57話。千寿と雪斎、時々姫様の巻
久々登場の千寿君。何故か雪斎との会談中。
姫様から忙しすぎる!と言われている千寿だが、本人的にはそれほど働いていると言う自覚はない。基本的に朝は卯の刻(5時)頃に起きて朝の鍛錬を行い、辰の刻(7時)頃に食事を取り、多少休んだら執務開始であるが…この時代の夜は非常に早いので、戌(19時)前には夕食やら何やらを済ませて、後は寝るだけなのだ。
そうなると遅くとも夜10時に寝て(あまり遅くまで起きてると他の人間も休めないので夜更かしはしない)、朝の5時起きだ。つまり一日平均7時間の睡眠を取っている計算となる。夜の営み的なものを入れても大体5時間以上は寝れているので、特に不満はない。
綺麗な奥さんが側にいて、大概のことを自由に出来る裁量と金があり、近くに面倒な上司もいない。ある意味で理想の職場と言えるだろう。そんな理想の職場で日々お勤めを果たしていたのだが…
「いやはや、何故か此度妻に「いい加減に休め!」と釘を刺されてしまいましてな」
「は、はぁ」
千寿から「三河にて臨済宗の寺を造るので監修を頼みたい」と言われたので、その打ち合わせの為に密かに三河を訪れていた雪斎は、千寿の日々の仕事内容を聞いて普通にドン引きしていた。寺院の建立に関しては信長の元に臨済宗妙心寺派の沢彦宗恩が居るのだが、彼は今尾張での寺院の建立に忙しい。
その為、沢彦宗恩が使えないなら同じ妙心寺派の雪斎がいるじゃないかという理由に加え、三河の寺社を建立するなら今川の顔も立てた方が良いだろうということで、千寿が指名した形である。
雪斎にしてみても臨済宗の寺を造ることに否は無いし、この度の本願寺系寺社の破却で回収されたと言う莫大な銭を貰い、さらに御用商人の友野にまで便宜を計って貰っている。その感謝を伝えた上で、各種打ち合わせをしたいと思っていたので、こうして彼と会談するのは望むところでは有るのだが…
「その…差し出がましいようですが三河殿、拙僧と茶などしてて良いのですかな?」
自分が感謝を述べるだけならまだしも、普通は歓待も立派な仕事であるし、打ち合わせに至っては織田と今川の今後が決まる重要な会談である。他の誰かに任せることはできないと言うのはわかるが、雪斎とて一日二日で帰るわけではないのだ。
ここで三河守に倒れられても困るし、奥方が休めと言うなら休んだほうが家庭の為にも良さそうなモノである。
「残念ながら鍛錬と仕事以外の趣味がございませんので、休めと言われても何をすればいいやらわからないのですよ。ですので妻には「寺でぼーっとしてくる」と言ってこうして抜け出してきました。よもやそこに雪斎殿が居るとは…偶然とは恐ろしいものですな」
はははと笑う千寿はもしも奥方に今回のことがバレたなら「あくまで休日を寺で過ごそうとしたら雪斎が居た」と言い切るつもりなのだろう。いくらなんでも酷い誤魔化しでは有るが、そもそも彼の家庭や健康を気にするのは雪斎の仕事ではない。彼が大丈夫と言うならそれ以上の追求は不要だろう。
「して、次の狙いは岩倉と伺いましたが、蝮は動かないのでしょうか?」
なので早速仕事の話だ。今までは織田が強くなりすぎれば困ると言う立場であったが、今は逆。今川家にとっての西の盾になってくれるほどの力を付けて欲しいと願っているので、今回の作戦も成功させて欲しいと言うのが素直な気持ちである。
そしてその為の第一歩が岩倉の織田伊勢守家の攻略だ。清須の大和守…と言うか坂井大膳らは、少なくとも武衛を抱え込んでいればすぐには殺されないと考えているらしく、守護代である織田信友(大和守)や守護の武衛を外に出さないように必死で情報を遮断し軟禁している。とはいえどうしても完全に情報を遮断出来るわけでもなく、断片的に聞こえる内容でも坂井らが「うつけ」と蔑む信長がかなり優勢らしいと言うことは聞こえて来ていた。
その為、普段から傀儡にされて不満が溜まっている武衛や織田信友の中では、朝廷と幕府によって正式に認められた信長の元に身を寄せたほうが己の為になるのではないか?と言う思いが生まれている。
そもそも武衛は信長に恨みはない。と言うか彼は先代の弾正忠である信秀による三河や美濃への進出を積極的に認めていたほどだ。信友にしてみても、信秀とは戦をしたが信長とは特に争ってはいない。その為、向こうが己に一定の配慮をするなら降っても良いと思っている。
まぁ信長には管領家の当主である武衛はともかく、満足に家臣を統率出来ない信友に対して配慮する気など微塵も無いのだが。
「えぇ、どうやら蝮殿は子の義龍とのじゃれあいに忙しいようですな。ここは静観の構えを採り、美濃国内を纏めるのに専念するようです」
