろう。基本的に今川や北条が甲斐という国を狙っているとは考えてないだろうから、残すのはそれなりの兵にそれなりの将になるだろうな」
「ふむ。それでは全力の治部には勝てんのぉ。甲斐の国人としてはとりあえずは晴信が来るまでは従うか。でもってさっさと甲斐を抑えたら、治部は駿河に戻って相模か伊豆を狙うと言うわけかや?」
「そうだな、義元は甲斐に抑えの兵を置いて即座に駿河に取って返して、留守居役と合流して河東か伊豆を攻め取るだろうよ」
そんな面倒事を招くくらいなら、北条としては対長尾との共同戦線や、織田に対して全力を向けさせるって名目で今川と停戦する方を選ぶだろう。そして今川もその停戦を受け入れる。
「ふむふむ。どの時期で北条と今川が結ぶかはわからんが、ずっと敵対すると言うことはなさそじゃな。そして今川が甲斐の統治をすることになるが…これはまぁ簡単じゃろうな」
信長はポンポンと甲斐に置かれた碁石を扇子で叩く。実際簡単と言えば簡単なのだ。
「うむ。なにせ今川には米も銭もある。鉱山を手に入れることでさらにそれが増える。そうなれば今川は最初に「晴信の追放」と「甲斐の税率の軽減」を宣言し、さらに食料の配布をするだろう」
ただでさえアホみたいに高い税率に賦役だ。晴信の追放はともかく税率を下げると宣言されて喜ばない民はいない。
「くっくっくっ。税率の引き下げと同時に村々に銭か食物をばら蒔くか。これでは晴信の立場はないのぉ」
そうだ。もしも晴信が北信濃から戻ってこれたところで、甲斐に居場所が無くなるという事だな。なにせ信虎を追放した後でも甲斐は貧しいままだったんだ。その信虎が今川から銭と食物を持って帰ってきたならどうだ?ただの帰還ならともかく今の甲斐の民にとって食料はデカイ。それは正しく凱旋と言えるだろう。さらに今川との戦が無くなればわざわざ信濃に行って景虎と戦う必要が無くなるんだ。
晴信や国人にしてみれば信濃が必要なのはわかるが、地侍や民にしてみれば所詮は手伝い戦。口減らしみたいなもんだって言うのはわかっているから、どうしても不毛さは感じているだろう。
戦えど戦えど猶わが生活(暮らし)楽にならざりぢっと手を見るってな。
そうして見た己の血まみれの手に何も残っていないことを考えれば、食料を持ってきた信虎は救世主だ。ならば晴信を認めるようなことはない。
「さらに信虎が氏真を後継者に任じ、己が補佐するとしたところで…」
「そう、一年以内には死んでもらう。元々歳だし、晴信を慕う家臣の逆襲ってことにしても良い」
あとは晴信がどう動くか。北信濃の情勢もあるだろうが、基本的に信濃の民は晴信に徹底的に酷使されていて、恨み骨髄と言ったところだろう。そんな連中が甲斐を失った晴信に唯々諾々と従うとは思えない。
まずは南信濃の上原か深志、もしくは高遠に入るだろうが、北を失っていた場合の所領は、多くて20万石。さらにここまで武田が弱れば、信濃勢も公然と反発するだろうし斎藤も調子に乗るだろうから美濃に西を脅かされることになる。美濃勢だって勝ち戦なら協力するだろうしな。
散々に叩かれた晴信が頼るのは北条か織田だ。こちらとしてはそれまでにどれだけの国人を口説けるかになる。なんだかんだで人材が欲しいからな。しかも連中は最初から土地を失ってるから、銭でも雇えそうだし。
「ふむ。信濃と三河については問題がないようじゃな!後は美濃の連中が動いたら、儂が孤立した岩倉を滅ぼせば良い。なにせ彼奴らは家督相続の際に信行に味方したと言う負い目があるからの!」
実際には味方をする前に戦が終わったが、末森からそのような書状が発見されたのは事実。そして当時の信行は三河勢や服部党を尾張に入れることを容認していたと言う証拠も有るし、その上で俺たちは雪斎から坂井や林美作から今川へ宛てた援軍要請の書状まで貰っている。
つまり俺たちは岩倉を信行が行っていた売国に協力したとして連座させる予定と言うわけだ。多少強引だが、ソレを咎めることが出来る者は居ない。それに今だって美濃に秋波を送ってるしな。さらに弾正忠家内部は戦を望んでいる。ここまで条件が揃っていれば岩倉との戦をしないと言うのがありえない。
…つまり本来なら岩倉からの抗議の使者を待つ必要もないが、あえて待つのは先にこちらが動くことで美濃の動きが不透明になるからだ。「冷静に考えれば」だの「普通に考えれば」と言うのは今の義龍には通用しない。なので今回は義龍の行動を予測するのではなく、実際に起こした行動を見てから動くと言うある意味で受身の姿勢である。
戦において受身はあまりよろしくないように言われるが、それは何の備えもしない場合だ。完全に待ち構えてどんな動きをしてきても対応するのとは別の話である。そもそも今の信長は賭けをするような状況ではないのだ。落ち着いて行動をしても勝てるし、何よりも今回はその方が勝率が高い。
兵は神速を尊ぶが、動かないこともまた戦。それに表面上は動いていないように見えても、実は色々下準備しているのが普通だ。それ故に難知如陰こそが戦の真骨頂だと俺は考えるのだが……まぁどれも重要なのは事実だし、この辺の講義は後でよかろう。
「信長殿、今年中に尾張を取れよ」
「おうよ!尾張は儂に任せて吉弘殿は信濃に行くがよかろうなのじゃ!」
……すっげぇ負けそうな気がする。
自信満々の主君を見て、ついそう思った修羅が居たらしい。
最後のが全てですね。白鳥が足をバタつたかせてるが如くです。ってお話。
ここで義龍が動かなければ、武田のフラグは一気にへし折れます。鍵を握るのは・・・義龍なんだよ!ってお話。
宣伝のようなものは今回もおやすみ
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