「元々が国人を纏め、守護を追放して奪った地位ですからな。自分が追放されぬように下準備をしているというところでしょうか」
「その通りですね。しかし自分を追放する可能性が一番高いのが嫡男の義龍と言うのが、なんとも蝮殿らしいことで」
「誠に」
千寿と雪斎は二人で苦笑いをして茶を口に含む。どこの家も家督相続は大変らしい。
ただ織田と今川に関して言えば、今後しばらくは安泰と言っても良いだろう。なにせ信長はまだ14だが家督をしっかり継承し弾正忠家を纏めているし、今川の次代である氏真はまだ10歳だが、現在は信長を見て危機感を覚えた(主に情緒面)義元からの薫陶を受けて成長している最中。
さらに氏真には後継者争いをする相手が居ないので、早めに家督を譲って義元が後見すると言う話も出ているくらいだ。
そんな中、次に問題となりそうなのは美濃である。道三は老いたりとはいえ矍鑠としているが、その家督を未だに譲られていない義龍が焦りを覚えているようだ。
そもそも義龍は、今は亡き長井道利や土岐の旧臣たちの手によって己が土岐の人間であると信じ込んでしまっている。その為、未だに蝮が隠居せず自分に家督を譲らないのは、己を廃嫡して弟(確実に蝮の血を継いだ子供)である龍重や龍定に家督を継がせるためだと思っているようで、何とかして廃嫡を免れようと四苦八苦している状態だ。
その四苦八苦がある以上、蝮は動けない。下手に兵を動かせばそこで美濃が割れる。そうなれば蝮に背を向けることを良しとしない六角や、美濃との因縁を片付けたい朝倉が干渉してくる。義龍はその混乱にこそ勝機を見出しているようだが、それを知る蝮は動いて隙を晒すことよりも、動かずに周りを固めることを選んだようだ。
こうなれば岩倉は完全に孤立状態である。そんな中、とうとう信長が手を出してきた!と焦る岩倉だが今回の問題はあくまで瀬戸の土でしかない。国人が土を普通に信長に売ればそれで終わる話である。
これに対して抗議をする予定らしいが、ソレこそが信長の狙い。信長はその使者を斬り殺すか、使者の言葉尻を捕まえて戦をおこし、瀬戸を完全に自分のモノにする予定なのだ。
そうして和睦交渉も何もせずに岩倉を叩き潰せば尾張の上四郡も信長のモノだ。同族?叔父?だからなんだ。家督争いの末に弟や母を誅殺した信長には、岩倉の人間に容赦する理由がない。
さらに信長の家来衆も、家を存続させる為や家の発展の為に戦を望んでいる。普通に考えれば現在尾張の下四郡は再編成中なのだから、戦よりも内政を重視すべきなのだが、千寿や姫様が尾張に居ないうちに戦をしたいと言う気持ちがあるのだ。
なにせこの二人が戦場に出てしまえば、ほとんどの兜首を2人で独占してしまうため、他の者がどんな武功を上げても霞んでしまうと言う事情がある。だから二人が三河の統治で忙しい今だからこそ戦をしたい!これが現状の織田弾正忠家に従う者たちの総意である。また千寿と姫様が控えているので安心して戦が出来ると言うのもあるだろう。
よって最悪でも死にさえしなければ次の戦で手柄は立てられるし、今は褒美に関しても期待できるのもありがたい。
ちなみに信長が家臣に対して通達している褒美は、土地ではなく銭だ。これは今まで国人の領政が余りにもアレだった為で、信長が国人に対して土地を預ける程の信用をしていないからである。まぁ信長の馬廻りたちは管理の面倒臭さを知っているので、土地よりも銭を望んでいる為問題はない。また、他の国人も多少の不満は有るがソレを認めている。
そもそも国人が土地を欲しがるのは、土地を財産として持っておきたいと言う武士の本能に加え、土地が広ければ広いほど収益が増えると言う単純な理由からだ。だが実際には治める土地が広ければ広いほど管理や開発に労力と銭を使うし、戦の際の兵役が増したり、日々の生活においても体裁を保たねばならなくなるので、収入以上に支出が増えると言う現実がある。
だからこそ、まずは手柄を立てて銭を貰い、更に活躍を重ねて家の借金を帳消しするという恩賞を狙うのだ。
マイナスがゼロになるだけでも随分違うし、徳政令のような踏み倒しではないので次回以降も商人から借金がしやすくなる。さらに毎月の俸給が上がれば、純粋に収入の増加である。
米は買い叩かれると言うことを考えれば(基本的に国人には金がないので、収穫したら即座に売るのが一般的である。また収穫するものを担保に借金してる場合があるので、相場など関係なく回収される)現金収入が増えるのはありがたいこと。そんなわけで国人は戦をしたくてたまらない状態である。
その上、前回の戦で散々試し打ちや狙撃を行った根来衆も戦を望んでいる。彼らとしては、戦がなければ収入にはならないし(人件費は当然支払っている)前回の反省を生かした運用法やら何やらを試したくてウズウズしているらしい。
つまり今は弾正忠家全体で岩倉からの抗議の使者を待っていると言っても過言ではない。
ちなみに信長は人材育成の一環として岩倉と戦をするつもりなので、楽に勝てる戦であっても簡単に向こうを潰す気は無い。あえてゆっくりと攻めることで美濃と服部に揺さぶりをかけるつもりなのだ。
その結果、信長が岩倉に苦戦してると勘違いした義龍が暴発し、美濃の国内が荒れたり、前回兵を出したがなんの収穫も得られなかった服部が性懲りもなく尾張に侵攻してくれれば言うことはない。
動いてもダメ動かなくてもダメ。降伏は認めない。岩倉は完全に詰んでいた。そこまで互いの理解が進んだところで、次の話題である。
「それではその瀬戸の土を使った炉が有れば、鉱山の収入が増えるのですかな?」
いかな雪斎とは言え、鉱山開発については完全な素人である。何が必要で何が不要かはわからないし、博多の商人も「現時点では喋れない。三河守様に聞いて下さい」としか言わないので、情報が全く無いのだ。
尤も、彼らが本願寺系の寺から回収したと言う、数万貫の銭を無償で提供してもらったことを考えれば焦る必要は無いかもしれないが、莫大な一時金よりも永続して得られる大金の方が好ましいのは言うまでも無いことだ。
「そうですな。今のままでも収益を増やすことは可能ですが、やるなら徹底したいと言うのが彼女らの意向でしてね」
自分が絡んでることで有りながら、こうしてさらりと「神屋の意向なので自分は関係ない」と言い切るあたり流石の面の皮である。
「なるほど。まぁ今でも鉱石のまま色を付けて買って貰ってますから、事実上の増収になっておりますので当家としては文句は御座いませぬが……」
「ふむ、御家としては?」
なんと言うか妙な言い回しである。実質増収になっているなら文句を言う者は……いた。
「よもや友野殿がご不満を?」
「左様で」
「…ほう」
まぁわからない話ではない。今川家の御用商人としては、鉱石は専門外とはいえ、他所の商人が目の前で我が物顔で物品を買い漁る様を黙って見ているしかないというのは忸怩たるものが有るだろう。
少なくとも神屋は今川に対して色を付けて買っても利益が出るのだ。そんな美味しそうな商売を目の前でされては自分も一口噛みたいと思うのは当然である。
とはいえ、千寿や紹策とて地元の商人を蔑ろにしているわけではない。
堀田に塩、大橋に竹(炭や武器の材料や竹細工等全般)を用意したように、友野にも三河の寺社が独占していた綿花を使った木綿についての権益を提供している。(神屋がカリカリ言っていたが納得させた)
これを普及させることにより、青苧を使って経済力を強化している越後の長尾に対する経済的な打撃とする予定なのだが、木綿だけで満足せずに不満を抱くようでは困る。いっそすげ替えるか?と真剣に考慮しかけたのだが……
「何でも神屋殿と中継地として鉱石を預かる契約をしたらしいのですが、際限無く石が送られて来るので蔵がいくつ有っても足りないとか。流石にモノがモノですので、野晒しにも出来ませぬ。「このままでは契約料より高くつくやも知れませぬ!」と泣きつかれましてなぁ」
「あぁ、そういう……」
言われてみれば千寿も納得の不満である。未加工の鉱石が重くて嵩張ると言うのは想像に難くない。
蔵の床だってすぐに抜けるだろうし、警備も必要だろう。保管も楽ではないと言うのはわかる。とは言えこれは商人同士の契約である。下手に口を挟めばどうなるかわからない。
なんとも言えない顔をする二人。
神屋にしてみれば、全てを尾張に持ち込めれば良いが、一応世間的には織田と今川は犬猿の仲である。そのため堂々と陸路で運び入れるわけにも行かないので、銭を払うから暫く預かって欲しいとでも言ったのだろう。
日ノ本に名だたる商業都市博多。そこの商人の代表格にそのような交渉をされては、いくら東海有数の商人とは言え友野も断りきれず、結果として現在はギリギリ利益が出るかどうかのところに有るわけだ。まぁ貸倉庫に関しては赤字が出ても、木綿に関してはほぼ独占で莫大な利益が出るのだから、贅沢言わずに我慢しろと言いたい。
とはいえ何かしらの対策は必要だろうなぁ。今は雪斎も苦笑いで済むレベルだが、数ヵ月もすれば顔色が変わるかもしれんし。
「とりあえずの対策としましては…水軍衆の協力が必要ですな」
「水軍衆?船で運べと?」
そんな考えを持った千寿が提案したのは、陸が駄目なら海があるじゃない作戦だ。
しかし雪斎が危ぶんだ声を出したことからもわかるように、それは決して簡単なことではない。何故かと言うと、この時代の船は基本的に手漕ぎボートの延長なので、重い鉱石を大量に載せて運ぶのには適していないからだ。さらに船が沈んだ時に生じる損害を考えれば簡単に決断出来ることでは無い。
「いえ、運ぶ為の船は神屋が用立てるでしょう。ですので、その船を守るための水軍衆です。……尾張はともかく志摩の水軍衆が騒ぐやも知れませんから、それに対する備えは必要かと」
だが千寿とてそれは承知の上。承知の上で神屋にぶん投げる。
元々神屋は西日本で銀だのなんだのを運んでいたのだ。それ専用の船や何らかの技術は有るだろう。そんな感じで輸送方法に関しては問題ないと考えている千寿だが、輸送途中のゴタゴタに関しては楽観視していない。
そして仮想敵として名を挙げた志摩水軍衆。彼らがちょっかいをかけてくる可能性は非常に高い。彼らの中で有名なのは後に信長に従った九鬼水軍だが、現在はゴタゴタしていて幾つかの派閥に別れているようだ。そのため、1つの家に話を通しても、別の家が聞いていないとか言い出したりするので、非常に面倒臭い連中である。
更に彼らの後ろには長島や北畠が居るので「織田」ではどうしても貫目が足りない。ならば、初めから奴等に干渉させないようにするために、今川の水軍を何時でも出せるようにしておけと言うのが千寿の意見だ。
まさか長島や北畠も今川の水軍に喧嘩は売らないだろうし、もし喧嘩を売ってきたら志摩に覆面を被った千寿が上陸するだけだ。
その際生まれる地獄についてはさておき、今川水軍による護送が出来れば駿河から津島に鉱石を運ばせることも出来るだろうし、西国に行くならば根来衆から雑賀衆に連絡を取れば紀伊半島も無事に突破出来るだろう。そうして西国に出たならば神屋の船を襲う阿呆は居なくなる。
今はまだ根来衆との繋がりを秘匿したいので、紀伊半島云々を言うつもりは無いが、それでも友野からの訴えの解消にはなるはずだ。
「なるほど。とりあえず駿河の蔵が潰れない程度に移動させれば友野としても問題は無いでしょうな」
あとは友野も今川も関係ない、織田や神屋の問題となる。ついでに水軍衆の訓練にもなるし、彼らに対する収入も期待できるとなれば損はない。
とりあえず戻り次第主君に報告をしようと考え、他に何か問題が有ったか?と考えているとき……目の前の三河守の様子がおかしいことに気付いた。
今までは常に余裕と無表情を崩さず、その内面を一切悟らせなかった三河守が、急に落ち着きが無くなり、視線をあちこちへとさ迷わせているではないか。
明らかに狼狽している。しかもかなり焦っているようで、何やら外を頻りに確認しているようにも見える。
いきなりの急変に、何か問題が有るのか?と身構えたところに、その元凶の声が響き渡る。
「千寿~休んでるところ悪いんだけど、信長から急使が来たわよ~ってアレ?住職殿じゃありませんね?お客様でしょうか?」
明るい茶色の髪と三河守を千寿と呼ぶ年頃の女性。彼女こそ三河守の妻であり主君(千寿の中では彼女の方が格上)でもある姫様こと吉弘義鎮である。
「え、えぇ。なんでも住職殿の御友人らしく、偶々ご一緒したモノですので、休憩がてらお話をうかがってたのですよ!そうですよね御坊?!」
あぁこれか。奥方が彼を休ませる為に色々動いていたと言う話は先ほど彼の口から聞いたばかりである。その為、彼女に自分との会談の場を見られた彼がこうして焦る理由を正しく理解はできた。理解はできたのだが…適当に話を合わせてくれ!と言う彼の無言の頼みにはさしものの雪斎も「どうしたものか」と考えてしまう。
「……千寿?」
だって奥方殿、めっちゃ疑ってますやん。威圧は丸出しだし、完全に目が座ってますやんか。
…思わず似非関西弁が出るほどの威圧である。
これほどの威圧は戦場でもそうそうお目にかかれないだろう。ついでに言えば、寿桂尼もそうだが、怒れる女性と言う存在には男は勝てんのだ。……それに今思い出したのだが。この女人はあの柴田勝家を討ち取った豪傑でもある。
ふっならば是非もなし。
「奥方様にはお初にお目にかかります。拙僧、今川治部大輔義元に仕えております太原雪斎と申します。このような場での御挨拶となり誠に恐縮ではございますが、お見知りおきの程宜しくお願い申し上げます」
「ご、御坊?!」
「…雪斎殿?………あぁ、これはご丁寧に。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。私はここにいる三河守の妻、吉弘義鎮と申します。コンゴトモヨロシク」
口調は丁寧だが、放たれる「威」の種類と桁が変わった?!くっ!情報では彼女は大友家の直系の姫で、親や弟との家督争いを嫌って家を出たと言うが、本来なら九州大友家の当主は彼女だったと言うのは本当か?!
「はっ。こちらこそ宜しくお願い致します。しかしながら奥方殿におかれましては三河守様に対して火急の用がおありのご様子。拙僧は席を外した方が宜しいかと存じますが…」
「いや、ちょっと……」
これは駄目だ!唯でさえ夫婦喧嘩に関わるべきでは無いのに、彼女から不興を買えば、恐らく織田が敵に回る!
「あら、たいしたお構いも出来ず申し訳ございません。このご無礼にはいずれ何らかの形で補填させて頂きます故、平にご容赦を」
「とんでもございません。拙僧こそ御挨拶が遅れました。それ故此度はお相子、と言うことで収めませぬか?」
「え、あの」
「あ、千寿は休んでて良いのよぉ?」
「……はい」
うむ!三河守には悪いが、ここは大人しく罰を受け入れよ!
「では此度は雪斎様のお言葉に甘えさせて頂きますね。ただ、お聞きになったと思いますが、主信長より急使が来ておりまして…内容によっては雪斎様にも無関係では無いでしょうから、後で御挨拶がてら使者を立てようかと思っておりますが、今後のご予定は何か有りますか?」
…尾張からの急使か。奥方の登場で一瞬全てが吹き飛んだが、確かに興味はある。それを隠さずに私に教えるのは織田が今川に隠しごとをする気が無いと言うことを強調するためか。
しかし夫婦揃ってこれほどの傑物とはな。この二人を放逐出来る大友家とはどれだけの家なのだ。
…それはそれとして。
「お気遣い感謝致します。特に急ぎの用は御座いませぬので、奥方殿のご都合に合わせて頂いて構いませぬ」
三河守への折檻が終わってからで構いませぬぞ。
「重ね重ねお気遣いありがとうございます。それではこれより三河守と協議致しますので、暫しお時間を頂きます」
「はっ。それでは失礼致します!」
「せ、雪斎殿ぉ?!」
雪斎が部屋を出る直前に何処からか助けを呼ぶ声が聞こえた気がするが、雪斎はそれを疲れから来る幻聴と結論付けた。
………三河守殿、貴殿は良き人物であった。だが、貴殿の普段の生活が悪いのだよ。
それに自分はちゃんと確認をとったし。
誰に言い訳をしているかは不明だが、雪斎は神妙な顔のまま滞留を予定している寺に入り、ナニカに対して真剣に経を唱えたと言う。
それが三河守への追悼の経なのか、姫様への鎮魂の経なのかは彼にしかわからない。ただ、その姿を見た寺の坊主が雪斎の鬼気迫る読経に腰を抜かした程のモノであったと言う。
戦をするなら一撃で終わらせたいのに、諸事情(おもに内政や人材育成)により時間を稼ぎたいと言う矛盾を抱えてるノッブ陣営。
まぁ何だかんだで岩倉が動いたらさっさと潰すと思いますけどね。
雪斎としては、我らとて……勝てないモノは………あるッ!って感じですかね。
本気で子を望んでて、そのために千寿を休ませたのに、肝心の彼が休養先でも仕事をしてるもんだから姫様はブチ切れました。その気持ちも理解してるので元々姫様に弱い千寿君は完全降伏状態です。
それに上に立つ者が休まないと下も休めませんからねぇって。
そろそろ戦か?ってお話。
今回は宣伝無し。
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